第104話 頼もしい援軍
ラトは深く腰を落とすと、右腕を後方へと振りかぶって力を溜める。
その動作を見たエイスは、呆れたように大きく口を開いている。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ…… 君は何を…… いや、もしかして、邪神を殴るつもりなのかい? 時の止まったこの世界では、如何なる存在も傷つけることが出来ないと、私は何度も説明をしているよね? 仮に、君が攻撃をする瞬間に私が時止めを解除しても、生半可な攻撃では邪神にダメージを与えることは不可能だ。一撃で邪神を倒すことが出来なければ、反撃をされて返り討ちにあうだけだよ。万全な状態の魔神様でさえ、聖女の力がなければ倒すことが困難な邪神を、君は一撃で倒すことが出来るとでも言うのかい?」
「お前は頭が固いんだよ。時間を稼ぐのが目的なら簡単じゃないか。別に倒せなくてもいい。邪神に反撃する暇さえ与えずに、遠くまで吹き飛ばせばいいんだ。生まれてこの方、父上に手をあげたことは無かったが…… 申し訳ありません父上、殴らせてもらいます……」
ラトは極限まで力を溜め込んだ拳をギルに叩きつけた。
ドーン!
ラトの渾身の一撃を受けたギルは、一瞬で砂漠地帯の遥か彼方へと吹き飛ばされる。
「う、うそおおおお!!!!!!!!」
ラトの攻撃によって生じた衝撃波により、エイスは絶叫しながら後方へと転がっていく。
「おー、ずいぶん遠くまで吹っ飛んでいったな。最近、体に溜まった魔素を発散していなかったから、思った以上に威力が出たみたいだ。おい、見たかエイス。これで時間を稼ぐことが出来ただろ?」
ラトはすっきりした表情をしながら、後方のエイスへと振り返える。
「……何してるんだエイス?」
ラトの視線の先には、頭から地面にひっくり返ったエイスがいた。
エイスの上着は衝撃波で吹き飛んでしまい、上半身が裸になっている。
(ば、馬鹿な…… なんて威力の攻撃なんだ…… 長寿のダークエルフ族とは言え、まだまだラトは幼い年齢のはず。いまのラトの一撃は、叡智の仮面をかぶった獣人のドルフをも上回る威力があった。もしも、この幼いダークエルフの少年が魔神様から叡智の仮面を授かったとしたら、いったいどれ程の強さになるのだろうか…… ふふふ、面白い少年が居たものだな)
恥ずかしい格好でひっくり返っているエイスは、不適な笑みを浮かべている。
「なんだ、気持ち悪い奴だな。て言うか、なんでお前は上半身が裸になっているんだよ。やっぱり、露出狂の変態エルフだろ?」
「どうやら、君の攻撃による衝撃波で、上着が破れてしまったようだ。気にしないでくれ、全ては恐ろしい呪いのせいだよ。それよりも、素晴らしい攻撃だったよラト。いまの一撃は、魔素の体内操作によって威力を高めたのかい? ふむ…… 極東の島国にそのような武術があると聞いたことがある。君のそれは誰かに教わったのかい?」
「はあ、呪いねえ…… どこまでが本気なのか…… いまの攻撃は自然と覚えたんだ。僕は魔素量が多いのに、魔法が一切使えないからな。こうして定期的に溜まった魔素を発散しないと、魔素酔いが酷くて気分が悪くなるんだよ」
「なるほど、子供の体では収まりきらない程の魔素か…… よし、今回の危機を無事に切り抜けたら、ラトも我々と一緒に来ないか? 君には素質がある。こんな寂れた砂漠地帯でくすぶっているのには勿体ない才能だ。君のその力で我々と一緒に戦って欲しい」
「それは僕に魔神様の眷族になれってことか? まあ、外の世界には興味もあるし、ドルビィはスクロールを沢山くれる。悪い誘いじゃないけどな…… だが断る!」
「ええ! 何でだい? 魔神様のお側にいれて魔神様の力になれるんだよ? 亜人種として生まれた我々にとって、これ以上の光栄なことはないだろ?」
「……父上はもう助からない。信じたくなくとも、僕は受け入れなければならないのだろう。父上が居なくなるのならば、残された者が里の統治をしなければならないんだ。でも、とてもじゃないが母上一人では荷が重すぎる。母上は呆れるくらいの自由人だからな。この状況で僕までこの里から居なくなってしまったら、求心力を失ったカーラング家はそう遠くない未来に途絶えてしまうだろう。僕はこの地に残り、カーラング家を、そしてダークエルフ族を守らなければいけないんだ」
エイスはゆっくりと立ち上がり、嬉しそうな表情でラトを見つめる。
「ふふふ、無粋なことを言って悪かったね。ギルは良い息子を持ったものだ。ラトの決意を無駄にしないように、必ずやこの場で邪神を討伐しないといけなくなったね」
ラトは照れ臭そうにエイスから顔を背けている。
そんな感動的な雰囲気をぶち壊すように、興奮した様子で騒がしくする者たちがいた。
「おお、ドルビィ様! 邪神の姿がありません! ドルビィ様の魔法で、邪神は跡形もなく消滅をしましたよ!」
「え? ほ、本当ですか? クックック、不完全な状態の邪神では、爆裂魔法の四連撃には耐えられなかったようですねえ。事前に周囲を結界で覆っていたので、悪魔の岩山にも被害は出ていないようです。クックック、魔神様の見せ場がなくなってしまって残念ですねえ(笑)」
静止した世界での状況を把握していないドルビィとカムジは、邪神を倒したと勘違いして浮かれている。
「はあ、あそこの馬鹿な二人は放って置くとしよう…… 我々は急いで邪神のことを追うよ。ダークエルフの里に被害が出ないように、砂漠地帯で邪神との決着をつける」
「でも、かなり遠い距離にまで吹き飛ばしたぞ。どうやって邪神を追うんだ?」
バサバサ
悪魔の岩山上空で何かが羽ばたく音が聞こえてくる。
「ふむ、どうやら頼もしい援軍が来たようだね。ドルビィは彼女にも協力を要請していたようだ」
「な、ド、ドラゴンだと!」
ラトは上空に現れた巨大なドラゴンを見上げる。
「やあ、ミーシャ。良いタイミングで来てくれたよ」
「フシュー、ドルビィの阿呆からの呼び出しに答えるのは不本意じゃが、ダークエルフの里から魔神の魔素を感じたからの。久しぶりの再開に来てやったわ」
「ははは、ミーシャとドルビィは仲が悪いからね。と言うより、ミーシャは人族が嫌いなんだっけ?」
「別にそう言うわけではないがの。じゃが、聖女は人族に少々肩入れしを過ぎておる。まあ、自身の子を大切に扱う気持ちもわからぬではないが、だからこそ善意を悪意に利用されてしまうのじゃ。それと、我がドルビィのことを嫌うのは、単に奴の笑い方が気持ち悪いからじゃ」
ミーシャの存在に気がついたドルビィは、挑発的な笑みを浮かべながら近付いてくる。
「おやおや、誰かと思えばミーシャさんではありませんか。クックック、救援を要請した私が言うのもなんですが、来るのが遅すぎですねえ。すでに邪神は私が倒してしまいましたよ。クックック、無駄足になってしまい申し訳ありませんねえ(笑)」
「エイスよ…… この愚か者を殺しても構わぬか?」
「喧嘩をするのは後にしてくれ。急いで砂漠地帯まで吹き飛ばした邪神のことを追いたい。ミーシャの背中に我々を乗せて運んでもらいたいのだけど、お願いを出来るかい?」
「ふん、我をそこの阿呆と一緒にするでない。いま成すことなど心得ておるわ。邪神を追うぞ、そこの阿呆のドルビィ以外は我の背に乗るのじゃ」
その場の一同はミーシャの背に乗ると、邪神を追って砂漠地帯へと飛んで行った。
悪魔の岩山に残されたドルビィは呆然と立ち尽くしている。
「え? 何で?」




