第111話 夢のため
「もしかして、ライムさんですか?」
「あ? もしかしても何も、私以外の何に見えるんだ?」
「いや、てっきりリリスちゃんに憑依さている間は、ライムさんの意識は失くなっているものかと…」
「ああ、そう言うことか。普通は精霊に憑依されている時は、巫女の自我は表に出れないんだけどな。どうやら、今の私はそういった状態異常への耐性がとんでもなく高いらしい」
(あり得へん! 何でうちの自我が押さえ込まれているねん! あんたいったい何者や!)
「頭の中でギャーギャー騒ぐな。ただでさえ、お前の魔素が大きすぎて体が悲鳴をあげてるんだからな……」
ライムは頭に手を当ながら、苦しそうに顔を歪めている。
その体には無数の血管が浮かび上がっており、見るからに痛々しそうな様子だ。
「その異常ともいえる耐性と回復力が、ライムさんが邪神から与えられた力ですか?」
「邪神? もしかしてドーラのことか? ははは、あいつはそんな物騒な存在じゃないぞ。それよりも、お前の様子が少し変だったから探りを入れてみたが、まさかあのドルビィと通じていたとはな…… カーラング家の跡地に侵入したって言うのもお前らか?」
「……ライムさんは何処まで知っているんですか?」
「ん? 私は何にも知らないぞ。別に秘密にされているというわけでもないがな。ドーラはとんでもなく自己中心的な性格だから、興味ないことは話すのも面倒臭いらしい」
「でも、ライムさんは彼女の眷族になったんですよね?」
「ははは、眷族なんて仰々しい物言いだな。私は力をくれるって言うから貰っただけだ。あいつも見返りや下心なんて持っていないぞ。まあ、私がドルビィを確保出来たのは幸いだったな。一応ドルビィの行方を探す方針になっている様だし、先輩冒険者として私も少しは役に立つ所を見せないとな。あいつらへの良い土産になった」
「仮面を彼女に渡すんですか?」
「まあ、私が持っていても必要がないものだし、どうしてもドルビィに会いたいっていう奴が内輪にいるんだよ」
「エレメンタルドラゴンのことですか?」
「あー、ミーシャはドルビィのことを相当恨んでいるらしいな。まあ、ミーシャ以外にもドルビィのことを探している奴が仲間にいるんだよ」
ムロは何かを考えるように空を見上げた。
そして考えがまとまるとライムとの交渉を再開する。
「……ライムさん、一つ提案があります。今話した感じでは、ライムさんは完全に邪神の…… ドーラの眷族になったということではないのですよね? それならば、長年親交のある俺に協力をしてくれませんか? 勿論、協力をして貰えるのならそれなりの報酬を支払います」
「報酬だと? お前がそこまではドルビィに肩入れする理由は何なんだ?」
「夢のため、ですかね…… Dは俺の夢を叶えてくれると約束してくれました。それに、短い付き合いですが俺にはDが悪い奴だとは思えないんです。それなので、最後までDに協力をしようと俺は決めています」
「夢のためか…… 冒険者とは夢を追い求める探求者だ。それを叶えると言われたら、当然誰だって協力をするよな…… だが断る! 残念だが、私もドーラに願いを叶えてもらう約束をしているんだ。私がドーラを裏切ることなんて絶対にあり得ない」
「……そうですか、分かりました。それでは、少しばかり強引な手段を取らせてもらいます。今のライムさんの回復力であれば死ぬことはないと思いますので、事が終わるまの少しの間、ライムさんは大人しく寝ていてください」
次の瞬間、ライムの周囲を無数の氷柱が取り囲んでいた。
「え?」
「アイスシャリベン」
ドドドドドド
無詠唱で放たれた最上位の氷系魔法が、ライムへと一斉に襲いかかる。
ドカーン
轟音と共に悪魔の岩山頂上が霧で覆われる。
突然の出来事に、理性を失っていた人々が騒ぎだした。
「キャー、何が起きたの!?」
「あの男、イベント会場で魔法を使ったぞ!」
「テロリストだ! みんな逃げろ!」
混乱した観衆が雪崩のように山道を駆け下りていく。
「はあ、やっちなったな…… もう二度とダークエルフの里には来れないかもしれない…… ライムさんもすみません。後日、食事でも奢るので勘弁してください。しかし弱ったぞ。体の所有権がライムさんにあるかぎり、大地の精霊の協力は期待出来そうにない。別の手段を考える必要があるな。おっと、まずは奪われた仮面の回収をしなくては」
ムロは霧に覆われているライムへと近付いた。
ガシッ
霧の中から手が飛び出して、不意を突かれたムロの腕を鷲掴みにする。
「な!」
「……無詠唱での最上位魔法かよ。とんでもない魔法を覚えたもんだ。まともに喰らっていたら、さすがに今の私でもヤバかっただろうな。まあ、今の私にとっちゃ全弾撃ち落とすくらいわけないけどね」
周囲を覆っていた霧が晴れると、無傷のライムがそこに立っていた。
ライムの片手には氷柱の一本が握られている。
パリーン
ライムが手に力を入れると氷柱は粉々に砕け散った。
「あ、あのタイミングで全部撃ち落としたんですか? 生き物の反射神経を越えていますよ?」
「悪いが今の私は名無しとも戦える強さがある。お飾りの今の勇者くらいなら楽勝で勝てるだろうな。まあ、それでもマームさんクラスが相手だと手も足も出ないだろうがね。あの人は何て言うか、特別な存在だからな」
「それほどの力を他者へと与えることが出来る存在に、ライムさんは危機感を覚えないのですか?」
「危険だと思うよ。だから、ドーラには無闇やたらに他人に力を与えるなと言ってある。それに、お前の力だって大概だろう? 私じゃなければ死んでいるところだぞ。まあ、今の魔法でお前にはもう魔素が残っていないようだがな。お前、よくその状態で生きていられるな?」
「……ここに来る前に聖水を飲んでおいたので」
「聖水? よく分からないが、お前が無事ならばそれでいい」
(おい、あんたら何時までうちのことを無視してんねん。久しぶりに地上まで降りて来たって言うのに、体の自由がないんならうちもう帰るで?)
「ああ、そう言えばお前もいたな。本気でお前のことを呼ぶ気はなかったけど、まあ万が一に備えて一応は準備をしてきている」
ライムは魔法陣の脇に置いてあった荷物入れからボロボロの人形を取り出す。
よほど不器用な者が作ったのか、所々がほつれており、まるで呪いの人形のような見た目をしている。
(依り代かいな。なんちゅう不細工な人形や。アイドルのうちを入れるんなら、もっと可愛い人形を用意せえや。それに、うちくらいの上位精霊が入るとなると、半端な代物じゃ耐えられへんで?)
「クックック、多分大丈夫じゃないかな。聞いた話によると、これを作ったのは魔法オタクのドルビィ君らしい。そうだろ?」
ライムはムロを掴んでいる手を離すと、落ちている叡智の仮面を拾い上げて笑いかける。
(……)
叡智の仮面に表情はないが、何かを言いたげな様に見えた。




