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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
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3:不自然なガラス

「……此処、こんなになってましたっけ」


 思わずといった風に、ヴェルサスは眼下の光景に軽く頭痛を覚えながら呟く。

 サザンベルス山脈の麓。風竜の縄張りのすぐそばにして、森と山岳の境界線上の端。

 此処の境界線上は本来、サザンベルス山脈上部に縄張りを持つ風竜同士の争いの余波により、酷く荒れた木々が乱立し大地も引き裂かれたかのように鋭利に荒れている。

 今現在の光景も、荒れているという点においては同じではある。

 ただその荒れ方が通常の荒れ方ではなく、まるで何か巨大なものでも爆発したかのように、綺麗な円形に窪んだ一種の地形となっているという、些か豪快なものであるが。

 ヴェルサスは静かに飛行魔法を解除し、窪んだ地へと降り立つ。


(……当然ですが、自然に出来たものではないですね……)


 そっと窪んだ地の表面に触れ、違和感を静かに理解する。

 窪んだ地の表面は熱く、しかしガラスのような硬さと冷たさがあった。

 ヴェルサスが窪んだ地の内側からよくよく見れば、それは全面が光を反射するような輝きを放っていた。


(……ガラス化そのものは不思議なことではありませんが……)


 サザンベルス山脈の麓は、山岳で風竜が暴れた結果山肌が細かく削れ、砂と成り、それが積もった砂地の地帯が多く存在する。ヴェルサスの現在地も、森の地面と砂地の混ざった場所。表面には当然ながら上から流れてくる砂が多く、ガラス化しているのもこの表面に積もった砂地。現在も熱が微かに残るほどの熱がこの場に発生したのであれば、ガラス化そのものはおかしな話ではない。

 と、そこまで考えたところで、ヴェルサスはさらに一つ疲れたように溜息を吐く。


「……ガラス化した地面に慣れてる自分がなんだか嫌ですね……」


 幾らガラスは砂から出来ているとはいえ、人類がしっかり管理した環境で加工して砂をガラスにするのとは異なり、自然界に存在する砂をその場でいきなり熱したからと砂になるわけではない。砂漠のガラス化には相応の条件があるのが当然だ。

 なのだが、現十賢者であるヴェルサスはこの光景そのものは見慣れたものであり、それがどうにも受け入れがたかったのだ。

 見慣れる理由は当然、見慣れるほどこの現象を発生させる人物を、割と身近で知って居るから。


「……これ、一連全部カナンさんの発生させたやらかしが原因とか無いですよね……?」


 十賢者が一人【破局の錬金術師】カナン・アルベール。【破局の錬金術師】の名とあり方を継承してきたアルベール家の長男。数少ない十賢者でも直接戦闘を可能とする、35歳ヒューマンの男性だ。

 基本的に皇国内をのらりくらりと旅している、十賢者一の自由人。皇帝の招集にすらほぼほぼ応じず、十賢者として皇都に戻るのは理者出席必須となっている新年の祭典時と、同じく理者出席必須となっている一年の丁度半年後にある建国記念祭の時だけという、生粋の放蕩錬金術師。

 そして十賢者一のトラブルメーカー。

 暇潰しに街中で唐突に錬金術を始めたと思ったら爆弾を完成させ、それを点火した状態でその場に置いていくなどザラにある事、と言えばその規格外のトラブルメーカーぶりが一発で理解できることだろう。

 恐ろしい事にこの男、錬金術においては本当に世界一と言っても過言ではない天才であり、本来は専用の設備を用意した専用の部屋で何時間も集中し続ける必要のある錬金術を、思い付いたからとどこでも行い数分どころか数秒で成功させるほどの規格外の天才だ。

 天才であるだけに前述のトラブルメーカーぶりも目立ち、結果実家のある遠方の国より追放された後に流れに流れて皇国へ辿り着き皇都で大爆発を引き起こし、現皇帝に爆笑と共に十賢者へと迎え入れられた奇人。それがカナン・アルベールだ。ちなみに妻子持ち。

 そして当然現在も放蕩中であり、どこにいるか所在も掴めていないのだが……その痕跡は様々な形で確認されており、ガラス化した大地も痕跡として良く報告される事案だ。

 そう。今、ヴェルサスの居るガラス化した砂地のような、痕跡を。


「……とはいえ」


 次元魔力反応の場所を正確に思い出し、間違いないとヴェルサスは判断する。

 次元魔力反応の在った場所。それは、この場所の真上だ。

 流石のカナンも、次元魔力反応を引き起こすことは出来ない。全く出来ないわけでは無いだろうが、それでもごく小規模なものが限界だろう。

 対する今回の次元魔力反応は大規模。目の前でなくても正確に場所すら感知できるほどの、大規模なものだ。

 そこまで大規模な次元魔力反応を引き起こす存在は、世界に二つしかない事に変わりはない。

 そしてそんな次元魔力反応の発生した地点の真下にあるこのガラス化した窪んだ砂地。

 決してカナンへの疑いが消えたわけでは無いが、次元魔力反応に関連してガラス化が発生したという可能性の方が勝る。

 それほどまでに次元魔力反応というのは、特殊かつ高度なものなのだ。


(……でも、次元魔力反応に付随する形でこんな莫大な熱が発生なんてありますかね?)


 ヴェルサスは首を軽く傾げながら、再び辺りを見渡す。

 周辺には莫大な熱が発生した後のような光景が広がっており、なんらかの熱源が発生したのは確実だろう。

 しかし次元魔力反応に関連する事象で熱が発生した事案など、結果的なものばかりかつ小規模なもののみ。

 砂をガラスに変えるほどの熱量を発生させるなど、聞いたことが無い。


(空間が捻れてどこかと繋がり、そこから莫大な熱が齎された……?……有り得なくは無いですが……)


 次元魔力反応は時間や空間など、上位の理に呼応して発生する魔力反応。

 時間に干渉して熱を発生させるのは、不可能では無いが自然発生ではあまりに無理があり過ぎるし、人為的でも遠回りが過ぎる上に手間がかかりすぎでしかない。決して全く有り得ない、可能性が全くないというわけではないが、どれもこの状況に当てはめるには可能性が低すぎた。

 空間に干渉して熱を発生させるのは、時間以上に無理だ。しかし存在する可能性として、空間が大規模に歪みどこかと繋がった結果、繋がった先から大規模な熱量を持った何かがこの地に着弾したという可能性は決してないとはいえない。十賢者に実際に空間を繋げられる者が、一人いるのだから。

 故にまだ可能性としてあり得るのは、空間が何処かと繋がり熱を飛ばしてきたというものとはなる。

 しかしあくまで可能性としてまだ有り得るというだけであり、どれも現実的かと言われれば譲歩しても厳しいと言わざるを得ない。


「……ん?」


 そこまで考えたヴェルサスは、ふとガラス化した窪んだ地の中であるものを見つける。

 それは土だった。

 何処にでもあるはずの土。すぐそこの森にも、ガラス化した地面の下にもある。

 ただ表面にあるその僅かな土は、何かが違った。


「……色が違う」


 皇都とその周辺の土の色は赤。かつては血色大地とも呼ばれたほどに赤黒い。

 しかしヴェルサスの見つけた僅かな土は、赤よりも茶色だった。

 茶色の土はウルグリム大陸には西方の砂漠地帯、その周辺の岩山地域に僅かにあるのみ。ウルグリム大陸の北方である皇都とその周辺には、到底存在し得ないものだ。

 それが此処にある。このガラス化した地に。

 遥か遠い地の土が此処に僅かでもある。それ即ち。


「……空間異変で何者かが転移してきて……その人物が大規模な火属性魔法を用いた……?」


 先程と同じく、あり得ない話ではないが可能性は低かった。

 しかし空間異変で何者かが転移してきた、というのは決してあり得ない話ではない。

 それほど大規模な次元干渉がなぜ発生したのか、疑問は多いものの現実が全て。

 世界一広大なウルグリム大陸の西から北だけでも相当な距離がある。世界最速の飛行魔法を行えるヴェルサスですらぶっ通しでも一週間はかかるほど。その距離を空間移動以外のなんらかの手段で移動してきた者が居たとして、その靴に付着した土が残っているかと言われたら可能性は否定しないが肯定もし辛い。無論、風などの自然現象で飛ばされてきたのも、可能性は無くは無いが考え辛い。

 それならば次元魔力反応と併せて、茶色の土を靴などに付着させた何者かが空間の異変により此処に飛ばされてきた、とした方がまだ辛うじてだが現実味がある。


(……とはいえ、砂地をガラス化するほど強力な火属性魔法を行使できる人物なんて、それこそ世界に片手分居るかという話なんですがね……)


 根源的には全て繋がった話ではあるものの、現時点では別々で考えなければやっていられないほどに現実味の無い話ばかりだった。

 ヴェルサスは頭の痛い現実に溜息を吐きつつ、改めて周囲を見渡し茶色の土を探す。

 通常と比べれば些細な違い故に最初こそは見逃したが、一度重要な違和感として認識してしまえば再度探すのはそれほど難しくは無い。


「……ふふ。なんだか探偵ものみたいで少し楽しいです」


 なによりヴェルサスはこういった謎解きも普通に好きなお年頃。割とノリノリで地面に伏せ凝視し、茶色の土を探していく。

 ……ゴシックロリータ系の服を纏っている見た目幼い美少女が、ガラスの地面に伏してというか虫のように這って辺りをガン見している絵面の色んな意味での凄まじさに気付けるほど、ヴェルサスはまだ大人ではなかった。魔獣含めて周囲に生物が何も存在していないのが幸いである。本当に、マジで。


「さてさてえーと?茶色茶色……は、と」


 そうしてヴェルサスは、様々な体勢でガラスの地面をくまなく探していく。砂粒一つ逃さぬかのように。

 効果音を付けるとカサカサ音がしそうな絵面ではあったが、当人至極真面目に重要な情報の痕跡たる茶色の土を探していく。

 そうすること数分。


(……僅かですが、動き回った跡がありますね)


 乱れてこそいるものの、明確な指向性を持ってなにかが動き回ったかのように、白い土はガラスの大地に残っていた。

 それが人類種であるか魔獣であるかまではまだ分からない。明確に足跡として形が残っているわけでもないのだから。

 ただ何かが動き回った結果、付着していた茶色の土が細かくではあるが落ちたことをヴェルサスは理解した。


「……下手に部隊を連れて来なくて良かったです」


 仮に騎士団でもなんでも部隊を連れて捜索でもしていれば、この細かい茶色の土が雑踏に塗れ分からなくなっていたことだろう。

 ヴェルサスとしては単に面倒だっただけなのだが、結果だけ見れば功を奏しているのは間違いない。


「とはいえこれはこれで面倒ですね……」


 一人で来たことで功を奏しているのは事実だが、同時に今後の捜索も一人で行う必要がある事実に、ヴェルサスは最早ため息も出なかった。

 しかしここで面倒に思っていても物事は進まないため、さっさと茶色の土の痕跡をどうにか辿っていくことにする。


(僅かに残っている土を辿ると……森の中ですか)


 幸いなことに、この辺りの地面も血に濡れたような赤黒い地面。茶色の土は周辺に比べれば少し明るい色。多少の光が有れば、探すのも然程苦労はしない。

 木陰の多い森の中では探すのも手間ではあるが、魔法でほどほどの光を作れば問題は無い。

 光源程度の調整は面倒なんだけど、とヴェルサスは静かに思いながらガラスの窪地を抜け、茶色の土を辿り森の中へと歩いていく。

 当然木陰が容赦なく茶色の土を覆い隠していくが、元々赤黒い地面の上で同系色とはいえ露骨な異物。一度確認できたそれをそうそう簡単に見逃すはずも無かった。


「さて、近くに居ると良いのですが」


 ヴェルサスは茶色の土を輝かせるように、指向性を持たせた小さな光を手に発生させた。

 本来は夜道で警備などをする際に、周囲に明るすぎて迷惑にならないよう、しかし自分は足元などが見えるようにと光属性の照明魔法に指向性を与えたもの。

 こういう場で役立つとは、とどこか楽しそうにしかし静かに無邪気に笑いながら、ヴェルサスは僅かな茶色の土を辿り森の中を歩んでいく。

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