第02話 魔導書と時計塔【2】
魔導書を受け取った後は、一階のちょっとした飯屋で昼食を摂っていた。ハーブの効いた肉のようだが、飯自体は特別なものではなさそうだ。多少の魔力回復はあるのだろうけど……。
「そうそう、私が貰ったのはね、空間魔導だってさ。ほら、転移とか飛行とか、そういうの」
「へぇ、凄いな! 大当たりじゃんか」
キラキラとした顔で見せてきたのは、水色の魔導書だった。オレもいつになく緩んだ顔で、差し出されたそれをマジマジと見る。
リリアという所有者がいる以上、他人にはその内容を閲覧する権限は与えられないが。それでもやはり、魔導書というものが破格なものだということだけは分かる。
「いやぁ……《《未来》》の魔導か……」
空間魔導というものは、つまり空間そのものに作用する魔導は現在では再現不可能だ。少なくとも、魔導書持ち以外では。本来ならば数百年後に発明される魔導なのだろう。
「ね、アキのは? どんな魔導だった?」
「いや……それがなぁ……」
質問に答えようと、オレの深緑の魔導書を取り出してみたが。そこに記されているのはオレには読めない言語だった。なんとか紋様とかは分かるが、そんなもんじゃ役に立たない。理解できないのだから。
「古代文字なのかな」
「古代文字……もしそうなら、アキのも大当たりじゃん」
「そうだといいんだけどなぁ」
古代文字、失われた言語。そういった類は強力だというのが相場だが、いかんせん前例を聞かない。そりゃあ、無数にある魔導書の中から、そんなものが選ばれる可能性なんて低いだろうから。
「まぁでも、最初の攻略に行けば何か分かるだろうな」
「ワクワクするね!」
時計塔には門と呼ばれる歪みがある。その門に足を踏み入れると、こことは異なる世界に繋がっている。その世界を攻略することこそが、オレ達魔導師の役割だ。まぁ攻略と一口に言っても条件は多様だが。それが、時計塔の二つ目の役割。
とは言っても、最初はそう危険ではない。自分の力を知る、あるいは試すためのチュートリアルだからだ。門自体は無数にあるものの、最初の門は珍しい種類のようで。特定の世界があるのではなく、その攻略者に最も適した世界が選ばれるらしい。
「話に聞くだけならただ不思議に思ってただけだけどさ。こうして見ると……現実味を帯びてくるんだもんね」
リリアの話を聞きながら、最後の一口を頬張った。最初の門にオレとリリアのパーティで入れば、考えられる要素は二つだ。一つはリリアの機動力が役立つこと。もう一つは、オレの魔導書を読み解く手がかりがどこかにあること。
「ぷはっ! じゃあ行こうか!」
「早いな。準備は大丈夫?」
「うん。回復薬や薬、護身用の短剣と諸々、ちゃんとあるよ!」
「そっか。まぁ万全かな」
席を立つ彼女を見守りながら、オレもまた腰を上げた。最初の攻略で準備なんて、誰かに聞かれたら笑うかもしれない。それでも、万が一にも死にたくはないのだから仕方ない。
そうそう、門の先には異世界があるとは言ったが、何も知らない世界ばかり、というわけでもない。
そもそも時計塔そのものには時空の概念がない。つまり、そこに繋がっているのは現実世界の過去も未来も、あるいは異なる時空の世界かもしれない。ゆえに時計塔、なんて呼ばれているのだ。
「お、坊主と嬢ちゃん。張り切っちまって。もしかして、初攻略か?」
声をかけてきたのは、ベテランらしき雰囲気の探検家。古そうな鎧や剣からは、ただならぬ気配を感じ……感じる。……うん、感じなくもない。
「はい! 今から行くんです!」
「そうか! 青春だな! 魔導も初めて使うんだろ? 楽しんで来いよ」
愉快な声。実力はどうか知らないが、なかなか良い人そうだ。塔にはイカれた人間も多いと聞くから不安だったが、案外気の良いところなのかもしれない。特に低階層なら。
そんな視線を浴びながら、魔導書を見せて二階に戻る。そこにあるのは先ほどの図書館に繋がる扉と……そのさらに奥にはいくつもの大きな空間の歪み。渦巻く魔力と低く鳴り続ける鳴き声のような音。これが門か……。
「……あ、アレだ! 最初の門!」
「本当だ。他のとは少し……違いそうだな」
門の向こうの世界の説明が並ぶ中、ただ一つ、最初の世界と記された門。攻略者によって世界が変わるのだから、説明も何もないのだろう。
「……行く?」
「ちょっと待って。深呼吸する」
溢れる興奮を抑えるように、止まない緊張を宥めるように。リリアの呼吸音を聞きながら、オレもこの中に夢を抱く。どんな、何が待っているのか。何にせよ、リリアと一緒に冒険したい。夢と呼ぶにはあまりに小さな、それがオレの本音だった。
そりゃあそうだろ? ここは時計塔。縛られることなんてない。自由な人間が集まる場所。その自由こそが楽しみなんだ。
「……よし、行こう!」
顔を引き締めたリリアと共に、一歩、そこに踏み入る。歪みを抜けるなんとも形容し難い感触、不思議な魔力の風の後、開けていたのは青い世界。巨大な森の中、遠くには小さな、そしていかにもな村があった。やって来たのは、太古の世界。




