四千九百十四回目、終了
ディルーピ32年
(あぁ、痛い)
フュールは竜の攻撃を避けようと動くが、爪の先が当たってしまう。
毎回こうだった。余程単調な攻撃でない限り、五歳程度の小さい身体にも的確に攻撃を当ててくる。
夜だった空は段々と夜明けに近づいた。
魔力をポロポロと漏らしながらも、フュールはできる限り素早く動いていく。
フュールの攻撃は広範囲のものが多い。竜には鋭い攻撃でないと、肉を貫けない。
「行けっ!」
炎の刃を創って飛ばすが、竜には掠り傷ができただけ。
(あぁ……ルツィアはちゃんと、逃げられたかな)
そう思いながら、ぼんやりしていると。
「……っ、フュールっ!」
(ついに幻聴まで聞こえてきた……)
「フュールっ、フュール!」
(え……幻聴じゃ、な)
全ての感覚がなくなったような気がした。正確には、視覚以外の。
「フュール……何でっ、そんなこと……!」
フュールの愛する人間、ルツィア・ノートンだった。
「どうして、ここに……」
「馬鹿フュールっ! 何で一人で戦ってるの!」
フュールの問いには答えず、ルツィアは怒る。
フュールは集中しすぎて知らないが、ルツィアと喧嘩してから既に数刻が経過していた。喧嘩しても、基本的にすぐに仲直りする二人。ルツィアが戻ってきたのは当然とも言えた。
「……っ、お願いだから、何処か遠くに行って! 君がいちゃ駄目なんだっ! 頼むから……っ!」
「何で!? 何で、フュールは……っ、そんなに……私のことが、嫌いなの?」
話している途中にも、フュールは爪で肉体を抉られる。
皮が斬れ、魔力が漏れていく。そうすると、段々攻撃に使える魔力量が減っていってしまう。
「……嫌いなわけないでしょ」
フュールは小さく呟くが、ルツィアの耳には届かない。
そして、ルツィアは帯刀している剣を抜き、竜に立ち向かおうとした。
「やめて! やめてくれっ! ルツィア、それ以上は進んじゃ駄目! 逃げてよっ、どうして言うことを聞いてくれないの!?」
フュールの言い方が悪く、ルツィアには真逆の意味でしか捉えられていないことを、フュールは知る由もない。
「っ、フュールっ!!!!」
何かに、気付いた。ルツィアは目を剥いて、フュールを見ている。そんな顔を、フュールはぼんやりと見つめていた。
「ルツィア? ……あ、れ……」
「フュールっ? フュールっ! 何でっ、何で、私じゃないの!?」
ルツィアは、ふらふらと落ちていくフュールを抱きかかえて、竜に怒鳴った。
フュールは、心臓を貫かれたのだ。
ぽっかりと、穴が空いている。それでもまだ死なないのは、フュールが精霊だからだ。
――だが、もうすぐ、絶命してしまうだろう。
「ねぇ、どうしてよ! どうしてっ、私じゃないの!! フュールじゃなくて、私でしょ! 君たちはっ、いつも私を狙ってたでしょ!」
ルツィアは叫ぶ。
そうだ。今まで、魔獣も魔族も竜も〈混乱の女神〉ルティスレーディアに魅入られたルツィアを狙ってきた。
そのせいで、ルツィアは自身の家から出たのだ。
そのせいで、ルツィアは何度も死んだのだ。
それなのに、どうしてこういうときだけ。
フュールは、ぼんやりと自身の手を見つめた。
(黒い靄)
ルツィアにいつも纏わりついている黒い靄が、自身の手にも絡みついている。
どうしてだろうか。ルツィアの隣に、いつもいたからだろうか。
(……何も、感じない)
もうすぐ、だろうか。〈輪廻の双子神〉のお迎えが来る。
「フュールっ、フュー……」
ルツィアは名前を最後まで紡ぐことができず、フュールの身体に倒れこんだ。
フュールと同じように、ルツィアも心臓を貫かれた。フュールと違って人間であるルツィアは即死してしまう。
(あぁ、これで……次が、最後、か)
フュールは残った魔力を、何とか特権を行使できるようにかき集める。
特権につぎ込める魔力量が減っている分、戻ったときの反動は大きいだろうが、致し方ないだろう。
(次こそは、絶対にルツィアを救ってやる……。例え、僕が死んだとしても)
改めて決意を固め、フュールは特権を行使した。




