第99話 ストーカー
ラトはカーラング家の地下室にある転移陣の部屋へと再びやって来た。
暗く埃臭い地下室の光景は、深夜の時間帯と言うこともあり、前回に訪れた時よりも不気味さがいっそう増しているようにラトは感じる。
「自分が住む屋敷の地下室とは言っても、こう言う雰囲気はちょっと苦手だな。まさか、レイスとかアンデッド系の魔物が出たりしないよな? 別に魔物が怖いわけじゃないけど、レイスはいきなり背後で悲鳴を上げたりするから、あまり好きじゃないんだよな」
ラトは慎重に周囲の確認をしながら、転移陣のある部屋へと足を踏み入れた。
部屋の中央には以前に来た時と同じように、行き先のわからない転移陣の術式が怪しい光を発している。
「僕の予想では、この転移陣は大地の精霊の体が保管されている場所に繋がっているいると思うんだけどな。転移陣って使ったことがないけど、どうすれば移動が出来るんだろう? んー、とりあえずこの術式の中に入ってみよう。まあ、侵入者への防犯対策とかもあるだろうし、いきなり術式が発動をするなんてことはないだろうがな」
本来であればラトの考える通りに、条件を満たしていなければ転移陣の術式が発動をすることはない。
しかし、不測の事態とは何時なんどきに起こるか予測が出来ないのである。
固定観念に囚われたラトは、頭に手を乗せながら不用意に転移陣の中心へと進んでいった。
ポワ
ラトが転移陣の中心まで進むと、突如として転移陣の光が強くなる。
その直後、ラトは浮遊感に似た不思議な感覚を感じた。
シュ
「え? 何だ今の感覚は? あれ、さっきまでと部屋の雰囲気が違うぞ? ここは何処だ? もしかして、転移陣が発動をしたのか?」
薄暗い部屋の中であるのは変わらないが、明らかに先程までの部屋とは違う雰囲気にラトは戸惑っている。
「部屋の壁が石畳の壁から黒い岩に変わっている……」
ラトは黒い岩に近付いて手で触って確認をした。
「これって、悪魔の岩山と同じ岩か? 僕は悪魔の岩山の内部に転移をしたのか?」
ラトは背負って来た荷物の中から、スクロールを取り出して床に並べる。
「ドルビィから沢山スクロールを貰っておいて良かった。えっと、照明魔法のスクロールはこれかな?」
ラトが選んだスクロールを開くと、光る球体が頭上に現れ周囲を照らした。
「よし、ライティングのスクロールで合ってた。これで部屋の中を確認できる」
ライティングの光が周囲を照らすと、部屋の片隅に設置をされた台座の上に、怪しげな石櫃が置かれているのが見える。
台座には何らかの術式が刻まれているが、転移の魔法陣とは異なり光などは発していなかった。
「何だ、あの石櫃は? もしかして、 あの中に大地の精霊の体が入っている…… なんてのはないよな。どう見ても、あの石櫃では小さすぎる。でも、わざわざ転移陣で移動しなければ来れない部屋に隠しているってことは、何か珍しい物でも入っているのかな?」
好奇心に耐えられないラトは、特に警戒をする様子もなく石櫃へと近付いていった。
コツコツ
ガシ
石櫃へと近付いていくラトは、後ろから何者かの手によって肩を掴まれる。
「ドキ! だ、誰だ!」
「誰だ! じゃ、ありませんよラトさん。はあ、転移陣に入ってはいけないと、私は忠告をしたはずですが?」
振り返ったラトの背後には、呆れた顔をしたドルビィが立っていた。
「はあ、何だドルビィか。まったく驚かせやがって。父上に見つかったかと思ってビックリしただろ」
ドルビィはラトの安全を確認すると、険しい表情で奥の台座に視線をうつす。
(封印の光が弱い…… 術式の魔素が弱まっている? 魔素の補充には、まだ数百年は猶予があったはずですが……)
「はあ…… 貴方の目的には大体の察しがついています。仕方がありませんね、私について来て下さい。クックック、ラトさんに大地の精霊の脱け殻をお見せして差し上げましょう」
「本当か! さすがドルビィ、話がわかる奴だ」
調子の良いラトの言葉にドルビィは軽く肩をすくませると、部屋の出口の扉からラトを連れて出ていく。
「へー、部屋の外は通路になっているのか。ここって悪魔の岩山の内部だろ? こんな広い空間があるなんて、今まで聞いたことがなかったぞ」
「この場所はカーラング家の歴代の当主の他には、魔神様とその眷族、聖女とその使徒にしか存在を知られていません。本来であれば、ラトさんに転移陣が反応をするはずがないのですがね。カーラング家の歴史上で最高傑出と評価さるラトさんは、その若さですでにギル殿に匹敵をするほどの魔素量を体に秘めています。転移陣がラトさんに反応をしたと言うことは、術式がラトさんをギル殿と誤認したのかもしれませんね。もしくは、ギル殿がうっかり術式を作動したままの状態にしてしまっていたのか……」
「後者だと思うぞ。父上はああ見えておっちょこちょいだからな」
「どちらにせよ、しばらくの間、私は先程の部屋で封印の監視をしなければなりません。ラトさんは大地の精霊の脱け殻を見たら、大人しく屋敷へと帰ってもらいますので」
「もちろん目的が済んだら帰るけど、封印の監視ってドルビィは何の監視するんだ? さっきの部屋にあった石櫃の中身か?」
「ふむ…… 本来であれば、ラトさんがカーラング家の当主を継いだ時に、この場所のことも教えられるのですが、これも運命なのかも知れませんね…… ともあれ、封印の箱についてのお話をする前に、まずは大地の精霊についてのお話をしなければなりませんね」
通路の先にいかにも頑丈そうな扉がみえてきた。
二人が扉に近付くと、ドルビィの魔素に反応をして防犯術式が解除される。
ガチャ
「さあ、どうぞお入り下さい。この部屋に大地の精霊の脱け殻が保管されています」
部屋の中に入るドルビィの後ろを、嬉しそうな顔をしながらラトはついていった。
部屋の中は思いのほか整理された内装になっており、生活感が漂うその光景にラトは拍子抜けをする。
机やベッド等も置かれており、入り口の近くには転移陣も設置されていた。
「……まるで誰かが生活でもしている様な部屋だな」
「クックック、私が大地の精霊の脱け殻を調べていた時に持ち込んだ家具ですよ。その時は、一年ほどの間をこの部屋で過ごしていましたので」
先ほどスクロールで発動したライティングの魔法は、ラトの後ろをついてくるようにこの部屋へと移動している。
その光が照らす部屋の奥には、漆黒の体をした彫刻のような女性が立っていた。
「おお! これが大地の精霊の脱け殻か!」
「はい、その通りです。精霊の中において大地の精霊は上位精霊に位置付けられていますが、この大地の精霊の脱け殻には最上位精霊に匹敵する魔素量が秘められています。最上位精霊にのみ行使が可能な物質創造の奇跡。かつて雲より高く聳え立つユグドラシルを切り倒し、その膨大な魔素を利用して作られた大地の精霊の負の遺産です」
「最上位精霊に匹敵する魔素量だと! 神と呼ばれる存在に匹敵する魔素量じゃないか!」
「クックック、神などと言う曖昧な存在が何を示しているのかは置いておくとして、この体が保有する魔素量は少なくとも魔神様や聖女に匹敵をする大きさなのは確かですね」
「す、凄い…… なあ、なんで大地の精霊はこんな凄い体をこの地上に残して帰っていったんだ?」
「魔神様に怒られたのです」
「お、怒られた?」
「ラトさんは、魔神様とは何者なのか知っていますか?」
「もちろん知っているぞ。ダークエルフ族やエルフ族、魔族などのこの世界の全ての亜人種を導く指導者だろ? そして、聖女が率いる人族と戦って下さっているんだ…… あれ? そう言えば、ドルビィは人族なんだよな? なんで聖女の使途ではなく、魔神様の眷族をやっているんだ?」
「クックック、私に関するお話はまたの機会にしましょう。ラトさんの言う通りに、魔神様と聖女は現在敵対関係にあります。ですが、はじめから仲が悪かったわけではありません。その昔、このお二人は同じ目的のために地上界へとやって来た仲間だったのです」
「仲間だった? 来たって何処から?」
「遥か太古の時代に、空よりも遠い宇宙の果てからこの星にやって来た侵略者がいました…… 我々はそれを邪神と呼んでいます。その邪神をこの星から排除するために、精霊界より地上におりた二人の最上位精霊がいました。闇の大精霊と光の大精霊、その二人が物質創造によって受肉した姿が魔神様と聖女なのです」
「魔神様って最上位精霊様だったのか!」
「はい、精霊としての二人の真名はアダムとイブ。まだこの地上に草木しか存在しなかった時代の話です」
「その侵略者の邪神とか言う奴と、魔神様と聖女は戦っていたのか?」
「遥か太古の時代、空から九つの隕石が落ちてきました。隕石によってもたらされたのは、ユグドラシルの種と邪神の卵。ユグドラシルの種はこの星の大地の魔素を吸収することにより、雲より高い大樹へと成長をしました。そしてユグドラシルの集めた魔素を媒介にして、邪神の卵も孵化をするのです。何のために、誰によって邪神がこの星へと送り込まれたのかは分かりません。しかし、孵化をした邪神たちは、この星の全てを滅ぼすのが目的かの如く、ただひたすらに破壊の限りを尽くしたそうです」
「それじゃあ、この悪魔の岩山からも邪神が生まれたのか?」
「いいえ。大樹へと成長しきる前に、大地の精霊がユグドラシルを切り倒してしまったので、孵化に必要な魔素が集まらずこの地のユグドラシルから邪神は誕生が出来ませんでした」
「なんだ、それなら良かったじゃないか。邪神って奴は、倒さなければならない存在なんだろ? 生まれなければこの星も破壊されることもないだろ?」
「事はそう単純ではないのです。世界中に根を生やしたユグドラシルから生まれた邪神はこれまでで七体。長く果てしない戦いの末、魔神様と聖女によって七体の邪神は見事に打ち倒されました。しかし、この地の邪神は孵化をしていない卵のまま。そして、その卵は硬い殻に守られており、如何なる手段を用いようとも傷一つ付けることが叶いませんでした。倒せないと言うことは、脅威の排除も出来ないと言うことです。その時点では孵化に必要な魔素が足りないとは言え、そのまま放置をすれば何れ邪神の卵は孵化をする。事態の解決を見出だせない魔神様と聖女は、封印という形で邪神の復活を遅らせることにしたのです」
「もしかして、さっきの部屋にあった石櫃に?」
ラトの問い掛けにドルビィは頷いた。
「魔神様の命令により、カーラング家、並びにダークエルフ族は邪神の卵を監視するためにこの地に里を築いたのです」
「へー、あの石櫃にはそんなヤバイ奴が入っていたのか。結局、大地の精霊はユグドラシルの魔素から体を作って何がしたかったんだ?」
「大地の精霊、真名をリリスと言います。彼女は魔神様の狂信的なストーカーなのです」
「ス、ストーカーだと!」
「精霊界から離れて、物質世界で一緒に活動する魔神様と聖女が許せなかったのでしょう。いても立ってもいられなかった彼女は、ユグドラシルの魔素を利用して、自信がこの物質世界で活動をする肉体を造ったのです。先程お話した通り、邪神が孵化をする前に大地の精霊はユグドラシルを切り倒してしまいました。その結果、邪神は卵のまま孵化が出来ずに、排除をすることが出来なくなってしまったのです。大地の精霊はそれはもうこっぴどく魔神様に怒られたようです」
「こ、こっぴどく……」
「30分も正座をさせられたそうです」
「ひ、ひいいい!」
「本来であれば肉体を持たない高次元生命体の精霊です。その精霊が己の体を持った状態で正座をさせられる。きっと大地の精霊にとって、その30分は地獄の苦しみだったでしょう。お仕置きが終わったあと、魔神様の許しがあるまでは地上への出禁を言い渡されて、大地の精霊は精霊界へと帰っていったのです」
「なるほどな…… そんな経緯があって、この脱け殻はこの地に残されたのか…… そう言えば、魔神様と聖女が倒した邪神は七体って言ってたな。この星にやって来た邪神の卵は全部で九個なんだろ? 残りの一つはこのダークエルフの里で、もう一つの卵はどうなっているんだ?」
「最後の一体の邪神の卵は、エルフの隠れ里にあるユグドラシルで今も眠っています。エルフの隠れ里はランゲル王国と帝国領の間にある、日の光も届かぬ深い霧に包まれた迷いの森です。あの痩せた大地でも卵が孵化をするのに必要な魔素が足りず、未だに邪神は生まれていないのです」
「エルフの隠れ里か。あそこは砂漠地帯にあるダークエルフの里よりも厳しい大地だと聞くな。そう言えば、ドルビィの仲間にもエルフ族がいるって言っていたな」
「エイスさんですか…… 彼は現エルフ族の誰よりも長く生きている古のハイエルフなのですが…… 正直、ラトさんには彼とは会って欲しくないですね」
「会って欲しくない? 何でだ?」
「彼は……」
(うわあああああ)
二人の会話を遮るかように何者かの叫び声が響き渡る。
「何だ! この声は父上? 石櫃のある部屋の方から聞こえて来たぞ!」
「なぜギル殿の悲鳴が…… 少々嫌な予感がしますね…… 私は封印の間の様子を見に行ってきます。危険ですので、ラトさんはこの部屋で待機をしていて下さい」
ドルビィは収納魔法でスクロールを取り出して広げた。
シュ
何かの術式が発動をしてスクロールは燃え尽きる。
「今のスクロールはなんだ?」
「クックック、念のための保険ですよ。ラトさんは何も心配いりません。確かに、封印の効力は弱まっていましたが、故意に封印を解くようなことをしなければ、今すぐに邪神が誕生することはありません。きっとギル殿はご無事ですよ」
ドルビィはフラグを立ててしまった。




