第106話 魔神vs邪神
ドドドドドド
ドカーン
ババババババ
ガガガガガガ
途切れることのない魔法が邪神へと放たれていた。
邪神は何度も接近を試みるが、まさに息のあった連携でドルビィとエイスは邪神の動きを封じ込めている。
「接近はさせません! メテオバースト!」
上空から巨大な隕石が邪神に降りかかる。
「術式を多重化するよ! トリプルマルチプレキシング!」
ドカーン
ドルビィの術式にエイスが介入すると、落下する巨大な隕石は三つに増殖をして砂漠地帯へと衝突をする。
「す、すごい…… こんな高度な術式を二人で共有をするなんて……」
自身の常識を遥かに越える二人の魔法技術に、ラトは固唾をのんで見守っている。
シュ
「ラトさん! 糸が来ました!」
「ああ、任せろ! おりゃ!」
ドン
襲いかかる無数の糸をラトは一撃で吹き飛ばす。
「クックック、素晴らしい一撃でしたよ。これ程の物理攻撃はそうそうお目にかかれる物ではありませんね」
「それだけに惜しいね。ラトが魔神様の眷族になれば、この世界で最強の戦士になれるだろうに」
「さっきも言っただろ。僕は魔神様の眷族にはならない。僕には父上亡きあとのダークエルフの里を導びく責務がある」
「ああ、分かっているよ。それよりも、少し不味い雰囲気になってきたね」
「はい、徐々に邪神の攻撃が激しくなってきています。おそらくギル殿の体に慣れてきたのでしょう」
「なあ、魔神様の回復には後どれくらいの時間がかかるんだ?」
「うーん、そもそも回復の定義によるかな。完全回復をするとなると数年は必要だね。魔法を一度行使するだけの魔素なら、もうそろそろ回復が出来ている頃かもしれない」
「はあ? 一度だけ? たった一発の魔法であの邪神を倒すことが出来るのか?」
「分かりません。そもそも、本来であればいかに魔神様と言えども、一人で邪神を倒すことは出来ないのです。実に憎たらしいことですが、邪神を滅ぼすのには聖女の力も必要なのです。ただし、それは完全な状態での邪神の場合です。今の邪神は不完全な孵化により、あまりにも脆弱な状態です。今の状態の邪神であれば、魔神様単独で滅ぼすことが出来るはずです」
「……」
勝利を確信しているドルビィの発言を聞いても、ラトは不安を隠しきれないでいた。
幼い頃から父より魔神の偉大さを教えられていたが、ラトは魔神とは一度も会った事がない。
現状、足止めには成功をしているが、邪神との根本的な生物としての優劣の差を、幼いながらもラトは本能で感じ取っていた。
「ラトさん! 気を抜いてはいけません!」
「え?」
次の瞬間、ラトの背後にギルが立っていた。
「馬鹿な、速すぎる! 今までは手を抜いていたとでも言うのか!」
シュ
鋭い鎌に変化したギルの腕がラトの首筋に振り下ろされた。
(あ、僕死んだ)
スカ
回避不能と思われた邪神の一振が虚しく空を切る。
「クックック、どうやら間に合ったようですね」
「ああ、まさに危機一髪だったね。しかも、あの御姿は……」
「あれ? 何で僕生きているんだ?」
お姫様だっこをされたラトは、ゆっくりと顔を上げる。
「グルルルルル」
ラトを抱えた人物は全身を高濃度の魔素で覆われていた。
その姿は人と言うよりも、人の形をした漆黒の獣のような姿だ。
「既に執行官モードになっておられる様ですね。ラトさん、すぐにその場から避難をしてください。魔神様の戦闘の邪魔になってしまいます」
「え? あ、ああ、わかった」
ラトは魔神の腕から飛び降りると急いで後方へと走っていく。
(あの人が魔神様? 魔素が濃すぎて顔が分からなかった……)
ドルビィとエイスも戦闘の邪魔にならないように、ラトの後を追って避難をする。
「ギギギギギギ?」
「グルルルルル!」
獣のように四つん這いの体勢を取る魔神のことを、邪神は首を傾げて見つめている。
次の瞬間、邪神に寄生されたギルの顔がいびつに歪んだ。
ぐしゃ
ドカーン
一瞬で邪神が遥か彼方へと吹き飛ばされる。
「うわ! なんだ? 殴ったのか? 速すぎて何にも見えなかった!」
必死に衝撃波に耐えながらラトは目を凝らしている。
「目視を出来ないのも仕方がない。あの状態の魔神様は、間違いなくこの星で最強の戦闘力を持っているからね」
「その通りです。ですが、あの程度の攻撃では……」
ドゴーン
魔神が振り抜いた拳を引き戻すよりも早く、吹き飛ばされたはずの邪神の拳が魔神の顔面に叩きつけられる。
「ギギギギギギ?」
自身の攻撃が直撃したはずの魔神が吹き飛ばないことに邪神は戸惑っているようだ。
邪神の攻撃は間一髪のところで魔神の掌で受け止められていた。
グシャ
魔神が掴んだ邪神の拳を握り潰す。
「ギギギギギギ!」
ドゴーン
魔神の強烈な蹴りで邪神は再び吹き飛ばされる。
「おいおい、圧倒的じゃないか魔神様は! このまま邪神を殴り倒せるんじゃないか?」
魔神の強さを目の当たりにしたラトが歓喜の声をあげる
「よく目を凝らすんだよラト。潰された邪神の手はすでに回復をしている。不完全な状態なのに恐ろしいほどの回復力だ…… 邪神がギルの体に完全に馴染む前に、勝負を決めなければ……」
「え? 目を凝らすって、エイスにはあんな遠くに吹き飛ばされた邪神が見えるのか?」
ドカーン
凄まじい衝撃音と共に、魔神の立っている場所に砂煙が立ち上る。
ラトは巻き上がる砂煙を凝視しているが、ドルビィとエイスはラトとは逆の方向を険しい表情で見つめている。
「え? 何? 後ろ? 嘘だろ、みんなこの戦闘が見えているのか?」
「安心してくださいラト様、私も全く見えていません!」
堂々と胸を張りながらカムジがラトを擁護する。
「カムジ…… 普通の人がいてよかった」
ラトとカムジが熱い包容をする。
「ギギギギギギ」
邪神は吐き出した複数の糸を絡み合わせて、上空に巨大な剣を形作る。
スパーン
巨大な剣が振り下ろされると、遥か彼方まで砂漠の大地が切り裂かれた。
「ああ! 魔神様が殺された!」
砂漠に出来た亀裂の斜線上には、真っ二つに両断された魔神の姿があった。
「大丈夫、あれは魔素の残滓による分身さ。視覚だけに頼らず、五感全てで感じるんだ。魔神様の本体はほら……」
邪神の背中に魔神の掌が添えられている。
「ヘルファイア」
ボウ
添えられた魔神の掌から、漆黒の炎が邪神の全身を包み込む。
「あれは最上位の精霊魔法だよ。対象を燃やし尽くすまで消えることのない地獄の業火さ」
「消えない炎…… それじゃあ魔神様の勝利か?」
「……邪神が恐ろしいのは、純粋な強さ以上にその生存能力にあります。まさに不死とも言える再生力によって、全ての攻撃を無効化してしまうのです。消耗戦になったら魔神様と言えども勝ち目がありません。この魔法で倒せなければ……」
「ギギギギギギ!」
黒い炎に包まれた邪神は苦痛で転げ回り、瞬く間にギルの体が灰になっていく。
「おお、やりましたか!」
ドルビィがフラグを立てた。
シュルルル
炎の中から無数の糸が飛び出して魔神の全身を拘束する。
「グル?」
次の瞬間、真っ黒に炭化したギルの口から、魔神目掛けて邪神の本体が襲いかかる。
「させないよ」
ドカーン
魔神の口元寸前でラトの一撃が邪神を吹き飛ばした。
「ラトさん!」
「ナイスだ、ラト!」
「おお、ラト様!」
邪神の奇襲に反応できなかった一同が沸き上がる。
「ふう…… 別に、魔神様の強さを疑ったわけじゃないけどな。実際に見たことがなかったおかげで、勝利を確信せずに僕だけが咄嗟に動くことが出来たようだな」
「ギギギギギギ!」
砂漠に投げ出された邪神が苦しそうにもがいている。
「え、僕の攻撃が効いたのか?」
「いや、邪神の本体はこの星の空気に耐えられないんだよ。それ故に、邪神はユグドラシルの大樹の外で活動をするため、この星の生物に寄生をする必要があったんだ」
「耐えられない? それじゃあ、このままの状態で放置をすれば、邪神は勝手に滅びるのか?」
「はい。万全の状態の邪神であったのならば、その規格外の再生力によって、ギル殿の体内から邪神の本体を排除すことは出来なかったでしょう。後は息絶えるまでの間、邪神を逃がさないようにすれば我々の勝利です」
再度ドルビィがフラグを立てるのと同時に、邪神は悶え苦しみながら砂漠に出来た亀裂へと転がり落ちる。
「あ、逃げた」
「逃がしちゃだめだ! 我々も邪神を追って亀裂の底に降りるよ!」
「はい。カムジさんはこの場に残って、魔神様のお側についていて下さい。どうやら、先程の魔法で魔素を使い果たしてしまったようです。もう少しすれば死んだミーシャも復活すると思いますので、彼女にダークエルフの里まで運んでもらってください。なんの役にも立ちませんでしたが、それくらいは彼女に働いてもらいましょう」
魔神は前のめりの状態で砂漠に倒れていた。
全身を覆っていた魔素も無くなっているようだ。
「かしこまりました。皆さんもお気を付けて下さい」
「おう、まかせろ。必ず邪神の最後を見届けてくる」
ラトは手を振りながら亀裂の底へと飛び降りていった。




