5:人の姿をした
賊のアジトの入り口を見つけたヴェルサスは、心底の呆れと感嘆を込めて呟く。
「……よくまあこう見事かつ綺麗に、秀逸に隠れるものですね……」
サザンベルス山脈付近の賊のアジトの入り口は、木の中だった。
より正確には森の中の木の一本を人工の木に変え、その根の部分に茂る草むらに隠れた入り口がある、というものだった。
この森の木々は季節によって変わる事は無い。竜の流した血が山を介して地に染み込んだ豊穣の大地に、常に青々と茂る不変の森。それがこの森だ。
それ故に一本だけ枯れることのない人工の木に変えたところで、人工の木の存在を知らなければ誰も気付けないであろう。
「遠方の諺に、木を隠すなら森の中という言葉があるそうですが……だからと言って言葉そのままにしなくても……」
実際潜むに十分すぎる効果は出ているので、理には適っているのだろうが。
ちなみにヴェルサスが気付いた理由は身長が低かったからである。丁度草むらの奥に不自然な空洞が見える身長だったため気付けた……のだが、幼児体系というか幼児そのままな外見があまり好きでないヴェルサスとしては、相当不服のようだ。
「……まあいいです。さっさと賊の皆さんはぶっ飛ばしてさしあげましょう」
地道に探し回っていたが故のストレスからか、若干言葉遣いが荒くなってきたヴェルサス。
ストレス発散の相手としては、程々に強い賊はヴェルサス的には大歓迎であった。
あくまで最優先事項は空間異変により転移してきたであろう存在との接触であり賊の討滅は本来おまけでしかなく、ヴェルサスもそれは理解してはいるのだが……それはそれとしてストレス発散としてぶっ飛ばしたいのは変わらないらしい。
(さて。先ほどの反応的に賊の数はざっと見て五百人以上……軍隊規模でかなり居るようですね。どおりでこの辺りの賊の被害がやたらと多いわけです)
ヴェルサスは静かに草むらをかき分け、賊の拠点へと踏み込んでいく。
巧妙に隠されたその木の根の穴には地下へ続く階段があった。どうやら地下を掘ることでアジトとしているらしい。入り口は狭いが、階段以降は大人でも普通に通れるほどの広さがあり、結果として拠点の規模も相当なものだと分かる。
よくもまあこれほどのアジトを作ったとヴェルサスは素直に感心しながら、階段を一つ一つ降りていく。
(次元魔力の残滓を纏っていたのは此処に居る中で最も魔力が強い人でした。……その人物が空間異変でこの地へ飛ばされてきたのは間違いないのでしょう)
ヴェルサスは階段を下りながら、その階段に僅かに残る茶色の土の痕跡を見る。
それは此処に、別の地より飛ばされてきた人物がいることを示している何よりもの証拠であった。
(……次元魔力反応は空間異変でまあ間違いは無いでしょう。時間異変で遥か過去や未来から飛ばされてきた可能性も無いわけではないですが、どれであろうと結果に変わりはありません。問題なのは……)
意外と長く暗い階段を下りながらヴェルサスは思案する。
今回の件における、現時点で残る問題や疑問点を。
(……ガラス化した大地はまあ置いておきます。最大の問題は次元魔力反応。……空間異変にせよ時間異変にせよ、何故それが起こったのか)
小規模な空間異変や時間異変といった次元魔力反応は、珍しくはあるがそれまでだ。やろうと思えばヴェルサスやクルーベルも、そういった次元魔力反応が発生する行動は出来る。
だが空間異変でも時間異変でも、人類丸ごと一人巻き込むほどの大規模なものは、自然では発生し辛い。決して発生しないとは断言できないが、少なくとも前例は無いとヴェルサスは考える。
(となれば人為的なものに限りますが、この世界で空間異変も時間異変も起こせる存在は一人と一つ。カナンさんは……起こせても不思議はないですが、起こした事例は無いので除外していいでしょう)
そこまで考えたところで、ヴェルサスの降りていた階段は終わり、比較的開けた場所へ出る。
そこには簡素だが扉が置かれており、扉の前には四人の賊が門番の如く居る。
賊たちは真正面に仲間ではない存在が居るにも拘らず、とくに何かを構えることなく寛いでいた。
決して見ていないわけではない。確実に視界には入っているし、認識も出来ている事だろう。
だが賊たちはヴェルサスに対し反応しない。
ヴェルサスもそれが当然として、特に気にすることもなく歩いていく。
意識障害の効果を与えた結界魔法を展開したヴェルサスを認識出来る者は、理者ですらそう多くは無い。本気で結界を展開したのなら、理者ですら気付ける者は居ない。
賊に身を堕とす程度の者であれば認識出来ないのも当然でしかなかった。
(……ああでも。丁度いいですし、少し情報を集めておきますか)
そう思うと同時、ヴェルサスは一人の賊と目を合わせる。
無論、賊はただ前をぽけーと見ていただけで、ヴェルサスをまともに認識していたわけでは無いのだが。
それでも賊はヴェルサスの眼を視た。それは事実であり。
眼を視た賊は、ヴェルサスからの意志を刻まれる。
「あ、そういやぁよ、アレどうなった?」
「アレ?」
「アレだよ、昨日拾った」
「ああ、あの女か」
ヴェルサスが用いたのは催眠。この世で淫魔だけが行使できる、種族技能。
淫魔が用いるというだけあって本来はそういう用途であり、それ以外の用途にはあまり長けていない。世界で唯一の最上級淫魔であるヴェルサスが全力で性交以外の用途で用いても、短時間の意識の混濁が限界。しかも継続的に催眠を行わなければ、耐性に関わらず時間経過で解除されるという要らないタイムリミットもあり、さらに言うなら意識の混濁は闇属性魔法を使えかつある程度技能を習得すれば誰でも出来る技術。
本来の催淫においては使い勝手は良いが、それ以外の用途や普段にも用いるにはあまりにも使い勝手が悪いというのが催眠であり、ヴェルサスのそれも例外ではない。
だが短期的に、多少思考を混ぜ込むくらいなら最上級淫魔のヴェルサスには容易い事だ。ましてそれが、元々考えていたことならば尚更。
(都合よく居場所でも吐いてくれませんかね)
世の中そう上手くはいかないと理解しておきながら、ヴェルサスは一抹の希望を乗せて、扉に手をかけながら賊の会話に耳を傾ける。
既に件の人物が女性という事は聞いた。救出作戦において、救出対象の種族性別も分からないというのはかなり致命的であり、これは大きな情報だった。ヴェルサスの技術を以ってしても、魔力だけで性別を判断するのは不可能ゆえに。
「俺はまわした後は知らねえな。知ってるか?」
「一応俺は最後の方でヤったから軽く見てたが、地下牢の方に連れてかれてったぜ」
「俺は朝地下牢で一発」
「あー、やっぱヤったのか。俺もヤりたかったなぁ」
「どうせ夜もまわすんだからそん時にヤれよ」
「お。じゃあ期待して待っとくか」
「俺も今日夜番じゃなけりゃなあ」
「お前は処女奪ってんだろが。贅沢した分我慢しやがれ」
「へーい。ま、機会は幾らでもあるわな。あ、でもガバになんのやだな」
「そんときゃ竜のとこにでも捨てりゃいいだろ」
「案外竜の孕み袋になったりしてな」
「趣味わりーなお前。面白そうだけどよ」
「魔獣の孕み袋になった女か、うわ抱きたくねー」
すぅ、と。ヴェルサスの心が冷えていく。
いつでも扉を開けられるようかけていた手を離し、自身の背後を見る。
背後には見張りの賊四人。今の会話を繰り広げていた四人。
種族はヒューマンが二人、獣人が一人、エルフが一人。
だが、ヴェルサスには。
(……人類?)
ヴェルサスの冷え切った心が、何の躊躇もなく行動を起こす。
指をふわりと僅かに振るう。
(魔獣の間違いでしょう)
遮音効果を付与した結界魔法と、ほんの僅かな風を生み出す魔法を発動。
同時に苦悶の声も事態の把握も行われることなく飛ぶ、四人の賊の首。
賊の首から膨大な血が噴き出し、身体は力なく倒れる。
理者中、戦闘において強いのは誰か、という話題において除外しなければ真っ先に名前の上がるヴェルサス。
ヴェルサスが最も得意とするのは加減を必要としない戦い。
即ち、相手を殺していい戦いである時だ。
そして今。ヴェルサスは賊をこう判断した。
人世を穢す魔獣と同じだ、と。
であるならばもはや彼女に隙は無く、躊躇もない。
(……ああ、ですが。優先すべきは囚われている方の救出としましょう)
その後でもこの程度鏖殺できる、とヴェルサスは何の感慨も無く思案し、扉を開ける。
既に意識障害魔法を纏っているヴェルサスが扉を開けたことに気を向ける賊は、一人も居なかった。




