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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
9/9

8:駄メイド

「ただいま戻りま……」


 ヴェルサスが自身の屋敷の玄関を足で開けて、即硬直する。

 ネネカも同様に、それを見て即硬直する。

 何か見てはいけないものがあった、都合の悪いものがあった、などではない。

 玄関を開けて屋敷として迎えたのはエントランスホール。屋敷の始まりにしてある種の中心とも言える場所。当然何人も居られるほど広い。

 さて。そんな広間でヴェルサスとネネカが硬直するほどの、なにがあったのか。


「あ、ヴェルサス様。おかえりなさいー」

「ヴェルサスさまー。見てください!上手く焼けたお肉です!」

「今みんなでバーベキューやってるんです!ヴェルサス様も一緒にどうですか?」


 金属の網の上に肉や野菜を置き、網の下には金属の器とその中に置かれた炭。炭は赤熱しており、そこそこな熱を放っている事が分かる。

 網の上の肉や野菜は見事な焼き目を付けているものばかり。そこから漂う香りも実に空腹を刺激する香ばしいもの。幾つかの切り分けられた肉や野菜は金属の串で纏められ、食べやすくもなっている。

 テーブルの上でマナーよくするものとは異なる食事の一種。バーベキューが行われていた。

 ……それ自体は良い。バーベキューは美味しいものだ。美味しいものを食べたいと思うのは人間に当然に存在するべき欲求。否定することは無い。

 問題なのは。

 屋内の。エントランスでそれが行われている事で。

 しかもヴェルサスにとってさらに頭が痛い事実として、このバーベキューに参加しているのは、屋敷に住み込みでヴェルサスに仕える三十人のメイド全員だということ。

 もうどこからどうツッコめばいいのかも分からない現状に、思わずヴェルサスも思考を一瞬硬直させてしまった。


「……むぐ。お帰りなさいヴェルサス様。ふぉもはふぁわ?」

「食べながら話すなとは言いませんが、せめて話してる最中に口に含まないでください……」

「ごくん。お肉美味しいので」

「美味しいでしょうねそりゃ……」


 はーあ、と今日一深い溜息をヴェルサスは吐いた。

 マイペースの極みのように肉を食べながら主であるはずのヴェルサスに対応していた年頃の、メイドの中で唯一ヒューマンのメイド姿の少女。

 この者こそ、この屋敷のメイド長……ヴェルサスが留守の際に屋敷の長を務める、ヴェルサスを除けば屋敷で最も偉い人物……セリナ・ウィンド。

 彼女がこうしてバーベキューの串焼きに舌鼓を打っている。それ即ち、屋敷の責任者である彼女が認めているという事に他ならないのだから。


「……ヴェルサスちゃん。これがこの家の日常なの?」

「ンなわけねーです」


 ネネカの心底の呆れを込めた言葉に、ヴェルサスは疲れ果てたように項垂れながらぶっきらぼうに答える。何処の世界にバーベキューを屋内で行う者が居るというのか。

 ……居たのだが。悲しい事に目の前に。


「……賊から保護した少女です。手の空いている方は彼女の介抱を命じたいのですが」

「今手塞がってるので無理でーす」

「もむもむ」

「レラ!それあたいの肉!」

「めんどい」

「……シバキ倒したろかこいつら」


 ボソッと呟いた苛立ち混じりの言葉は、ネネカ以外には聞こえなかった。というかメイドたちは全員、肉に集中していてほとんど聞いていない。


「ぷふー。お風呂とかは沸いてるので好きに使ってー」

「私らは肉で忙しいので」

「着替えとかは無いですが、まあ適当にメイド服着せとけば」

「「なんぞこいつら」」


 とても主に対する対応とは思えないそれに、最早困惑が上回って来たヴェルサスとネネカ。

 そんな二人に、黙々と串に刺さっていた肉を頬張っていたメイドの一人が、こちらを見ることすらなく言う。


「もむもむ。此処に居るの、ヴェルサス様が迎撃するか、どっかから助けて来た女。どうせその子もメイドになる。ならメイド服で決まり」

「え。私メイドになるの?」

「知らねーですけど。別に強要する気は無いですししてきたことも無いです。……っていうかメイド服以前に下着」

「私たち全員普段から下着付けていませんが?」

「初耳だが!?」


 完全に口調が崩れてる、と静かに思ったネネカ。

 ヴェルサスの屋敷に居るメイドは、基本的にヴェルサスが、暗殺に失敗してそのまま引き取ったか何処からか助け出した者たち。例外は、助けこそしたが事後処理を終えた直後に今後永遠に雇えと、身体に爆弾を巻いて図々しく迫って来たメイド長セリナくらい。

 別にヴェルサスはメイドとして仕えることを強要したことは一度もない。ない、が一生の恩を返すとなった場合、恩の主であるヴェルサスに仕えるとなるのはまあおかしなことではない。かといって戦士としてヴェルサスに仕えても、異次元の戦闘能力を持つヴェルサスの助けにはなれない。どころか足を引っ張る可能性すら大いにある。

 他にも恩を返す手段はあったが、破格の地位と名声、実力や財など様々なものを若くして持つヴェルサスには、そのほとんどが意味をなさない。となれば必然的に、身の回りの世話や割と持て余している屋敷の管理を行うメイドを始めとした従者が、恩を返す手段として最有力にあがるのだ。

 現在でも、この広い屋敷を管理するには人手不足なのは事実。メイドを始めとした家の管理者が増えるのは、ヴェルサス的には有難くはある。が、それを強要する気はこれから先も全くない。


「……はぁ。後片付け等は全員しっかり行うように。その後、彼女の介抱の続きを二……いえ、三名で行うように。それまでは私が風呂に入れるなりしてきます。介抱要員はセリナが適当に命じてください。ああ、彼女は足を負傷しているので、それも込みで適切な人員を寄越すように」

「はふぃふぉふぁいまふぃた」

「なんて???」

「一度沈めたろかコイツ本当」


 もごもごと肉を頬張りながら返事をしたセリナに深いため息混じりの悪態を吐きながら、ヴェルサスはさっさと屋敷のエントランスから離れていく。

 ヴェルサスの背中にはわいわいとしたバーベキューの賑わいが刺さるが、面倒からくる精神的な疲れの方が勝っている現在、それに対して楽しそうと思う事すら無かった。


「……とりあえず身体を清潔にしたいでしょうし、これから風呂に入ります。着替えなどは……一先ずメイド服で。下着は……サイズ合うのがあるか分からないですが、あればまあ誰かから適当に予備でも出させます。下着も衣服も合うものをいずれ買いに行きましょう。今は一時的に、ということで」

「何から何までありがとうなんだけど、なんでだろう。ヴェルサスちゃんはともかく、あの人たちに下着とか借りたとして、ありがとう言うの複雑……」

「あんなのに礼なんか言わなくていいです」

「仮にも自分の所のメイドにあんなのって」


 どうかと思う、と言おうとしたがそもそも屋内でバーベキューをしている時点であんなの呼ばわりが一切否定できる要素が無い事に気付き、言葉に詰まるネネカ。


「……そもそもなんで、屋内でバーベキュー……」

「言わないでください。主人の私が一番恥ずかしいので」


 恥ずかしいを通り越して頭痛を覚えていそうなヴェルサスは、相も変わらずふわふわと浮きながら屋敷の中を移動していく。

 先が見えないほど長い廊下に差し込む窓から覗く光景は、不思議と窓ごとに異なる。

 つい先ほど通り過ぎた窓の景色は、満月の輝きが差し込む夜空の世界。

 たった今ヴェルサスが通り過ぎた窓の景色は、太陽の輝きが照らす陽光の世界。

 様々な景色から差し込む光で照らされる屋敷の内部は、しかし差し込む光に関わらず常に全域が一定の明るさとなっていた。


「……不思議な世界……いや、不思議な家、なのかな」

「常人では理解も出来ないレベルの様々な魔道具オンパレードの家ですからね。外と比べたら、ここも一つの異世界ですよ」


 一つの異世界、というヴェルサスの言葉をネネカは否定しない。

 窓に映る景色がおかしい。それが最も違和感のある光景ではあるが、他にも違和感は様々だ。一目で自分には開けられないと分かる様々な色の扉たち。燭台一つなく全域が均一の明るさ。一定の間隔で置かれた宙に浮く何も入っていない花瓶。

 そもそも廊下の長さがおかしい。外観のぱっと見で見えた屋敷の横幅の、数倍は確実に長く続いている。窓の幅だって合っていない。

 何から何まで常識では測れない世界。それがどこまでも広がっていた。


「……この世界ってさ。こういう家が普通なの?」

「まさか。魔導研究所ですら此処まで混沌とはしていません。この家だけですよ」

「よかった、この混沌がデフォだったらどうしようかと。……喋る絵画とか見えない扉とかないよね?居てもおかしくないんだけど」

「貴女の世界も大概な気がしますが。っていうかあったんですかそんなの?……現時点では居ませんよ。見えない扉はありますが」

「技術でそんな感じに作られたのはあったなー。一定の言葉しか話せないけど。……見えない扉はあるんだね……」


 幾つかありますよ、と短く返しながらヴェルサスは廊下に存在する扉の一つを開ける。

 扉の先は、広い脱衣所となっていた。

 床は竹簀子が全面に。壁は木の目の鮮やかな木材。壁に備え付けられた木枠のロッカーには小さめのタオルが三つずつ置かれている。

 入り口の正面には鏡の前にほどほどの机と椅子。椅子の足元には、不思議な筒状の道具が幾つか置かれている。


「温泉宿みたい……幾つかなんかおかしいけど」

「北西の……名前は忘れましたが、有名な温泉宿を見様見真似で作ったそうで。使用人も雇うだろうと複数人で使えるようにしてくださったのは有難いんですが、広くて寂しいんですよね時折。使用人もそんなに多く居るわけじゃないですし」

「あー……」


 本来使うべき、あるべき構造ではないのは、見様見真似だから。

 現地の職人が指導すらせず作ったものならば、多少異なろうが致し方ないというもの。

 しかしネネカは特にそこに文句をつける気は無かった。

 多少の違いはある。その道に進んでいる者からすれば許せないのかもしれない、様々な違いが多くある。

 だがネネカは別にそういった道に進んでいるわけでは無いし、そもそもこの異界の地に在ってなおぱっと見で懐かしさすら感じる温泉宿のようなこの光景は、今は彼方の故郷を思い出させるもので。


「まあ私は使えりゃ何でもいいので。あ、下ろしますね。適当なロッカー使ってください」

「うーん、懐かしむ気持ちすら吹き飛ばすヴェルサスちゃんであった」

「だって私北西に行ったこと無いですし」


 ネネカを下ろしながら、懐かしむも何もないとバッサリ言い切るヴェルサス。

 実際ヴェルサスにとってはそうなのだろうが、それを懐かしんでいる者の目の前でそれをぶっちゃけるかという話である。

 まあネネカが出会って間もないから戸惑うだけで、ヴェルサスは年がら年中基本誰に何事に対してもこんなんなのだが。というか付き合いの長い主君の皇帝に対してすらどうでもいい事に関してはぞんざいに扱うのに、出会って一日も経っていないネネカにそう扱わないかと言われたらまあ……お察しというものである。


「歩けないでしょうし、使いやすいロッカーを使って頂いて結構ですよ。ロッカーに脱いだ服を……と思いましたが、もう服とは呼べませんよねそれ」

「まあね……というか今日一日ほぼ裸だったから、なんか慣れちゃったな……」

「お願いですから変な事に慣れないでください……まあロッカーに服を入れて、タオルを持っておいてください。もしかしたら修復できるかもしれませんし」

「無理じゃない?この断片から修復って」

「一応、衣服を修復できる魔道具があるので。とはいえ、そこまでボロボロだと望みは薄いですが」


 ネネカの衣服は、賊に強姦された際に引き裂かれボロボロだ。特に下半身の布と言える部分は腰部分の固定する部分しか残っていない。

 衣服を修復できる魔道具は確かに存在するものの、此処までボロボロの衣服の修復は想定されていない。まだ肩や腕部分の布が残っている上半身部分ですら修復できるも分からないのに、下半身部分が修復できる可能性は絶望的だろう。


「代わりの服は……本当にメイド服しかない……しかも下着も無いし……」


 ネネカから少しだけ離れた場所で、脱衣所に不自然に置かれたクローゼットを開いていたヴェルサスは。

 その中身にドン引き及び軽めの絶望をしながら、どうしようと呟く。


「えーと……サイズが合うのがあればそれでいいから……下着とか贅沢言える立場じゃないし……」

「いえ、下着というかですね」


 ヴェルサスがその手にクローゼットの中のメイド服を一着持って広げ、ネネカへと見せる。


「なんかここに置いてあるメイド服、全部普通に立ってるだけで下着見えるレベルのミニスカメイド服なので、これを下着無しで着ようものならどえらいことというかどエロいことになりますよ」

「ふぁっ○ゅー」


 ミニスカメイド服と言ってはいるが、上半身部分もビキニタイプの水着のようなそれは、とてもではないがまともな服とは言えなかった。

 一応現在ネネカが身に纏っている何も隠せないボロボロな衣服よりは、胸をしっかり隠しはするので服としての機能は上回っていると言えるが……布面積で見た場合、ぶっちゃけ大差ないどころか負けていると言えるほどのそれだった。


「誰なんですかねコレ買ってきたの。というか何用、誰用の……?」

「も……色々めんどいからそれでいいよ……」

「いやこれ下着無しでって、ただの痴女ですが?そういう趣味なら何も言いませんが」

「趣味じゃないよ。ただ、文句言える立場じゃないし……なんかもう色々、そういう世界なんだなって思えてきたし」

「まずい。これ早めに誤解を解かないととんでもない変態の世界だと誤解されます」


 ネネカがこの世界に来てからの経験を考えれば、そう誤解するのも致し方ないとも思えるが。

 しかし一応そんな世界ではない。幾つかの国や都市はそういった方向にお盛んなものもあるがあくまで一部。世界全てがそうでは無いし、少なくともウルグリム皇国はそんな方向に特化しているわけではない。

 とはいえネネカをこうして介抱をしているのも、そういったイメージの具現のような生物種である淫魔のヴェルサスなので、下手をすれば誤解が深まりそうなのがヴェルサスにとって悩むところなのだが。


「とりあえず風呂入りましょうか。身体、洗ってあげますよ」

「え。いいよ、自分で洗えるよそれくらい」

「ノリでどうにか誤魔化せてるだけで、まともに体力も回復していないでしょう?」


 ネネカは言葉を詰まらせる。今でこそ会話のノリである程度元気を保ててこそいるが、ほとんど空元気だ。ヴェルサスの言う通り、回復など出来ていないのが現実。

 無理もない。この世界に来たと思いきや賊に捕まり、いいようにされ、助け出された。それがネネカの現在の全てであり、その間に休む暇など牢で拘束されながら眠っていた時くらいのもの。その眠りも、決して安寧のものでは無かったことだろう。

 元の世界でどういったヒューマンだったのかは知らない。だが少なくとも、彼女にとってはこの極限の環境下で余力があるかと言われれば、限りなくノーだろう。


「こういう事は世話になっときゃいいんです。どうせ私が善意の押し売りをしてるだけですから」

「自分で言うんだ、そういうの」

「言わなきゃ伝わらねえ阿呆も居やがりますので。それに事実かつ自覚してますからね、自分勝手な善意を押し付けてるのは」


 淡々と当然のように、誇る事も何もなく語るヴェルサスに、ネネカが何を思ったのか。

 それはネネカ以外には分からないだろう。しかし今はその言葉を受け止め、いそいそと残った服を脱いでいく。

 ヴェルサスも同様に、汗を流すためにも服を脱ぎ始め。


「……脱ぎ辛い……」

「凄く今更なんだけど、なんでそんなゴスロリ?」

「ゴスロリで同じなんですねこういうファッション……色々あって押し付けられまして。こういったロリィタファッションなデザインはお気に入りなんで良く着るんですが……」


 溜息を吐きながら、衣服を留めている複数のリボンを一つ一つ解いていくヴェルサス。

 ヴェルサスの言葉に続くものは、ネネカも察していた。

 着辛いし脱ぎ辛い。それは確かに、お気に入りでも溜息を吐きたくなるだろう、と。

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