第107話 イレギュラー
スタ
邪神を追って砂漠の裂け目に飛び込んだ三人は、地の底まで続くかのような亀裂の底へと降り立った。
邪神の攻撃の凄まじさを物語るその場所は、日の光もほとんど届かないために、暗く陰惨な気配を漂わせていた。
「だいぶ視界が悪い場所だね。みんなも警戒を怠らないように。崩れた岩の影になっている場所には近付いちゃ駄目だよ」
「あ、そうだ!」
ラトは懐からライティングのスクロールを取り出した。
「ドルビィからいっぱい貰っておいて良かった」
ラトがスクロールを開くと光の玉が出現して周囲を照らす。
「ふむ、邪神の姿が見当たりませんね。あの邪神の苦しみ方であれば、そう遠くまで逃げることは出来ないと思うのですが……」
何かを発見したエイスが地面を指差す。
「これを見てごらん。おそらくは、邪神が身を引きずりながら進んだ痕跡だろう」
「クックック、往生際の悪い虫けらですね。みなさん、絶対に邪神を追い詰めますよ」
三人は警戒をしながら邪神の形跡を追って進んでいった。
「……おかしいね。だいぶ進んだのに邪神の姿が見えない。どう言うことだろう?」
「本体だけのあの弱りきった状態では、この裂け目を登って地上に逃げることは出来ないでしょう。必ずこの亀裂の底に居るはずなのですが……」
ドルビィとエイスが疑問を深めていく中、ラトが亀裂の断面に何か違和感を感じる。
「ん? 何だあれは? もしかして、植物の根か?」
「……まさか」
ドルビィが断面にむき出しになった根に駆け寄る。
「何と言うことです…… これはユグドラシルの根…… こんな離れた場所にまで根を生やしていたなんて……」
「おい、これを見ろ! 何かが根の中を掘り進んでいった穴があるぞ!」
「く、やられました。邪神はこの星の外気に触れることのない、安全なユグドラシルの根の中に逃げ込んだのです。これは不味いですよ。このまま根の中を進んで行かれては、ダークエルフの里へと逃げられてしまいます。そうなれば、新たに里の住人へと寄生をされてしまう可能性が!」
「ドルビィ! 君は飛行魔法で先にダークエルフの里に戻ってくれ! 我々もミーシャが復活をし次第、急いでダークエルフの里へと向かう!」
「分かりました! 本当に肝心な時に役に立たない蜥蜴ですね」
ミーシャへの悪態を吐きながらドルビィは空へと浮かび上がった。
「あ、ちょっと待って。僕が全力でドルビィを放り投げて加速させるから」
ラトはドルビィの意見も待たずに体を背負って走り出した。
タタタタタタ
「ちょ、ラトさん待ってくだ……」
「おりゃ!」
ピュー
風圧で顔が波打ちながらドルビィが飛んでいく。
「あばばばばば、なんて無茶を…… ですが、これなら直ぐにでもダークエルフの里に戻れますね。クックック、さらに加速させます! アクセルブースト!」
パン!
ドルビィの前方に幾重にも連なった魔法陣が現れる。
その中をドルビィの体が通り抜けると、破裂音を響かせながらドルビィの体が音速を越えて飛んでいく。
キーン
ズザザザザザ
あっという間にドルビィは悪魔の岩山頂上へと到着をした。
「ダークエルフの里は!」
ドルビィは急いで岩山の頂上からダークエルフの里を確認する。
夜明け前のダークエルフの里は、いつもと変わらずに静まり返っていた。
「……間に合った? まだ邪神は来ていない? いえ、ユグドラシルの根の内部に逃げ込んだ時点で、邪神の傷も回復をしているでしょう。根の中を掘り進んでいたとしても、出遅れた私より到着が遅いとは考えられません。そうなると、まだ悪魔の岩山の内部に居る? 何故ですか? 邪神は生物に寄生することを最優先に行動をするはず……」
ほどなくして最悪の予感がドルビィの脳裏によぎる。
「悪魔の岩山の内部…… まさか、大地の精霊の脱け殻に! いけません! あの体は、切り倒されたユグドラシルの魔素を使い生み出された体! あれに寄生をされては、孵化に不足していた魔素を補われてしまいます!」
ドルビィは慌てて悪魔の岩山頂上の転移陣に飛び込んだ。
シュイン
悪魔の岩山内部の転移陣に姿を現したドルビィは即座に戦闘態勢を取る。
「静かですね…… 邪神は何処ですか? すでに大地の精霊の体に寄生をしていると思うのですが…… サーチ」
ドルビィは探知魔法で邪神の位置を確認する。
「邪神と大地の精霊の体の位置情報が同じ…… やはり大地の精霊の体に寄生をしましたか…… しかし、何故その場から動かないのですか? あの体に寄生をして本来の力を取り戻したのならば、邪神は本能のままに暴れまわるはずですが……」
疑問が深まっていくドルビィであったが、意を決すると大地の精霊の体が保管されている部屋へと歩き始める。
カツーンカツーン
悪魔の岩山内部の通路にドルビィの足音が響き渡る。
「不自然過ぎますね。邪神は近付く者がいれば即座に襲いかかってくるのですが。 何故、何の反応もしない? まるで活動を停止しているかのようです……」
目的の部屋の前にドルビィは到着をするが、部屋の中からは物音ひとつ聞こえなかった。
「どうします? みんなが到着するのを待ちますか? いえ、理由は分かりませんが、邪神が活動を停止しているのなら今が好機なのでは?」
ドルビィは時間を惜しむかのように即座に決断をする。
「邪神にイレギュラーな事態が起きているのは間違いないでしょう。ならばこの期を逃す道理はありません」
ガチャ
ドルビィいつでも魔法を発動出来る準備をして扉を開けた。
部屋の中では大地の精霊の脱け殻が微動だにせず立っている。
それを見たドルビィは、緊張から解放されたように魔法の発動を止めた。
「間違いない…… あの中に邪神の生命反応があります。いったいどう言うことなのでしょうか…… 邪神は寄生した者の精神を支配してその者を操る…… 精神を支配? そうか! あの体は大地の精霊の脱け殻! つまり魂の根元たる魔素が存在しない! 支配する魂が無ければ、寄生をしても体を動かすことが出来ないのですね! 邪神は一度生物に寄生をしたら、その者の体が無くなるまで絶対にその体から離れない。クックック、まさか邪神の特性にこんな盲点があったとは」
全てを察したドルビィは部屋の椅子に腰を掛け、収納魔法からティーセットを出して紅茶を飲みはじめた。
現状での邪神の危機は去ってが、それで全てが終わりではない。
将来的な邪神の脅威、これからのダークエルフの里など、ドルビィは先のことを考えていた。
「クックック、いまの私ではまだまだ力不足ですね。無詠唱での転移魔法の研究を急がねばなりません。術式の圧縮には難航をしていますが、これが完成をすれば必ずや魔神様への強力なサポートとなるはずです。ともあれ、私も同じ他人の体を奪う存在として気を付けなければいけませんね。どんな時にもイレギュラーは起こり得ます。転生術を使う際には、自分を無くすことが無いように心掛けなければ…… おっと、そろそろエイスさんたちがダークエルフの里に戻ってくる頃でしょうか」
ドルビィは収納魔法でティーセットを片付けて、皆を出迎えるために再び悪魔の岩山頂上へと移動をした。
バサバサ
ミーシャに乗ったエイスたちが悪魔の岩山頂上にやって来る。
「ドルビィ、これはどう言うことだい? なぜ邪神がいないんだい? まさか、君一人で倒したなんて事はないだろ?」
「お、愚か者が! こ、こんな虫けらが一人で邪神を倒せるなど……」
即座にエイスの言葉を否定するミーシャだったが、挑発するような笑みを浮かべるドルビィを見て言葉がつまる。
「邪神は私が倒しました」
狼狽えているミーシャが面白かったので、ドルビィは軽口を叩いてミーシャのことをからかってみた。
ピュー
ドサッ
ミーシャは白目を剥いて悪魔の岩山頂上に落下した。
それを見たドルビィは腹を抱えて笑っている。
「いたたた…… おい、ドルビィ! 僕たちが乗っているんだぞ! 変な冗談なんか言うな!」
ミーシャの下敷きになったラトは、両手を振り上げながら怒っている。
エイスは落下寸前でミーシャから飛び降り華麗に着地をした。
「……で、邪神はどうしたんだい? 疲れたから眠ったなんて事もないだろ?」
「邪神は……」
ドルビィは悪魔の岩山内部で見たことをエイスに説明する。
予想外の出来事を知らされエイスは言葉を失っていた。
「つまり、大地の精霊の体に寄生しているかぎりは、邪神は永遠に眠ったままだと言うのかい?」
「その通りです。あくまでも魂の根源たる魔素が、あの体に存在しないことが条件です。再び大地の精霊があの体に戻ることでもあれば、即座に大地の精霊の精神は邪神に支配をされ、完全な状態で復活を遂げた邪神によってこの星は滅ぼされてしまうでしょう。そうですね、大地の精霊には二度と精霊界から出てこないように、魔神様にきつく命じて頂きましょう。魔神様は今どちらにお出でで?」
「魔神様はカムジに里の宿屋にお連れしてもらって休んでいるよ。この状況でギルの屋敷にお連れしたら騒ぎが大きくなるからね。ともあれ、邪神の件が片付いていたと知っていれば、ギル殿の屋敷でゆっくり休んでもらった方が良かったけどね。魔神様には夜が明けたらギルの奥方に会ってもうとしよう。その時にギルのことも説明しようと思う。ラトもそれで良いよね?」
「ああ…… 今母上を起こして僕が父上のことを話すより、魔神様が一緒に説明てくれる方が母上の混乱も少ないだろう」
「いい判断だよラト。君ならギルが居なくても、このダークエルフの里をより良い方向へと導いていけるだろう」
「……」
ドルビィは無言で二人の話を聞いている。
少し離れた場所では、ミーシャが相変わらず白目を剥きながら泡を吐いていた。




