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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
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6:牢獄の少女

(……随分とまあ広く作ったものです)


 ヴェルサスは腐臭漂う地下牢の間を進みながら、何度目かの心底の呆れを込めて心の中でのみ呟く。

 賊のアジトは、存外に広かった。小さめの村なら丸ごと入るであろう程に。

 アジトが広いという事は、相応に賊の規模も大きいという事であり、これまでに見えた限りでも百人は広間で寛ぐなどして各々自由に過ごしているようだった。

 流石にアジト内で、捕らえられた人物の安全確保も出来ていないのに使い方によっては目立つ催眠を使うわけにもいかず、下手に敵を捕らえて道を聞き出すのも自分以外へのリスクが高いので出来ず、結果黙々と意識障害魔法を継続したまま探索していたヴェルサスだったが。


(まあ、加減する理由が片っ端から無いんですけど)


 通り過ぎる度に聞こえる会話は、あまりにも低俗かつ不快なものばかり。彼女は何度アジト内の生命を根絶しようかと思ったか、最早数えていない。

 地下牢に入れた女の具合はどうだった、前の商家の娘のが良かった、俺は殺してからやりたい、もう少し服は着せたままにしよう、俺は脱がせたい。……聞くに堪えない雑音ばかりだった。

 ヴェルサスは淫魔。それも最上級。それ故に、そういった行為に関する知識等は種族特性として成長する過程で自然と発生しているし、行為に対する抵抗も他種族より薄いのは事実。

 だからといってこういった強姦行為を好いと思うような、悪辣な精神性はしていない。

 如何に善悪の基準が鈍いヴェルサスといえど悪質な物事に対し不快と感じることはあるし、そもそも淫魔種は性行為に対して緩くはあっても根本的に双方合意のそれを神聖な行為と捉えているために、それを真っ向から否定し穢すような強姦行為に対しては種族特性として強い嫌悪感を抱くもの。

 それが一人の例外なく蔓延る賊に対し、最上級淫魔であり理者として出来る限り大人であろうとするヴェルサスが、不快を超えて冷静になれているのは、ある種幸いと言うべきなのかもしれない。


(……さっさと助け出して、掃除しましょう)


 そうしてヴェルサスが、賊の排除をどうするか考え始めると同時、進んでいた地下牢の間の行き当たりに着く。

 地下牢の間の他の牢には誰も入っていなかった。在ったのは、人であったモノのみ。肉は腐り、骨は朽ち、弔われることすら無かった哀れな人の成れの果てがあるばかり。

 しかし、行き当たりの牢だけは違った。

 そこには、牢の床に手足を拘束され倒れ伏す少女が居た。

 体躯はともかく年齢は私と同じくらいか、とヴェルサスが静かに判断したその少女の有様は、悲惨だった。

 少なくともウルグリム大陸では見ない衣服。だが胸部は破られ下着も引きちぎられたかのよう。下半身には最早衣服と呼べるものは残っていない。

 身体も全身が汚れ、暴行の痕と思しき青痣が各所に広がり、肩まで伸びている綺麗な茶髪は何かが乾いて固まっているところもある。

 明らかに、複数人で強姦された後であった。

 ヴェルサスは意識障害魔法を解除しながら、ぽつりと呟く。


「……本当に、気持ち悪いですね」


 ヴェルサスの呟きにも少女は反応しない。

 眠っているのか、意識が無いのか。魔力の反応からして、弱ってはいるが死んでいない。

 少女が身に纏っている魔力には、次元魔力の残滓が多く残っている。この少女が空間異変か時間異変かは不明だが、なにかしらで遠方より飛ばされてきた存在なのは間違いないだろう。

 少女は恐らくヒューマン。ドワーフのような小柄な体型では無いし、エルフのような耳もしていない。魔族かどうかは瞳を見なければ分からないが、魔族であってもぱっと見でヒューマンに見紛うほど極めて近い姿を持つ魔族は魔人種か淫魔種のみ。ヒューマンであろうとなかろうと支障はさほどない。


(……剣出すのもめんど。火でいいです)


 そう考えてヴェルサスは初級の火属性魔法を発動する。

 発生した小さな火の玉は檻の細い金属へ触れ、容易く金属を次々赤熱させ溶かしていく。

 普段のヴェルサスであれば普通に剣で斬っていたのだが、どうやらストレスが溜まった果てに剣を出すのも面倒になったらしく、結果こうして火で焼き切っている。

 どう考えても火で焼き切る方が面倒な気がするが、現在のヴェルサスにとっては剣を出す方が面倒であるらしい。冷静でなくなるとどちらかというと合理性ガン無視で無茶苦茶しがちな、まだまだ若いヴェルサスである。


「……あ。脱出させるなら……」


 流石のヴェルサスも、地下も地下であるこの場所から穴をあけて空へ脱出するというのは、可能ではあるが普通に色々面倒ではある。主に事後処理が。人を抱えていくのであれば安全面においても面倒が存在する。

 故に普通に抱えるなりともに歩くなりして正規の出入り口から脱出させた上で、賊の処理を行い空へ飛び立ち帰還する。そういう方針で一応決まっていた。

 のだが、現在ヴェルサスは牢の金属を焼き切っており、あまりの高熱に溶けた金属が滴り落ち、焼き切り終わった場所も常人では容易く火傷する程度には高温。少女を連れて行くまでの自然冷却では、どれも常人には危険な温度だろう。

 ヴェルサスは最上級魔族という事もあり、様々な環境に対し高い耐性を持つ。熱に対してもそれは例外ではなく、赤熱した金属が触れても多少熱い程度で火傷などしない。故にこそ、脱出する際に自分が平気というだけで少女にその赤熱させた金属に触れさせてしまう可能性が大いにあり。


「……まあ、焼き切り終わりましたし冷やしておきますか」


 牢の金属を人一人分程度焼き切り終わり、ヴェルサスは残った檻部分を外してそっと適当な場所に置きながら、金属の赤熱させた部分に水属性魔法を纏わせる。

 高温の金属は、氷よりも冷たくされた水属性の魔法によりあっという間に冷却され、その色を本来の金属の色へ戻す。

 ……のは、良かったのだが。


「あ」


 ご存じだろうか。金属が溶け液体となるほどの高温に水を当てるとどうなるか。

 金属の超高温により水も一瞬で超高温となり、金属の冷却こそある程度行われるが代償に水が沸騰により爆発に近い現象が発生する。今回もその例外では無かった。

 幸いなことに赤熱していた金属部分は数多く在れども小さく、ヴェルサスが魔法で纏わせた水も小規模であったため、爆発と言えるような大規模なそれは発生しなかった。

 が、それでも氷以上の冷気を持った水は一瞬で沸騰し幾つも激しく弾けたことで、爆竹に近い音が相当数辺りへと響いてしまった。当然遮音結界も無い。確実に賊たちにも異音として気付かれた。


「……時間の問題になりましたね」


 賊が百人以上で攻めてこようが、ヴェルサスにはどうという事は無い。かつて王国軍を視線一つで数万単位を蹴散らした最強の逸話に相応しい実力は、今なお研鑽を続けて健在なのだから。

 だがそれでも気分的に面倒なのは変わりなく、仕方ないとしてヴェルサスは溜息を吐き、少女をさっさと連れ出そうと檻の中を見る。


「……え?」

「あ」


 しかし少女も、流石にこれほどの音が間近で鳴って起きないはずも無かったようで。

 手足は手枷足枷により拘束されたまま。しかし目は確実に覚めて、ヴェルサスへとその視線を向けていた。

 少女の眼は魔族特有の黒白目ではない。恐らくヒューマンなのだろう。


「……まあいいです。グッモーニン。言葉分かりますか?」

「え?えっと、言葉は分かるけど、その」


 ヴェルサスが声をかけると、少女も言葉を返す。

 どうやら言葉は通じる場所から訪れたようで、ヴェルサスは静かにその幸運に心の中でガッツポーズしながら檻の中へ入っていく。


「よっと。状況は掴めないでしょうが、少々急いでいるので。脱出しますが、何か奪われた大事なものなどは有りますか?ああ、物でお願いします」

「ええ、っと……奪われた物は無い、かな。特に何も、持ってなかったし……」

「そうですか。なら後は脱出するだけで良さそうですね」


 少女の傍へ来たヴェルサスは、少女に付けられた手枷足枷へと触れ朽ちさせる。


「え?あ、えっと……」

「端的に状況を説明します。私は貴女がこの周辺へ来たことを察知して捜索に来ました。そしたら貴女は捕まっていたので助けました。これから賊のアジトから脱出します。オーケィ?」

「……お、おーけー?……かなあ」


 少女は次々と変化する状況に全く追い付けないようで、何から何まで戸惑いながら言葉を辛うじて返すばかり。しかしヴェルサスの存在になにか特別驚くような素振りは無い。

 ウルグリム皇国を含むほとんどの国家で、かつて王国軍をほぼ一方的に蹂躙したヴェルサスの存在は嫌というほど知れ渡っている。大抵の場合姿を見ただけで何者かは分かるはずだ。

 しかし少女はヴェルサスが何者なのか、何一つ分かっていないような雰囲気だった。

 となれば、ヴェルサスの存在を本当に知らない地域の人間という事にはなるだろうが……白い土のある場所でそんな地域があるのだろうか?とヴェルサスは心の中で疑問符を浮かべる。


「……あの、どういう状況、なの?」

「じっくり色々話したいところではありますが、生憎と賊に気付かれましてその余裕が無いんです。貴女の質問には後ほど出来る限り答えます。ので、今は安全確保を優先させてください」

「……!」


 賊に気付かれた。安全確保を優先。

 この二点を聞いた瞬間、少女は安堵と緊張の混じった表情となる。

 少女はヴェルサスの事を知らない。しかし自信を此処まで辱めた賊のアジトへ単身突入出来る能力もしくは実力を持つことは理解し、同時に賊に気付かれたことで共に脱出できる可能性が低くなっている事も理解できたが故に。


「立てますか?」

「……ちょっと、無理、かも」


 少女は自身の足をちらりと見る。

 先ほどまで足枷が着けられていた足首……正確にはその踵は、何かで切られたような傷痕があった。


「……腱を切られましたか。捕虜の扱いに随分と慣れている」


 腱などを切った上で低品質ポーションを使用し、傷を完治はさせずしかし痛みなどは無くし脚は使えないまま、捕虜として留め置く手法が存在する。

 当然倫理的にはどうかという手法ではあるのだが、単純な効率だけを考えた場合非常に合理的なのは事実で、敵兵を捕えた際にこの手法を用いる国家は非常に多い。

 だが今回の相手は賊。賊が捕虜を取る際に、手枷足枷を付けた上で此処まで用心するのは珍しい。


(頭の切れるのがいる……もしくはどっかの騎士崩れや軍人崩れですか……)


 ヴェルサスにとっては塵芥と変わらず問題無くは有るが、そういった手合いが賊に堕ちている可能性というのは些か面倒であった。

 単なるかつて存在した国の残党というだけならば簡単なのだが、この辺りはウルグリム皇国の前身からの領土。要するに元々の領土であり、他国の残党とは考え辛い。

 その場合最もあり得る可能性として、元亡国の残党によって構成された反発組織から離反して賊となった、というのが存在する。

 即ち、この近辺に明確な武力を持った反発組織が在る可能性が高いのだ。


「……まあその辺りはクルーベルさんに任せるとして。仕方ないですし、私が運びますか」

「え?いや、そんな年下の女の子に……」

「言ってる場合ですか。横抱きと俵持ちとおんぶ、どれがいいですか?」

「どれも酷い絵面になりそう……」


 見た目幼女に担がれる相応に成長している年上の少女の絵面は、確かに相当問題の在りそうな絵面だ。

 しかし状況は急を要することは少女も理解しているため、少し考えて答える。


「横抱きで。あ、横抱きってお姫様抱っこだよね?」

「双方の認識に違いが無ければそう呼ばれているものですね」

「じゃあそれで。……他は、色々問題がありそうだから」

「この状況で割と余裕ですね貴女」

「混乱しすぎてもう何にも思わないだけ」


 成程、とヴェルサスは納得し、少女を抱きかかえる。

 少女の身体は軽い。ヴェルサスの力が強いというのもあるが、それにしたってあまりにも軽かった。

 見た目は年齢相応の一般的な体型だったが、恐らく此処へ飛ばされてから何も食べていないのだろう。肌は冷たく、近づいてよく見れば顔色も悪い。今こうして生きて元気なのが奇跡なほど。

 さっさと医者に診せるか、とヴェルサスは考え抱きかかえたまま歩き牢を出る。


「……なんで牢が外れて……」

「溶かしました。素直に剣で切るべきだったなぁ、と今となっては後悔していますが」


 牢を出ると同時、ヴェルサスの歩みは止まる。

 地下牢の間の先、入り口には既に賊が複数人待ち構えていた。

 賊たちの中心には、一際大きな斧を持った狼のような獣人の男が居る。その獣人だけ、纏う雰囲気が明らかに違った。


「……チッ。どうやって侵入したと思ったが【死の魔剣士】様なら納得だ」


 舌打ちしてヴェルサスを睨む獣人の男。他の賊はヴェルサスの存在に驚き恐れる中で、一人だけ驚きこそすれ恐れもしていなかった。

 名前も異名も知っている点から、ヴェルサスの存在を正確に知りながら恐れていないという事になる。


「正直その二つ名、あまり好きでは無いんですが。ともあれお初お目にかかります、その他大勢の皆様。ヴェルサスと申します」

「……そりゃテメェからすりゃ誰でもその他大勢だろうがよ」


 挑発のような言葉に賊たちは各々の反応を返すが、そこに怒りは発生しない。

 名実ともに皇国最強とされるヴェルサスからしてみれば、市民も賊もその他大勢でしか無いのは絶対的な事実。ここで怒ろうが不満を述べようが、その絶対的事実は変えられないと理解しているが故に。


「さて。出来るのなら降伏してくださると有難いのですが」

「断ったら?」

「全員死にます」


 さらりと告げた言葉に、抱きかかえられた少女は驚いてヴェルサスを見るが。

 賊たちはその言葉に、更なる恐れを僅かに抱くのみ。

 分かっている、最初から。【死の魔剣士】を戦場で相手にしたのなら、死しかないと。その異名に一切の偽りは無いのだから。


「とはいえ、私は現在こうして救出活動で手一杯でして。無論この状態でも皆殺しは容易いのですが」

「だろうな。剣が無く両腕が塞がっていても、お前には関係が無い」

「ええ。ですが面倒というのも事実。ですので、此処は交渉をさせていただきます」


 ヴェルサスは賊に対しその荒れ狂う心中を晒す事無く、ただ淡々と述べる。

 そこに感情など存在していないが如く。


「私の目的はこの少女の救出。あなた方の今後の目的は知りませんが、少なくとも現時点では私を相手に生き残る事。そして私は現時点で、あなた方の殲滅を目的とはしていません」

「……お前がそいつを連れて帰るまで、俺たちは手を出すな、ということか」

「話が早くて助かります。勿論、私からも連れて帰るまでは手を出しません」


 めんどいし、と賊には聞こえない声で呟いたのを抱えられた少女だけは聞き取ってしまい、色々複雑そうにヴェルサスを見る。

 ヴェルサスは賊の頭目らしき人物にのみ視線を向け、賊の頭目らしき獣人の男も同様にヴェルサスにのみ視線を向けていた。

 他の賊はヴェルサスの存在に恐れ既に戦意は喪失し、少女は状況の把握でいっぱいいっぱい。

 この場において、ヴェルサスと賊の頭目だけが、同じ視点で話せていた。


「……ふん。悪運も尽きた、と思っておく」

「どうしますか?この場で致命的ハンデを背負っている私なら、あるいはあるやもしれませんよ」

「ねえよ、テメェに限ってンなもん」


 はぁ、と賊の頭目は疲れたような溜息を吐き、賊たちに無言で指示を出す。

 賊たちはその指示に従い、ヴェルサスたちへ道を譲るように退いていく。


「いけよ。俺たちは最期まで、好きなようにする」

「頭の回る人物は歓迎なのですがね」

「腐ってもオマエに、皇国につく気はねえよ。……とっとといけ」


 獣人の男も道を譲るように退くと同時、その場でどかっと座しどこからか酒を取り出す。

 ヴェルサスはその様子を見て、一度クスリと笑うと同時に告げる。


「交渉成立とします。では皆さま、よい終幕を」


 終幕。

 その一単語に込められた、果てしない殺気。

 直接殺気を向けられていない少女すらも怖気に染められるほどの、ほんの一瞬のヴェルサスの内面の発露。

 賊は皆、賊の頭領と理解を共有する。

 自分たちはもう、終わっている命なのだと。

 当のヴェルサスはそんな賊たちなどもはや目にも入れず、開かれた道を通り地下牢の間の出口へと歩いていく。

 まるでこの場の王は己だと、述べているかのように。


「……あの……」

「お話はあとで、です」


 抱えた少女とそれだけ交わし、ヴェルサスは地下牢の間を出ていく。

 ヴェルサスはこのまま来た道を戻り、アジトの外へ出るのだろうと賊たちは思う。


「お、お頭……」

「飲め」

「え?」


 配下の賊の言葉に返す獣人の男の言葉は、簡潔だった。


「奴が来たのは偶然。だがその偶然も、全ての業が引き寄せた必然だ」

「お頭……」

「俺たちは此処で終わる。奴に、皇国に媚びる気は無い」


 男は酒をぐいっと飲みながら、場に居る賊全てへ聞かせる。


「俺は最期まで俺だ。皇国に反旗を翻しておきながら我が儘で離反した、何処にでも居るただの賊。それでいい。テメェらもそうしろ」

「兄貴……」

「俺たちにもう未来はねえ。だったら今、ぱーっと好きに全部使って騒いでやろうじゃねえか!最期まで、なあ!」


 男の言葉に従うように、一人、また一人と賊が楽しむように騒ぎ出す。

 そうしてあっという間に、賊の人生最期の宴が始まった。

 この地より去った、二人の少女の事など既に忘れて。

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