第110話 アイドルとは
ざわざわ
ライムの雰囲気が変化したことに、儀式を見守っていた観衆は色めき立つ。
「何か精霊巫女の口調が変わってない?」
「あれって大地の精霊が憑依をしたのか?」
「えー、演技じゃないの? だって血の色が変だよ。なんか白っぽい感じじゃん。こう言う演出なんでしょ」
ムロは周囲に飛び散った血を見つめている。
色のことは置いておいても、明らかに命に関わる量の吐血であった。
「……お前は大地の精霊だな。ライムさんの体に降りたのは理解した。だが、ライムさんの体は無事なのか? 身体中に血管が浮き出ているぞ?」
「はあ? そんなん知らんがな。うちだってメッチャ体が痛いねん。それと、うちのことは気軽にリリスちゃんと呼んでくれてええで。精霊界のスーパーアイドル、リリスちゃんやでえ。ちゅうか、こんな小さい魔素量でうちを降ろすとか阿呆なんかこいつは? 体が四散していないのが奇跡やわ。どれどれ、ちょいと見てやるわ…… ほー、この娘は巨人族かいな。うちが刻んであげた術式は、ちゃんと機能をしているようやな。せやかて、巨人族としての本来の魔素は、ほとんどを術式維持に回してるさかい、うちを降ろせる魔素は残ってないはずなんやけどな」
「巨人族?」
「そやで、昔巨人族から頼まれてな。うちが体を小さくしてやったんや。うちって優しくない? まいったわ、こんなんバラしたらまたファンが増えてまうわ」
「もしかして、ハーフスケール族とは元々は巨人族だったのか? いや、そんなことよりも今はライムさんの体だ。体が四散するとか物騒なことを言っていたが、お前が…… リリスちゃんが憑依しても体が無事ってことは、ライムさんも大丈夫なんだよな?」
「大丈夫なんちゃうの? メッチャ体が痛いけど、一応こうしてあんたと会話もできてるし。なんやあんた、この娘の彼氏かいな?」
「いや、俺は女性には興味がない。ライムさんは色々と世話になっている…… そうだな、大切な姉みたいな存在だな」
「ほう、あんた同性愛者かいな。精霊界では普通やけど、物質世界やと住みにくいやろ? 摂理として種を残すためには、同性愛は色々と不便やからなあ。あんたも肩身が狭いんちゃうか?」
「そうでもないぞ。昔はあまり受けいられていなかったようだが、いまは時代も変わったからな。無理に女性用トイレや浴場入ったりしなければ、差別などもなく普通に暮らしてられる。たまに一部の過激派の集団が、無茶苦茶なことをしでかして困っているんだよ」
「あははは、そういう奴らは便乗して騒いでいるだけのゴミやけ、その場で殺してしまえばええねん」
「しー、リリスちゃん! 人が多い場所でそういう発言はやめてくれ! 奴らに目をつけられたら、かなり面倒なことになるんだ!」
ムロは周囲を見渡しながら頭を下げている。
「はあー、人族っちゅうのはほんま面倒臭い種族やな…… 痛、いたたた。ほんまいい加減にせえや! なんやねん、この体は痛風持ちなんか!」
リリスは視線を下げてライムの体を隅々まで見渡した。
「……はあ? なんやこれ? とんでもない速さで破壊と再生が繰り返されているんか? 意味わからんわ。何やねん、この体?」
(Dが言っていた邪神に与えられた力ってやつか? まあ、そのお陰でライムさんが無事だったのなら、邪神の少女に感謝をしなければな)
「リリスちゃん、実は君に頼みたいことがある。俺はある人物から依頼をされて、精霊界からリリスちゃんを呼び出したんだ」
「そうや! うちはアダム様に呼ばれたと思ったからここに来たんや! ある人物って誰やねん。事と次第によっちゃ、あんた殺してまうよ」
ムロはローブに手を入れて叡智の仮面を取り出した。
「何やねん、その汚い仮面は…… ん、いや待てよ? クンクン…… この匂い…… 微かにやけど、アダム様の体臭がするで……」
「この仮面が俺の雇い主だ。確か、仕えている主の魔素から作り出されたとか言っていたな」
「間違いない! アダム様の魔素や! そうやと思ったわ。一目見た時から、その神々しさで目が眩んでしもうたんや」
「……さっき、汚い仮面って言ってたよな?」
「はあ? 何馬鹿なこと言うとんねん! あんた耳が腐ってるんちゃうか! 役に立たない耳なら、この場で切り落としてしまうでえ」
「そ、そうだな…… リリスちゃんは汚い仮面なんて言っていないな……」
「そうやでえ。アイドルは汚い言葉は使わないんやでえ」
「……」
ムロは色々と思うところがあるようだが、面倒臭いので話を続けることにした。
「それでだが、雇い主はリリスちゃんの体が欲しいらしい」
ガーン
リリスは仰け反りながら驚いている。
「う、うちの体やて! なんやそいつ! うちのストーカーかいな! うちは枕営業無しの清純派アイドルで通してんねん! アダム様以外の男には指一本触れさせへんでえ。ああ、思い出すわあ…… アダム様が精霊界に居た時は、何億回と体を重ねて愛し合っていたわあ…… それをメンヘラビッチのイブの糞野郎が、アダム様をそそのかして物質世界に連れ去ってしまったんや! うちもユグドラシルの魔素を利用して、物質世界で活動するための体を作って追ってきたのに、そこでもイブの糞雑魚貧乳臭マン野郎に邪魔をされて…… あ、うちとアダム様の体の関係は秘密やでえ。うちは永遠の処女っちゅう設定でアイドル活動をしてるさかい、ファンの夢を壊さんといてな。清純派アイドルは大変なんや、きゃは♪」
最後だけ可愛い子ぶっているリリスを、冷めた表情でムロは見つめている。
しかし、会場を埋め尽くしている観衆の反応は少し違うようだ。
うおー
「リリスちゃん可愛い!」
「あわわわ…… 何があっても設定を変えない…… 本物のアイドルだ…… リリスちゃんこそアイドルの鏡だ!」
「……あの体は精霊巫女の体だよな? 別に精霊巫女には何の感情もなかったのに、何で今は精霊巫女のことがこんなに愛らしく感じるんだろう?」
リリスは困惑している観衆の一人に顔を向けてウインクをした。
「うおー! リリスちゃん可愛い!!!」
不審がっていた男から黄色い声援が聞こえると、リリスは満足そうな表情をする。
「あんたは変わらんようやの」
唯一ムロだけがこの状況でも冷静でいるようだ。
「これは精神系の魔法か?」
「ちゃうで、うちは何の魔法もかけてへんで。アイドルっちゅうのはこう言うもんやねん。あんたは同性愛者やから、うちに興味がわかないだけなんちゃう? 知らんけど」
ムロは思った。
意味が分からないと。
「……話を戻そう。俺の雇い主はリリスちゃんのストーカーではない。体が欲しいと言うのは、そのままの意味だ。この仮面には記憶の情報として、俺の雇い主の自我が宿っている。まあ、インテリジェンスアイテムみたいな感じだな。つまり、雇い主が自由に動かせる体として、リリスちゃんの体を使わせて欲しいと言うことだ」
「うーん、アダム様の術式を知っているってことは、その仮面はアダム様の眷族か何かかいな? アダム様の為になるのなら別にかまへんけど…… その仮面とは直接会話は出来へんの?」
「この仮面を被れば会話をすることが出来る。リリスちゃんも被って見るか?」
「……そうやな。直接事情を聞きたいから、その仮面をうちに渡してくれへんか?」
「分かった」
ムロは叡智の仮面をリリスが憑依しているライムに手渡した。
ライムは珍しそうに叡智の仮面を眺めている。
「ふーん、これが叡智の仮面か。思ったよりも大物が釣れたな。この中にドルビィが居るんだろ?」
「え、リリスちゃん?」
リリスに憑依されていたライムの雰囲気が、普段のライムのものへと戻った。




