第12話 魔導書と時計塔【12】
夢という夢も見ず、起きたのはまだ空が紫の早朝のこと。いつもと違う空気に心が弾みつつ、リリアを起こして図書館に向かったのがつい先ほどだ。
「はぁー……特に何も得られず、か」
「アキは何調べてたの?」
「おぉ、知らずについて来てたのか」
ある種の感嘆、というより呆れ。何度か説明自体はしたのだが、一夜にして忘れたのか、あるいは元より聞いてなかったのか。
「シュリムの名前とラナバ村について」
「あぁー……そんなこと言ってたね」
そのときは聞いてたんだな。普通に忘れちゃったのか。じゃあ仕方ない、ということにしておこう。
「シュリムについては言わずもがな、ラナバ村は今で言うトロバロイ王国にあったらしいけど、別に宗教的にも特徴はない村だってさ」
「トロバロイ? ずいぶん遠いね」
「2,000年、いくらなんでもそんなに移動するもんかね? 名前がこんなにも残ってるのも不思議っちゃ不思議だけど……」
それほどシュリムという名は重要なのか。現代では、少なくともオレや両親にはそんな認識はなかったのだが。……あるいは血族を示す名前ではない……?
「……あぁー。考えれば考えるほど無駄だな。分かったことと言えば、攻略は歴史には関与しないってことか。いや、分かっちゃいたが」
門の向こうは、言わば模型のようなものだ。物質やエネルギーとしては実在しているが、本当に起こった歴史として刻むわけではない。もし歴史を変えられるのであれば、この世界はもっと複雑になっていただろうから当然だが。
「あまり深く考えない方がいいかもね。で、次は鍛冶屋さん?」
「うん、地竜の素材で武器作ってもらうつもり。リリアも装備は整えたら?」
「防具は欲しいよね」
そんなことを話しながら、重い腰を上げた。鍛冶屋があるのも塔の一階、あるいはその外。武器も防具も相棒だからな、腕利きに頼みたいものだが……。ふふ、こういうときこそ魔眼が役に立つ。
「リリア、あっちに行こう。魔力が洗練されてる」
「わっ、いつの間に赤くなってる」
向かったのは塔の外の、入り口の裏側。そこから東の路地に入って突き当たりの、古臭い建物だ。鉄の打つ音は……今は聞こえないが。ここから流れる力には澱みがない。
「お邪魔しまーす」
「しまーす」
中に入り、リリアがそれに続く。思った通り、揃いこそ多くはないが、一つ一つに力を感じる。素材の良し悪しこそあれど、どれも完璧に近しいものだ。
「あん……? ずいぶんと若ぇ奴が来たもんだなぁ。迷子か? それとも……」
「鍛冶屋、ですよね。もちろん買い物ですよ」
店主らしき、圧のある爺さんが奥から出てきた。背丈はあまり高くはないものの、肉体のゴツさはまるで岩山のようだ。加えて魔力も燃えるような性質ときた。恐らく人間ではなく……。
「炭鉱夫ですか?」
「ほう? まさか一目で見抜かれるとは、何者だ、お前さん」
「アキレス・シュリム・ジークレッド、僕自身は大した者じゃないですよ。眼が……魔導が少し変わってて」
「そりゃあお前の力だろうが。謙虚な童もいたもんだ」
笑ったような、それともただ鼻を鳴らしただけか。掴みどころがないと言えばなく、分かりやすいと言えば分かりやすくもある。
「そのスカした態度、ただの客じゃねぇだろ。素材はあんだろうな?」
「ははっ、流石ですね。ちゃんとありますよ」
ドサリと、袋を彼の目の前に置いた。オレの分の、地竜の牙と爪、それから鱗。彼には珍しくないだろう。この素材の等級で言えば。
「……お前、見たところ駆け出しだよな? なんで地竜を……」
「最初の攻略で訳あって」
「はっ、大した小僧だ。何を打って欲しい?」
「うーん……」
二択までは絞っていたが、いざ相棒をどうするかと聞かれると……。オレの実力と癖からも考えなくてはならないし、何よりロマンが大事だ。うん、ロマンが。
「剣と槍、どっちがいいですかね?」
「迷ってんなら剣じゃねぇか? 槍は扱いが難しい」
「でも槍ってカッコいいじゃないですか」
「だははっ、確かに」
やっぱりな。炭鉱夫は好奇心の塊だ。こういう話には理解が深いと思ってた。大当たりだな。
「そういうならコレなんかどうだ」
「わっと……おぉ」
彼が渡してくれたのは、背丈ほどのある柄に、そして大きな片刃の武器。剣とも槍とも違うそれは……。
「薙刀ですか……使えますかね」
「知らねぇよ。だがロマンだろ」
「……確かに」
カッコいい。確かにそう思った。リーチも、斬れ味も十分だろう。オレのスタイルに合っているかは別として、何よりカッコいい。
「うん、じゃあ薙刀にしてください」
「おう、分かった。完成まではナマクラだが、そいつを使ってればいい」
「ありがとうございます。……鱗使って防具も作ってほしいんですが、いくらになります?」
「それも完成してからでいいが……そうだな。素材はほとんどコイツらで足りるし、4万ってとこか」
報酬と貯金がまとめて飛ぶな。……苦しいが仕方ない。ここで妥協しても危険に遭ったら元も子もない。
「分かりました。ではそれで。完成はいつ頃に?」
「今は仕事も詰まってねぇし……一週間で仕上げてやらぁ」
「なるほど、お願いします」
確かだが、攻略は何も戦闘を強いられるばかりではない。それも特に低階層ならば。一週間、一回か二回かな。完成までに多少は稼ぐとしよう。
「あ、リリア。お前は……」
「炭鉱夫のお爺さん、私のもお願いします」
「悪ぃがお嬢ちゃん、儂は童にゃあ打たねぇと決めてる。気に入った童以外はな」
「……お願いします」
爺さんに真っ向から戦いを挑むように。リリアは素材袋の他に、何が入っているのやら、もう一つ、袋を彼に見せつけた。




