第103話 静止した世界
悪魔の岩山頂上にある転移陣から、ドルビィたちの姿が現れた。
岩山の中央では、黒く禍々しい漆黒の魔素が揺らめいている。
暗闇に溶け込むかのように高濃度に圧縮をされた魔素は、まさに夜の世界の支配者のごとく圧倒的な存在感を漂わせていた。
「ゴ、ゴクリ…… あ、あれは生物なのか? あのとんでもない魔素の中にいるのが魔神様?」
ラトは生まれて此の方感じたことがない、圧倒的な絶望の魔素に息をのんでいる。
「どうだい? とてつもない魔素だろう? あの漆黒の魔素の中にいらっしゃる御方こそが、我々の主にしてこの世界で最も偉大なる御方、魔神様その人さ」
「す、凄い…… 魔素の大きさとか色とかじゃなく、根本的な魔素の質が他の生物と違いすぎる……」
「クックック、当然ですよ。魔神様はこの世界の全ての亜人種の創造主であるのです。人族として生まれた私とは異なり、亜人種であるダークエルフ族として生まれたラトさんになら、よりいっそう魔神様の偉大さを実感することがで出来るでしょう」
「くそ、漂う魔素が濃すぎる。これじゃ魔神様の姿が見えないじゃないか」
「ふふふ、邪神を討伐したあとにゆっくりと拝見すれば良いよ。それよりもドルビィ、邪神の現在地は分かるかい?」
「悪魔の岩山頂上に向かって、真っ直ぐに進んで来ています。間もなく、この場へと姿を現すでしょう。魔神様の回復までには、もう少し時間を稼ぐ必要がありますね。我々では邪神に傷を負わせることは難しいですが、力を合わせれば時間を稼ぐことくらいは出来るはずです。特に、エイスさんには期待をしていますよ。貴方の時を操る魔法は、こう言う状況でこそ真価を発揮するでしょうからね」
「任せたまえ。まあ、なぜかドルビィがリーダーみたいになっているのには、少々不満もあるが…… 断っておくが、魔神様の眷族で一番の古株は私で、さらに私はあの伝説の魔女様の……」
「来ます、前方50メートル! エイスさん、スロウの準備を!」
「承知!」
エイスはスロウの魔法を詠唱すると、両手を前方へと向けた。
ドカーン
悪魔の岩山頂上の地表から邪神が飛び出してきた。
「父上! 止まってください!」
「残念だけど、もうこちらの言葉は届かないよ。ギル、君のことは嫌いじゃなかったんだけどね。悪いが邪神もろともこの場で死んでもらうよ! スロウ!」
「ギギ?」
エイスの放った魔法を受けてギルの体が光に包まれる。
ギルは一瞬戸惑ったように首を傾げるが、両手を地面につきながら這うようにしてラトに向かって突進してくる。
ドドドドドド
「ラト様! 私の後ろに下がってください!」
ガキッ
鎌のように変形した腕でギルはラトを襲うが、寸前の所でカムジの剣がギルの攻撃を受け止める。
「よし、動きが鈍くなっているね。スロウの魔法が通ったようだ。邪神が不完全な状態と言うのは間違いないようだな」
「カムジさん下がってください、邪神の拘束を試みます! チェインライトニング!」
ドルビィが両手を頭上にかざすと、上空から降り注いだ四つの稲妻がギルを後方へと吹き飛ばす。
目も眩むような光を放つ稲妻は、鎖の形状に変化をしてギルの四肢を地面へと拘束する。
バリバリバリ
「ギ、ギギ……」
鎖による物理的な拘束に加えて、稲妻による相乗効果でギルの神経は麻痺をしていた。
「おお、やったか?」
ラトがあからさまなフラグをたてる。
「さすがドルビィ様! これ程の高位魔法を無詠唱発動する者など見たことがありません!」
カムジがフラグに追い討ちをかける。
「ドルビィを称賛する前に、私の魔法を忘れないでくれよ。私のスロウのおかげで、ドルビィの魔法で容易く捕らえることが出来たんだからね」
「ギ、ギギ……」
邪神は地面に張り付けにされながら、悔しそうに歯を鳴らしている
どうやら、フラグに反して邪神は本当に身動きが出来ないようだ。
「みなさん気を抜かないで下さい。短時間しか持たない一時的な拘束魔法です! ともあれ、好機に眺めているだけと言うのは怠惰になりますね。ここは一つ、高威力の攻撃魔法でも放ってみましょう」
ドルビィが両腕を広げる。
「ダークバリア」
暗い正方形の結界が身動きの取れないギルを閉じ込める。
パン!
「クアドラプルエクスプロージョン」
ドドドドーン!!!!
ドルビィが広げた両手を叩くと、闇の結界内で最上位魔法による無属性の爆発が邪神をのみこむ。
「うわああああああ! うるせええええええええ!」
悪魔の岩山頂上に凄まじい爆発音が響き渡り、ラトは両耳を塞いぎながらしゃがみこんだ。
「無詠唱で発動をする爆裂魔法の四連撃か。また無茶な術式を魔素に刻み込んだね。しかし、これ程の魔法の連続発動は消費する魔素量が大きすぎる。ドルビィ、我々の目的は時間稼ぎだと言っていたはずだろ?」
「孵化したばかりの邪神は、バーストフレアの炎で火傷を負っていました。今は千載一遇のチャンスなのです。この期を逃がせば、邪神は着実に力を増していくことでしょう。魔神様が魔素を回復するまでに、少しでも邪神の力を削いでおく必要があります」
邪神を囲んでいたダークバリアの結界が消え、爆発により生じた煙が空へと昇っていく。
「あれほどの爆発だ…… 邪神に傷を負わすどころか、倒してしまったんじゃないか?」
またもやラトがフラグを立てる。
ドン
煙の中から地面を蹴る音が聞こえた次の瞬間、ギルはラトの目の前で腕を振り上げていた。
「え? 父上?」
シュ
鋭い鎌に変化をしたギルの腕が、ラトの首もとへ振り下ろされる。
トン
棒立ちをしているラトは背後から肩を叩かれる。
「はあ…… 時間をかせぐと言っておきながら、変に欲をかくからいらない反撃を受けるんだ。やっぱり、パーティーのリーダーは私のような年長者が相応しいな。ラトもそう思うだろ?」
ラトの肩越しに、得意げな顔をしたエイスが声をかける。
振り下ろされたギルの腕は、ラトの首筋寸前で止まっていた。
「エイス? あれ? なんで邪神は動きを止めているんだ? これはお前がやったのか?」
「ふふふ、驚いたかい? いま私は時を止めているんだよ。この時間の停止した世界で動いているのは、私と私に肩を捕まれたラトの二人だけさ」
「は? 時を止めた? なんだそのふざけた魔法は? チート過ぎるだろ? もしかして、お前ってとんでもない奴だったのか? ただの露出狂の変態じゃなかったのか?」
「な、なんか、あまり誉められてる気がしないんだけど…… まあ、今のは聞こえなかったことにしよう。邪神が動きを止めている隙に、私たちは後方へと避難をするよ」
「は? 避難をする? なぜ動きを止めた邪神に攻撃をしない? この状態なら、僕たちが一方的に攻撃が出来るじゃないか」
「この時の止まった世界にはルールがある。時を止めた私と、私と接触している者の二人だけだけが、この世界で動くことが出来るんだ。そして、この世界で停止している存在を傷つけることは出来ない。仮に攻撃をしようとして三人目に触れてしまうと、止まっていた世界は再び動き出してしまう。つまり、いま邪神を攻撃しても傷を与えることが出来ないどころか、動き出した世界で邪神に反撃をされてしまうだろうね」
ポカーンとした表情でラトはエイスを見上げる。
「なんだ、その微妙に使い勝手の悪い魔法は? やっぱりお前は使えない奴だな」
ガーン
エイスはショックを受けた。
「ええ…… いやほら、こういった緊急回避とかには凄い便利だろ? 実際に、私が時を止めたおかげでラトは助かったんだよ?」
「まあ、そうだな。僕が助かったと言うのは事実だ。微妙と言ったのは言いすぎだった、すまない。時間を止める凄い魔法のわりに、出来ることは少ない魔法と訂正をさせてもらう」
ガーン
エイスはショックを受けた。
「ラ、ラトははっきりと物事を言うタイプなんだね。しかし、文句ばかり言っているようではまだまだ子供だな。さあ、力のない者は大人しく後方へと下がりなりなさい。しかし、一日一回しか使えない奥の手を使ってしまったのは痛いな。魔神様の攻撃を確実に邪神に当てる手段として使いたかったんだがな」
「え? もしかして状況が悪くなった感じか?」
「楽は出来なくなったね。まあ、邪神は知性を持たずに暴れるだけの存在だから、時を止めなくても攻撃を当てるだけならそう難しいことではないよ。問題は、魔神様の力だけで邪神を倒せるかどうかだ」
「聖女の力ってのが必要なのか?」
「魔神様と聖女の力は…… いや、今はそんな話をしている状況ではないね。とにかく、安全な場所まで我々は避難をするよ」
ラトの肩を引っ張りながらエイスは後方に下がろうとする。
「はあ…… おい、馬鹿エイス! さっきも言っただろ? 今なら一方的に攻撃がやりたい放題なんだよ! 弱者のお前には何も出来ないようだが、この時の止まった世界でも僕なら時間を稼ぐことが出来る」
「じゃ、弱者? 時間を稼ぐことが出来るだって? ちゃんと私の説明は聞いていたよね? 時の止まったこの世界では邪神を傷つけることは出来ない。それなのに、君に何が出来ると言うんだい? 攻撃した瞬間に再びこの世界は動きだすんだよ?」
「僕は生まれつき魔素量は多いんだけど、どうにも魔法とかは苦手なんだよ。難しいことはあまり考えたくないからな。だから、僕には初級の魔法すら使えないんだ。それなのに、僕はカーラング家始まって以来の傑出と呼ばれている。それが何故だかお前に分かるか? 中途半端な魔法しか使えないお前にも見せてやる。本当の力ってものをな!」




