第三十一星 元素精のカルテ
楓さんがお父さんの病室を出た後、私も戸締りとかしたのを確認して病室を出る。
「……うん?」
ふといつもの端末とは別の端末を確認すると新しいメッセージが3通届いていた。何気にこれ、通信経路は電波じゃなくて空間星素だから電気で動いてるペースメーカーとかバイタルサインモニターとかに変な影響を及ぼすことはない。
「…あぁ、明後日開業なのね……で、2人とも明後日会おう……と。」
とりあえず了承の返事を出してエレベーターに向かおうとする───時に端末が震える。…電話。発信者を見て小さく息を吐き、電話に出る。
「はいもしもし、スティラです。」
〔あ、スティラさんですか?星花神国営病院、1階総合受付の金森です。いつもお世話になっております。〕
「いえ、こちらこそお世話になっております。」
〔お父様との面会は終了されましたか?カルテデータの取得をお忘れではないか、確認の連絡なのですが…〕
カルテ……あぁ。
「忘れずに取得していますよ。ご安心ください。」
〔……いつもありがとうございます。申し訳ありません、本来であれば私共の仕事ですのに…〕
「仕方ありませんよ、お父さんの”火元素の精霊“は気難しい子ですから。」
ひとえに元素精といっても、その個体ごとにそれぞれ性格差とかはある。私のウーネはメイドさんみたいな気質の子だし、お父さんの子は非常に人見知り。ウーネは水元素精だけど同じ火元素精だとしても私の子はすごく元気な子だし。…で。日本の看護師さん達って元素精と言葉を交わせる患者さんがいる場合その元素精の状態も見ないといけない───実際元素精達を見るための機械とかある───んだけど……お父さんの子は人見知り過ぎて私と…あと今上天皇と“原初の魔技の娘”以外の人前に姿を現さないんだよね……そんなわけで姿を現してくれる私達が来るときにその子の状態を私達が見て、病院に報告するっていう方式を取ってる。
〔いつものように1階総合受付への提出をお願いします。…重ねて申し訳ありません、本日はカルテのお渡しを忘れたようで…〕
「……あぁ、こちらこそ…ギルド本部から直行したので少し気が立ってまして。忘れられていることにも気づいてませんでしたから。」
〔いえ、こちらの不備ですので…それでは、お待ちしております。〕
その言葉を最後に電話は切れる。…何気に院内用PHSにもなる私の端末ってどうなってるの…
「…早く行こう」
まだ色々とやることはあるし……病院に来る途中で姿の見かけだけは変えてたけどちゃんと着替えないとなぁとか思う。…非常用の着替えやタオルとかは持ってきてるから受付近くで借りるかな…いつもは来るときに着替えるんだけど……
「っと、隠蔽は……」
エレベーター前に着いてから後ろを振り向く。今まで通ってきた通路は存在せず、そこには倉庫があるだけ。
「流石は星の賢者の魔法。隠蔽解除してもすぐに戻ってる。」
隠蔽を確認してからエレベーターに乗る。実際、この魔法に対して隠蔽解除は1分くらいしか効力を持たない。聞いた話だとかなり強力に隠蔽魔法をかけたって話だからやろうとすれば隠蔽解除の無効化すらもできたんだろう…と、私は思ってる。
〔下へ参ります〕
行きとは違って特殊来院者パスをかざさずに1のボタンを押す。…真昼ではあるけど誰も使う人がいなかったのかするすると降下していく。
〔1階です〕
「…何も入ってこなかったのは珍しいな…」
そう呟いてエレベーターを降りる。そのまま受付前まで向かうと、カウンターで作業していた女性───金森さんが私に気がついた。
「お待ちしてました、スティラさん。」
「どうも…今日は人が少ないんですね。」
「そう…ですね。今日は来院者様はかなり少ない方ですね。…あ、こちらカルテになります。記入の方、お願いします。」
そう言われて差し出されたカルテに私が情報を記入していく。
「…本当に申し訳ありません、本来であれば私共の仕事ですのに……」
「仕方ないですって。相手は火元素精なんですから無理に接触して大火傷される方が困ります。」
お父さんのは精霊だけど、仮に星幽であっても元素精の相手というのは危険。なぜなら元素精というのは“力”の塊だから。その精神……といえばいいのか、元素精を元素精として構築する核となっている“自己”が不安定な状態になれば、元素精の身体を構成している“元素”が暴走を始めるから。その暴走をも制御して危険性を抑えるのが主人……私達なわけだけど。
「そもそもがあの子は危険な状態なんです。言い方は悪いですがあの子に関わろうとしないであげてください。」
「……」
「……優しい子なんです。怖がりな子なんです。優しいからこそ、無差別に誰かを傷付けることを酷く恐れているんです。…自分が、主人の……お父さんの制御下から離れていることを知っているから。自分が危険な状態だって……自分で分かっているから。だからこそ、あの子は皆さんの前に姿を現さないんです。」
私がそう言うと金森さんは黙ってしまった。
「……本当は」
「……?」
「本当は…あの子は私達の前にも現れたくないんです。」
「え……?」
困惑したような声をあげる金森さんの声に顔を上げる。
「当然じゃないですか。あの子は今、自らの精霊としての力を制御しきれずに困っているんです。大切なものを傷付けてしまう恐怖に常に怯えているのが今のあの子ですから、その可能性は可能な限り潰したい。本当は私達の前にも姿を現さず、お父さんと二人きりの時だけ姿を現すようにしたい……と、私の子が聞いたらそう言っていたそうです。」
……まぁ、その時“例えあなたが殺す気で火を放ってもマスター…スティラさんは死にませんよ”って言ったらしいから私としてはなんとも言えない気分になったよね……事実だから否定しようにも…ね?
「……あの子は“精霊”。元素精としては、強い方から数えた方が早い存在です。…強すぎる力は、時として自らと自らが守りたい存在に牙を剥きます。強すぎる力なんて、大きすぎる力なんて……周囲からは祝福や才能に見えても、当人からは祝福でも才能でもなく、ただの呪いになり得るんです。」
「スティラさん……」
……それでも、それが“呪い”になるかは人と時による。かつてあの子がお父さんを守るために使い、そのために使えていたその大きな力は、今あの子の精神を蝕む呪いになってしまっている。…力というのは、本当に何にでもなるね。
「…白雪姫、早く目覚めるといいですね。」
金森さんのその言葉にカウンターに頭をぶつけた。
「ス、スティラさん…?」
「……いえ」
聞き間違いだと思うんだ……お父さんのこと白雪姫って言ったの……流石にギルドでも聞いたことないし。
「……できました」
「確認させていただきますので少々お待ちください。」
「でしたら待ち時間に更衣室借りてもいいですか?」
「あ、はい構いませんよ。場所は……分かりますよね。シャワーはご自由にお使いください。」
金森さんの言葉に頷いて更衣室に向かう。
「…ステラーシップに戻ったらお風呂入ろ…」
見かけ変化の術式を解除、着ていた服を脱ぐ。そのついでで私の周囲に強めの探知をかける。
「………敵意、殺意、悪意、魔力、星素……その他多数、反応無し。入浴の時もこうして警戒しないといけないのホントやだ……」
「女の子の入浴なんだから男の子元素精達は覗いちゃダメだよー!静かに外部警戒してなさーい!!」
「…ありがとね、サナ。」
皆は先に更衣室の外に出ててくれてたけど、今の呼び掛けをしてくれたのは“火元素の純精霊”のサナ。私に答えてくれる純精霊達は全員女の子だけど、それ以外になると男の子も加わる。そんな子達を纏めるリーダー的な存在がサナ。
「もー…日本にいる時くらい特に警戒もなくゆっくりできたらいいのにねー。」
「仕方ないよ…」
「…むー。スッちゃんは諦めすぎなんだよー。もうちょっとわがままになってもいいのに…」
「……」
サナの言葉に答えずに脱衣所の更に奥、仕切りを隔てて存在する水栓を捻って水を出す。夏が近いとはいえ水は水だから当然ながら冷たい。
「…はぁ……」
…冷たい水は、私の頭を冷やしてくれる。暗い部分に引き込まれかけてたり、強い怒りに囚われていたりするとそれを洗い流してくれるからこういう時にはいい。…寒いのは苦手だけど。
「……何か用?」
冷たいシャワーを浴びている最中の私の声に反応したのかカタンと言う音が聞こえた。それから小さい、とある規則性で並ぶ音。
「……そう。ありがとね。」
私の言葉に外にあった私や元素精達とは違う魔力が消える。それから少し経ってから水を止めて脱衣所に戻る。
「ウーネ。」
「どうかなさいましたか?」
「何か起こる可能性があるからいつでも戦えるように準備しておいて。」
「分かりました。」
さっきの魔力は知り合いの術式具現体……簡単にいえば使い魔。…その1種。いたずら好きで、背後から驚かすことを特に好む女の子。声らしい声は出せないんだけど、音は出せるからいつもモールス信号で私に用件を伝えてくる。今回は“こんや きけん”だったから夜に何か起こるんだとは思う。
「…さてと」
用意していた着替えセットの1つ───黒のブラウスに紺色のロングスカートという暗めのコーディネートに着替えて更衣室を出る。そのまま受付まで向かう。基本的に白が好きな私だけど夜に何か起こると聞いて夜でも目立つ白にするつもりはない。……とはいえ、髪は白だから目立つんだけど。
「あ、戻られましたかスティラさん。」
「不備はありました?」
「いえ、ありませんでした。それでは……」
金森さんが机の下から釣り銭トレーを取り出す。その上には千円札と似た紙幣が3枚。
「こちら、依頼料の3,000スピレになります。どうぞ、ご確認の後お受け取りください。」
「……ん、確かに」
量子変換ポーチから取り出したカードをトレーに当てると紙幣が消える。
「スピレでよかったんです?」
“スピレ”というのは星界共通通貨で、確か……今の為替レートだと100スピレ=102円だった様な気がするのだけど。
「問題ありませんよ。スティラさんが日本にいる間、スティラさんへの突発依頼に対する報酬に関しては天皇皇后両陛下、並びに内閣総理大臣から日本円とスピレ、より価値の高い方で報酬を支払うようにとの指示が来ていますので。」
「何やってんのホントに……」
いやホントに、マジで、何やってんの天皇皇后両陛下と内閣総理大臣。……裏があるんじゃないかって思うけど全く裏なんてないっていう……なんなのほんとに…
「……とりあえず、ありがたく受け取っておきますね。では、私はこれで。」
「またのお越しをお待ちしております。」
その言葉を背に病院を出て、次の目的地に向かって緩く飛ぶ。
「………」
……そういえば。
「金森さんって……元・流れ星だっけ?」
以前にそんなことを言ってた気がするのだけど。…どうだったかな。




