第22話 天道翔ける未来都市【10】
吹き荒れる都市の隅、校長はそっと腰を上げ、フワリと宙に浮かんだ。その様はまるで……あぁ、いや、確かに龍のそれだった。
「で、せっかく三人来たんだ。どうだお前ら。一つ、アタシが相手してやろうじゃねぇか」
「えっ……!!」
「いいんですか!?」
「あたぼうよ。かかってこい」
魔力の波、解放されたそれがオレ達を包み込む。いざ対面してみると……今まで以上に、その重みがのしかかった。これが龍か、これが原初の存在か。そんな感動すらも薄れるほどに……。
「よっしゃ……っ!」
「ちょ、作戦……!」
制止も構わず、空気を固めて駆け上がる。勝てる、なんて身の程知らずなことは言わないが。戦えることに昂揚して仕方がない。腰に下げた異空袋、そこからスラリと得物取り出して……。
「たぁッ!」
「ふはっ! 威勢が良いなァ!!」
「ぬ、ぬぅ……っ!」
刃を、斬るために磨かれているはずの刃を、あろうことか、彼女は素手で受け止めた。魔力は纏っているだろうが、それだけでは説明できないような……異常な硬さ。これが龍か……っ!
「ぐぁっ!」
ガン、ガンと。薙刀ごと放り投げられた衝撃は、とても人体が出すものとは思えないほどに重く響いた。何が起こったのかも分からないまま、気づけば地面を転がっていた。
「っ!? ……い、痛……くねぇな?」
「アタシは教師、しかも校長だぞ。子供を傷付けるような真似はしない」
「へぇ、なるほど……」
彼女の魔力に包まれていたのか。通りでイカれた音が響くわけだ。……そうじゃなかったら死ななかったとしても、骨がいくつか砕けただろうな。
「水球槍!」
「っと、いつの間に時間を止めやがったか」
「きゃっ……!」
オレ達も気づかぬ内に、リエンは彼女の背後を取り、水の槍で突き刺した。……突き刺そうとした、か。校長は手をポケットに入れたままに、それを華麗に避け、そのままの勢いで蹴り落とした。
「くっそ、優雅だな……」
「そこじゃないんだけど……うん。流石、としか言えないね……」
魔力量は言わずもがな、その戦闘センス、武人としても格が違う。それがこの一瞬の攻防で、オレ達に叩きつけられた現実。
「空間抹消鎮魂歌」
「とっ、ととっ!」
唯一焦らせた、と言えるだろうか。リリアの手のひらの上、キラキラと輝く魔力が放たれた。ビームのように、触れた箇所から削る……つまり、言葉の通り無かったことにする術。しかし、アレは魔力消費が激しいんじゃ……。
「良〜い魔導じゃねぇか。アタシでも触れちゃマズ……」
「櫛雨」
「っ……!」
一つでは当たらない、だからだろうか。発射される魔力の中央を遮り、無数に拡散された。その線の一つ一つこそ小さいけれど、それが問題にならない。なぜなら少しでも触れればその箇所が削られ……防御もできないのだから……。
「あっ……」
「わっ、おい! リリア!」
糸の切れた人形のように、リリアはプツンと脱力した。すぐに刃を仕舞って、倒れる前にその身体を受け止める。勢いに揺れる髪が触れて、あまりの顔の近さに一瞬、鼓動が跳ねた。
「だ……大丈夫、か? リリア……」
「はぁ……ん、うん。魔力、使い切っちゃった……へへ」
「燃費が悪いな」
なんて毒づきつつも、地面に横たわらせることもできず、彼女の身体を支えて固まってしまう。いや、魔導の理屈からするに二発も当てたことの方が異常とも言えるのだけれど。
「おいおい、見せつけてくれるな」
「あ、校長」
「ぶへっ」
さっきまでの優しさはどこに消えたのか、壁が立ちはだかるや否や、リリアの身体を雑に置いて向かい合う。果たして、どう戦えば「戦う」ことができるのか……。
「……? 黎明、魔導……」
魔導の祖、始まりの魔導。形はなんだ? 魔導は……イメージだ。魔導書はヒントだ。今、オレにある知識は魔力放出と制御、そして纏うこと。魔素を巻き込むこと、それがオレ達の術理。魔素と共生すること、それがこの世界での術理。
「……いや、試してみよう」
「ん? おう、挑戦してみろ。学園とはそういうところだ」
両手の内に、魔力を集める。そしてそこに、魔素を巻き込む。それをそれぞれ、線状に引き伸ばし、縫い上げて……。循環する魔力の輪、その周りを補強する魔素の螺旋。要領は降星殲滅光と同じように……。
「ぐっ、ぐぐ……っ!」
「ふはっ……もっと余裕を持たせろ。空間を作るんだ」
「空間……?」
紐付けていた魔素を少し解き……いや、違う。硬く結んだまま、拡張するんだ。圧倒的な二つのエネルギー、その間にある真空に近しい空間。……エネルギーとエネルギーの間に生まれたそれは、実質的な異空間を作り出す。そうか、これが……。
「空間魔導の理屈……!」
「筋は悪くないんだな」
当然、リリアのような専門の魔導師には敵わない。それでも、似たような術を扱える。それをオレの魔導に落とし込めば……いや、それこそが黎明魔導の本質……っ!
「剥界殲滅球……」
「よし、それをアタシに放ってみ……」
「あっ……」
ボシュンッ、と。魔力が抜けて、従うように力もオレを離れていく。リリアにあんなことを言った手前……魔力が底を突くなんて、そんな真似……。
「っと。ほら、アキ。無理しちゃメッ」
「……はい」
この短時間で多少、魔力は回復したようだが、それでも無理をしてるだろうに。お構いなしにリリアはオレの倒れる身体を受け止めた。どうこう言う気力も、もはや無い。
「魔眼あるから……魔力切れなんて、滅多に起こらないんだけどなぁ……」
「時間をかけすぎなんだよ。だが一回使えたんだ。次は実戦にも使えるだろ」
「んぐ……」
支えられ、座るしかないオレの頭を、小突くように靴先で叩いた。教師がどうのと言っていたくせに、なんて言っても無駄だろうな。
「校長! せっかくの機会なんです! 私も魔力が切れるまで、胸を貸してくださいよ」
「しゃーねぇなー。まぁ中途半端にゃ終われねぇわな。可愛い生徒のために面倒ごともやってやるよ」
口先ではそんなことを言うけれど。リエンの申し出にどうしようもなく弾んだ声色で、彼女は今一度構え直した。




