7:ネネカ
ヴェルサスと少女は、既に賊のアジトを出ていた。
背後には賊のアジトへの唯一の出入り口が隠された、茂みがある。
「……木を隠すなら森の中っていうけど、本当にそのままやらなくても……」
「あ、やっぱりそう思いますよね……」
抱えられた少女は、自分たちの出て来た賊のアジトへの出入り口を見て、遠い目で呟く。
理には適っている。適っているのだが、本当にそうするくらいなら他になにか手はあったはずなのだ。
恐らくあの獣人の男がそうするよう指示を出したのだろうが……何故こんな荒業を本当に行ってしまったのか。甚だ疑問を抱くヴェルサスと少女であった。
「さて。最終確認ですが、本当に大事なものなどは有りませんね?」
「……うん、無いよ。もう、何も」
「そうですか。では……あー、ちょっと失礼しますね」
ヴェルサスは少女に許可を取り、一旦少女を地面に下ろす。
少女が疑問符を浮かべる中、ヴェルサスは賊のアジトへの出入り口へと向き直り、両手を構える。
(……面倒な事後処理とか色々呼ばれたり書類書かされたりするんでしょうが……)
それ以上に今ここで奴らを殺す。
心の中でそう呟き、両の手に小さな火を発生させる。
「あー、どうしましょう。片方は風にしますか」
「……やっぱり、魔法の世界なんだなあ……」
「?……」
少女の呟きに今度はヴェルサスが疑問符を浮かべ、しかしその行動を止めることはない。
ヴェルサスは自身の左手の小さな火を、緑が若干混じった小さな風の塊へと変え、そして右手に残している小さな火と小さな風の塊を混ぜ合わせる。
発生するは、見た目小さな渦巻く炎。
「随分と酒を溜め込んでいたようですし。人生最期の大花火、凄惨に盛大に上げてもらいましょう」
ヴェルサスは両の手を渦巻く炎を押し潰すようにパンッと合わせる。
渦巻いていた炎は消え、辺りに残滓も残っていない。
しかしヴェルサスはそれを気にすることなく、少女へと向き直る。
「さて、行きましょう。こんな汚い花火に期待するだけ無駄ですし」
「……汚い花火?」
「おっと、お口わるわるでした。聞かなかったことにしてください」
クスリと笑いながらヴェルサスは少女を再び横抱きで担ぐ。
少女は間近に有るヴェルサスの笑みに薄ら寒いものを覚えると同時……突如として発生した、周囲が歪んで見えるほどの異様な熱気に驚く。
「な、なんか熱い……!?」
「おや、思っていたより炎が駆け巡りましたか。まあ面倒ですし、さっさと行きますか」
そういってヴェルサスは、少女を抱えたままふわりと浮き上がる。
浮き上がると同時、先ほどまで居た賊のアジトへの入り口となっていた木が赤く染まり、次の瞬間には周囲へと大爆炎をまき散らしていく。
無論、飛び立ったばかりのヴェルサスたちも炎に巻き込まれこそはしたが、ヴェルサスが張っていた結界により熱さを感じることなく炎の内より空へと飛び出していく。
「ひ、ひぇえええ?」
「思ったより派手に燃え上がりましたねー。……あとで怒られますかね?」
危険地帯……国が手を出せない場所。管理を事実上放棄したとも言える場所。故に多少の自然災害や何者かによる自然被害があっても、危険地帯のものは放っておかれることが多い。
が、ヴェルサスが今起こしたこれは、明らかに森全域へしっかり広がりつつあり。さらに言えば風竜の棲み処が近いせいで、風の魔力でやたらと炎が勢い付いている。森全体が全焼するのは時間の問題だろう。
「……まいっか。コラテラルダメージという奴です」
「絶対違うと思うなー!?」
「まあ万一、森が全焼しても問題は無いでしょう。元々国でも屈指の危険地帯で誰も来れませんし、そもそもこの森なんかやたらと木の成長早いですし。言い訳も何もかもどうにでもなります」
「言い訳って言っちゃったよ!?っていうかどうとでもなるんだ!?子どもなのに凄い!」
ヴェルサスの腕の中でわーにゃー騒ぐ女の子。
しかし騒いでこそいるものの、その身体は今も生気を失い続けているのが分かる。
まして衣服もまともに無い状態。こうして気分を無理にでもあげないとすぐに気が沈みそうだと自分でなんとなく感じているのだろう、とヴェルサスは察し微笑みと共に少女とやり取りを続ける。
「っていうか私ほぼ裸なんだけど、空飛んで大丈夫なの?空飛ぶ痴女の噂とか出ないよね?」
少女の不安は最もではある。現在の少女の姿は、賊のアジトから救出した際と同じ格好。衣服と呼べるものが残っているのは、肩と腕、腰の部分が辛うじてといったところ。
ヴェルサスも代わりの服はもっておらず、ヴェルサス自身が現在身に纏っている衣服も所謂ゴスロリなそれ。部分的に貸し与えても双方ともにおかしなことになってしまうし、そもそもヴェルサスと少女で体格が違い過ぎて貸し与えても着られるはずも無い。
それは双方ともに理解はしている。のだが、まあそれでも年頃の乙女がほぼ裸で空を飛ぶという恥辱を恐れるのは致し方ないものではある。
しかしヴェルサスは、変わらぬ微笑みと共に少女に安心させるように語る。
「空飛ぶ痴女の噂は既に別の方が取っているのでご安心を」
「既に居るんだ!?……っていうか安心できる要素何処!?」
初手のそれは、些か安心させる方向性が異なったが。
「何処でしょうね。まあ今回は大丈夫ですよ。私、これでも結界張るのは得意なので」
ほら、とヴェルサスが自分たちの周囲を見るように視線で示す。
少女が見れば、そこには薄くだが何重にも展開された結界が存在していた。
「防熱結界はもう破棄していいですかね。今展開しているのは防御結界と視界隔絶結界、ついでに外部からの意識障害結界を展開しています。勿論それ以外にも展開していますが、特別展開しているのはこの三種。私の結界を超えて私たちを視認するのは、それこそ水の中で透明で砂粒のように小さなクラゲを探すようなものですよ」
「……凄いんだね。もう理解が追い付かない」
「まあ異世界の住人にはそうでしょうね」
さらりと告げるヴェルサスの言葉に、一瞬少女は頷きかけてから目を見張る。
その言葉は、少女の想定をはるかに超えていたそれであったから。
「あの……どうして、私が異世界の……」
「気付いたか、ですか?詳細を話すと少々長くはなりますが……まあ飛行中は暇ですし、今はこれ以上速度も出せない。なら暇潰しに語るとしましょう」
チラリとヴェルサスが下を見ても、そこはまだ平原。皇都は遥か先。
少女を気落ちさせぬために暇潰しとして会話するのは良いが、共通の話題を探すのも現時点では難しい。
であれば話すべき事を話すのも大事ではあるのだから、暇潰しついでに話すのも良いだろうとヴェルサスは判断して話題を続ける。
「そちらの世界がどういった世界かは知りません。ですがこの世界では魔法というものが存在し、魔法の中でも極めて特質な魔法として次元魔法というのがあります」
「次元魔法……もしかして時間とか空間とか、そういうの?」
「おや。そちらの世界でも同じでしたか?」
「魔法は無かったけど、そういう概念はあった……かな。操ることなんか出来なかったけど」
ヴェルサスはこれまでの会話から、恐らくこの世界と少女の居た世界はかなり近しいのだろうと判断する。
異なる世界の住人同士でありながら言語が通じ、単語も通じている。異なる世界の住人だと推測できる要素が無ければ、同じ世界の人間だと思ったかもしれないほどに。
何故それほどまでに近い言葉や単語が異世界で存在しているのか。ヴェルサスにすら分かるものでは無かったが……下手な翻訳等が必要ない事には有難く思い、深く気にするのは後にする事にした。
「こちらの世界でもごく一部の極めて例外を除いて、空間も時間も魔法的に大規模に干渉するのは不可能ですよ。ですがその僅かな干渉などを行った場合、特殊な魔力が発生します。私たちはそれを次元魔力もしくは次元魔力反応と呼ぶんです」
「そのまんまだね」
「現象名なんてそんなもんですよ」
バッサリと言ったヴェルサスの言葉にどこか複雑そうな少女。具体的には、なんか思ってたのと違う、と言いたげだ。
「ともあれそんな特殊な魔力である次元魔力なんですが、今の貴女にはその残滓、痕跡があります。あの森の付近で大規模な次元魔力反応を先日確認してまして、必然的に関係があるだろうなとは」
「森の付近……?……あ」
少女は思い出したように声を上げる。恐らくガラス化した大地のことを思い出したのだろう。
時間や空間に強く干渉したことで発生した次元魔力反応。次元魔力の残滓を纏った少女。次元魔力反応の座標に不自然に発生しているガラス化した大地。……関係性を疑うなという方が、確かに無理な話だと少女も理解する。
「ただ今日になって貴女を追跡しに来たはいいのですが、最初は色々安全も兼ねて魔力感知が行えなかったので次元魔力を纏っている事に気付かず、アナログで探していたんです。こう、地面に顔を近づけて何か痕跡は無いかとカサカサ蠢いて探してました」
「表現最悪過ぎない?カサカサとか蠢くとか言う必要あった?っていうかその服でカサカサ蠢いてたの?ゴスロリというか黒いドレスっぽいそれで?」
「それで見つけた唯一の痕跡、茶色の土を辿って最初は探していたんです」
「お、無視か」
少女は思う。この幼女結構アレだ、と。当のヴェルサスは黙殺する気満々。実際結構アレである。
ちなみにこんなんだが、理者の中ではヴェルサスは最年少ながらトップクラスの常識人ではある。奇人変人その他諸々が勢揃いしている理者に囲まれて育ってこの性格になっているのは、ある種の奇跡だと皇帝にも称されるほど。ただ同時に色々影響されても居るため、常識人ではあるが大概な性格をしている時もままあるのがヴェルサスだ。
「茶色の土……あ、もしかして靴についてた……」
「この辺りは下を見れば分かる通り赤の大地。茶色の土はこの大陸では中々遠い地に僅かに存在するのみ。ましてそこは地竜の棲み処。とても人が常駐出来る地ではない。それでまあ、何かしらの空間異変で超遠方からこちらに飛ばされてきたんだろうと判断しました」
「成程……」
少女は納得する。確かに眼下に広がる草原の下にある土も全て赤。自身の靴に付着していたのであろう土の色は茶。血のような赤の大地には、馴染むようでいて微妙に目立つだろうと。
何故赤の大地なのか一瞬気になりはしたが、元の世界にもそういった土地は行った事こそ無いが在ったことを思い出し、そういうものだと思い直す。大地はその誕生の経緯によって様々あるものだ。
「でも、それでどうして私が異世界の人って?この世界のどこかから飛ばされてきたかもしれないのに」
「最初はそう思いましたよ。今も記憶阻害の可能性も合わせて、その可能性を捨てていません。それほどまでに、異世界というのはあり得ないと思っていました」
思ってはいたんだ、と少女は感心する。
見た目自分より遥かに幼い幼女が、此処まで様々考えた上で異世界はあり得ないと思い、しかし様々な考えから有り得なくはないと思い直す。如何に思い改めるに足る事実が並んでいたとしても、そこまで柔軟に考えを広げられるのは、当事者である少女からしても感心するほかない。
「ただこの世界の住人にしては、妙に魔法に注目するな、私の事を知らないんだな、と思いまして。それで可能性として異世界の存在なのではないか、という空想上にも等しいそれが上がり、これまでの貴女の細かな挙動や発言等から異世界の住人だと推測しました」
「君もしかして探偵?……っていうか私の事を知らないんだって、有名人なの?」
「自慢では有りませんが私はこの世界では五本の指には入るほどの有名人です。ドが付くほど田舎の小さな村ですら私の存在を知る人は居ますよ」
凄い有名人だ!?と少女は心底の驚愕を言葉にし、同時に乾いた喉が驚愕に耐え切れず軽くせき込む。
先に水だけでも飲ませてあげるべきだったとヴェルサスが静かに思いつつ、軽く労わりながら会話を続ける。弱っている今、気を弱らせるだけでも致命になり得る事を、ヴェルサスはその身で以って知って居るから。
「それにこの世界で、先ほど述べた地竜の棲み処以外にも茶色の土の大地は存在しますが、そこは様々な小国家が日々乱立し日々滅ぶ、超都市国家大陸。少しでも長く己の国を生かすために情報を求める情報の大地。情報に真偽は相応に入り混じってはいますが、世界で最も情報が激しく駆け巡る地に生きて私を知らぬ方が、よっぽどか不自然です」
「あー……どれだけ情報が重要なのかとかは分からないけど、世界で最も情報を重視するところに居て世界の有名人知らないのは確かに……」
他にも茶色の土の大地が無いわけでは無い。ウルグリム大陸にも、屈指の危険地帯ではあるが茶色の土の大地は存在している。
だがその地も此処からは遠い。世界で最も移動能力に優れたヴェルサスが最高速で飛んで三時間はかかる程度に離れた地。危険地帯である事と併せ、そこから来たというのはあまりにも非現実的だった。
「勿論私が知らないだけで茶色の土の大地で人世から隔絶されたような領域はあるかもしれませんが、それに至っては異世界から来たのと可能性は同程度ですし。それに魔法を知らない雰囲気でもあったので、まあ異世界の存在で確定だろうな、と」
「もしかして本当に探偵やってる?少年探偵団でもやってる???」
「実際探偵紛いの事を度々行っているので否定できないんですが。っていうかなんですか少年探偵団って。貴女の世界ではそういうのが一般的なんです?」
「んや、空想の存在かなほとんど」
「なんで空想に近い事やってるんですかね私」
物理戦闘も魔法戦闘も長けた上で常識があり教養もあり頭も良いヴェルサスは、一人で何でも出来てしまう上に親しみやすい事もあって、理者に流れてきた案件はとりあえずのように色々押し付けられることが多い。
しかしヴェルサスは確かに物理戦闘も魔法戦闘も長け最強と謳われてはいるが、何かに特化しているわけではない。あくまでバランスよく、器用貧乏になりがちな能力を最善の形で組み合わせて用いているから強いのであり、物理戦闘や魔法戦闘それぞれで破格に強くはあっても特別な強さを持つわけではない。
理者まで流れてくるような案件は、大抵は何かしらが極まった能力や理者独自の特別な能力を必要とする場合がほとんど。雑に押し付けられるヴェルサスではどうしようもない場合もちょいちょい有り、結果的にヴェルサスを介して他の理者へと様々な案件が流れていく場合が殆ど。
だがヴェルサスとて何も出来ないわけではない。手がかりからなんらかの答えを見つける探偵の真似事は得意、というか理者で最も優れている。少女の正体を異世界から来た存在だと、短期間で推理できるほどに。それ故他の理者の推薦もあって、積極的にそういった案件はヴェルサスがこなしている。
理者に流れてくる案件の内、自分に向いている案件を片端から受けては解決し、その評判で以って再び様々なヴェルサス向きの案件が流れ、それを受けては解決し……それを繰り返した結果、探偵を職にしているわけでもないのに主な活動地点である皇都では戦士よりも探偵として有名になってしまっているのは事実である。当人は、全く以ってそんな職になったつもりもないのだが。
「とはいえ、それでも半信半疑ではありましたが。異世界など空想上のものでしか無かったので。先ほども言った通り、現在も空間異変の影響で記憶に致命的な障害が発生している可能性も捨てていません。そもそも空間異変の理由も分かりませんし」
「まあ……私も、異世界が本当に在るなんて思わなかったからなあ……今でも夢なのかって思ってるくらい」
ヴェルサスと少女の、互いの世界への印象は同じ。未だに信じられない、だ。
互いに己の身が伝えている。この身体に伝わる感覚も、得る情報も、全て真実だと。
しかし信じられるものではない。異世界など空想の産物。それが自然、それが当然であったのだから。
ヴェルサスも少女も柔軟な方だ。互いで直に見聞きし、そういう空想の文化にも理解があるが故、そういうものだと理解し受け入れている。
だが理解し受け入れ、信じているとしても、未だにそれら含めて実感が無いのが現状なのだ。
「……夢なら良かった、と思えることもまあ今の時点で多いでしょうが、過ぎ去った現実はどうにもなりません」
「……そうだね」
現状を現実として互いに受け入れることは、少女の傷付けられた現実も受け入れるという事であり、それは一人の女として拒みたいことではあった。
どうしようもなく過ぎ去った現実。既に得てしまった結果でしかなく、幾ら拒もうがいつかは現実として受け入れなければならないのは同じ。
だが女の尊厳を傷つけられたそれは、場合によっては異世界に飛ばされるよりも傷の深いそれで。
しかしヴェルサスは、それを理解した上で、同じように理解はしている少女に優しく声をかける。
「幸いだったのは、助けたのが私だったということですね。貴女は本当に運が良いですよ。事後処理には限りますが、どうにでも出来ますから」
「え……?」
「貴女の世界ではどうだか知りませんが、こちらでは事後の避妊処理の手法が明確に存在します。といっても一般的なそれはこの国でも希少故、それこそ大規模な娼館やそのお抱えの所でなければ得ることかないませんが……私であればどうとでもできますので」
一般的には希少というだけで、貴族を始めとした上流階級の人間はある程度入手手段の存在する手法。十賢者であるヴェルサスも例外ではない。どころか、淫魔故にそういう伝手には非常に明るく理解も有り信頼も深いため、やろうと思えば市場を牛耳る事も可能だ。
最上級淫魔の種族特性でどうにでもなるヴェルサスにとってあまり意味のある事では無いが、それを含めてどうとでもできるというのは一切偽りのない事実であった。
「……あの、今更だけど……君って一体……?」
「そういえば名乗ってすら居ませんでしたね、お互いに」
少女の言葉でふと気が付いたヴェルサスは、飛行魔法による高度を落としながらなんてことないように告げる。
「私はウルグリム皇国皇帝最高相談役十賢者が一人、ヴェルサス・ヴァナディース。と言っても、名前以外分からないですよね」
「分からないけど言葉の響き的に凄いのは分かる」
「実際、大雑把に考えればとても凄い魔法使いってだけなんで。今はそんな大雑把な認識で結構ですよ」
権力めんどいし、とヴェルサスの小声の呟きを少女は聞き逃さなかった。
説明がめんどいではなく権力がめんどい、と呟いている時点で本当に大概だと少女はヴェルサスの事を更に少し理解する。
「でも十賢者……なんかそういうのいいよね。ゲームでもそういう凄いキャラとか居たなあ……」
「げぇむ、とやらのことは分かりませんがまあ凄いのは事実ですよ。私凄いので」
「ヴェルサスちゃん本当に大概だよね???っていうか自分で凄いってそんなに自画自賛する人本当に居るんだ……」
「居ますよ、此処に」
知ってる、と少女はヴェルサスの腕の中でなんだか呆れ疲れたような表情で溜息を吐く。
と同時、少女は気付く。既に空中ではなく、地上に遥か近付いている事に。
そして地上は既に、町の外れへとたどり着いていたことに。
「ここは……」
「ウルグリム皇国の首都、皇都ベーツレーム。皇国の土地で町と定義される中で、最も小さな都市です」
「皇都が一番小さいんだ!?」
「先代皇帝が開発に大失敗しまして。しかも大陸のほぼ中心で周囲に資源地帯も無いもので、色々資源の流通も大変だった結果未だに改善もままなって無いんですよ。城壁も門も無いから警備も気が抜けず大変ですし」
「世知辛い!あと異世界に抱いてた理想も何も打ち砕かれていく!」
どんな理想抱いてたんだ、と少し気になったヴェルサスだった。
いつどの世界もどの時代も世知辛いものは世知辛い。理想だけで何もかもうまく回る程、世界は都合よくないものだ。
「とりあえず私の家に行きますが、町の外縁を通っていくのでまだ少しかかります。腰とか辛かったら言ってください」
「あ、えと、大丈夫。でもなんで町の外縁?」
「皇都の西端にあるんですよ、私の家。で、今皇都西側色々有って道とかが色々壊れてるので通行止めになってるところも多くて。上空も結界や様々な魔法が多くて、通り抜けられない事は無いですが姿を隠しながらとなるとちょっと面倒なので」
「あー。だから城壁無いのも相まって、外からさっさとってこと?」
そういう事です、と頷くヴェルサス。別に結界も慣れているヴェルサスには両手塞がっていようが思考一つでどうにでもなるのだが、気が乗らない事も有ってやろうとは思っていない。
そもそも現在地は皇都の南西。現在地から皇都の西端にあるヴェルサスの家に向かうのなら、外縁部を回った方が早い。そう考えて、ヴェルサスは低空飛行で皇都の外縁部を西に回っていく。
ちなみに徒歩でない理由はヴェルサスの身体が小さい故、一歩が小さすぎて移動に時間がかかるためである。ヴェルサスは一人でのんびり過ごしている時であれば歩くが、急ぐときは一歩の小ささが手間になるため飛行魔法を常用することも珍しくないのだ。
「成程ね、ありがとう本当に。……ところでなんで道が壊れてるの?」
「同僚のド阿呆が大爆発引き起こしまして」
「何があったの!?」
何があったと問われてもそれが全てなので、ヴェルサスはどう返したものかと本気で悩む。
悩む、が面倒だったのでそのまま話すことにした。別に機密事項でも何でもないので。
「私たち十賢者というか理者は、完全な能力主義でして。人格とかは二の次三の次となる事が多く、それ故盛大に問題児も抱えやすいんですよね。町中で爆弾作って火をつけてどっか行く人が十賢者になる程度には」
「それ二の次三の次でも問題じゃない!?町中で爆弾ってどう考えてもただの狂人だよね!?っていうか面接とか無かったの!?」
「ありましたよ面接。当時バタバタしてて面接官一人の上、雑談して終わったそうですが」
「意味無!!!」
少女のツッコミにはヴェルサスも心底の同意を示す。
一応、本当に一応だが理の裁定者となるのに面接も行われる。明らかに人格や思考に問題のある人間に権力を与えるのは、恐ろしい事である。
のだが、最低限人格がしっかりしていれば基本的に面接はクリアできる程度のもの。主に重要となるのは、相当な実力もしくはなんらかの大規模な功績を持っていることであり、人格は最低限問題がなければ良いとなる。
当の問題児……言わずもがな【破局の錬金術師】カナン・アルベールも、唐突に町中で躊躇なく爆弾を使う程度には問題児ではあるが彼の行いで死者は一人も出しておらず、彼が持つ権力は全て彼の行いの事後処理などに用いられている。無論、その錬金術で得た莫大な資産も躊躇なく復興や様々な支援に注ぎ込んでいる。非常識の極みでこそあるが、その尻拭いもしっかり行いはする、ハチャメチャだが人格は一応しっかりしている人物ではあるのだ。
それ故十賢者の面接でも普通に受かってしまったのだが。
「っていうかヴェルサスちゃんもその面接受けたの?その歳で?すご……」
「幼く見られがちなのは自覚してますが、これでも私16なのですが?」
「へー、16……16!?うそぉ!?私の4個上!?」
少女の心底の驚愕に、ヴェルサスは最早慣れたものだと苦笑しながら返す。
「ええ、貴女の4個上……え?そんな年下だったんですか貴女も!?」
返すが、そこにしれっと込められた衝撃の事実にヴェルサスも心底驚愕する。
ヴェルサスの抱える少女は、まだ全体的に幼さこそ残っているもののヴェルサスの年齢とそう年齢は変わらなそうな雰囲気がある。良くて一つ上か一つ下くらいに思う。
しかしヴェルサスの4つ下……12歳と考えた場合。
「色々発育良すぎません!?」
「返すようであれだけど、ヴェルサスちゃんこそ発育悪すぎない!?良くて小学生前半でしょ!?」
「ショウガクセイがなにかは知りませんがおもっくそ年下に見てやがりましたねいつもそうですよコンチクショウ!!!」
あまりに外見が幼いヴェルサスとは反対に、歳の割に外見も中身もしっかり成長し過ぎな少女の存在。
色々と相反する互いの存在に、二人はただただ驚くばかりであった。
閑話休題。
「ともかく私を含めた十賢者や十剣聖は完全な能力主義。十剣聖の方は多少の条件こそありますが、基本的に実力や実績を含めた能力至上主義なのが私たち十賢者と十剣聖。合わせて理の裁定者……略して理者と呼ばれる者たちです」
「十賢者と十剣聖は良いけど理の裁定者って……」
「ネーミングにケチ付けると命名者からネチネチ言われますよ。いずれ顔合わせることにはなるでしょうし」
「誰なのさ命名者……あ、もしかして十賢者の人?」
「一応はうちの皇帝です。現在の」
「あ現皇帝が名付けたんだ!?」
理の裁定者という名前に、どうかと思っている理者は多い。というかほとんどがそうだ。
以前より十賢者と十剣聖でまとめて呼ばれるときに地味に不便であったのも事実。単に呼び名が変わっただけで権力などは変わらないし、他様々な点においても便利になっているだけのため、そういう面の不満は無いのだ。誰一人。
ただ合理性の面で受け入れはしても、人によって好みの分かれるネーミングであるのも事実。
理者は唯一皇帝に直訴して問題の無い立場の存在であるため、命名直後は数名の十賢者が当然直談判しに行ったのだが。
「あの人、皇帝としては優秀だし堂々としてるから理想の上司ではあるんですが、時折思考やセンスが残念なのとセンスを馬鹿にするとほぼ永遠にネチネチ言ってくる程度には変なところで粘着質なのが玉に致命傷なんですよね……」
「玉に瑕どころか致命傷なんだ!?」
「時折国際問題に平気で発展するレベルでネチネチしますからね」
「致命傷だ!!!」
理の裁定者という名が作られたのはヴェルサスが12の時。即ち現在から四年前なのだが。
その丁度一年後。ほどほどに真っ当な感性も育っていたヴェルサスが、直談判した十賢者とは別で日常の中、ふとした疑問のようにネーミングセンスを問うたところ。
なんと現在までその事に関して言われるほど、未だに根に持っているのが現皇帝だ。
期間三年。しかも現在進行形で更新中。如何に優秀な皇帝であれども、粘着質と言われても致し方ないだろう。
「っていうかいずれ顔合わせるって……」
「たまに遊びに来るんですよね、うちに」
「フットワーク軽いな皇帝!」
「しかもなんかやたら物事に対する嗅覚凄くて、面白そうな事を私が抱えたら報告も何もしてなくても来やがるんですよね。面倒なことに」
「エスパーかなにか???」
一応上司のはずなのに来やがるなどと言っている時点で、どれだけヴェルサスがぞんざいに扱うレベルで来ているか、分かってしまったのが複雑な少女。
ヴェルサス視点の情報しか無いが、それでも少なくとも問題児を抱えやすい十賢者に負けない程度には色んな意味ですさまじい人物なのだとは理解できたのであった。
「まあそんな皇帝直属の二十人の精鋭が十賢者と十剣聖を合わせての理の裁定者で。あんな皇帝故に時折爆笑しながら部下の大失敗を許すこともあるもんで、うちのド阿呆もあまり反省せず道端で爆発引き起こすわ地形変えるわとやりたい放題なんですよね」
「地形変えるって時点で、道壊れてるだけなのがどれだけマシか分かるの嫌だなあ……」
「道が壊れてるだけとは言ってませんよ?」
「?……あー、なんか理解した」
なんだか別ベクトルで疲れ果てたような表情になった少女。
事実、少女のお察しの通り。今回の道が壊れているというのは、地形が変えられた結果道が壊れているというもの。ヴェルサスが色々壊れていると言ったのもそのためだ。
現在は既に地形そのものは修復されてはいるが、明確に道として整備はされておらず、周辺の構造物の復旧も未だ途上。様々な工事で結局徒歩では通れない道が多いのが皇都西部の現状だ。
「ちなみに大体想像付くけど、十剣聖っていうのは?」
「十賢者が魔法に特化していると理解出来ていれば、あとはまあ想像通りのそれですよ」
「ああ、うん。まあ物理なそれだよね。察してた」
十賢者も十剣聖も、名前の通り分かりやすいものだ。そのままに、十人の凄まじい魔法的技能を持つ十賢者と、十人の凄まじい物理的戦闘能力を持つ十剣聖。
どちらも帝国が大国となっていく過程で作られた、その時の戦争における最も殺した住人をそれぞれ任命するだけのそれであったもの。
明確な戦争をどことも行っていない、比較的平和な今となっては任命基準も変わっているが……能力至上主義は、昔から変わっていないのだ。
「でもそうなると、ヴェルサスさん……ちゃん……えーと、さんは本当に凄いんだね……あ、ですね」
「面倒なら敬語じゃなくていいですよ。呼び方も好きにして構いません。めんどくせーですし」
「いやまあ、一応かしこまっておいた方がいいかなー、って思ったんだけど。あとヴェルサスちゃん、敬語苦手なの?」
「そんなに敬語崩れてますかね……?」
「今みたいなのもだけど、普段の会話でも時折おかしくなってるよ」
「マジですか」
軽くショックを受けた様子のヴェルサスは、そのままふわりと飛行魔法を解除して地に足を付ける。
少女がふとヴェルサス以外の景色に目を向けると、そこは巨大な屋敷の正門であった。
皇都の内側ではなく、外側へ向けて正門の構えられた屋敷。塀の煉瓦の色は黒く、門の色は赤く、屋敷の外壁は傷一つない病的なまでの白色。
形状もどこかアンバランスで不安に思わせるその屋敷は、幾つかの窓から門の前のヴェルサスと少女を見下ろしていた。
「着きましたよ。此処が私の家です」
「想像はしてたけどお屋敷だね」
「権力とか色々抱えてると、相応の見栄えも必要になるので」
屋敷の上からは、皇都にそびえたつ荘厳な城の先端が僅かに見えており、この屋敷は城を中心とした皇都の真西存在している事が分かる。
屋敷の隣には、遠くで人の賑わう声の聴こえる大通り。皇都の西の大通りの先端に、そう形で在るらしい。
屋敷の正面には何もない。あるのはただのどこまでも続くような平原。皇都の西端にあるという言葉に偽りは無い。
「……なんで入り口外側に向いてるの?」
「最初は皇都の内側に向けて入り口を作る設計でしたよ?ただ建築段階で向きを間違えられまして」
「悲し」
正門を開きながら、遠い目をしつつ語ったヴェルサスを、何とも言えない表情で見る少女。
何か意味があるのかと思いきや、まさかの手違い。そんな悲しい理由があるのかと。
「それにここ、大通りの真横でしょう?本来は大通りの突き当たりに出来る予定だったんですが、そこも間違えられた結果ズレまして」
「なんでそんなに微妙な不幸背負ってるのヴェルサスちゃん。……やっぱり不便?」
「実はそれほど。私、飛行魔法に長けてるせいで日帰りの出張が多いんです。それで帰って来た時に正門がある感じなので、私個人としてはそれほど違和感があるわけじゃないんですよね」
「あー、我が家が自分を迎えてくれてるから」
ですです、とヴェルサスは少女を担ぎ直しながら返す。
飛行魔法に長け、皇都を拠点としては居ても遠方に出ることが多く皇都に居座ることが少ないのなら、確かに皇都の内側から正面で迎えられるよりも、外側から正面で迎えられる方が自然で嬉しくはあろう。
そうなっている理由が建築段階のミスというのが、なんともあれだが。
「まあともあれ、ようこそ我が家へ、です。ええと、そういえばお名前は?」
「あ、確かに名乗ってなかったや」
わにゃわにゃと話して、結果としてヴェルサスしか名乗っていない事を今更思い出し、少女は改めて自身の名を告げる。
「私、黒土寧音花。こっち風に言うと……ネネカ・クロツチとかになるのかな」
「北西風の名前ですね。となるとこちらではそれで合っているかと」
ヴェルサスは抱えている少女……ネネカに微笑みながら、ヴェルサスもまた改めて告げる。
「ようこそネネカさん、私たちの世界へ。私たちは誓って、貴方を無闇に見捨てる様なことは致しません」




