第二十星 共に
「……」
星歴25年6月26日6時。船内にある坐禅室にて、精神を落ち着かせていた。
「…ふー………」
道場で剣を振るのもいいんだけど……今回は坐禅。…お母さんのことを思い出したときなんかは、坐禅が多い。集中できるかどうかは、またちょっと別の話になるけど。
「…」
…私は、お母さんのことはあまり知らない。あまり知らないというか…人から聞いた話でしか知らない。お父さんやお父さんの妹さん…つまり叔母さんの話では、お母さんの命日は星界標準時星暦8年6月19日らしい。星霊様に言った“17年前に亡くなった”というのは間違いではなくて、一昨日には既に命日を過ぎてた。
「………」
“如何なる魔法であろうとも、未来が来るのを遅くすることはできても過去に戻ることはできない。死者を完全な状態で生き返らせることもまた、不可能である”。世界樹様…異世界を守護する世界樹の精霊様がお父さんに言ったという。死霊魔術は死者を使うとはいえ、生き返ったわけではない。…それから、近いものとして“転生”があるものの、それは“本人の元の身体”ではないため生き返ったわけではないのだと。ならば、クローン技術で記憶を植え付けたうえで生を与えたとしてもそれは“生き返った”わけではない。生命、霊魂、身体、記憶、意識。5つが完全な状態で揃ってはじめて生き返ったといえるのだろう。
「……だめだ」
色々と思考が巡りすぎてて精神が静まらない。ため息をついて静かに立ち上がる。それと同時に扉を叩く音。
「はーい」
「主スティラ、こちらでしたか。」
「どうしたの?」
「その……カウンターマスターとルシリール様、エレナ様がお見えです。」
「……マスターだけじゃなくてルシリールとエレナも?」
一昨日より人が多いね…?
「分かった、着替えてから行くよ。」
流石に作務衣だと汚した時が面倒だし。いつもの白ブラウスに白スカートという服装に着替える。…全身白だから“死装束”とかってよく言われるけど、それはそれ。昔みたいに宇宙服必須って訳じゃなくなったんだから気に入ってる服装にして何が悪いのか。…あ、全身白だけど撥水加工ちゃんとしてるから濡れても透けない。
「……ん、これでよし」
白く長い髪を前に流して両側とも耳元で髪を幅細めのリボンで結ぶ。ツインテールの中でも“カントリー・スタイル”とも呼ばれる種類で、昔は”おさげ”とも呼ばれてたらしい。軽く揺らしてリボンが解けないのを確認して坐禅室から出る。
「……ちょっと遠いな」
実は殆どのステラーシップ内は異空間と思って問題ない。一応ステラーシップの構造定義としては入口のある場所を1階として、その入口のある階層よりも下であれば地下1階、地下2階……上であれば地上2階、地上3階……と繋がるようになってる。この座禅室は地下1階だから1階層上がらないといけないのだけど…まぁいいや、行こう。外見のわりに複雑な構造を通って入口へ。…一応これでも地下2階よりは単純な方なんだけどね。
「お待たせ、待たせてごめんね?」
「おはようございます、スティラ様。」
「おはよけろ、スティラさん…」
「おはようございます、スティラさん。」
「…何か、あった?」
エレナの不安そうな表情が何となく気になった。“二重呪詛”に見せかけてるとはいえ、その実態は“四重呪詛”だ。本来1人で背負うようなものじゃない。
「……その、ですね。スティラ様。」
「…?」
なんかマスターの歯切れが悪いな…?
「…スティラさん!!」
「?何、ルシリール?」
「わよを……いにゃ、わよとエレナを一緒に連れてってけろ!!」
「………はぁ?」
……素で思いっきり“何言ってんの”的な声出ちゃった……でも…気になるのはルシリールの表情とエレナの表情かな…
「……はぁ。何か理由がありそうだね。…とりあえず船内にいらっしゃい、お茶くらい出すから。ラン、応接室に案内して。」
「畏まりました。」
ランに指示を出したあと私は2階の食堂に向かう。
「……あ、緑茶系列のお茶っ葉切れてる……じゃあギムネマ……いや、ジャスミンにするか…」
お盆に予備の茶葉とお湯を沸かしているヤカン、人数分のティーカップ、ティーポット…それからお菓子を置いて1階の応接室に向かう。
「……っと、ごめんね遅くなって。」
「いえ……」
「…ジャスミンティー、飲める?」
私の問いに全員が頷く。それを確認してから全員にお菓子とジャスミンティーを淹れたティーカップを渡す。
「すみません、急に来ましたのに…」
「別に、特にやることなかったし。」
報告書も昨日のうちに終わってたし…
「……それで」
座って一呼吸ついたところでルシリール達に視線を向ける。
「さっきのはどういうこと?」
「「「………」」」
「黙ってたら話は進まないよ。」
畳み掛けるようですごく申し訳ないけど……真実だ。
「……実は……わよ、住む場所がないけろ。」
「…どういうこと?」
「みな……みな、消えたけろ。…焼けたけろ。あの星喰らいのせいで。」
「……あぁ」
それだけ聞いてルシリールがどんな状況なのか理解した。
「…“星侵害孤児”か。」
私の言葉にルシリールが小さく頷く。星侵害孤児───星侵獣が起こした事象によって孤児になった者を指す。超大型星侵獣の場合、そうなる人も結構多い。
「酷なことを聞くようで悪いんだけど……ルシリールだけが生き残った理由は?」
「…その日…わよはエレナとこに行ってたけろ。エレナとこはわよのいた場みたな田舎でね、首都言われとこけろ。」
「……」
方言……なのかな、割と分かりにくいけど…なんとかわかる。
「わよらが星喰らいに気づいた時みな終わってた。わよの親も……わよの住んでた場も…みな焼かれてた。それが…わよと、おんしら……スティラさんらとあったあの場けろ。」
「……なるほど」
…あの日、あの場所にルシリールがいた理由が分かった。
「ルシリール、貴方があの日あの場所にいたのは───星侵獣への復讐。そうなのね?」
私の問いにルシリールが頷く。
「……だども、わよだけじゃ返り討ちなるは目に見えてたけろ。そなとき、スティラさん達がこの星来て……好機思たけろ。」
「いやまぁ私達いても無謀だけどね。」
「というか偵察のためにあの場所を訪れただけで本来であればあの時に戦う必要などなかったのですよ?…ルシリールさんの声で見つかってしまったので戦う他なくなりましたが。」
「うっ……す、すまなけろ……反省するけろ……」
星侵獣の脅威度は低い順からN→F→E→D→C→B→A→S→U→EX→Xという風にランク分けされてる。対して流れ星のランクはN→F→E→D→C→B→A→S→X。で、あの時の繁殖期個体のドラギュート・フーリス・ジ・アスケラは脅威度AだからBランクの流れ星なら1人でも倒せる。……それが、単独討伐用の脅威度なら。
「そもそも、あれは少数で相手にするようなものじゃないの。超大型星侵獣っていうのは言わばレイドボス……本来であれば、20人以上の流れ星が対処に必要になる案件。あれの場合は20人以上のBランク流れ星か。……私達がいくらXランクだからって、少数で相手したいものじゃないよ、あんなの。ましてや準備不足で挑むなんてわざわざ死にに行くようなものだよ?」
「Xランク……スティラさん達って本当にすごいんですね…」
あ、エレナは知ってるんだ。
「単独討伐脅威度EXは私でもランでも単騎で相手にはしたくないよ。」
「…よく、勝てましたね、スティラ様。」
「結構無茶したからね。属性第六段階の属性加圧全開での二連打とかもうやりたくない…」
常人の10倍以上の星素量がある私だからなんとかなっただけでルシリールとかはあれ無理だよ、多分。
「とりあえず、ルシリールの事情は分かったけど…“一緒につれていって”の理由は?エレナの事情……というかエレナも来た理由は何となく察したからいいや。」
「え……えっと、私まだ何も言ってませんよね……?」
「分かりやすいんだもん、エレナ。」
「え、えぇ……?」
「…ていうか、多分ランも気づいてるよ?ね、ラン?」
「そうですね、主スティラ。エレナ様は分かりやすいですから。」
「えっ、えっ……そ、そこまで…ですか……?」
私とランで同時に頷く。あ、エレナが凹んだ。
「とりあえずエレナはおいておいて…“一緒につれていって”の理由をルシリールから聞いていい?」
「け、けろ……とでも、たんずんけろ」
…たんずん……単純か。
「……強、なりたい。もう、何も喪いたくなけ。……たんずん、それけろ。」
「……エレナは?」
「え、えっと……大体同じです。…もう、何も喪いたくないんです。特にルシルくん……じゃなくてルシリールくんは……」
「……」
「私は…家族全体で付き合いがあったようなものでしたから。ルシリールくんの家族がいなくなったのでも、つらいんです。」
「いやそこまで聞いてないんだけど」
……顔真っ赤にしてるけど…自爆してないかな、この子。ルシリールは首を傾げてるけど……うん、気づいてるねルシリールも。私の顔色見ながら首をかしげてるもの。それにしても……
「……強くなりたい、ねぇ。」
難しいところだねー…
「…まず第一に。“何も喪わない”は基本的に無理よ。」
「「え……」」
「何かを喪って何かを得る。それがこの世界の基本だよ。何かを得たなら何かを喪っているはず。だからこそ“何も喪わない”は無理がある。」
それこそ、願い星……いや、願望器って言ったっけ?そういうものじゃないと無理だと思う。
「……で、2つ目に………力を持つことの意味ってちゃんと分かってる?」
「持つことの……意味?」
「……少し分かりやすく言おうかな」
…分かりやすいのかなとはよく思うけど…まぁいいや。
「───何かを護るために何かを害する覚悟はある?」
「何かを護るために……」
「何かを……害する。」
「結構直接的に言おうか。大切なものを護るために障害となるものを殺す覚悟はあるか?」
「「………!」」
「もう2つ───大切なものを護るために自分が死ぬ覚悟はある?それから、自分の力が大切なものを殺すかもしれないという認識は?」
「自分の力が……」
「大切なものを、殺す……」
手元のジャスミンティーに視線を落として口を開く。
「言っておくけど、私は今の現状でいつだって貴方達を殺せる。いややらないけど、一応例え話ね。今さっき貴方達に出したこのジャスミンティー。これだけで貴方達を殺すことができる。」
「え……」
「あ、毒じゃないよ?“水”を操作することで刃を形成する。飲む直前に刃にされてしまったのなら?それを知らずに貴方達が飲んでしまったのなら。その刃は───」
「「「………っ!?」」」
あ、3人とも一気に青ざめた。…まぁ、多分。内蔵側から傷つけられて失血死とかまで思い付いたんだろうね。
「脅しみたいでごめんね。でも、力っていうのはそういうもの。ただそこにあるだけじゃ効果らしい効果はないかもしれない。でも、水みたいにいくら安全なものでも方向性を持たせると鋭い凶器になる。…言葉だって同じだよ……って言いたいけど言葉は割と無差別な凶器か。」
そこまで言ってから1度息を整える。
「でも、どんなに無差別な凶器でも方向性を定めるとさらに鋭い凶器に……対象を傷つけることに特化したような凶器に変貌する。火であれ、電気であれ、水であれ、風であれ……なんだってそうだよ。それが“力”というものだよ、2人とも。…特にエレナ。」
「私…ですか?」
「そう。貴女の声───“水属性妖精声紋”は酷く簡単に水を操る。今さっき言った水の刃だって簡単に作れてしまう。言ってしまえば自分の力を制御できなければルシリールよりも貴女の方が危険だよ、エレナ。」
「……私の方が…危険。」
ちなみに今この場で一番の危険人物は私。…当然だけど。
「……そんな凶器を、自らの意思で明確に振り回すという認識は本当にあるの?」
「……」
「……友達から、一度言われたことがあってね。」
「…?」
「“ことば”とは言の葉ではなく言の刃でも“ことば”と読めるだろう、って。普段認識してないだけで私達の言葉も凶器になるんだろうって。実際、今現在私は貴方達に言葉の凶器を突きつけてるんだろうけどさ。それはそれ……ということにできないのも何となく分かるけど。貴方達は選択によって言葉よりもさらに分かりやすい凶器を振るおうとしているってこと、自覚しておきなさい。」
言葉よりもさらに分かりやすい凶器───私の刀とかランの狙撃銃なんかが良い例だけど。
「……それでも」
「……」
「それでも、わよはスティラさんと共に行きたけろ。」
「…私もです、スティラさん。何を喪っても、何を害そうと…スティラさんと一緒に、行きたいです。」
「…………はぁ」
……“私と一緒に”、か。
「……他の流れ星じゃダメなの?」
「……とーと?」
「流れ星は私じゃなくてもいる。それこそランだって流れ星の1人だよ。なんで私なの?」
「……それは…」
「私もルシリールくんも、一緒に行きたいと思ったのが、スティラさんだったからです」
「……?」
エレナが即答した…?
「私達が生まれてからも今まで何度か渡り星の方は来ました。ここ10年ほどは来てませんでしたが…いつか、この星を出て旅をするのは私とルシリールくんの夢だったんです。…ですが、この星は……」
「……養成校らしい場所がないんだっけ」
私の言葉にエレナが頷く。
「だから、決めてたんです。いつか、私達がついていきたいと思った渡り星の方が現れたのなら。その人にお願いしてみようって。一緒に宇宙の旅に連れていってくれませんか、って。」
「……そう」
…私についていきたい、か。
「……なら、最後に1つだけ聞くよ。」
「……」
「隠せば隠すだけ面倒だから単刀直入に言うね───私のために死ぬ覚悟はあるか?」
「「!?」」
私の言葉に2人が驚愕の表情になる。
「私の旅路についてくるってことはそういうことよ。私の旅路には常に死が付き纏う。私がこの身に宿す呪いは容赦なく貴方達に牙を剥くでしょう。私と共に旅をするというのなら、貴方達は私の盾となって代わりに死ぬ覚悟はある?」
……呪い…いや、呪いの影響は実は保有者に襲いかかるよりもその周りに襲いかかることの方が多い。そして、“呪われた者”は高確率で他者の事を想うタイプの人間だ。……それだからこそ。他者に被害が及ぶのを嫌い、被害が及んだことで精神を病み、自ら死を選ぶ呪われた者が多いのだ。…私が持っている呪いの数が示すように、呪いというのは1種類じゃない。呪われた者の中には……“死にたくても死ねない”という生き地獄に囚われた者だっている。
「……待ってはあげるから力を持つことの意味、そして私のついてくるということの過酷さを考えておきなさいな。」
そう言って私は席を立つ。
「スティラ様、どちらへ?」
「お茶のおかわり淹れてくるよ。お茶の希望とかあれば聞くけど、どうする?緑茶系は切れてるんだけど…」
「いえ、私は特に……」
「……わよもないけろ。」
「…私もです。」
「そう?じゃあまたジャスミンティーにしてきちゃうね。」
そう言い残して私は応接室をあとにする。食堂まで辿り着いたあと、ティーポットをおいて溜め息をつく。
「…………本当、嫌ね。」
呪い。……正式名称としては、“特殊能力”。私の超呪詛は“高位特殊能力”と呼ばれることが多いけど。それだけであればどれだけよかったことか。
「…力とは。使い方によって鎧にも刃にもなる。極端な話をしてしまえば鎧は刃だし、刃は鎧。それを知らない人は結構いるんだろうね。」
Si Skillや魔法じゃなくても、超高圧の水を噴射されれば人を傷つけるものになる。高圧でなくても大量の水であれば簡単に人を殺せるものになる。強いか弱いかだけで力というものは全く別のものに変化する。そんな不安定なものだ、力というのは。
「……ん、これで大丈夫かな」
お湯を沸かしたあとはお菓子を取り出す。作っても良いんだけどあまり待たせるのもだし、昨日の夜作っておいたマカロンで。新しいティーカップも用意して応接室に戻る。
「お待たせ。ジャスミンティーと……これ、追加のお菓子ね。」
私がマカロンを出すと、エレナが少し複雑そうな表情をした。うーん……
「エレナが気にしてることは分かるけど……食べれるときに食べておきなさい、エレナ。…いつ、私みたいに食べれなくなるか分からないよ。」
「…え……?」
これ以上は話すことじゃないしいいかな。淹れてきたジャスミンティーを飲んでおこう。
「……スティラさん」
「……」
「……それでも、一緒に行きたいけろ。…エレナと相談して、そういう結論に至ったけろ。」
「……そう。」
「…スティラさん。危険なのは分かりました。…それでも、一緒に行かせてください。貴女と一緒にいて、貴女の盾となったとしても。私達は構いません。」
「……」
ティーカップをおいて溜め息をつく。
「……分かった。じゃあその覚悟、見せてもらうから。」
「「………え?」」
「とりあえずこの話はここで終わり。……なんだけど、エレナ。」
私が呼ぶとエレナが首を傾げた。
「ルシリールは星侵害孤児だからともかくとして、貴女は親御さんの許可とか取ってるの?」
「え?…あぁ、はい。ルシリールくんと一緒に行きたい、って伝えて許可は取っています。スティラさんの許可があれば行っていいとも。」
「……そう」
用意周到というかなんというか。…エレナの親御さんもどういう理由でエレナに許可を出したのかは分からないけど…まぁ、許可出てるのならいいか。




