第四十八星 日が昇って
第二星以降久しぶりのランさん視点です…
実はキャラの視点変えるの苦手な部分あったりもします。
「え?もう外に行っていいのけろ?」
ルシリール様の言葉に頷きます。2時間ほど前に主スティラがマーリン様と共に帰ってきた際、その言伝を頼まれました。
「流れ星として登録する手続きは終わったようですので、問題はないそうです。ただ、本日は私も主スティラも予定がありますので日本を案内することは難しいと思うのですが…」
「…それだったらおとなしくしてるけろよ?」
「私もです。」
「そうですか…早めに帰れるようにするとは思いますが……何か足りないものなどあれば私に連絡してくださいませ。」
私自身、早めに帰れるようにしたいのですが……本日は護衛任務ですから、正直どれほどかかるか分からないのです。お二人の機嫌次第、という部分もありますし。
「あの、ランさん。スティラさんの姿がまだ見えないのですが……」
「そうえば、地球に来てからスティラさんと会ってないけろね…」
「主スティラは2時間ほど前まで外に出てましたから…まだお休み中だと思われますよ。」
「…忙しいんですか?」
「…どうでしょう。」
色々と溜め込みがちなのは主スティラの癖ですが。
「……少し様子を見てきましょうか。」
「わよも行っていいけろ?」
「…いえ、流石に。こちらでお待ちください。」
少し予感がします…主スティラの部屋に行く前に少し準備をしていきましょうか。
食堂から出て医務室や洗濯室に寄ってから主スティラの部屋の前に。
聴力を集中させると部屋の中の音も聞こえるのですが…特に聞こうとせずに戸を叩きます。
「……………………どうぞ」
長い沈黙の後に枯れたような声。主スティラの声であることは間違いありませんが…
「…失礼します」
戸を開けて主スティラの部屋の部屋の中へ。中では主スティラが床に座り込んでいました。
…それと同時に、強い“酸”の匂い。
「大丈夫……ではなさそうですね。」
「……」
「喋るのも辛いですか……まずは喉を治しましょう。布団を用意しますので楽にしてくださいませ。」
主スティラは頷くと、私が布団を用意するのを待ってからその布団の上に横になりました。
「……応えたまえ星の光。傷を負いし流星に癒しを与えよ。喪われた声は代えがたき財宝なれば……」
Si Healは詠唱が少し長いです。長ければ長いほど効力が強いのはSi Skill全般の特徴ではありますが。
「……これで話せますか?」
「…ぅん。ありがと、ラン…」
「一瞬詰まりましたが……」
「大丈夫、ランのおかげでもう治ったから…」
「…だといいのですが。」
呟きながら主スティラが座っていた方を見ます。
「…PTSDですか。」
「……ん。」
PTSD───心的外傷後ストレス障害。…その、“嘔吐”。
その嘔吐の際に食道を胃液が通ることによる“逆流性食道炎”。私がSi Healで治癒したのはこちらですね。それと…
「夜に使用した衝動は“破壊衝動”ですか。“破壊衝動”と“殺戮衝動”は、使用後必ずと言っていいほど症状が出ますね…」
「……丁度、トラウマに引っかかるからだと思うよ。…多分。」
「……ただの嘔吐であればまだいいのですが。…主スティラの場合、胃液しか吐かないので色々と…」
「虚食状態だからね…仕方ないよ。」
虚食状態───正式名称を“神経性消化器系異常稼働症喪失型”という症状です。これの対となる症状は暴食状態と呼ばれ、正式名称を“神経性消化器系異常稼働症暴走型”という症状になります。
虚食状態の場合は消化器系───つまり、食道から胃腸、肛門の動きが完全と言えるほどに無くなってしまうのです。各内臓の機能低下よりも嚥下機能の低下が一番わかりやすいですか。事実、主スティラは飲み物以外を飲み込むことができなくなっていますから。飲み込むことが可能な時点で食道は動いていますが、それも僅かなレベル。無理に食物を飲み込めばそれは胃腸炎という形で異常が現れます。
虚食状態とはいえ6ヶ月も経てば体内から食物は消え去ります。故に何かしらの異常で胃液が食道を通る際、胃液のみしか逆流しないのです。
……消化器系の動きがほぼ停止しているというのに、胃液と胃粘液の分泌が停止しないのは虚食状態の謎な部分です。
「……ありがと、ラン。…大分、落ち着いた。」
「…無理はなさらないでください。肉体的にも、精神的にも。」
「…はは……これは、私の罪…だからね。……慣れることなんてないし、慣れようとも思わない。…ずっと背負っていくつもりだよ。」
「……」
「…ラン。ランがいてくれてよかった。……いなかったら、多分私はもう崩れてたから。」
「…壊れてた、ではなくですか。」
「…私、もう壊れてるから。…それくらい、ランだって分かってるでしょ?」
自嘲気味に言うその姿に何とも言えない表情にさせられます。……確かに。確かに、主スティラはすでに壊れているのでしょう。主人を表現する言葉として適切でないのは分かりますが。その部分を精霊の皆様方に加えて私や楓様、マイスターやマーリン様、リミル様以外には深くまで見せないように振舞っているのが主スティラの現状です。
「…7年」
「…?」
「…もう、7年も経つのか……」
「………主スティラの言う“罪”からの時間、ですか。」
「うん。…しばらく発症してないと慣れてしまったのかってたまに思うことあるけど、そうじゃない…ランの力で封じてるだけ。それでも、時間は流れていって…もう、7年も経った。」
「…逆に、よく私の力で発症を封じられているものです。私には特に力もないでしょうに。」
「…帰ってくるとき、マーリンが言ってたの。ランは私の最終防壁なんだって。ランが近くにいる限り私の精神は崩れないし、完全に破壊されはしない。…だからだと思うよ、ランが近くにいる時に発症しないのは…」
「…なるほど。」
私自身も私という存在の仕様を完全に理解しているわけではありません。…加えて、主人たる主スティラですらも私の仕様を完全理解はしていないのです。私の仕様をすべて知るのは……今は意識のない、マイスター…雹星様ただお一人だけでしょう。
「…私の存在が役に立つのであれば、私はいつまでも貴女の傍に。貴女よりも弱いですが…」
「…ありがとね、ラン。…弱くても、あなたのことは大事な人だと思ってるから大丈夫。どこかに捨てたりなんてしないから。」
声は優しいですが、その表情は笑っておらず…苦痛に耐えているような表情です。……私は主スティラの本当の笑顔をこの目で実際に見たことがありません。マイスターが私の中に残した過去の画像データで確認できるものだけです。…いつの日か、その笑顔を取り戻せたらとは思いますが……難しいでしょう。
「…ラン、今何時?」
「もう少しで7時ですね。お茶と…同時にお召し物の用意をいたしましょうか?」
そう言いつつ立ち上がると、主スティラは身体を起こして頷きました。
「ん……お願いしてもいい?」
「畏まりました。それでは、失礼します。」
主スティラの部屋を後にして食堂へ───向かう途中で、足を止めます。
「……」
足を止めた廊下途中の壁に2枚の鏡。合わせ鏡にはならず、2枚とも同じ方角を鏡面が向くようになっているものなのですが。
「……何かご用でしょうか、“呪鏡”…それから“雲外鏡”?」
「……ふふ」
「バレると言ったでしょう、呪鏡…」
小さな笑い声と呆れたような声。呪鏡と雲外鏡…鏡の怪異ですね。
呪鏡とはとある都市伝説に由来する存在で、星元時に幻想に触れたことによって怪異と化した鏡です。雲外鏡は古より日本に伝承がある鏡の妖怪ですね。
「やはりラン、あなたは私共怪異に対する場合は“様”が抜けますね。」
「…あまり気にしてませんでしたが、そうかもしれませんね。」
「ふふ、特に気にはしませんがね…」
「…本題に入ってくださいませんか。呪鏡の悪い癖です。」
「おっと失礼。…ルローネからの言伝ですよ。」
「…ルローネ様から、ですか?」
ルローネ様───フルネームを“ルローネ・フーリエ・ユグドリーナ”…と、世界樹様からは聞いています。ルローネ様曰くファミリーネームが違うとのことですが…特に訂正もされませんからなんとも。真の名を明かさないことで呪いの対象から外れることができるので問題ないといえば問題ないのですが。
星の賢者様の一番弟子にして異世界内最強の一角。膨大な魔力とあらゆる精霊魔法適性を持ち、魔法を極めればそれこそ世界を根本から変えるほどの力を持つだろうとまで言われている御方。
「ルローネ様が何を?」
「時間があるようでしたら異世界側まで来てほしいそうですよ。大分穴埋め作業も一段落したそうですし。」
「…ふむ。」
穴埋め作業……時空間の綻びを修正する作業。異世界と私達の世界で繋がる穴。皇居に存在する安定した状態となっている“扉”と違い、不安定な状態となっている“穴”はどこに繋がるか分かりません。これを随時塞いでいるのは異世界の賢者様方と星の賢者様のお弟子様方だと聞いています。
「畏まりました、明日にでも伺うとお伝えください。」
「伝えましょう。」
「…それで雲外鏡は?」
「わたしはマーリン嬢からスティラ嬢の確認をしてきて欲しいといわれただけですよ。その様子だと……大丈夫ではなさそうですね。」
「…まぁ。」
「分かりきっていたことではありますけれど…こうして見守るのも辛いですね。」
そう言って雲外鏡がため息をつきます。
「…それではわたしと呪鏡はこれで去りましょうか。お忙しそうなところ時間を取らせて申し訳ありません、ラン嬢。」
「…いえ、お気になさらず。」
私がそう告げると雲外鏡は苦笑いして呪鏡と共にその場から去りました。
……そういえば
「……呪鏡……別名“預言鏡”……」
呪いの鏡と呼ばれているあの鏡ですが、その力故に別名として預言の鏡と呼ばれることもありましたね。
…もし、そうなのだとしたら……
「…やめておきましょうか。」
───“死の預言”。呪鏡が告げる預言はそれですから、死期が確定したのかと一瞬思ってしまいました。ただの伝言であるならば気にしなくてもいいでしょう。
スティラさんのメンタルは割と脆いです。それでもあまり迷惑をかけないようにと気を張ってます。ただ、それは周りの人も結構気付いてる人はいるわけで…それなのに誰も手を出さないのは一歩間違えば完全な破滅に向かうからです。スティラさんのその身体の特性故に。つまりは“手を出さない”ではなく“手を出せない”が正しいんですね、コレ…自分の持つ能力故に発狂できなくとも心…精神が壊されればそれは破滅の道ですから……それを部分的にでも補強できるランさんに任せるのが最善手だったのです。
雲外鏡は割と有名だと思いますし知ってる人は多いんじゃないですかね?10年前小学生だった人とかは特に……逆にもう10年経ったんですね…
呪鏡については元ネタが分かる人は分かるんじゃないですかね…元ネタを調べるのはお勧めしません。




