どうして、優しくしてくれるの?
ディルーピ28年
そうして、ルツィアはひっそりと屋敷を出ていった。
小屋に行く以外での初めての外出である。
申し訳ないが、お金らしきものを少し取ってきた。だが、価値があまり分からない。
(これから、どうしよう……)
一旦食料を確保しようと、近くの村を訪れてみる。
「……すみ、ませーん……?」
いい匂いがした店に導かれるように、ルツィアはふらりと入ってみる。
中にいたのは、白銀の髪の女性だった。
「ん、おや、見かけないお客だね。何か買い出しかい?」
「えっと……食べ物、ほしくて」
「……好きなのを選びな。自分が変える範囲でだよ」
並んでいるパンを見て、ルツィアは目を輝かせた。こんなに綺麗で美味しそうな食べ物は初めて見た。
これまでは、真っ黒に焦げているパンや冷たくなったスープしかもらえなかったからだ。
「こ、これでどれくらい買える?」
「……んなっ、あんた、こんだけあるなら、全部買っても余るくらいだよ。何処で、こんな大金を……」
ルツィアが差し出した金貨や銀貨を見て、女性は大層驚いていた。
「あんた、何処から来たんだい。親は?」
「……逃げて、来たの。私は、いらないんだって」
眉を下げてルツィアがそう言うと、女性は事情を察したように何故か中に入れてくれた。
「帰る場所は、あるのかい?」
「……帰ったら、駄目なの」
ルツィアの、年齢の割には幼い喋り方に、女性は首を傾げる。
(私は、多分同じ場所にとどまっちゃ駄目)
大体ではあるが、七日に一度屋敷は襲撃にあう。それ以上、何処かに滞在するのはよくない。
「……あんた、名前は?」
「ルツィア・ノートン」
「……そうか。あたしはデリアだ」
ノートン、その家名にデリアは少し顔を歪ませた。
「デリア様?」
「様なんて柄じゃないよ。さん、くらいでいいさ」
「デリア、さん……?」
聞き慣れない、言い慣れない敬称だ。
ルツィアにとっては誰かを名前で呼ぶことすら、初めてだったが。
「あんた、これからどうするんだい? 帰る場所がないなら、ここでも……」
「だ、駄目、なの! 私は、長く……何処かにいちゃ、駄目、なの」
ルツィアの言葉に、デリアは閉口する。
「なら、一週間でどうだい?」
「いっしゅうかん?」
聞き慣れない言葉に、ルツィアが首を傾げるとデリアは驚いた様子でため息をついた。
「そこからかい……七日間のことを一週間、十四日間のことを二週間というんだ。大体三十日間のことを一か月という」
「……いっしゅうかん、にしゅうかん……? いっかげつ?」
混乱しているルツィアを、デリアは己のできる限り育てようと決意した。
「おはよう、ルツィア」
「えと、うん、おはよう、デリアさん」
朝の挨拶をされて、ルツィアは戸惑いつつも挨拶を返す。
デリアはルツィアをデリアの家に泊めてくれた。
七日──一週間ほど、ルツィアはここで世話になることになる。
(……どうか、魔獣さんも来ませんように)
「そうだね、今日はお金の価値について学んでもらおうか」
「お金?」
「あぁ、世の中にはあんたみたいな無知な子を騙すような輩もいるからね」
分厚めの本を渡され、ルツィアは店番のデリアの隣で読むことになった。
「ねぇ、デリアさん。これは何て読むの?」
「これは価値、だ」
「価値、かぁ……」
価値、という言葉にルツィアは睫毛を伏せる。
「言っておくが、人間はみな価値があるもんだからね」
「……どういうこと?」
「罪人でもなけりゃ、あんたにも誰にでも価値はあるってこと」
「でも、私は……」
「そういう風にあんたが思ってるだけで、あたしはあんたを価値のある人間だと思ってる」
(どうして、デリアさんはそこまで言ってくれるの?)
――両親はそんなこと言ってくれなかったのに。
(どうして、私にそんなに優しくしてくれるの?)
――周りの人たちは、誰も優しくしてくれなかったのに。
「おや、見ない顔だね。デリア、貴女の孫かしら?」
「弟子みたいなもんだ。一週間だけあたしが預かることになってる」
「あらあら、そうなのね。貴女、お名前は?」
店にパンを買いに来たらしい客は、コロコロと笑ってルツィアに問いかける。見たところ、デリアと同じかそれより少し若いくらいの女性だ。
「……ルツィア」
「可愛いお名前ね。よろしく、ルツィア」
ニコリと微笑む女性に、ルツィアはギクシャクすることしかできない。
(こんなに、人に優しくされるの、初めて)
「そうね。デリア、いつものを二つずつ買っていくわ」
「おや、どういう風の吹き回しだい?」
「可愛らしい子がいるんだもの、何でも買ってあげなさいな。その足しにでもしてちょうだい」
パンを受け取った女性は、ひらひらと手を振って去っていった。
そうして、ルツィアのデリア宅滞在一日目が終了した。
ルツィアが二日目に学んだのは、食事の作り方だ。その日は料理、三日目は肉や食べられる草を採集すること。
四日目も採集のため、ルツィアとデリアは外に出る。
「キシャアア!!」
森に近い勝手口から出たルツィアたちを、魔獣が出迎えた。
「……っ」
「ルツィア、下がってな」
「でっ、でも! デリアさんが……っ」
ルツィアの言葉に、デリアはニッと笑うだけで何も言わない。
そして、手に持っている短剣を持って素早く動き、魔獣を刺した。
心臓の辺りに剣は深く突き刺さり、魔獣はあっさりと倒れて灰になってゆく。
「デリアさん……強いんだね……」
驚きすぎて固まったまま、ルツィアはそう言う。
屋敷にいた武官ですら、ここまであっさり魔獣は殺せない。
「パン屋をやる前、魔獣殺しは日課みたいなもんだったからね。最近は身体が訛って仕方ないけど」
あの動きで、身体が訛っているとは言えないのではないだろうか。
そんなことを考えつつも、ルツィアは魔獣がデリアに危害を加えなかったことにようやく安堵した。
「ルツィア……これから、あんたには護身術を教える」
「ごしんじゅつ?」
「あぁいうのから、自分を守っていくための技術を身につけてもらう。あんたは、ここから一人で生きていくんだろう?」
デリアの問いかけに、ルツィアはコクリと頷いた。デリアのことは大好きだが、このままここにいるわけにもいかない。ルツィアは魔獣をおびき寄せる体質なのだから、ここにいたら他の村民にも迷惑だろう。
「だったら、外の世界で生きていく術を身につけなさい」
「……はいっ」
ルツィアは覚悟を持って頷いた。
それから、武器屋でルツィア専用の剣を買ってもらったり、旅に出る準備を着々と進めた。
「二十九! 三十!」
五日目、ルツィアはただひたすらに剣を振っていた。
剣には魔法がかかっているらしく、重さはあまり感じないが、それでも扱いは難しい。
六日目、一度野宿を経験することになった。デリアが一緒にいてくれるので、寂しくはない。
テントから顔を出して、星空を一緒に見られたのは本当に嬉しかった。
「おやすみ、デリアさん」
「あぁ、おやすみ、ルツィア」
七日目、出発の日だ。
(すごく、すごく早かった一週間だった……)
寂しさが胸にこみ上げ、ルツィアは眉を下げる。
デリアと出会ってから、楽しくて嬉しくて――そんな感情ばかりだった。
「……本当に、ありがとう、デリアさん」
「あぁ、気を付けていくんだよ。また、おいで。あたしが死ぬ前にね」
「……うん、絶対行く」
自分より頭一つ分大きいデリアに抱き着き、ルツィアは人のぬくもりを全身で感じた。
「大好きだよ、デリアさん」
「……あぁ、あたしもだ」
少し離れて、二人は見つめ合う。
「行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
ちょっとした裏話
デリアはノートンという性でルツィアの体質を噂で知っていました。




