第113話 酒を呑むのは仕事ではない
カランカラン
ダークエルフの里に店を構える酒場の扉が開き、仮面とローブで変装をした二人組が入ってくる。
まだ日没前の明るい時間帯であるが、酒場の中は食事や待ち合わせなどの多くの観光客で賑わっていた。
入り口に立つ仮面の二人組を見て酒場の客は一瞬静まり返るが、特に不審に思われることもなく、酒場内はすぐにいつもの活気へと戻っていった。
何故ならば、ここ数日間のドーラたちはダークエルフの里をこの格好で練り歩いており、里の住人や観光客はその様子をイベントの一環だと思っているからだ。
仮面の人物は誰かを探すように店内を見渡すと、昼間から酒を呑んだくれている女性の席へと向かった。
ドン
仮面の人物は女性のいる席のテーブルを叩くと、溜め息まじりで話をはじめる。
「はあ、おいミーシャ。みんなが与えられた役割をこなして汗をかいていると言うのに、お前は昼間から一人酒場で入り浸りか? ずいぶんと良い御身分だな」
「おお、ラトとカムジか。フシュシュシュ、堅苦しいことを言うではない。我はドラゴンだからのう。ドラゴンとは酒を呑むのが仕事なのじゃよ。それに、金なら腐るほど持っておるからのう。お主らのように汗水流して働く必要など、スーパーセレブの我にはないのじゃ」
ミーシャは胸の間から金貨の詰まった袋を取り出してテーブルに放り投げた。
ダークエルフの里へ到着した時に、土産屋で自身の鱗を売って稼いだ金である。
「……駄目だこりゃ。清々しいまでの屑ドラゴンだ。こんな奴が魔神様と同格の存在とか、絶対に受け入れたくない……」
「フシュシュシュ、現実逃避はいかんぞ? 我は紛れもなくこの星の頂点たる守護竜なのじゃからのう。グビグビ」
ミーシャは笑いながら酒を飲み干した。
「く、殴りたい…… この笑顔……」
ラトは拳を握りしめて震えている。
「それで、どうじゃった? カーラング家の跡地には何か異常はあったのか?」
カムジは先ほど調査して来た内容をミーシャに伝える。
「何者かが屋式内に侵入をしたのは間違いないのですが、特に気にするような事柄はありませんでした。大方、旅先で気が大きくなった迷惑な観光客が、興味本意で侵入をしたのだと思います。そもそも、入り口の防犯術式自体が300年前の古い仕掛けですし、あの程度の術式であれば多少の知識さえあれば突破は容易でしょう」
「フシー、もしかするとドルビィの奴が来ておるのかとも思ったのだがのう。まあ、そんな都合の良い話もないかのう」
「もしも、ドルビィが来ていとしたらミーシャはどうするんだ?」
「殺すに決まっておろう! あやつは我の魔素を奪いよったのじゃ! 奪われた我の魔素は、たとえ生まれ変わったとしても決して元には戻らぬ…… 我の魔素はこの星の生命エネルギーなのじゃ! あの愚か者は、この星そのものに喧嘩を売ったのじゃ!」
「まあ、それについてはドルビィの家族であるあたいも申し訳なく感じている。ドルビィの事を擁護するのならば、とんでもない屑の体を奪ったせいで魂が悪い方向へと歪んでしまったんだ。いくらドルビィとミーシャの仲が悪いと言っても、本来のドルビィだったらそんな事はしなかっただろう」
「ふん、どんなにラトが庇っても我の考えは変わらぬぞ」
「ああ、わかっているよ。ミーシャの気が済むようにすれば良い。だって、叡智の仮面には手を出さないつもりだろ?」
ラトはニヤニヤと笑っている。
「……ドルビィの事は好かんが、魔神とは古くから酒を交わす間柄じゃからの。あやつの魔素から作られた叡智の仮面には手を出さぬと約束をしよう」
「ありがとう。それで、ミーシャは今日は何をする予定だ?」
「そうじゃのう、特にすることはないのじゃ。我はこのままここで呑み続けるとするかのう。夜になったら宿屋へと戻るから、お主らは我の事は気にせずに働いてきて良いぞ。グビグビ」
楽しそうに酒を呑むミーシャの姿を見て、呆れたラトは手で顔を覆っている。
「……はあ、カムジはここの会計を済ませて来てくれ。おいミーシャ、あたいはこれからライムの所に顔を出すからお前も一緒に来い」
ラトの言葉を聞いたミーシャは、この世の終わりのような顔をする。
「ええ…… 嫌じゃ…… 我は働きたくないのじゃ… ドラゴンは酒を呑むのが仕事なのじゃ……」
「そんな仕事があってたまるか! このアル中引き籠りドラゴンめ! あたいがその堕落しきったお前の魔素を矯正してやる!」
ラトはミーシャの尻尾を掴んで酒場の外へと引きずり出した。
「ぶひっ」
大通りに放り出されたミーシャが家畜のような悲鳴をあげる。
「こ、小僧! 誰に手を出したか分かっておるのか! 骨も残らず灰にしてくれ……」
ミーシャは全身から膨大な魔素を解き放つが、話の途中で背後からラトに首を締め上げられる。
「うるさい、黙れ。あんまり調子にのってると泣かせるぞ?」
ほんの少しだけラトは腕に力を入れる。
「ブヒブヒブヒッ! く、苦しい…… すみません…… 調子にのっていまいた……」
ブクブクブク
ミーシャは顔を真っ青にして泡を吹いている。
「おっと、悪い悪い。本当に殺してしまう所だった。これでも手加減をしたんだがな」
「はあ、はあ、はあ…… な、何と言う力じゃ…… お主はこの数百年でこれほどの成長をしておったのか?」
「お姉様に与えられた力だよ。凄いのはあたいじゃなく、お姉様の力だからな。まあ、ミーシャが魔素を失って弱体化しているのもあるんだろう。そう気を落とすなよ」
今のラトとミーシャには、大人と子供以上の力の差があるようだ。
自身の現状に落ち込んだ様子のミーシャは、膝を抱えながら地面に座っている。
「ふん、哀れみの言葉などいらぬわ。あーあ、ラトやライムが羨ましいのう。我もドーラから力をもらいたいのじゃ。我も楽をして強くなりたいのじゃよ」
「んー、多分無理だな。この前ライムが、それについて小言を言っていたからな。これからはそう簡単にお姉様から力をもらえないと思うぞ」
「フシュー、ライムの阿呆めが。余計なことを言いよって。我だけが弱いとかずるいのじゃ。この星で最強の一角のはずだった我が、何故こんなにも落ちぶれてしまったのじゃ……」
「まあ、元気を出せ。お、カムジが会計を終わらせたようだ。そんじゃ、悪魔の岩山で儀式をしてるライムの様子を見に行くぞ」
ライムはミーシャの尻尾を掴んで引きずっていく。
「嫌じゃー! 我は働きたくないのじゃー!」




