第100話 邪神の誕生
カーラング家とは、ダークエルフ族が悪魔の岩へと移住をした遥か太古の時代に、魔神からの指示を受けて封印された邪神の監視と管理を一任された家系である。
全ての亜人族を庇護する魔神からの勅命を受けたと言うその権威は、里の統治だけにとどまらず、この世界に暮らす全てのダークエルフ族から敬われる存在となっていた。
それまでのダークエルフ族には貴族階級というものはなく、形式上の族長は存在したが、皆等しく平等の地位と権利を有していた。
カーラング家の家名は、当時の里を率いていた族長が魔神より授かったものである。
ダークエルフ族において唯一家名を名乗っていると言うこともあり、カーラング家は他の種族からは王族と同等の特権を与えられていた。
当代当主を勤めるギルは、近くこの里へと訪れる魔神をもてなす準備の為、夜遅くまで一人机に向かって書類に目を通していた。
「ふむ…… やはり歓迎の式典は簡潔に済まして、魔神様には魔素の回復に専念が出来るようにするべきだな。ドルビィ様の話によると、聖女との戦いにより魔神様は著しく魔素を消費されているとのことだ。思い切って、悪魔の岩山の頂上に直接滞在が出来る小屋を建てるか? いや、今からでは間に合わないか。掘っ立て小屋のような粗末な建物を用意するわけにもいかぬしな……」
コンコンコンコン
ギルが対応に苦慮していると、慌てたような様子で部屋の扉を叩く音がした。
「ギル様、宜しいでしょうか?」
「カムジか、こんな時間にどうした? 緊急の事態でもあったか?」
「今しがた、ドルビィ様から封印の間への侵入者を察知したと連絡を受けました」
「何! まさか聖女の手の者か!? いや、聖女も邪神の危険度は十分理解をしているはず。自ら虎の尾を踏むような真似など……」
「いえ、どうやら侵入者はラト様のようでして…… ドルビィ様はギル様への報告を私に任せて、ご自身はラト様を連れ戻しに封印の間へと向かいました」
「はあ、またラトの馬鹿息子か…… そう言えば、少し前にも転移陣の部屋に忍び込んでいたと報告があったな。あの時に母からこっぴどく叱られたくせに、まったく懲りない奴だ。しかし、一体どうやって封印の間へと入れたのだ? あの転移陣の術式は、私を含め一部の者にしか反応はしないはず……」
「防犯の術式はちゃんと機能をしていたのでしょうか?」
「え? いや、機能していると思うぞ? あ、いや…… そう言えば、以前点検の為に一旦術式を止めたことがあったな…… だが、あの後にちゃんと術式を再起動して…… うーん、起動させたと思うんだけどな……」
「……この前も部屋の扉の術式が起動していなかったようですが?」
「ま、まあ、その件は後日に考えるとして…… 我々も急いでドルビィ様の後を追って封印の間へと向かうぞ!」
「……かしこまりました」
呆れ顔のカムジから顔を背けるようにして、ギルは剣を手に取り封印の間へと向かった。
ポワ
封印の間の転移陣の中心にギルとカムジが姿を現す。
「ん? 暗いくて何も見えないな…… ライティング」
ギルが照明魔法を唱えると、小さな光る球体が出現して部屋の中に明かりを照らす。
「ラトとドルビィ様の姿は見えないな。すでにドルビィ様がラトを屋敷に連れ戻しているのか? いや、それよりも先ずは邪神の封印を確認しなくては…… そ、そんな馬鹿な! 封印術式の光が弱まっているだと!」
石櫃が置かれた台座では、今にも消えそうなほど術式の光が弱々しくなっている。
「ま、まさか、ラトが封印を解いてしまったのか!」
ギルは大慌てで台座に駆け寄ると、石櫃の蓋を開けて中身を確認した。
「中身が…… ある…… よ、良かった。封印は解けていなかったのだな」
最悪の事態に至ってなかったことに、ギルは胸を撫で下ろしている。
しかし、その様子を見ていたカムジは、転移陣の前で全身を震わせていた。
「ギ、ギル様…… 石櫃を開けてしまっては…… 封印が解かれてしまうのでは……」
「ん? は! し、しまったあ!!!」
グオオオオ
開かれた石櫃の中から、凄まじいほどの悪意の波動が解き放たれる。
「ギル様! 石櫃から離れてください!」
「え?」
呆然と立ち尽くしていたギルが、カムジの言葉に反応して後ろに振り返る。
振り向いたギルの顔には、手のひらほどの蜘蛛のような生き物がしがみついていた。
「か、顔に何かがしがみついている! ま、まさか、すでに邪神が孵化をしているのか!?」
「ギギギギギギ」
蜘蛛のような生物は鋭い歯を擦らせながら、ギルの口を足でこじ開けようとする。
「う、うわあああああ!」
慌てギルは邪神を掴んで顔から引き離そうとするが、邪神は抵抗を意に介さずにゆっくりとギルの口を広げていく。
「そんな…… 邪神の封印が解かれてしまった…… は! じゃ、邪神め! ギル様から離れろ!」
カムジは邪神を掴んでギルから引き離そうとした。
しかし、邪神の足がギルの顔深く食い込んで、取り除くことが出来なかった。
「くそ! なんて力だ! 微動だにしない!」
「カ、カムジよ…… 私は恐ろしい…… 邪神が私に寄生しようとしているからではない…… 何故だかは分からないが、私は自らの意思で邪神を受け入れようと思っているのだ…… はあ、はあ…… 何故、私はこんなにも邪神を愛おしく感じているのだ……」
「ギル様、心を強く保ってください! それはまやかしの感情です! 邪神の誘惑に負けないで下さい!」
「カムジよ…… どうやら、私は手遅れらしい…… 最後に…… 一つだけ頼みがある……」
ギルは全てを諦めた表情でカムジを見つめている。
「くそ…… 何ですか…… 何でも言ってください……」
「私の部屋の本棚の裏に隠し金庫がある…… その中にある箱を燃やしてくれ…… 誰にも悟られないよう…… 決して中身は見ないでほしい……」
「うう…… かしこまりました…… ギル様のプライベートの趣向は必ずやお守り致します……」
涙を溢しながら優しく微笑むカムジを見て、安堵したギルの体から力が抜けた。
ズボ
空気を読んで待っていたかのように、邪神はギルの口の中へと入っていった。




