第11話 ミミズ少女とカリウス
サーチワームで探知した複数の魔素は、一箇所に固まって移動する様子はないようだ。
ドーラは魔素が反応を示した場所へと向かい、少し離れた岩山の影からこっそりと覗いてみる。
どうやら魔素の正体はこの国の騎士団のようであった。
辺りはすっかりと日も沈んでいるため、騎士団はこの場所で夜営の準備をしているようである。
どういうわけか、彼らは全員例外なく負傷をしており、その表情は皆一様に悲壮感を漂わせていた。
「あの人達みんな怪我してるけど何かあったのかな? ウップ…… 魔物にでも襲われたのかな? あ、あのテントに運ばれてる人は特に怪我の具合が酷そうだね。大丈夫かな? ウップ……」
怪我人の心配をしているドーラであったが、ドーラ自身も大丈夫ではなさそうである。
口を押さえた手の隙間からは、うねうねとワームが垂れている。
必死に吐き気を耐えているドーラであったが、ふとある作戦を閃めいて手を叩いた。
ポン
「ワン?」
「ふひひひ、いい事を思い付いた。上手くいけば、この国のお金が手に入るかもしれない。よし、行くよダイフク…… ウップ」
一方、カリウスは焦っていた。
ドルビィと名乗る魔神の眷族による突然の襲撃。
それによって受けた騎士団への甚大な被害。
団長のベッジが重傷を負ってしまった為、代わりに団の指揮は副団長のカリウスが取ることになっていた。
カリウス自身も片腕を負傷しているようだが、怪我の具合は比較的に軽いらしく、動ける他の団員を指揮しながら周囲への警戒を払っている。
(理由は分からないが、ドルビィは我々に止めを刺さずに姿を消した…… 奴の目的はいったい何なのだ? すぐに戻ると言っていたが、ここまで避難をする間では、ドルビィが追って来ることはなかった。うまく奴の追跡を撒くことが出来ていれば良いのだが…… 本来なら怪我の具合が酷い団長の治療ため、ここから遠くないアダマスの街に避難をしたかったんだがな……)
ドルビィからの再襲撃を警戒しているため、騎士団はアダマスの街に向かうことは出来なかった。
今の自分達にはドルビィの襲撃を止める力は残ってなく、アダマスの街にまで被害を及ぼすことを危惧しているのだ。
仕方なく怪我人が多いにもかかわらず、カリウスは無理をして王都へと戻る進路を取ることにしたのだった。
(騎馬を失なったせいで、思った以上に行軍が進まないな。怪我人の数も多い。回復のポーションも底をついてしまった。神官部隊に生存者がいれば良かったのだがな…… とにかく団長は予断を許さないほどの重傷だ。おそらく大神官クラスでないと、あの傷の治癒は出来ないだろう。なんとか王都まで持ってくれれば良いのだが……)
通常の遠征であれば、騎士団に神官が同行する事はない。
今回の遠征では村に生存者がいた場合に備え、特別に騎士団と一緒に同行をしてもらっていたのだ。
(神官部隊を失ったことを知れば、神殿勢力からの糾弾が厳しいだろうな。あいつらは今回の遠征に神官を同行させることにも反対していた。いや、無事王都に帰ることが出来なければ、そんな小言も聞くことが出来ないがな……)
幸いにも、現時点まではドルビィによる再襲撃は起きていない。
しかしカリウスは警戒心を弱めることなく、団員の夜営の準備を静かに見守っていた。
ガサ
「誰だ!」
暗闇の中から近づいてくる者の気配を察知し、即座にカリウスは負傷していない方の腕で剣を構えた。
「わっ、ビックリした。えっと、こんばんは。怪しい者ではないですよ。少しお話があるので、聞いてもらってもいいですか? ウップ…… オエー」
「子供?」
予想もしていなかった来訪者の姿に、カリウスは困惑の表情を浮かべている。
(こんな時間、こんな場所に子供が一人でいるだと? あまりにも不自然だ…… もしやドルビィの罠か?)
カリウスは剣を持つ手に力を入れ、謎の少女の正体と目的を探ろうとする。
「何者だ! 貴様も魔神の眷族か? この場に何をしに来た!」
想像以上に警戒されていることにドーラは戸惑ったが、カリウスを刺激をしないように、精一杯の作り笑いで用件を伝える。
「えっと、違いますよ? 私の名前はドーラと言います。たまたま近くを通っていたのですが、偶然皆さんの事を見つけて…… 何やらお困りの様だったので声をかけました。ふひひひ…… オエー」
「……」
カリウスの不信感が限界突破をする。
そんな事を言われて素直に信じるほど、カリウスはお人好しではない。
騎士団が壊滅状態にある現状において、笑いながら汚物を撒き散らすような得体の知れない存在を受け入れる事など到底出来なかった。
「……何の目的があってこの場に来たのかは知らんがお引き取りを願おう。たとえ子供の姿をしていようとも、それ以上近付くのであればこのカリウス容赦はせんぞ! 一人でここまで来たのなら、一人で帰ることも出来るであろう。それに…… 本当にお前が普通の子供だったとしても、我々と一緒にいるより一人で夜を過ごす方が安全なのだよ。我々は今、狙われているのだ……」
完全に拒絶をされている状況に、ドーラは困ったように頭を掻いている。
「んー、まいったな。ここまで警戒をされるとは思わなかった。これだと、せっかく考えた作戦が試せないな…… オエー」
(作戦だと? やはりこの少女はドルビィの仲間なのか?)
カリウスがドーラへの疑念を深めた次の瞬間、カリウスの頬にはドーラの手が添えられた。
「なんかもう面倒くさいので、無理矢理やっちゃいますね」
「な!」
(やられた!)
一切の油断をしていなかったカリウスであったが、ドーラの動きに全く反応することが出来なかった。
一瞬にして距離を詰められ、頬に手を当てられたこの状況に、カリウスの心臓が一気に鼓動を高めはじめる。
ドクンドクン
少女はカリウスと体がふれ合うくらいの距離まで接近しており、上目遣いでカリウスのことを見上げている。
ドクドクドクドク
カリウスの鼓動がさらに高まる。
雪の様に真っ白な髪、全てを見透かす様な清んだ瞳。
まるで宝石の様な少女の美貌に、カリウスは目を奪われ頬がうっすらと赤く染まる。
一応断っておくが、カリウスはロリコンではない。
彼の名誉の為にあえて言っておこう。
「よし、作戦成功…… オエー」
時間にしてほんの一瞬だったろうか。
カリウスは頬の温もりを惜しむかのように、怪我をしていたはずの腕で自身の頬を撫でている。
「あれ? 腕が動く?」




