第109話 リリスちゃんやでえ
ムロは悪魔の岩山頂上に続く山道を歩いていた。
叡智の仮面は目立つため、被らずにローブの中にしまっている。
計画については事前にドルビィと入念に話し合っているが、正直穴だらけの計画にムロは不安をつのらせるのであった。
「邪神の少女は馬鹿そうだから心配いらないってDは言うが、俺から見ればDの感性もかなり怪しいんだよな。一般的な感覚とのズレ幅が大きすぎるんだよ。天才と馬鹿は紙一重というが、ぶっちゃけ天才なんて変人ばかりだから、実質両方とも馬鹿なんだと思うよ。そんな馬鹿に付き合う俺も救いようがないんだろうな。あーあ、失敗したらライムさんに怒られるんだろうな。後日お詫びとして高級な飯とかを要求してくるぞ。収入が安定しないトレジャーハンターは貧乏だと言うのにな」
すでにムロは失敗することを前提で物事を考えているようだ。
後の事を色々と心配をしているが、人類を裏切るかも知れない行為への報いが高級な食事とは、ずいぶんと安い人類の対価である。
しかし、ムロがドルビィから聞いている話が真実であれば、邪神に協力をしているライムが人類の敵と言うことになる。なので、ムロにはそれほど罪悪感はないようだ。世話になっている先輩を騙す行為くらいの認識なのであろう。
「それにドーラと言うあの邪神の少女。個人的な感想ではそれほど危険な存在には見えなかったけどな。正直、世界の危機だとか話が大きすぎて現実感がわかないんだよ」
延々と現状への不満を呟いているムロであったが、視界に悪魔の岩山頂上が見えてくると、それまでの不真面目な態度を一変させて真剣な眼差しをみせる。
ざわざわ
悪魔の岩山頂上は多くの観光客で活気に溢れていた。
とりわけ大地の精霊の降臨儀式を行っている中央の広場は、前回にムロが訪れた時よりもいっそうの賑わいを見せている。
後方から観衆を見つめるムロは、その人混みの多さに圧倒をされていた。
「マジかよ、めちゃくちゃ観光客で賑わってるんだが…… この状況でライムさんにバレないよう行動をするとか無理だろ…… いや、それよりもライムさんのあの様子…… いったいどう言うことだ? はあ、仕方がない。とりあえず接触をしてみるか」
ムロは深く溜め息をつくと、人混みを掻き分けながら観衆の最前列へと進んだ。
「ライムさん、調子はどうですか?」
「ん? ああ、ムロか。お前も悪魔の岩山に来ていたんだな。もっと早く声をかけてくれても良かったんだぞ。この前も観衆に混じって儀式を見ていただろ?」
瞑想をしていたライムは目を開いて、魔法陣の目の前に立つムロを見上げる。
「儀式の邪魔をしたらライムさんに殴られそうなので、あの時は大人しく帰りました」
「……今日は邪魔をしてもいいのか?」
ライムは目を細めてムロを睨み付ける。
「邪魔も何も、ライムさん真面目に儀式をやってないじゃないですか。大地の精霊を呼び出すのは諦めたんですか?」
ニヤリ
ライムは不敵な笑みを浮かべる。
「私の魔素の流れを見抜いたか。お前、ずいぶんと成長をしたんじゃないか? トレジャーハンターの職業柄で魔術知識はあっても、お前は魔素の制御や流れを読むことが苦手だったろ?」
「俺も色々とありましてね。今では初級の魔法くらいなら使えるようになりました」
「マジで? あのムロが魔法をね…… ぜひ後で見せてもらいたいな」
「それは構いませんが、俺の質問への答えはどうなんですか?」
「……諦めたのではなく、もう大地の精霊に用が無くなっただけだ。里の族長との契約もあるから、その期間中は儀式をやっているふりをしているんだよ」
ざわざわ
ライムの発言に集まっていた観衆がどよめきだす。
「おい! やっているふりってどう言うことだ!」
「えー、大地の精霊を呼ばないの? それって詐欺でしょ」
「イベント最終日って言うから見に来たのにそりゃねえだろ」
当然、ライムの言葉を聞いた観衆は怒りだした。
「えー、観客の皆様は落ち着いてください。これは演出なのです。一番盛りがるイベント最終日に儀式を成功させるため、彼女は今まで力を抜いていたのです。今日来られた皆様は運が良い。きっと彼女は大地の精霊を降臨させて、皆様に旅の良い想い出を見せてくれるでしょう」
いつの間にかライムの後ろに立っていた族長が、両手を上げながら儀式の成功を宣言する。
「げ、族長……」
「……ライムさん、勿論やってくれるんですよね? 報酬、払いませんよ?」
「え、あ、はい……」
うおー
観衆の興奮は最高潮に達する。
「「「ライム! ライム! ライム!」」」
「報酬をもらえないとドーラがうるさいからな…… くそ、分かったよ! やりゃあ良いんだろ? やってやるさ! うりゃー!」
ライムが気合いとともに掛け声を発すると、それに呼応した魔法陣が妖しく光出す。
その様子を見たムロが肩を撫で下ろしていると、突然背後に何者かの気配を感じる。
(お前はあの御方の使いの者だな? あの御方が何を考えているのかは知らんが、ダークエルフの里に害を為すような真似はしないはず。まあ、協力をするのはここまでだ。後はお前の好きにするがいい)
「え?」
耳元にささやかれた声を聞いてムロは慌てて後ろを振りかえる。
「族長? いつの間に俺の後ろに……」
目を見開いて驚くムロに優しく微笑むと、族長は手を振りながら転移陣のある小屋へと姿を消していった。
「俺の考えはお見通しってことか…… 怖い御仁だな……」
「うおー」
ライムの気合いが増すにつれて、魔法陣の光が徐々に強まっていく。
(よし、精霊界とのパスは繋がったな。しかし、Dの話ではこれだけでは駄目なんだよな。どうやら、大地の精霊はある人物の許可がないかぎり、物質世界には絶対に姿を現さないらしい)
ムロは魔法陣の術式を注意深く観察する。
(あの部分かな?)
然り気無くライムに気付かれないように、ムロは目を付けた術式の箇所に移動をする。
「……何をする気だ、ムロ?」
術式に手を伸ばそうとしたムロを、ライムは睨み付けて制止させる。
(そりゃバレるよな。ライムさんに嘘は通じない。どうする? 正直に話をして協力をしてもらうか?)
「……ライムさん。この術式では駄目です。対象の指定をしていないこの術式では、精々中位の精霊しか呼び出しには応じませんよ。実は大地の精霊と直接交信が出来る術式を俺は知っています。もし良かったら、術式の一部をそれに書き換えましょうか?」
「大地の精霊と直接? 何で精霊巫女の私でも知らないような、そんな術式をお前が知っているんだ?」
ムロを見つめるライムの視線に殺気が混じる。
「まあ、俺も成長したんですよ」
「ふーん、何処かで良い師匠でも見つけたのか?」
「まあ、そんな所です」
「そっか、別にいいぞ。その大地の精霊に繋がる術式と言うのに書き換えてみろ。どのみち私は、儀式が成功しようが失敗しようが構わないしな」
確実に怪しまれている状況にもかかわらず、ライムから出た肯定の言葉にムロは驚く。
「本当に良いんですか?」
「いいと言っているだろ。それとも何か、お前には疚しいことでもあるのか?」
「え? いや、無いですよ。分かりました、それではやらせてもらいます」
実際、ムロには疚しい気持ちなどなかった。
事情は話せなくとも、自分は正しい行動をしていると信じているからだ。
ライムの許可をもらったムロは、術式の一部を消すと新たな術式に書き換えていく。
「へー、見たことのない術式だな? それもお前が見つけた師匠に教わったのか?」
「はい。ある事情があり、大地の精霊は特定の人物の呼び出しにしか応じないようです。この術式は、その人物が作った呼び出しの合図らしいです」
「特定の人物って誰のことだ?」
「さあ? そこまでは俺も分からないです」
「なんだそれ? ずいぶんといい加減な話だな。お前も疑問に感じてるんじゃないか? そんな怪しい話を、なんで私があっさりと許可をしたのか」
「……はい、ライムさんはいったい何を考えているんですか?」
「別に何も考えてないよ。ただ、お前が何を企んでいようが全てが無駄に終わるからだよ」
「無駄に?」
ピカッ
魔法陣から空高く光の柱が立ち上る。
「お、マジで来た! 大地の精霊が降りてくるぞ!」
ドーン
遥か上空から高密度の魔素がライムの頭上へと落ちてきた。
次の瞬間……
「ぐはっ……」
ライムは口から大量の血をはきだして前のめりに地面へと倒れた。
誰も予想もしない突然の事態に、熱狂に包まれていた会場は一瞬にして静寂へと包まれる。
「え、ライムさん? 何だよこれ? どう言うことだD! ライムさんがヤバイぞ! こんなことになるなんて俺は聞いていないぞ!」
ムロも目の前で起きている状況を理解していないようだ。
ガバッ
「アダム様! お呼びですか!」
倒れていたライムが勢いよく起き上がる。
「うお、ビックリした! ラ、ライムさん? 無事なんですか?」
「はあ? なんやお前は? ライムって誰やねん。ここは悪魔の岩山やな…… って、人多! 痛、いたたたたたた! めっちゃ体が痛いんやけど! なんや、何が起きてるねん」
「もしかして、お前は大地の精霊なのか?」
「だからお前こそ誰やねん。まあええわ。そうやで、うちこそはアダム様の正妻! 大地の精霊のリリスちゃんやでえ」




