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第07話 魔導書と時計塔【7】

 昔の偉い人が言うには、人類が初めて感動を覚えたのは明け方の星空だそうな。青紫の空に浮かぶ星と月、時代に赤くなる空、個人的には夜空とさほど変わらぬだろうとは思うが。


「ふぅ……来たな」


 誰に聞かせたわけでもなく、そう独りごつ。重い腰を上げて、遺跡の奥のその部屋を出ようとした。期待はボチボチだったんだが……当然と言うべきか。解読できたのはせいぜい一割……いや、それ以下だな。ただ、今は十分だ。


「リリアー。何して……?」


「んっ、ぷはっ。アキも食べる?」


 もぐもぐと、口を動かすその様子は可愛らしいんだけど。だけど。問題は何を食べてるかであって。


「……食べるって……それ……?」


「焼きキノコだよ」


 頭の血が急に流れ出たような。こんなところに農園はないぞ。野生のキノコなんて……オレが見てるときは安全そうな木の実しか食わなかったのに。


「吐けよ、バカ! お前、キノコなんて……バカか!」


「むぐっ! 大丈夫だよ! 毒なんてないから」


 ポカンとしたような、あるいは抗議するような。そんな自信がどこから来たのか、完全に考えなしというわけでもないと思うが。


「蛇とかも食べてたし。焼いたし。光ってたし」


「光ってたって……食用じゃないって。絶対」


 本当に……逞しくなったものだ。しかし光るキノコ……光るキノコ? どこかで聞いたような……聞かないような。せっかくだし一つくらい持って帰るか。


「っていうかアキ、出てきたってことは大体解読は終わったの?」


「うん。今できる範囲は」


「目、大丈夫? 充血してる……充血?」


 そう言いながら、彼女は不思議そうにオレの目を指した。そうか、赤いのか。魔導書の通りに魔術回路を刻んだんだが、恐らく上手くいってそうだ。


「魔眼だよ。充血じゃない」


「そっか。カッコいいタイプの充血か」


「だから違えって」


 ただ言い得て妙というべきか。状態としては確かに、血液や魔力が集中しているとも言える。長時間維持しては疲労も溜まってしまう。


「……あ、そうじゃなくてさ。上、魔物が溜まってそうだ。中に溢れちゃ大変だから、出ちゃおう」


「へぇ、よく感知できたね! 私は……あぁ、言われてみれば魔力が集まってるか」


「魔眼ってそういうもんだから」


 魔眼とは魔力を見るための眼だ。あるいは魔眼そものが魔導の場合は特殊な効果もあるそうだが、オレの場合はそうではない。あくまで魔導に必要な補助、のような立ち位置だ。


「魔導書が解読できたってことはさ、使えるんだよね? 魔導」


「うん。初陣にしては数が多い気もする……けど、たぶんなんとかなるな」


「そっか。楽しみだ」


 楽しみと言うならオレもだが、それ以上にリリアの方が愉快そうだった。やっと、同じラインに立てたのが嬉しいのか。いや、それはオレもそうなんだが、たぶんリリアの方が顔に出るから……。


「……おっと、意外」


「やはりここにいたか! シュリムの……!」


 やっとここまでやって来たのか、やはり村から遺跡までは相当の距離があるらしいな。いや、遠いこと自体は分かっていたんだが。リリアの空間魔導があったからオレ達は気にならなかったものの、徒歩で手探りではこうも時間がかかるか。何にせよ、魔物と人間の魔力を区別しづらいのは現状の欠点だな。


「貴様は今ッ!」


「よせ! 今は魔物の相手が優先だ!」


 狩人か、戦士か、ここにいるのは数十人。魔物はゴブリンやオーク、アンデッドが百匹程度と……小規模な氾濫スタンピードだな。彼らの魔法は群れに弱いらしい。


「アキ、どうする? この量は……」


「いやぁ、試運転だ。ド派手にいこう」


「あの小僧、何かする気だ!」


 両手を合わせ、魔力を練り上げた。人間も、魔物も、オレを標的にしているようだが……魔力と魔素の渦、未知の現象に困惑しているのだろう。当然だ。下手に近づこうとしたらこのままぶつけてやってもいいが……。


「せっかくだもんな、成功させたい」


「躊躇うな! 斬れ、射て! 奴はシュリムの魔導師だぞ!」


 そう声を上げた見慣れた青年、ゾランを筆頭に、オレに矢や剣を向けてくる。しかしそれが異様に遅い。いや、遅く見える。魔眼が活性化してるんだな。


 それは魔法も魔導もまだ存在しなかった時代。人々にとって魔力とは、ただ肉体や物質をほんの少しだけ強化するためのものだった。しかしあるとき、初めてその魔力を用い、環境や空間そのものに作用する術を開発した者がいたらしい。それこそが魔導の祖であり、魔法の祖でもあった。


 つまるところ、今ある全ての魔導も魔法も、元は一つの魔導から着想を得、派生したものというわけだ。火炎魔導、氷結魔導、空間魔導……今ではあらゆる魔導に名があるものの、それはもちろん、『魔導』なんて名もない時代だ。当初は名もつけられなかった力だが、後につけられたのが……。


「……なんだ、落雷か……?」


 ゴロゴロと鳴り響く空、轟くような音。落雷のごとく、嵐のごとく。荒れに荒れた空気の揺れが深い警戒をさらに強めるが、それで止まる彼らではない。そして、彼らが届く力でもない。


降星殲滅光(ラグ・シュラダガル)


「ぐッ……ぬあぁッ!!」


 天から、もっと高くから降り注ぐ幾多もの光の柱。隕石のような、あるいはそれ以上の超常のような。現代では……いや、いつの時代にも珍しい、無属性の魔導。例えるならば魔力と魔素の楔、それを世界に打ち込むような。それを可能にするのが、魔力消費を最高効率にするこの魔眼の術式。それがオレに与えられた黎明魔導。


「感謝しろよ、対象は魔物だけだ。……まぁ、掠っちゃったかな」


「アキ! 怪我は?」


「大丈夫、問題ないよ」


「そっか! 流石だね! カッコよかったよ!」


 不安そうに駆け寄るリリアに……いや、楽しそうな彼女に手を振りながら、這いつくばった村人達に視線を落とす。彼らに負わされた矢の傷も、魔力の流れが痛みは治めてくれたようで。オレもリリアも、数日前の追われるばかりの子供じゃない。


「さて、あんたらには色々聞きたいんだ」


「くッ……化け物めが……ッ!」


 口は減らないか。流石というべきか。膝をつき、その顔を覗き込んでみると……なるほど、村の戦士だな。ギラギラとした銀の瞳。まるで屈服しちゃいない。

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