第11話 魔導書と時計塔【11】
「ま、結局できることは少ないわな。明日は一日休み、オレは図書館と……鍛冶屋に行こうかな」
「私も! 私も一緒に行く!」
「……いいけどね、図書館で騒いじゃダメだよ」
「わぁってるよ。子供じゃないんだし」
紅茶の最後の一口を流し込みながら、ふんぞり返るリリアを見つめた。なんて平和なのだろうと、まるでジジイみたいなことを思うが。つい先ほどまでは命のやり取りをしてたんだから、しょうがないだろ。ふと外を見ると、もう月が銀色に輝いていた。
「夕ご飯貰うか。払えばくれるって言ってたよな」
「美味しいかな。美味しいといいな!」
相変わらず楽しそうなリリアの声に、オレも緊張がほぐれてしまう。もちろん、良いことなんだが。よいしょと腰を上げ、階段を降りていく。美味しそうな香り……と言っても家庭的な香りだが、安心する空気が流れていた。
「女将さん、夕ご飯いただけますか?」
「はいよー。二人分でいいですかい?」
「はい、お願いします」
注文だけ済ませ、空いてる席に座る。まぁどこも空いているのだが。真ん中ではなく隅寄りの、それでいて階段とキッチンに近い位置を取った。
「煮物かな? 美味しそうな匂いだ」
「ずっとマトモな飯は食えなかったからなぁ。特にリリアはキノコ食ってたし」
「アレ美味しかったけど」
オレの言葉に口を尖らせながら、けれどすぐに吹き出して。魔導師になった以上、時計塔で攻略をするのが一番道としては適当ではあるものの、やはり命の危険はあるわけで。そうなると稼ぎ方は他にも思い浮かぶのだが……やっぱり、ロマンなのかな。
「おっ、マジにウチに来てるじゃねぇかよ、小僧共」
「あっ……」
帰ってきたのは例の探検家、この宿の主人だ。塔で会ったのが数時間前、ということはその間に攻略を終えたのか……あるいは攻略には行ってないのか。前者なら相当に……。と、そんなことを思っている内にドカッとオレ達の前に座った。
「まさか騙されてるとは思いませんでしたよ。まんまとアンタのお給料になったわけだ」
「ははっ、そう言うなや。良いところだろ」
「はい、とっても」
苦笑しながら、否定はできない。安くて部屋の雰囲気も良いときた。オレは宿の良し悪しはよく分からないが、まぁ良い場所だ。何より居心地がいい。
「それにしても、無期限で1,000Nで泊まれるなんて、商売にならないでしょ? オレらとしてはありがたいんですが」
「探検家以外にゃ一泊4,000は取るよ。そこに探検家割が半額とちょいと色をつけて、連続の宿泊なら無期限で1,500。お前達は俺の案内ってことで、まけて1,000ってとこか?」
「だからそれにしても、でしょ」
探検家に対して割引がある宿は補助が出ると言うし、元の値より相当安くなるのは分かる。それにしても、あまりに破格で……だから商売にならないと。そう言いたいのだが。
「いいんだよ。俺達ゃ若者の応援ってことで。俺が本業で稼げるからな。つっても、宿場町からも離れて変に安いもんだから、なかなか寄りつかねぇがよ」
「本業……探検家ですか」
「そっ、まぁ俺もそれなりに強いからな」
分からないことはないが……つまり100パーセントの善意で運営してると。となると、彼は相当の実力者だと思うんだが……オレは有名人には疎いからなぁ。
「はいよー、魚の煮付けと米と味噌汁ですよ」
「おぉー! 美味しそう!」
「ははっ、お嬢ちゃんは良い反応してくれるね!」
提供されたのは、それはそれは普通な感じの食事だった。だが、古里を離れている身としてはこういう普通さが嬉しいところでもある。
「そうだ、俺はオルドー・ガリネット、攻略してんのはだいたい十二階だな。お前らは?」
十二階……十二? 思ったより高いというか……魔力は大したものには見えなかったのだが。十階以上に登れるのはせいぜい五パーセントだぞ? ベテラン、なんてものじゃないな。
「私! 私はリリア・ミューザ! 今日最初の攻略を終えたところです!」
「オレはアキレス・シュリム・ジークレッドです、攻略についてはリリアと同じです」
「リリアにアキレスか。良い名だな。いつか俺と同じ階層まで上がってこいよ」
「言われるまでもないですよ! っていうか、絶対追い抜きますから!」
オレの名前に反応はナシ……彼はそれなりの情報もあるかと思えば、現代には大して語り継がれていることまないのか。あるいはあの時代、あの村だけの……? いや、そういう雰囲気でもなかった。
「オルドーさん」
「オルドーでいい」
「じゃあオルドー。オレの名前、『シュリム』って知ってますか?」
彼が席を離れる前に、一歩、踏み込んでみた。恐らく、知らないと答えるだろう。それはたぶん間違いない。……だが、何かしら心当たりでもあれば……例えば現代にはなくとも、これまでの攻略に何かしら……。
「『シュリム』……? さぁ……知らないと思うなぁ……。ミドルネームみたいなもんか?」
「まぁ……たぶん。でも最初の攻略で痛い目に遭ったんで、たぶん忌み名みたいなものだと思います」
「ふーん……いや、深刻そうだな。何か分かったら教えてやるよ。ただ今は俺にも分からん」
「そうですか。いえ、ありがとうございます」
颯爽と去る彼の背中は、少しばかり大きく見えて。煮物の味も、一晩中ほのかに甘く、残っていた。




