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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
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2:スタンピードの残滓

 皇都南方の空を駆けるヴェルサスは、眼下の光景に早々に頭を悩ませていた。


「……残ってるじゃないですか、バーゲスト。こんな近くに……」


 ヴェルサスは思わずぽつりと言葉を落とす。

 決して皇都の目の前というわけではない。皇都より飛び立ち、最速で飛び続けて数分の場所。しかし遠いと評するにはあまりにも近すぎる平原のど真ん中。

 昨日ブラックドッグ殲滅戦を行った戦場よりも遥か手前に、ブラックドッグの親玉たる大魔獣バーゲストが鎮座していた。

 勿論ブラックドッグの親玉というだけあり、バーゲストの周囲には数匹のブラックドッグ。名前の通りに、影のように漆黒の犬が徘徊していた。

 バーゲストはそれらよりも巨大。その顎は、小柄なヴェルサス程度は容易く丸のみ出来るだろう。


「……昨日、全部討ち取ったって報告を聞いたんですけどね……」


 魔獣ブラックドッグと大魔獣バーゲストは不可分の関係。ブラックドッグの在る所にはバーゲストがその親玉として必ず在り、バーゲストの在る所にはブラックドッグが必ず配下として仕える。

 双方合わせてスタンピード・ラヴェジャーと称されるブラックドッグの大量発生現象。数多の国々を滅ぼした、現存し続ける伝説の厄災。

 スタンピード・ラヴェジャーを完全に止めるには、周辺に発生したブラックドッグとバーゲストの一切を殺せばいい。逆にブラックドッグ十匹以上もしくはバーゲストを逃すと、相互でブラックドッグ及びバーゲストを発生させてしまうため、スタンピード・ラヴェジャーが再発してしまう。

 現在、ヴェルサスの眼下に残っているラヴェジャーの数はぱっと見で十二。バーゲストは一。

 スタンピード・ラヴェジャーの種としては、十分すぎるものだった。


「……はぁ」


 ヴェルサスは一つ溜息を吐くと同時、魔法を解除する。

 そうして自由落下が始まり、直下にはヴェルサスの気配に勘付いたらしいバーゲストが居り、バーゲストは周囲のブラックドッグを集めていた。

 魔獣の中でも、ブラックドッグとバーゲストは犬型なこともあってか、周辺の探知能力や察知能力が恐ろしく高い。討伐隊が察知されて不意打ちを受けるなどザラにある事で、その察知能力で既にバーゲストたちにはヴェルサスの不意打ちに近い接近にも気付かれている事だろう。

 ヴェルサスは静かに思う。

 だから解除したのだが、と。


「塵芥」


 一言呟くと同時、両の眼でブラックドッグとバーゲストを視る。

 それだけで終わる、破国の厄災。

 ヴェルサスは何事も無かったかのように再び空を舞う。

 先ほどまでブラックドッグとバーゲストの存在していた場所には、かつてそれであった漆黒の灰の残滓だけがあった。

 なんてことは無い。ただ、ブラックドッグとバーゲストは体内から焼かれ灰になっただけ。

 戦闘に長けた理者であれば、国を滅ぼす厄災程度そこらの魔獣と何ら変わりない。ましてヴェルサスほどの強者であれば猶更。それだけのことだ。


(……他には居ませんね)


 空より周辺を俯瞰し、少なくとも見えるところにはブラックドッグの一匹も居ない事を確認し、ヴェルサスは改めて全速力でサザンベルス山脈へと向かっていく。より正確にはその麓へと。


「……しかしラヴェジャー、ですか」


 ヴェルサスは全速力で飛びながら言葉を落とす。

 スタンピードは何種類かある。単純に多種多様な魔獣が膨大な数押し寄せる最も確認頻度の高いアーミー、小型から大型まで様々な虫型魔獣が天地を埋め尽くして迫るインセクト、魔獣最強種たる竜の軍勢の迫るドラゴニックなど。ラヴェジャーもその一つでしかない。

 だがラヴェジャーに限って言えることとして、発生条件が極めてシビアというのがある。

 魔獣ブラックドッグと大魔獣バーゲストが揃って出現する。発生条件そのものはこれだけであり、あとは時間経過でブラックドッグが増えていき、終には大地を黒で埋め尽くす魔犬の軍勢となる。これがラヴェジャーの大まかな概要であり、単純に発生するだけであればアーミーに次いで発生しやすいものではある。

 しかし肝心の魔獣ブラックドッグも大魔獣バーゲストも、どれだけ増えようが縄張りから積極的に出ることは無いテリトリー型の魔獣。スタンピードとして人の領域へ迫るには、何かしらの理由が必ず存在する。

 スタンピード・ラヴェジャーの大抵の発生理由は、何らかの強大な魔獣や人間がテリトリーから追いやった結果、新たな理想的なテリトリーを築くために人里の在る場所へ流れてくるというもの。ブラックドッグもバーゲストも、縄張りとして求める土地や環境は人とほぼ同じであり、人が住みやすくするために切り開いた環境はブラックドッグやバーゲストにも住みやすい環境。それ故、人間を殲滅し自身の縄張りとするために発生するのがスタンピード・ラヴェジャー。

 だからこそ、ヴェルサスは昨日のスタンピード・ラヴェジャーも含めて思案する。


(皇都周辺に存在するラヴェジャーの縄張りは、確認されている限りで三つ。北の洞窟、北西の滝壺、そして南のサザンベルス山脈……正確にはその麓の洞窟内部)


 魔獣討伐に出る機会も非常に多いヴェルサスは、立場上皇国の確認できている限りの魔獣の分布図を頭に入れている。

 皇都周辺のラヴェジャーの存在地域を思い出すと同時、心の中で思わずため息を吐く。


(ブラックドッグもバーゲストも察知能力が高い。それで次元魔力反応が発生することを事前に察知して退避してきた。……有り得なくは無いですね)


 動物が地震を事前に感知できるように、ブラックドッグもバーゲストも察知能力に特に長け、さらに言えば魔力に対して恐ろしく高い精度の察知能力を持つことが確認されている。

 その高すぎる魔力に対する察知能力で事前に次元魔力反応発生の予兆を感じ取り、縄張りから退避してきたのだとすればスタンピードの理由も納得がいく。

 昨日までは、現皇帝に否定的な誰かが皇都を襲わせるために刺激でもしたのだろうと考えていたが、今となっては次元魔力反応の可能性も決して否めない。


「……面倒なことにならなければよいですが」


 ヴェルサスは誰も聞く者の居ない空で呟く。

 最速の飛行の果てに既に皇都は遠く、サザンベルス山脈は近くに見えていた。

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