第09話 魔導書と時計塔【9】
「さ、3万N……?」
「一回の攻略で……こんなに貰えるの……?」
時計塔一階の換金エリア、そこで今回の報酬の一部を換金した。武具の階級は全て通常級だった。から、それと氾濫を起こした魔物と地竜の素材、ポーションを少しばかり。それが3万という大金……大金? に変わったのだから……。
「はぁ……思ったより稼げるんだな」
「バカ言えよ。普通、最初の攻略じゃこんな儲からねぇよ。なんで地竜の素材なんかが報酬になってんだ」
「は、ははっ。まぁ色々あったのよ。じゃあおっちゃん、またね」
「おぉ、気をつけていけ」
一人3万、リリアと合わせて6万だ。今回は運良く通常攻略に特殊攻略、並行攻略も達成できたから良かったものの……安定した収入にするならたぶん三階以上に登る必要があるんだろうな。とはいえ、生活自体は二階でもできそうな気がする。焦る必要はないな。
「ねぇ、地竜の角と牙と皮はどうするの?」
「武器と鎧が必要だろ? 今回も実感したけど、やっぱり最低限の防御力は必要だよ。それに魔導以外の攻撃手段も必要だし、オレは槍か剣が欲しいな」
「アキは戦闘センスはあるもんね。私は……武器は上手くないからなぁ」
「でも、空間魔導の機動力があれば大抵はなんとかなるよ」
もっと上に登るならそうもいかないかもしれないが、当分は平気だろう。特に今回の攻略に関しても、本来なら彼女の機動力さえ使えば何も心配要らないような、それくらいのものだった。
「これからどうする? とりあえず宿に行って……」
「今日は反省会って名前のお疲れ様会にでもしようよ。塔のことも少し分かったし、お互いの魔導を把握したい」
「おぉ、いいね! 私も黎明魔導? っての気になってたんだ」
重い足取り……いや、重く感じる足取りで、まぁ今は深くは考えず。先ほどの中年の探検家から教えてもらった宿に向かった。
確かに聞いた通り、歩いた時間は相当だが、静かな街並みに一つ、香ばしさ漂う建物があった。京福亭の看板が、堂々と掲げてあった。……オススメはされたものの、なかなか人の気配がないというか……静かだな。
「お邪魔しまー……」
「おぉ、お客さんかい。……お客さん!? 珍しいな! お二人様かい、いらっしゃい」
扉を開けた向こうにいたのは、だらけた女将さんだった。もっとも、オレ達の姿を見てその佇まいを正したのだが。
「あ、え、はい。部屋を二つ……」
「え!? もったいないよ! 一部屋にしよっ!」
「バカ言ってんじゃねぇよ。女将さん、とりあえず二部屋でお願いします」
「はいよ」
打って変わって元気な声が返ってきた。スイッチが入ったのか。やっぱり客足が少なかったようだな。
「しかしお客さん、若いね? 駆け出しの探検家かい? 普通は宿場町にでも行くものかと思ってたけど……珍しいですね」
「そうですけど……宿場町があるんですか?」
「そういう区画があるんですよ。あそこは外と比べたら安いかもしれないけど、割とぼったくる商人が来るからね。新人さんはむしり取られるんですよ。その点ウチは安いし人も来ないってね」
自嘲気味に笑っていたが……そうなのか、それは良かった。良い商品を見せられたら買ってしまうかもしれないし、そんな輩が寄らないということなら、こんなところに来た価値もある。
「ベテランっぽい探検家の方に紹介してもらったんですよ。ダンディな」
「……あ、ウチの旦那かい」
「おっと、すでに騙されてたな」
あの親父、商売の一環だったのか。確かに悪くはないのだが、利用された気分だ。いや、いいんだけど。
「ははっ、そうか。お客さんは珍しいと思ったら、あんな怪しいジジイに従うほどお人好しだったとは、悪いね」
「いえ、悪い人ではない気がしたので」
「そうかいそうかい。まぁ少しまけておこう。んーと……とりあえず1,000Nでいいですよ。食事は別で、宿泊日数は気にしなくていいから」
「分かりました。1,000ですね。えっと……」
……1,000? 安いなんてものじゃない……いや、そこじゃなく。日数は気にしなくていいと? そんなことをしていては赤字なんてものじゃないだろ。
「本当に1,000でいいんですか?」
「えぇ、いいですよ。ほら、高くして離れられても困るし、お金は旦那が稼ぐからね。まぁ若者への応援だと思って」
「……ありがとうございます」
「代わりに、大物になっても贔屓してくださいね」
彼女はそう言いながら、チャリンと部屋の鍵を落とした。二〇五と二〇四と書かれた鍵。最初はただの宿を紹介されたと思ったが、いやはや、色んな意味で良い場所だな。
「ありがとうございます。将来も利用させてもらいますよ。そのときは多めに払いましょう」
「ははっ、大物宣言ってか。ゆっくり休んでください」
軋む木の階段を登りながら、奥の部屋の鍵を開けた。優しい自然の香り、窓の向こうからするのは鳥の声。そして何より……久方ぶりのフカフカベッド。シャワーも浴びられると来た。
「……入ってくるなって」
「反省会って言ったじゃん」
有無を言わさず、そのベッドにちょこんと座るのはリリアの姿。可愛いからいいけどね。いいけどね。
「……とりあえずそうだな……魔導について話を……」
「まずお茶淹れて」
「あ、そうだね」
彼女のわがままは、疲れたオレを有無を言わさずに動かす。疲労回復もあるであろう、そんな香りの紅茶を二杯、注いで机にカツンと置いた。




