貴女との出会い
ディルーピ30年
光だった。炎のように、ただ魂を燃やす光。
それが、フュールの生まれたときの姿だった。精霊は光として生まれ、成長すると共に、人間の姿と羽をはやしていく。
それは、フュールが成長し、人の姿で人間界を彷徨うようになった頃だった。
生まれたときから八大精霊として、仕事をこなしているフュールにとって、人間界にいるのは唯一の楽しみだった。
ぼんやり人間の営みを見るのが好きで、人の多い都会にも、地方の村にも、いろんな場所を散策した。
森で果物をかじっているとき、フュールはそれに出会った。
魔獣だ。
精霊使いの素質がない人間には、精霊を見ることはできない。だが、魔獣や魔族は違う。常に、魔獣は精霊を見ることができる。
(痛い)
魔獣にかじられながら、フュールはぼんやりそう思った。
血が出ている。痛みがじんわりと伝わる。
正直、どうでも良かった。人間の営みを見ることは好きだったが、別に生きる理由にはならない。
特権として、過去を改竄する魔法をもらったはいいが、改竄したい過去などない。
生きることに、それほど執着がなかった。
「よっと」
そんな少女の声を聞くまでは。
「あれ~、魔獣が何か噛んでるように見えたんだけどなぁ。気のせいかな」
成人する前くらいの少女だ。その少女が、あっさりと魔獣を剣で切り殺してしまった。
「待っ、て」
フュールの声は、少女に届かない。
フュールは精霊。少女は人間。フュールのことが見えない時点で、少女が精霊使いでなかったことは明らかだった。
「う~ん、気のせいだったのかなぁ……」
(行かないで。待って)
少女はさっと木から降りて、歩いて行ってしまう。
どうしても、逃がしてはいけないような気がした。
あの少女と、一緒にいたいと思った。
フュールは慣れない手つきで、掌に魔力を集めた。それを離散させて少女の頭上から降らせる。人間が精霊を目視できる条件は二つ。精霊使いである、精霊の主から可視化の魔法詠唱をしてもらうか、精霊が何らかの魔法で人間に影響を与えることだ。フュールに主はいないので、フュールは後者を選んだ。
「ねぇ、待って!」
今度は、少女の耳に届いた。少女は振り返る。
「助けてくれて、ありがとう」
「ふふ、さっきの魔獣のこと? 君は隠れてたのかな」
そう言って笑う少女のために、精霊は生きようと決めた。
「僕は、フュール。貴女は……?」
「私はルツィア。ルツィア・ノートン」
(ルツィア、ルツィア。いい名前だ)
フュールは心の中で、ルツィアと何度も唱える。
フュールが精霊であることを明かすと、ルツィアは彼女のことも明かしてくれた。
彼女は貴族とその愛妾の娘らしい。
この世界の人間は、魔力を持つ者と持たない者に分かれる。世界が創られてから、まだ千年と経っていないこの星は、まだまだ制度は確立していない。
ある人間が言った。「魔力が多い者を優遇しよう」と。魔力が多い方が、魔法を使えたりとできることが多いからだ。
そうして、国ができ、貴族制度ができあがった。
ルツィアの両親はそれに巻き込まれたらしい。父親の方は魔力を持っていたが、母親の方は魔力を持っていなかったので、愛妾という扱いになったそうだ。
「私をつくったくせに、私のことは愛してくれなかったけどね」
ルツィアは自虐的な笑みを浮かべてそう言う。
「お互いが、お互いに夢中だったの。お父さんもお母さんも、私に笑いかけてくれたことなんてなかった。二人だけで充分だったのに、その間に子供が生まれちゃって、どうしたらいいか分からなかったんだろうね」
しかも、ルツィアが生まれてからというもの、その屋敷には魔獣が多く現れるようになった。七百年前、〈混乱の女神〉ルティスレーディアが創り出した魔獣と魔族。
未知の生命体が、屋敷を襲うのだ。それまでは一度もなかったのに、ルツィアが生まれてから何度も何度も。
ルツィアは不吉の象徴とされ、屋敷では息を殺して生きてきた。
十三になったとき、ルツィアは屋敷を出て行った。誰にも言わずに。わざわざ言う必要はないと思ったし、言いたくもなかった。出ていく、と言って喜ばれてしまうのが怖かった。
そうして、ルツィアは旅をしているらしい。魔獣や魔族に度々襲われるので、自衛も覚えたと。
ぼんやりしているだけのフュールとは、真逆の人生を歩んでいるルツィア。真反対の存在だった。
「ねぇ、僕も連れて行って」
「やだ」
まるで、フュールがそう言うのが分かっていたかのように、ルツィアは即答した。
「どうして!」
「言ったでしょ? 私は魔獣をおびき寄せる体質なの。さっきだって、君死ぬかもしれなかったんだよ?」
ルツィアの言う通りだ。だが、先程までのフュールには生きる気力というものがなかったのである。
「じゃあ、これは使える?」
手を差し出したフュールは、魔法を行使した。
すると、ボゥと掌で炎が上がる。
「わぁ……精霊ってそんなこともできるの?」
フュールはルツィアの問いに頷く。
人間界において、限られた人間にしか見ることのできない精霊は存在がそもそも知られていない。
ルツィアは興味深そうに、炎を見る。
「ね、僕は使えるでしょ?」
剣しか持っていないルツィアにとって、遠距離攻撃ができるフュールの魔法は利用価値があるものだ。
「……そのために、そんな素敵なもの、見せたの? ……もう、怪我しても責任は取れないんだからね」
「いいよ。僕が貴女と一緒にありたいだけだから」
そう言うと、変なのとでも言うようにルツィアは笑った。




