第105話 ミーシャ死す
「フシュー、なるほどのう。ギルの小僧めが封印の確認するために、うっかり石櫃を開けてしまったのか…… はあ、あまりにも愚かすぎて怒る気にもならぬわ……」
砂漠地帯へと吹き飛んだギルを追うために、ラトたちはミーシャの背中に乗って移動をしていた。
移動中にこれまでの経緯を聞いたミーシャは、心底呆れた顔をしながら空中を飛行している。
「ドルビィの見立てによれば、遅かれ早かれ邪神の誕生は避けられない状態だったそうだ。むしろ、完全に力をつける前に父上が封印を解いてしまったことにより、邪神は不完全な状態で生まれる結果になったんだ。父上の犠牲も決して無駄ではなかったのだろう」
「……お主はそれで良いのか? 邪神に寄生されたのはお主の父親なのじゃぞ?」
ミーシャの問いに、躊躇うことなくラトは答える。
「悲しむことは後でいくらでも出来る。いま僕が下を向いていたら、その時間さえ無くなってしまうからな。残された母上や里の者に、これ以上の悲しみをもたらしては駄目なんだ。それが、カーラング家に生まれた僕の責務だ」
「フシュー、たかが数十年しか生きていない小童の癖に、可愛げのないことを言いよるわ。長寿のダークエルフ族とは言え、まだまだお主は子供なのじゃ。難しいことなど考えずに、気楽に成長をしていれば良いものを」
「ふふふ、生き方なんて人それぞれだよ。それに、私はラトのような子供は好きだけどね」
ラトと出会ってから間もないエイスだが、ラトのことを非常に高く評価しているようだ。
「うう…… ギル様は犠牲になってしまいましたが、ラト様が居てくださればダークエルフの里は安泰です。きっとギル様もお喜びのことでしょう」
重苦しい空気の流れるなか、居心地が悪そうにドルビィは口を開く。
「あの…… 盛る上がっているところ宜しいですか? 私だけ悪魔の岩山に置いていくとは、少々薄情ではありませんか?」
悪魔の岩山に取り残されたドルビィは、飛行魔法を使ってミーシャに追い付いていた。
「フシュー、阿呆ドルビィよ! 許可をしていないのに、勝手に我の背に乗るではない!」
「私としても、貴方に乗って移動をするのは不本意なのですが、極力魔素の消費は控えたいのでここで休ませて頂きますよ。貴方も自己中心的な考えは控えて、もっと大局を見て発言をしてください。クックック、蜥蜴の頭には少々難しいですかね」
「フシュー、いつか必ず殺してやるからな……」
睨みあう二人を横目に、エイスは前方の砂漠地帯に立ち上る砂煙を見つける。
「見えた、あの砂煙の中に邪神がいるよ。ダークエルフの里から距離も離れているし、ここでなら周囲の被害を気にしないで戦える。ミーシャ、手加減なしで全力で暴れていいからね」
「フシュー、砂漠の地形が変わっても知らぬぞ。お主らも吹き飛ばされるでないぞ」
ミーシャは大きく息を吸い込み、前方の邪神目掛けて口を開いた。
次の瞬間、幾つにも連なる巨大な魔法陣がミーシャの前方に出現する。
カッ
乾いた様な衝撃音が響き渡り、まるで太陽のような紅蓮の火球が邪神へと解き放たれた。
ドカーン
火球が邪神の立つ大地へと激突すると、天を突くような火柱が空高くへと舞い上がる。
凄まじい衝撃波を周囲に巻き起こしながら、火球は数百メートルにも及ぶ巨大なクレーターを砂漠地帯に作り出していた。
「おお、とんでもない威力のブレスだ。ミーシャって凄いドラゴンなんだな」
「ふん、当然じゃ。我はこの星の守護竜たるエレメンタルドラゴンなのじゃからのう。単純な個としての戦闘力では、我は魔神や聖女よりも強いのじゃぞ」
「クックック、寝言は寝てからいうものですよ。ラトさんも、脳筋蜥蜴の言うことなんて真に受けてはいけませんよ。守護竜などと偉そうに威張っておきながら、邪神に歯が立たず魔神様に泣きつく哀れな存在ですから」
「ぬおー! 降りるのじゃドルビィ! この場で今すぐに骨も残さず灰にしてくれよう!」
激昂をするミーシャの上で、ドルビィは楽しそうに笑っている。
「……ドルビィってこんなキャラだっけ? 普段は知的で気遣いの出来る優しい大人に見えていたんだけどな」
ここ数日間ドルビィと過ごしてきたラトは、自分の知っているドルビィとの変わりように戸惑った表情をしている。
「ふふふ、昔からこの二人は仲が悪いんだよ。まあ、ラトもすぐに慣れると思うから、あまり気にする必要はないよ」
シュルルル
砂漠に出来たクレーターの中心から、無数の糸がミーシャに向かって襲いかかってくる。
ガシッ
「な、なんじゃ! 糸が体に絡み付いてきおった! ぬ、ぬおー!」
ミーシャの体が凄まじい力でクレーターへと引き寄せられていった。
「これはいけませんね。皆さん、急いでこの蜥蜴から飛び降りて下さい。このままでは、我々も一緒に砂漠の大地へと激突してしまいます」
「な、貴様! 逃げないでこの糸を何とかするのじゃ! ちょ、皆まで一緒に逃げるではない!」
ヒョイ
躊躇することなく避難するドルビィたちに困惑しながらも、ラトは申し訳なさそうな顔をしてミーシャから飛び降りた。
「こ、この薄情者どもがああああ……」
ドーン
クレーターの中心に衝突するミーシャの姿を見て、地上に下りた一同は黙祷を捧げている。
「気に入らない蜥蜴でしたが、ここまで運んでくれたことには感謝しますよ。クックック、安らかに眠ってください」
「一緒に逃げた僕が言うのも何だけど、ドルビィって意外と酷い奴なんだな」
「そんなことよりも気を引き締めるよ。どうやら、先程のラトの攻撃では邪神にダメージを与えられなかったようだ。ここからが正念場だよ」
「エイスも大概薄情な奴だな。魔神様の眷族ってこんな奴らの集まりなのか?」
「ミーシャ様のことなら心配は要りませんよラト様。あの方はこの星の意思から生まれたエレメンタルドラゴンです。この星が無くならない限り、何度でも甦ることが出来る存在なのですよ。そもそも、あの程度では傷一つ負っていないはずです」
「いや、無事だとしても怒るだろ……」
キラ
クレーターの中心が光り輝き、巨大な火球がラトたちに向かって放たれる。
「うお! 何か来た!」
ラトたちは散り散りになって、襲いくる火球を回避した。
ドカーン
砂漠地帯にもう一つのクレーターが作られた。
「く、蜥蜴風情が我々に反旗を翻しましたか。まったく、空気の読めない愚か者ですね」
「いや、そりゃこうなるだろ……」
ラトは今まで自分のことをわがままな性格だと思っていたが、魔神の眷族を見ていると自分は常識がある方ではないかと感じてきていた。
ポワポワポワ
クレーター上空にミーシャが飛び上がると、空を埋め尽くすほどの数多の魔法陣が展開される。
「ふむ、あれは不味いね。あの数のブレスを放たれたら、ダークエルフの里もろともこの周辺一帯が全て吹き飛ばされてしまう」
「魔神様がまだダークエルフの里にいると言うのに…… 何という不敬…… エイスさん、ミーシャを殺ります。貴方も協力をしてくださ……」
ブシュー
ミーシャの体から血が吹き出し、その巨大な体がクレーターへと落下していった。
ドサッ
ミーシャが力なく大地に伏すと、空を埋め尽くしていた魔法陣も消え去っていく。
「お、おい、ミーシャが死んでるぞ? 邪神に殺られたのか?」
「ラトさん、目に焼き付けておくのですよ。感情に流されて大局を見失った者の末路です」
ドルビィのミーシャに対する態度は全くブレないのであった。
過去によほどの確執が二人の間にあったのだろう。
「ミーシャが倒れたのは戦力的に痛手だけど、こればかりは邪神に感謝をするよ。危うく砂漠地帯の地形が変わってしまうところだったな。ドルビィ、ラト、無理にこちらから仕掛ける必要はないからね。我々の役目は、魔神様の回復まで少しでも時間を稼ぐことだ」
「わかっていますよ。私も魔素を温存しながら足止めに努めます。それでは、アイスシャリベンから受けてもらいましょう」
ドルビィの頭上に無数の氷柱が出現して邪神へと襲いかかる。
ドドドドドド
氷柱はクレーターの中心にいる邪神に次々と命中をした。
「な、アイスシャリベンだって? 最上位の魔法じゃないか! おい、ドルビィ! 魔素は温存するって今自分で言っていなかったか!」
初手から魔素の消費量が激しい最上位魔法を使用したことに、ラトは怪訝な顔をしている。
「クックック、私は己の魔素に術式を刻むにあたり、極限まで術式の最適化をしているのです。それ故に、最上位魔法でさえも無詠唱、低消費の魔素で発動することが出来るのです。そして、私は己の魔素に千を越える術式を刻んでいます」
「まあ、あまりお勧めはしないやり方だけどね。魔素とはその者の魂そのものだ。魂に傷をつけるなんて方法は、後々どんな後遺症が自身に起こるか分かったものじゃないよ。ましてや膨大な数の術式を魔素に刻むなんて、肉体を捨てた情報生命体のドルビィにしか出来ない荒業だろうね」
「肉体を捨てた?」
「クックック、私への疑問は後程にしましょう。私は攻撃の手を緩めずに邪神の接近を防ぎます。エイスさんは先程と同じように補助魔法での支援をお願いします。ラトさんとカムジさんは、邪神の糸の攻撃が来た時にそれを防いで下さい」
「わかった、あの糸の攻撃は僕に任せてくれ。全部叩き落としてみせる」
「ふむ、またドルビィがリーダーみたいになっているのは釈然としないけど、それについての文句は後にするとしよう」
「クックック、それでは皆さん頑張りましょう」
「「「おー」」」




