第三十四星 狂月
夜。晴明神社の鳥居の上に腰掛けながら私は空を見上げていた。
「……」
「月が綺麗だね。」
からん、という音と共に声。声のした方向を見ると明葉がそこに立っていた。
「…そうだね。……でも…」
空に浮かぶ満月に目を向ける。
「…狂月。天に浮かびし月の齡狂ひ、月満ちる星見へぬ夜───だから、告白されても困るんだけど?」
「そんなつもりはないんだけどね。それに、告白されても受け入れるつもりないでしょ?」
「まぁ。恋するつもりもないし……相手を好きでもないのに受け入れたところで、相手に失礼じゃない?」
「どうなんだろうねー。」
そう言って明葉が私の隣に腰かける。
「服が汚れるよ?」
「服が汚れるのはスティラだって一緒でしょ。黒色の服なんだから私よりも目立つんじゃない?」
「私のは普段着だけど明葉のは正式な……それも歴史ある初代の霊装でしょ?」
「初代から大分改造してるからそこまでの力はないと思うけどね。スティラ、こっち向いて?」
その言葉に明葉の方を向くと、するりと唇を奪われる。そのまま口移しで何かを渡される感覚。渡されたあと明葉が唇を放す。
「…ん、ごちそうさま。」
「………伝承の霊薬。毎度思うけど、口移しが必要な最強レベルの霊薬じゃなくてよくない?」
「だってスティラこれじゃないと効かないじゃん。」
「だからって私とキスするのなんて嫌でしょ?」
「霊薬渡しが理由だとしても嫌な相手とキスなんてしないよ?」
……安心してはいけないのだろうけど正直安心した。
「……ねぇ、スティラ。今日って月齢いくつだっけ。」
「大体27。下弦を数日過ぎた辺りで、本来満月になるにはまだ半月はかかる。」
だから狂月───“月齢の狂った月”、なんだけど。
「スティラー?明葉ー?鳥居の上でいちゃついてないでそろそろ降りてらっしゃい~!」
「い、いちゃついてないよ!?」
下から聞こえた道乃の声に明葉がぴょんと境内の方に飛び降りる。それを見て私も苦笑しながら緩やかに降りる。
「…スティラ?上昇風を使って緩やかに降りるとスカートめくれるわよ?」
「知ってる。でも今ここにいるのって私達だけだからよくない?」
「…まぁ、別にいいけれど…」
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン……
道乃が呆れたように言った直後に鐘が鳴った。その鐘の音に明葉の表情が鋭いものになる。
「狂鐘が鳴った。───12時の鐘が鳴る。始まりの鐘が鳴る───狂気の血に染まり、秘匿されるべき夜の宴が始まる。」
そう呟いた後、明葉は手に持っていた大幣───お祓い棒とも呼ばれるそれを軽く振った。
「行くよ、皆」
私と道乃が頷くと共に周囲の景色に変化が起きる。月は紅く妖しく光り、空は夜空の紺色から血のような赤色に。───これは“狂界”と呼ばれる結界術式で、いつも私達が見ている世界と隔離するための結界。それを見た明葉が巫女服の内側から無線機を取り出す。
「…こちら東京担当の“安倍 明葉”、東本州要狂界の起動を確認。各要狂界の起動状況をお願いします。」
〔───こちら京都担当の“安倍 明菜”。陰陽寮起源狂界、並びに西本州要狂界の正常起動を確認。〕
〔同じく長崎担当の“日蔭 神流”、九州要狂界の正常起動を確認!〕
〔北海道担当“秘吹香 七斗”、北海道要狂界なまら良好。〕
〔沖縄担当“秘頼憑 頼仁”、沖縄要狂界……問題ありません〕
〔愛媛担当“秘飾魅 唯”、四国要狂界の正常起動を確認しました!〕
無線機から流れる報告ともう片方の手に持つ地図を照らし合わせながらチェックを入れていく明葉。報告が途切れた頃に小さく頷く。
「全要狂界の正常起動を確認。ただいまより、狂月への対処を開始します。各陰陽師は協力者と共に“害呪怪”を殲滅してください。」
そこで深呼吸して表情をより鋭くする。
「安倍家現当主、“安倍明葉”───魂に刻まれし真名を“安倍晴明”。かの陰陽師の一族の末裔、並びにかの陰陽師の生まれ変わりとして告げる。狂月が姿を隠す時、即ち狂鐘が0時の鐘を鳴り響かせる時。人の世に姿を現せし魑魅魍魎を討ち漏らし、狂界の外へと逃亡を許したならば。それこそ我等現代に生きる陰陽師の敗北と心懸けよ!!」
〔〔〔〔〔はっ!!!〕〕〕〕〕
「以上、連絡終了!各自持ち場につけ、間もなく死の淵より迷い出でし害呪怪共が現るるぞ!!」
その言葉を最後に明葉は無線機の電源を切った。
「…はぁ。私やっぱりこれ苦手なんだけど。」
「仕方ないでしょう、明葉。私がやるわけにもいかないもの。」
「うぅ…」
私は部外者だから、さっきの報告を代わりにやることはできない。秘魅咲家の私は陰陽師としての道もあったけど、私は完全にその道を絶ってるわけだから。
「……行こうか。」
明葉の言葉に頷き、それぞれの獲物───私は刀、明葉は槍と大幣、道乃は弓と神楽鈴を手に参道を降りる。そして境内側とは別の鳥居をくぐると周囲の空気が一変する。
「…天に浮かびし月の齡狂ひ、月満ちる星見へぬ夜。それ即ち陰陽の均衡崩れ、陰の力が満ちる時。血の色に染まりし月に導かれ、現世に姿現すは魑魅魍魎。」
明葉が呟くと同時に地面や空から湧き出る黒い粘液のようなもの。それらはやがていくつかの形をとって私達の前に立つ。
「人と星に害なす怪異、大挙して姿現せしとき。時と空を隔て、汝らを死地に誘わん。害なす怪よ、死に絶へよ───我等人の世の平安を守護す守り人なれば。」
明葉の話では───かつて、この日本には数多の怪異が蔓延っていたのだという。最初は少なかったものの、次第に多くなっていく怪異に当時の陰陽師達は手を焼いていた。やがて、あまりにも多くの怪異に対処ができぬと悟った安倍晴明は結界による怪異と人の隔離を発案。その後陰陽寮に起源狂界を形成し、各地に要狂界や狂鐘を置くことで狂界の範囲を拡大。そうして日本全土を覆い、怪異の少ない平和を実現していた…らしい。
「狂ひを告げる鐘鳴り響くとき、汝らの見る時と空は人の世より絶たれ、偽りの時と空の下でただ死を待つのみと知れ───」
明葉が伝承を言い終わった頃には私達の前に大量の化け物がいた。
「じゃ───とりあえず、片っ端から狩っていこっか。」
「分かったわ、明葉。」
「こっちも了解。いくよ、“氷咲”」
私の呼びかけに応えるように楓さんが貸してくれたという剣───秘魅咲家に代々伝わる水色の刀身を持つ名刀“妖刀・氷咲”が震える。言い伝えではけして刃毀れせず、熱せられどけして融けず、斬られた傷は治癒が鈍くなる───そんな刀。…まさか、星素を込めると冷気を放つようになるなんて…ねぇ。
「眼前に立ち塞がるものよ、総て凍てつけ───」
鞘に納めた状態の抜刀術の構えから───
「───“抜打ノ氷花”!!!」
横一閃、前方に非常に強力な冷気を放出する。それによって冷気の届く範囲にいた化け物達は総て凍る。ちなみに明葉と道乃は私が抜刀しようとしたのを見て後ろに下がったから被害なし。
「お見事、流石スティラ!」
「処理は私達に任せなさいな。」
2人の言葉に頷いて神社の方を振り返る。
「……まだまだ長そうだね。」
狂界内は狂界外と時間の流れが違う。それでもまぁ、時間をかけすぎると時間切れにはなるけど。
「スティラ、終わったよ。」
「とりあえず、皇居の方に行きましょう。四神達の様子を見に行かないと。」
視線を戻すと処理を終えていた2人の言葉に頷いて神社の側を離れる。
「……」
片や“安倍晴明”の生まれ変わりである明葉。片や“蘆谷道満”の生まれ変わりである道乃。そこに加わるはいくつもの呪いを抱え込んだ私。…どんなパーティなんだか。




