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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
5/8

4:迷ってる

「……ふむ」


 ヴェルサスは森の中で、一人思案する。


「……迷ってますね」


 ヴェルサスがではなく、土の主が、だが。

 しかし疑いようもなくまだ見ぬその者は迷っていた。

 なにしろ。


「七回目ですよ、ガラスの窪地」


 土を綺麗に辿っていたが故に、何度も行き着くガラスの窪地。

 それはその者が、森を抜けようと徘徊した挙句、何度も振り出しへと戻ってしまった事を意味している。

 森は迷いやすい。特にサザンベルス山脈の麓の森は、目印に出来るような特徴を持つ木も無く、葉は年中青々と茂り、森の先を見てもどこまでも木しか見えない迷いの森。此処に入って問題が無いのは、ヴェルサスの飛行魔法のように何らかの対策を持っているか、相当な土地勘がある者だけだ。

 ならば山岳に向かえば良い、山岳と森の狭間を通ればいいと思うかもしれないが、山岳のほぼ全空域が風竜の縄張り。時折森にも僅かに食い込む形で縄張りが展開されており、境界を通っていくのは相当危険な行為。

 僅かでも竜の脅威を知る者ならば、相当な猛者でなければ生存を許されない山岳や境界より、迷いはするがまだ希望の在る森を通るのは当然の判断だ。


(……どこかで辿るのに失敗したかと思いましたが、素で失敗しているとなれば……徒歩以外の移動手段を持っていない事は確実)


 飛行魔法は六属性魔法とは異なり、無属性魔法と呼ばれる特殊なものであり。

 中でも飛行魔法は無属性魔法の中でも、最上級魔法。初級、中級、上級、最上級の内の最上級。現十賢者でも習得出来ているのは、ヴェルサスを含めても四人だけ。しかもヴェルサス以外は、バランス感覚等の関係や消費魔力の関係で安定した使用は難しい。

 まあヴェルサスが普段用いる飛行魔法は一般的な飛行魔法とは異なるが、本来の飛行魔法も習得しているのは事実。

 そういった徒歩以外の移動手段を用いていない、用いられないことは、これまでの痕跡を辿って察しは付いていた。


(動き方にも明確に意思や癖が有ります。となれば人類で間違いないは無いでしょう。人類一人を運ぶほどの空間異変ならば、あれほどの次元魔力反応も納得では有ります)


 最初こそは、強力な火属性の魔法を扱える魔獣の可能性も大いにあった。

 しかし土の残り方や、ガラスの大地のガラスが必要以上に割れていないことなどを考えると、魔獣の可能性はあまりにも低く。

 まして動き方が、明らかに森などに慣れていない人間の動きのように感じたのだ。


(しかしどうしましょう。このまま地道に追うのもよくは有りますが、生きている場合保護なり殲滅なりで何かしらの手を早急に打たなければ……)


 サザンベルス山脈及びその麓を含めた周辺は、ヴェルサスは世界でも有数の強者故に問題無いだけで、本来は世界有数の超危険地帯である。

 一匹町に飛来するだけで町が壊滅するほどの戦闘能力を持つ竜種。サザンベルス山脈に縄張りを持つ膨大な数の風竜も、他の竜種と比べれば個体戦闘能力は劣るものの繁殖能力と飛行能力に長け、複数の風竜での連携も合わせれば一国など容易く消し飛ぶほどの戦闘能力を持つ。

 そんな風竜の縄張りのすぐ近くを動くなど、世界有数の実力者であっても出来る限り行いたいとは考えない、自殺行為一歩手前の行いだ。

 そこにこの森に慣れておらず、飛行魔法も使えない程度の実力な人類が居たら、どうなるか。

 最悪の想像など容易いものだ。


「……仕方ありません」


 はぁ、と疲れたような溜息を吐き、一度サザンベルス山脈を見る。

 鋭利な針のような形状の山が並んだそこには、今も見える限りで相当な数の風竜が居る。

 雲が軽くかかっているが雲に明らかに動きがみられる辺り、恐らく雲の上では風竜同士の争いも発生しているのだろう。


(ですが幸い、こちらに意識は殆ど向いていない。森を見ている個体は居ても、縄張り外に手出ししようとしている個体は……現状は居ないと見て良いでしょう)


 ヴェルサスはそう判断すると同時、即座に新たな魔法を発動させる。

 発動と同時、ヴェルサスを中心に薄く広がる魔力の領域。

 ヴェルサスが新たに発動した魔法は無属性魔法。

 一定範囲の魔力を把握する、魔力探知魔法。発動者を中心として球形に探知範囲を広げ、範囲内の魔力を全て発動者に認識させる魔法。通常では自分の手が届く範囲までとあまりにも狭いために、事実上魔法拡張技能との併用を余儀なくされる魔法だが、探知効果を持つ魔法の中では最も優れた生命探知魔法でもある。


(……やっぱり、竜の魔力で結構阻害はされますね)


 この世の生命は必ずオド、もしくは生命力と呼ばれる魔力を持つ。覚醒しておらずとも無自覚に放つ魔力だ。

 魔力とは様々な魔法的エネルギーを総括した呼び方であり、総括されている理由は魔力探知魔法でどれも探知できるからという実に単純なものだ。

 それ故魔力探知魔法で生命力を探知することで生者を探すことは出来るが……竜が生きているだけで放つ膨大なオドや、風竜たちの争いで放たれる属性マナの嵐の中で人類一人のオドを探すなど、人探しの手法としてはとてもではないが奨められるものではない。砂嵐の吹き荒れる広大な砂漠の中で砂一粒を探すような苦行だ。

 常人が行ったのならば、の話だが。


(……居ました)


 魔法を発動してきっちり十秒。

 膨大な数の風竜の放つ魔力の嵐の中で、ヴェルサスは人間の魔力を確認する。

 どうという事は無い。ヴェルサスを含む十賢者は常人ではない。それだけの話である。

 ヴェルサスは魔法を解除し、先ほど感知した人間の生命力の方角を静かに見る。


(……強い魔力が一つ、弱い魔力がその周囲に複数。強い魔力には次元魔力の残滓)


 状況から考えて、強い魔力の人物が空間異変によりこの地へ飛ばされてきた人物で間違いないだろう。

 未だに空間異変が発生した理由やガラス化した大地のことなど疑問は多いものの、最優先事項は少なくとも確認できそうだとヴェルサスは少し安堵する。


(優しい誰かに保護された、と楽観視出来たら良かったのですが)


 同時に懸念事項が新たに生まれ、ヴェルサスは飛行魔法を用いて空を舞い、生命力を探知した座標へと向かう。

 探知した場所はサザンベルス山脈の麓の森の、山岳の反対側の地下。即ち森の入り口の真下。

 楽観視できない理由は一つ。盗賊や山賊、海賊といった、賊の存在。

 ウルグリム皇国は世界一の国。国土でも国力でも、その総合力は凄まじい。

 しかし侵攻によって大陸統一を果たしたこともあり、反乱分子が非常に多いのも当然だが、同時に過去存在していた国々の騎士や軍人が皇国から離反し、しかし国土から出ることも敵わなかった結果国内に身を潜め賊へと身を堕としている、という事例が膨大な数存在する。現在の皇国の軍の主な仕事に、他国との境界線の防衛、魔獣の討伐、反乱軍の鎮圧、と並んで賊の鎮圧もあげられる程度には。

 そういった賊がよく潜む場所として、山奥や孤島などは勿論、都市の内部や地下、危険地帯に指定されている場所の付近などもよくあげられる。

 都市の内部や地下に潜むのは、上手く潜めれば利が大きく、都市の内側には居ないだろうという警備兵や騎士の油断で意外と見つからないから。

 危険地帯に潜むのは、軍隊や騎士ですらまともに手は出せないと判断された場所が危険地帯と指定される場所であり、危険性の元からどうにか逃れる術さえ確率すれば到底見つからぬ場所となるため。

 サザンベルス山脈やその麓の森であるこの森とて例外ではなく、以前よりこの近辺でも賊の情報は上がっていた。

 危険地帯に来たいとは相当な強者でも思う事は少なく、また危険地帯に潜める実力を持つ賊を確実に問題無く倒せる者など理者くらいであり、その理者は各々の任務で多忙故に中々賊退治には手を出せない。風竜が多数蔓延るこんな地でも問題無いとなれば、理者でもヴェルサスを含めても四人居るかどうか。


(……見知らぬ者一人を犠牲に厄介な賊を討滅できる、と割り切れたら良かったのですが)


 ヴェルサスはまだ若く、精神年齢も実年齢より幼い。

 十賢者として。理者として実力を持ち、地位を持ち、それ故の様々な責任や立場に振り回された末に個人の思考としては合理性を重視してはいるが。

 まだ全てを合理性に振り切れるほど非情に徹せるわけでもないし、達観しているわけでもないのがヴェルサスだ。


(……今は、竜に殺されている可能性が消えている事だけ喜びましょう)


 その果てにその人物がどんな目に合っているか、目を逸らしていると理解しながらヴェルサスは空を駆ける。

 広大であるはずの森は、空を舞うヴェルサスにはあまりにも小さかった。

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