世界に痛みを紡ぐ
ディルーピ32年
「ねぇ、フュールっ。あっちに美味しそうな木の実があるわ!」
「うん……そうだね」
何回、何十回聞いた言葉だろうか。
ルツィアは楽しそうに木の実を取って、キラキラと目を輝かせている。
ルツィアは毎回この森で死んでしまうのだ。こうやって、ちゃんと生きているはずの彼女が。
この森には、竜がいる。龍ではなく、竜。
龍は数百年に一度、この星の何処かに現れるとされる災害だ。酷い時には、国を三つ滅ぼしてしまったこともある。
竜は動物という分類だが、魔力を持ち魔法を使う。
〈混乱の女神〉のお気に入り、なんて珍しくも極上のご馳走を竜が逃すはずがなかった。
引き返しても。
『うーん、流石に今日中には森は抜けれないね。とりあえず、一旦休んでからにしよ』
そう言って休むと、寝込みを竜が襲った。
そうして、またルツィアは死んだ。
予定よりずっと早く森の中を進んでも。
『とりあえず、この辺で休もっか』
そう言って休むと、今度は朝を起きたらそこに竜がいた。
そうして、またルツィアは死んだ。
フュールが結界を張っても。
『えぇ〜、フュールそんなに心配性だったけ? まぁいいけどさ』
一晩中起きて結界を張っていたのに、竜は軽々しくそれも壊してしまった。
そうして、またルツィアは死んだ。
どうしたらいいんだ。どうやったら、ルツィアは死なないで済むんだ?
八大精霊という強い立場を持つフュールだが、まだ生まれてから十数年ほどしか経っていない。八大精霊は個体差があるものの、千年ほどは生きる。まだまだ未熟な精霊なのだ。
一晩中起きて気づいた時点で逃げようとしたこともあった。抵抗しようと思ったこともあった。
でも、勝てなかった。竜は強すぎた。
「はぁ……」
フュールは逞しいわけではない。戦い好きでもなく、どちらかと言うと事務仕事の方が向いていた。そんな彼が良い作戦を思いつくはずもなく、ルツィアは毎回死んでしまう。
「どうしたの? ため息をつくなんて、フュールが珍しいね」
これまで、何回もこんな場面はあった。その度にルツィアは死んで、それでもフュールは戦ってきた。ときには逃げて。結果的にルツィアが生きてくれるのなら、正直なんでも良かった。
「……」
「……おーい、フュール?」
ぽん、と人差し指をフュールの頭に添えてみるルツィア。精霊は人間の掌に乗るくらいには小さい身体をしている。
「あ、ルツィア……どうしたの?」
「元気ないよ。悩みがあるなら、聞くからさ。駄目?」
「……」
フュールの権能は、神から与えられたものだ。同時も制限がある。繰り返した場での知識を使う分にはいいが、繰り返していること自体を教えることは禁止されている。
「……っ」
(全部、ぶちまけてしまえれば)
少しは楽になるだろうか。
「ルツィアが██なんて、僕は耐えられないんだよっ」
──ルツィアが死ぬなんて、僕は耐えられないんだよっ。
ルツィアは首を傾げた。
あぁやっぱり、とフュールは思った。伝えることはできないのだ。靄となって、他者には聞こえなくなる。
(もう……嫌だよっ)
フュールは怒って、世界に怒鳴った。ほんの少しだけでも、世界にこの痛みが伝わればいいと思った。
「前回も、前々回もっ! 何回も、何回も、僕は君を██せたっ!」
――前回も、前々回もっ! 何回も、何回も、僕は君を死なせたっ!
「どうして、世界は君を嫌うの? 僕がこうしないと、ルツィアは███、この世界から███なってしまうのに!」
――どうして、世界は君を嫌うの? 僕がこうしないと、ルツィアは死んで、この世界からいなくなってしまうのに!
どれだけ言っても、重要なところは靄がかかって、彼女には聞こえない。世界にも届いてはくれない。
「……ごめんね、フュール。そこまで抱えてたなんて、知らなかった」
ルツィアは小さいフュールの身体を両手で包み込んだ。




