第03話 魔導書と時計塔【3】
「へぇ、ここが……」
門の向こう側。爽やかな風と空気、遠くに見えるのは木造の……家や倉庫。文明が発達する前の、柵で囲まれた村のようだ。
「古代? の時代っぽいな。ってなると……」
求められているのは何かしらの問題解決か、あるいは『古代文字』についてだろう。少なくとも現状は、オレの魔導書の解読のため……としか思えない。
「さて、まずはどうしようか……」
「私はとりあえずマーキングだけしとくよ。念のため、いつでも飛べるように」
「うん、ありがとう。それが終わったら行こうか」
何にせよ、村に行かないと何も分からないだろう。あの村が協力的なのか、そうでないのか。それもまずは確認しなければならない。
「……あ、昔っていうとこんな服装だと怪しまれるかな?」
「あぁー……大丈夫じゃない? 旅人ってことにしといたら、何かと言い訳くらいできるでしょ」
ここが宵歴何年なのか、そもそも暦が違うのかも今は分からない。予想では2000年以上は昔の世界だろうとは思うのだが。ま、とにかく分からないものは分からない。
「じゃあ行こうか。どうする? 空間跳躍って術で運んであげようか?」
「ちょっとくらいならいいけど……魔力は温存した方がいいんじゃない? いくら魔導とは言っても……」
魔法は体内の魔力を使用する術のことだが、対する魔導はそれに加えて大気中の魔素をも利用できる。魔導書があればさらに最高効率になるのだから、消耗は極めて小さいだろうが……。
「まぁ練習もした方がいいか。森の出口まで頼める?」
「もちろんだよ! じゃあほら、掴まって」
握った彼女の手は柔らかく……いやいや、そんなことは今はどうでもいいんだ。ただ大人しく、ただ無心に……なんてのは無理か。だって初めて体験する魔導だ。
「うわっ……とっ、とっ」
速い、なんてものじゃない。馬や乗り物よりもずっと、比べるまでもなく。これでも空間転移ではないと言うのだから、こと移動手段においては抜きん出て優秀な力だ。
「す、凄いな、やっぱり……。ありがとね」
「へへ、良いってことよ」
森の外も、相変わらず空気が良い。村にもそろそろ近くなり、もう数分も経てば見張りの人間も見えてくるだろう。距離としては相当動いたというのに、歩いてないのだから当然、足は自然と前に出る。と、そのとき。
「……ーい、おーい! あんた達、今すぐ逃げろ!」
前方、村から聞こえた叫び声に、すぐに背後へと視線を移した。目の前のそれはあまりに巨大で、恐ろしく……。爬虫類のような、鳥類のような……。
「逃げるぞ、リリア!」
「わ、ぁっ!」
反応の遅い彼女の手を取り、全力で駆け出した。確か図鑑で見たことがある。アレは現代では滅多に生まれない種類の魔物。
「くそっ、何てったって地竜が……ッ!」
竜とは名ばかりの雑種ではあるものの、危険度で言えばそう簡単に現れていいものでもない。せめて、せめて翼のような前脚だけでも身動きを封じなければ……話にもならない。
敵か味方か、分かったものではないが。この状況では仕方ない。オレ達はその村に一歩、決意と共に踏み込んだ。
その瞬間、逃げ惑う旅人の安全を確認したからか。布面積の少ない昔ならではの衣装に身を包んだ彼らは、一斉に火矢を放った。
「ウギャ、ギャギャッ!」
「まだだ、射て、射てー!」
雨のように、一段、二段と。魔導の存在しない世界……いや、時計塔が存在しないために、まだ魔導の普及していない時代。それは人類最大の武器である、魔法を纏った矢だった。
正直なところ、さほどの威力もなければ効率もよくない。一本あたりが木の幹を完全に貫けるかどうかの威力、それをせいぜい、一人あたり三本か。それでも一つの村、通常の矢も混ぜれば、地竜の一体なら討てるらしい。
「はぁ、はぁ……助かった」
「……アキ。手、離してくれていいよ。……ちょっと照れる」
「それどころじゃなかったろ」
そう言いながらも、すぐに手を離した。そんなことを言われてしまっては、照れるのはオレの方だと。命の危険があったことも忘れてしまいそうだが、そういうわけにもいかない。
「……オレ達は近くを旅してまして。助かりました。二人では戦える自信もなく、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
深々と、頭を下げる。こちらの礼儀なんて知らないが、とりあえず助けられたのは事実だ。危ない相手、というわけでもないかな。
「へぇ、旅人か。村の外の人にゃ、ほとんど会わんがよ、なるほどなぁ。奇怪な格好しとるもんなぁ」
「ははっ、そうですかね。……そうかも」
彼らが纏っているのは麻のような生地の服。刺青のような紋様、何かしらの文化や宗教が当たり前に根付いている、そんな土地なのだろう。
「そうだ、この周辺について、よかったら話を聞かせてもらえませんか? ほら、さっきみたいな危険があるかもしれません」
「おぉ、そりゃそうだ。お前さんら、何も知らねぇんじゃ危ねぇもんな。つっても、地竜が一番危険だろうがよ。何にせよ客だ、ちったぁもてなそう」
「ありがとうございます」
快活な青年。……つい先ほど会ったばかりなのに、こうも歓迎してくれるとは。時代か、風習か。確かなのは、村から敵対心は感じられなかった、ということくらいか。




