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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
2/9

1:いつも通りの退屈と

「そういえば、丁度……真っ当には六年か」

「なにがです?」


 ある日の昼下がり。

 町のカフェのテラス席で、持ち込まれたチェス盤でチェスをしていたヴェルサス・ヴァナディースは、黒のルークを動かしながら対面の呟きに言葉を返す。

 周囲で勝手に見物している観客が、おおっ、と声を上げる。

 会心の一手だと、誰もが理解したが故に。


「なに。お前が戦争で大活躍してから、今日で丁度六年だと思ってな」

「……ああ、そういえば今日でしたか。忘れてました」

「だろうな。お前はそういう事に疎い」

「貴女に言われたくないですが???」


 ヴェルサスの呆れた視線にククッと笑いながら、対面の席で白のビショップを動かすクルーベル・ダーク・オルネル。

 その一手にもまた、観客から唸る声が聞こえる。

 会心の一手を容易く返す、更なる会心の一手。

 それに対しヴェルサスも次の駒を動かし返し、クルーベルも駒を動かし返す。

 その応酬の果ては、僅か数十秒後。


「ステイルメイトか」

「そのようで」


 ヴェルサスのキングが身動き取れなくなり、しかしクルーベルも数手分チェック出来ず。

 見事な引き分け。ステイルメイトだった。

 観客たちは見事な対局だったと、誰もが拍手を送る。

 が、当のクルーベルは若干恨めし気にヴェルサスを見ていた。


「お前は相も変わらず、引き分けに持ち込むのが上手い事だ」

「他の方との対局であれば当然勝ちに行きますが、貴女はその隙も見せぬ相手ですので」


 クルーベルの言葉に、ヴェルサスはバニラシェイクをストローで吸いながら返す。


「誉め言葉として受け取っておこう」

「褒めておりますよ」

「どの口で」


 この口にて、とヴェルサスがバニラシェイクを吸いながら口元を指さす。

 その表情は明らかにニタニタと笑っていた。

 沈めてやろうか、と思いながらクルーベルはチェス盤をさっさと片づけていく。

 観客たちもチェスの終わりを理解し、各々で感想を語り合いながら散っていく。

 まだ少女と言える年齢の二人によるあまりにハイレベルな突発チェスは、僅か三局、しかも三局目に至っては一手三秒以内の早打ち。

 されどもその価値はすさまじく、観客は今日紛れもなく一生残る思い出を刻み込んだことだろう。


「ところで、現在時刻は分かるか?」

「急ぐものも無いでしょうに。現在時刻は14時41分です」


 ヴェルサスは懐中時計を右手で開き、左手でストローをくるくると弄っていた。

 どうやらバニラシェイクがうまく吸えなくなってしまったらしい。


「ふむ。ヴェルサス。この後時間はあるか?」

「用事によりますが、クルーベルは何用で?」

「なに。暇潰しに、魔法騎士団でもしばいてくるか、とな」

「そんな意味不明な暇潰しに付き合う暇なぞ作るものですか」


 ヴェルサスは心底の呆れを込めて、バニラシェイクを吸いながらクルーベルを見る。

 魔法騎士団をしごいてくる、ならまだ鍛えるとして理解は出来るが、しばいてくる、となればただ倒しに行くだけだ。

 しかも此処は皇都。この場から暇潰しで行ける場所に居る魔法騎士団ともなれば、皇都に本部を置くこの国の魔法騎士団に他ならない。要するに味方である。

 さらに言うのなら、クルーベルが扱う魔法属性は名前にダークと持つだけあって闇。

 闇属性の主な魔法は、対象への阻害魔法。煙幕や悪臭などのシンプルなものから、相手の視覚や聴覚を丸ごと封じる魔法、平衡感覚を失わせる魔法、全身を痺れさせる魔法など、所謂嫌がらせが多い。

 闇属性魔法で、魔法騎士団をしばいてくる。それは要するに、嫌がらせ十割を暇潰しにやってくるという事に他ならない。

 ヴェルサスは特に用事は無い。要するに暇でしか無かったが、だからと言ってそんな意味不明かつ馬鹿馬鹿しい事に付き合うつもりは毛頭なかった。例え友人であろうとも。


「なんだつまらん。そういうお前はなにかしたいことでもあるのか?」


 返す問いに、ヴェルサスは少し考え。


「そういえば東の通りに新しい服屋が出来ていました。そちらに行ってみようかと」

「幼児用の服屋か」

「溶かしますよ???」


 鋭く睨むヴェルサスを、冗談だ、とクルーベルは軽く笑っていなす。当然ヴェルサスにとっては笑い飛ばせるものではなく、睨みながらズゴゴゴゴとバニラシェイクを吸っている。

 ヴェルサスはかなり小柄だ。というか全体的に幼い。それこそ現在既に十六だというのに、十代前半どころか十代に到達していないと言われても、誰も違和感を覚えない程度に。

 それ故に己の服も、子ども向けの服がメインになるのは致し方ない話である。本人がどれだけ嫌がろうとも、サイズやデザインの問題はどうしようもない。子どもには子どもに合った大きさの服と、子どもに合ったデザインがあるものだ。

 ……既に十六の少女が幼児服を纏わざるを得ないその心境は、そういった現実問題とは別で問題ではあるのだが。

 対するクルーベルは現在十八。年齢以上に大人びた雰囲気を纏う、大人の女性だ。

 口調が男勝りというかほぼ男性的であること、私服のセンスが些か独創的であることを除けば、スタイルのいい美人の女性だ。

 まあ年齢相応には、全体の雰囲気に若干の幼さが残ってはいるのだが、殆どの者はそれも含めて美人もしくは美少女と評するだろう。

 そんなある種対照的な外見を持つ二人は、傍から見れば良くて年の離れた似てない姉妹程度にしか見えないが……皇国の住人であるならば、決してそのように勘違いすることは無い。


「いいですよね、クルーベルは。この数年で急激に成長しやがりまして」

「オルネル家は代々十代後半から急激に成長するからな。まあなんかの魔人の影響なんだろう。そういうお前は淫魔のくせして、変な趣味の奴しか集め無さそうだな」

「ぶっ飛ばしてさしあげましょうか???」

「もはや敬語と言えねえぞそれ」


 ヴェルサスもクルーベルも魔族。だが別に、皇国では魔族そのものは珍しいものではない。道行く人々の中にも、自然と魔族が紛れている。到底人のカタチでは無い者も、当たり前のように人族と共に日常を過ごしている。

 これは皇国の日常。自然だ。

 だがヴェルサスとクルーベルはその中の例外でもあった。

 種族は関係無い。上級魔族というのも数は少ないがこの世にはあり、ヴェルサスとクルーベルがそれであるのは事実だが、その程度では皇国で例外になったりはしない。上級魔族である程度で皇国において例外になるのなら、二人が現在寛いでいるカフェの店員数名も例外になる。他の国では当然扱いも異なるだろうが、少なくとも皇国では上級魔族程度では特別でも何でもない。貴族でもない限りは一般人だ。

 では二人が貴族なのかと言えば、それはイエスではあるが例外の理由ではない。確かに貴族は特別な存在ではあるが、二人に限り理由はそんなところではない。


「つーかお前、あの性悪ジジイの性格真似やめろ。単に敬語だけならともかく他は真似するな。お前まで性悪になってどうする」

「性悪ジジイとは酷い言い草で。偉大な十賢者の前任者では有りませんか」

「十賢者の前任である事と偉大であるかどうかは別だ。実力は認めるが」

「実力を認めているのであれば十分偉大と評していいと思いますが」

「お前確実に性悪に近付いてんぞ。一応言っておくとそれ、大人っぽいかと言われたら微妙だからな?ただ性格悪いだけだからな?」


 なんですと、とヴェルサスは心底の驚愕で、笑顔のまま凍り付く。

 ウルグリム皇国は皇帝の国。数年前まではウグ帝国と呼ばれ、このウルグリム大陸統一を機にウルグリム皇国へと名を変えた、世界最大の国家。

 皇国の頂点は皇帝だ。帝国時代からそれは変わらない。

 同時に帝国時代から変わらず存在するものの一つにして、皇国を象徴する存在が二種類ある。

 それは【十剣聖】と、【十賢者】。

 二つ合わせて【理の裁定者】略して【理者】と呼ばれる皇帝直属の二十人にして、皇国において大臣等を差し置いて皇帝の次に権力を持ち、皇帝の命令にすら条件さえ整えば逆らう事を許されている存在。

 皇帝と共に皇国の頂点とされる存在。それが十剣聖と十賢者、即ち理者だ。

 ヴェルサスとクルーベルは十賢者。皇帝に仕える、皇国の頂点の一つ。

 貴族がどれだけ金を積もうとも、どれだけ皇帝に取り入ろうとも、決して届かぬ絶対頂点の席。その内二つに座すことを許されている二人だ。


「大人っぽいと思ったのですが……」

「善意十割で忠告してやる。お前の大人っぽいのために参考にする奴、何から何まで世間一般どころか貴族の間ですら無いわーっていう奴だからな?なんのために悪役とか悪徳とか付いてると思ってやがる」

「いいじゃないですか悪役令嬢!大人っぽくて!」

「悪役って付いてる意味!」


 ヴェルサス・ヴァナディース。二つ名は【死の魔剣士】。

 六年前の血の大渓谷戦線と呼ばれる戦いにおいて、帝国の天下を止めるため他大陸より侵攻してきたデネストラルス王国の軍を、当時十歳の彼女がたった一人で初陣ながらほぼ全壊させた生ける伝説の英雄。

 何らかの優れた魔法技術を保有する者が任命されやすい十賢者において、現十賢者で唯一戦績と実力で以って皇帝に認められ、十剣聖と十賢者どちらにも推薦された、皇国最強と謳われる少女。

 クルーベル・ダーク・オルネル。帝国の建国の発端でもある、世界唯一の最上級魔人族の家系オルネル家の長女。次期当主。雌雄同体の現当主が個人で生んだ子。二つ名は【深淵の魔王】。

 闇属性魔法に極めて長け、現在十八と若くして闇属性魔法を己が肉体の如く使いこなし、チェスの国内大会で圧倒的優勝を勝ち取るほどの頭脳と併せて、戦場を自在に操る天才軍師。

 ラトベラ帝国の突然の侵攻を、当時は一介の魔導士でありながら即興で的確な指示を出し続け、たった味方50人で5万を超える軍勢を僅か一週間で退けた、もう一人の生ける伝説の英雄。

 どちらも現十賢者に相応しい功績と能力を持ち、かつ人々の記憶に新しい戦争の英雄であるために、皇国においては特別知名度が高い。

 それが、一見どこにでもいる魔族の姉妹のような、普通にお茶している二人の正体だ。


「私に悪とか正義とか意味無いので。大人っぽいと思った人を真似するだけですので」

「その結果性悪ジジイと悪役令嬢真似されても俺たちが困るんだが。というか世間一般における善悪くらい理解しておけ」

「失礼な。理解はしてますよ。順応する気が無いだけで」

「我が道行きすぎだろ。頼むから理者の印象を貶めるようなことはしてくれるなよ?こっちにまで変な奴が来ても困る」

「下向きになおざりにしておきます」

「せめて前を向け。落ちるな。あと善処しろ。なおざりにするな」

「なおざりを下向きにしてるからいいじゃないですか。善処する気も無いですけど」

「善処しろ!」


 ようやくバニラシェイクを飲み終わったヴェルサスの頭を、苛立ちを表すように机越しにギリギリと鷲掴みにするクルーベル。

 なおギリギリなっているのはヴェルサスの頭ではなく、あまりに非力なクルーベルの腕である。

 掴まれているヴェルサスは、特に痛がることもなく呆れた視線をクルーベルへ向ける。


「こん、の……クソが!」

「三下ですか。貴女こそ身体能力の改善に善処した方が良いのでは?」

「善処してんだよこれでも!!」

「してこれですか。絶望的ですね。残念でした」

「クソが!!!」


 ヴェルサスに全くダメージを与えられなかったクルーベルが手を離し、空へ向けて当たり散らすように叫ぶ。周囲の者たちにも普通に聴こえてはいるのだが、いつもの事として誰一人気にすることは無い。

 クルーベルは十賢者。完全実力主義の十剣聖のように直接戦闘技術が必要なわけではなく、あくまで極めて優れた魔法技術や魔法の発展に貢献した者に任命されるのが十賢者であり特に戦闘能力は必要としておらず、その例に違わず魔法能力と軍略には優れていても身体能力には秀でていない。

 というか物魔両道なヴェルサスが単に異端極まっているだけではある。クルーベルが普通にイメージされる十賢者であり、ヴェルサスのように十賢者どころか十剣聖にも推薦されるのは世界全体でも超異端な存在でしかない。

 で。まあそんなヴェルサスにクルーベルが物理能力で勝れるはずも無く、毎度こういったやり取りの度に所かまわず叫び散らす癖が有るため、皇都の住民はすっかり慣れ切っているのだ。

 ちなみにクルーベルの身体能力は決して低くは無い。最上級魔人族としての性質も含めれば、そこらの兵士より身体能力も技術も優れている。あくまで比較対象に問題があり過ぎるだけである。


「私よりお口わるわるですよ。あ、忘れるところでした。昨日のことなんですが……」

「なんだお口わるわるって。微妙に可愛い言い方するな……」

「?可愛いんですか?」

「無自覚ッ!……まあいい、それで昨日のこととは?」


 時折素で子どものようなヴェルサス。淫魔特有の見た目の良さも相まって、純粋で可愛い子どもがとぼけているようにしか見えない。

 なんだかんだとヴェルサスは大人びてかつ色々十賢者ならではの諸々に慣れているだけで、まだ十六と若い。さらに言えば家での立場があまりに悪かったこともあり、まともな人格形成も許されていない時期もあったことも考えれば、精神年齢はさらに幼い。

 それらを踏まえれば、まあ実際子どもではあるのだから見た目も間違いでは無いのだろう。

 実際のヴェルサス自身の能力を考えると、その見た目に騙されて油断すると先に待つのは様々な形での絶望だけなのだが。


「昨日、皇都南方で大規模な次元魔力反応があったんです」

「おい。それ此処で話していい奴か?」

「問題ありません」


 そういってヴェルサスは示すように視線だけを空に向け、クルーベルもそれに従うように上を見る。

 空には一見何も無い。が、上級魔族であり超高位の魔法使いでもある二人には、ギリギリ分かる魔力の膜があった。


「既に遮音結界を張ってあります」


 それはヴェルサスの展開した、遮音効果を付与した結界。

 結界はヴェルサスとクルーベルだけを囲う形で、存在していた。


「……相も変わらず、ノーアクションで結界を展開するか」

「アクション無しでは、範囲はあまり広くできませんがね」

「複数人囲える結界をアクション無しで展開出来る時点で十分すぎるわ。まあいい。……で?大規模な次元魔力反応は本当か?」

「私がこんなことで嘘を吐く意味があると思いますか?」


 無いな、とクルーベルは無言で肯定する。

 ヴェルサスは人をからかう時や馬鹿にするとき、戦略上必要な時は何の躊躇もなく平然と虚言を吐く。それこそ、見た目にも年齢にもそぐわない程えげつなく、さらりとなんの呵責も無く。

 だが今はそういった必要性のある場では無い。

 であれば特に、虚言では無いのだろう。

 というかそもそもクルーベルには最上級魔人族としての能力の一つで嘘を見抜くことが出来るのだが。見抜けるだけで、真実がなんであるかまでは分からないが。

 しかしクルーベルも、ヴェルサスのその性格などをよく理解した上で、思わず本当かと尋ねる。

 その理由は単純明快。


「大規模な次元魔力反応を引き起こす存在など、お前以外じゃこの世に一つしか無いだろう?」

「正確には二つですけどね。片方がもう使えないだけで。ただ【空間執政】に聞いても知らずアリバイもあり、神器の方も反応は変わらず」

「……なんだと?」


 クルーベルが思わず目を細め、情報を整理する。

 この世において次元魔力反応を引き起こす方法は一つ。

 時間、もしくは空間に直接干渉する魔法的手段を用いること。即ち次元に魔法的干渉を行う事だ。

 現在存在する次元への魔法的干渉手段として明確になっているのは二種。

 だがヴェルサス曰く、どちらにも既に確認を行い、と判断されていると。

 そうなれば。


「……自然に発生したとでも言うつもりか?それこそ有り得ないだろう」

「有り得ないんです。ですが丁度南方に居た私だけでなく、エリーゼさんも感知したと連絡が有ったので。気のせいとして判断するのも難しいんですよね」

「あいつもか」


 ふうむ、と悩むように二人揃って皇都の南方を向く。

 空は変わらず、まばらに雲のある青空が広がっているだけだった。


「……ちなみにお前は皇都南方のどの辺りで感知した?というかお前昨日南方に行く予定があったか?」

「暇そうだからとブラックドッグ殲滅戦の救援にいきなり呼ばれまして。感知した先は戦場にした平原のさらに南方、山岳と麓の森の間くらいですね。エリーゼさんの感知した場所もその辺りを中心にです」


 ちらりと二人で皇都南方に存在する唯一の山を見る。

 サザンベルス山脈。山脈とは名ばかりの、七つの槍のように鋭く雲を貫くほど高い山が並ぶ、古代から膨大な数の風竜の巣とその縄張りが存在する危険地帯。

 麓も風竜により荒れた大地が剣山の如く。如何に次元魔力反応を引き起こせる人間や道具を持った人間が入り込んだところで、生きて帰る事は難しい領域。

 ヴェルサスや十剣聖などの破格の実力者ならともかく、そこらの強者程度では縄張りに近付くことも危険な領域だ。


「微妙に遠いな。しかも人里離れてるし。俺が感知できないのも納得だが……そもそもなんで呼ばれているんだお前」

「なんか思ったより居たそうで。実際私が救援に行った時ですら、大雑把に見て数百匹居ましたし。バーゲストも複数居ましたし」

「思ったより居たな。というかスタンピードじゃねえか」

「で、それでうんざりしてたところで感じ取ったので、最初は気のせいかなと思ったんですよね。やたら色んな魔力が混在してましたし。ただ帰ったら、エリーゼさんが次元魔力反応で凄く心配そうに緊急で連絡して来まして、気のせいじゃなかったんだな、と」

「……そういう経緯か……理解した。俺も助けに行けずすまない」


 いえ、とヴェルサスはクルーベルの謝罪を軽く受け止めるにとどめる。

 クルーベルが最も得意とするのは、対大軍戦闘大軍指揮と闇属性魔法を用いての敵の阻害。敵軍に様々な阻害魔法を用いた上で大軍を攻め込ませ、自軍に圧倒的有利な乱戦状態を作り出すこと。人類種同士の戦争は勿論の事、元々の闇属性魔法への適性もあって魔獣最強種である竜種にすらその戦法は通用する。

 大軍戦闘となったブラックドッグ殲滅戦も、クルーベル一人いるだけで相当楽な戦闘となったことは確実であり、それ故のクルーベルの謝罪であった。

 ヴェルサス自身も殲滅戦中に度々クルーベルの存在を求めたが、通信魔法は一帯の魔力が安定していないと用いられない上、そもそもクルーベル自身が皇都北方に皇帝直々の任務で出ていたのを知っていたため、時間はかかるが自分一人でも対処できる現場故に優先順位は下がるとして要請は行わず、実質ヴェルサス一人で対処していたのであった。

 ちなみにクルーベルの任務は釣り大会である。皇帝が「暇潰しに川で釣りをする!供をせよ!」と唐突に告げ、しかも現地に行けば魚が異常な大繁殖で川より溢れていたために近隣住民の手を借りて突発的な釣り大会が開催されたというものである。……南方で一応皇都の危機であったにもかかわらず、北方で事実上遊んでいたとなればクルーベルの謝罪も妥当なものでは有ったりする。


「どうしましょうか、と言っても問題無く行けるのって私くらいなんですよねー。はは、めんど」

「本音漏れてるぞ……だがまあ実際、魔法で飛んでいけてかつ竜にも万が一対処できるのはお前くらいだ。今からにせよ後からにせよ、お前に命が行くのは遅かれ早かれだろうな」

「はは、めんど」

「本音隠す気無いな?」


 クルーベルの呆れた視線に対してすら、どこか遠い目をして虚ろに笑うヴェルサス。それに対してのクルーベルは、最早疲れたように頭を抱えるのであった。

 ヴェルサスは普段の口調こそ誰に対しても丁寧ではあるが、大人っぽく見せるために他者の口調や性格等を真似ることが多々ある。しかしそのための対象の人選が如何せん悪く、親友であるクルーベルですら時折面倒と感じる性格となってしまっている。

 幼いだけで決して悪人では無く、別に極端な悪人を真似ているわけでは無いのだが……クルーベルの私服のセンスが悪いのと同様に絶妙に人を見る目が無かった結果、どうにも歪んだ性格になりつつある。人が育つ上で環境というものは大事なのである。


「ふむ……そうだな」


 クルーベルは少し思案し、一度ちらりと南方の槍のような山岳を見る。

 そして一度疲れたような溜息を吐き、ヴェルサスと向き直り至極真面目な表情で改めて告げる。


「【死の魔剣士】ヴェルサス・ヴァナディース。【深淵の魔王】クルーベル・ダーク・オルネルが皇帝代行として命ずる。皇都南方のサザンベルス山脈及びその近辺へ向かい、大規模次元魔力反応を調査せよ。必要であれば騎士団もしくは魔法騎士団を二師団まで率いて構わない」


 クルーベルの有無を言わせぬ圧力を感じる声音。

 それはまさに、皇帝代行に相応しい威厳と意志を纏った、一つの王の在り方を示すものでもあった。

 それに対してヴェルサスは、一瞬の苦笑を交えながら応える。


「毎度の事ながら勝手に代行名乗りやがりますよね。【死の魔剣士】ヴェルサス・ヴァナディース、皇帝代行【深淵の魔王】クルーベル・ダーク・オルネルより大規模次元魔力反応の調査、拝命いたしました。必ずや吉報を」

「俺のやる事には基本的に皇帝は口を挟まん。何より俺が皇帝代行を無断で行うのは、事後承諾でも問題無い場合に限ると理解されている。今回も、皇帝をわざわざ介するより迅速かつ無駄がない」


 確かに、と無言で同意するヴェルサス。

 合理性の果てに、自身らが仕える皇帝すら軽視するかのような発言。他の帝国や皇国といった皇帝を頂点に置く国々では、場合によっては処刑されてもおかしくないものだ。

 しかしそれを聞き届けているのは、遮音結界により当時者たるヴェルサスとクルーベルのみ。誰一人その言の葉を聞くことは敵わず。

 皇帝もこの会話こそ知らず、後に事後承諾の形で皇帝代行を勝手に行った事を知るだろうが、咎めることは無いだろう。

 二人が合理性を重視しているというのは、既に世間一般ですら周知の事実。皇帝も、時に皇国の皇帝である己にすら刃を向け得ると理解しているが故に、二人を十賢者の中でも特に重視し重宝している。

 長々と語ったが要するに、立場を超えた様々な信頼と無数の実績の上にある今更なのだ。


「では命令の詳細の確認を」

「許す。問うてみよ」

「もし。次元魔力反応を引き起こした何者か、もしくは何かが現地に行き存在していた場合、どうしますか?」

「任せる。敵対的であれば排除して構わん」

「宜しいので?」

「元より想定外かつ余計なものだ。生物であれ物であれ、こちらの意に従順でも敵対的でも構わん。任せる」

「御意に」


 次元魔力反応は次元に関する魔法を用いた場合にのみ発生する。そしてその魔法や魔道具は、この世界において二つしか存在せず、他は無くて当然であるほどのもの。

 仮に次元魔力反応を引き起こした存在が人であれ物であれ。世人にとっては例外でしか無く、本来は存在しないはずのもの。今回の件に関する存在が破壊されようが、元通りとなるだけだ。

 何より次元干渉は皇国どころか世界にとっても何が起こるか分からない不安の権化。絶対的な管理が行える場合を除き、次元干渉手段が存在しない方が不安の種は少なく済む。

 しかし個人が何らかの事故で魔法現象を引き起こす例は決して少なくは無い。次元干渉とて小規模なものであれば、魔法事故で引き起こされるものとして極めて珍しくは有れども今までも何度も確認されている。例外でもなんでもない。

 今回は大規模な次元魔力反応。大規模な次元干渉が行われたという事だが、これも決して事故ではないという保証も現時点ではない。

 もし個人が意図せず次元干渉を引き起こし、その調査に来た存在が危険分子だからと容赦なく処断してしまえば、処断された人物の縁者や知人からの反感等は避けられない。

 皇国は侵略により領土を広げ大陸すら支配する大国。滅ぼされたウルグリム大陸の国々の残党は今も相当数存在しているし、国政にも現体制に対する反発派閥は非常に極めて多く存在する。国外も、いつ皇国からの侵攻を受けるか分からないからとピリピリしている国々ばかり。現皇国は、文字通りの内憂外患そのものでしかない。

 そんな中で、ごく僅かでも反発派閥へと行動を起こす理由を与えてしまうのは好ましくなく、その行動を起こしたのが皇帝直属の十賢者ともなれば尚更反乱の理由と化すだろう。

 故のクルーベルからヴェルサスへの、任せる、という命令なのだ。


「じゃ、ちゃっちゃと行ってきます」


 ヴェルサスはシェイクのカップを置き、椅子から降りる。

 クルーベルはそんなヴェルサスに、軽く驚く。


「珍しいな。お前が命令を受けてすぐに出ようとするとは」

「私そんなにものぐさしてますかね?」


 ヴェルサスは一度、心底心外そうに一つ溜息を吐く。


「確かに面倒ですけど、どうせ暇ですし。それに後回しにした方のが、面倒は多そうだなと思ったので」

「成程。そういう理由か」

「まあ面倒になってもどうしようもなくなってから他の理者にぶん投げればいいですけど」

「お前ものぐさと性悪混ぜんな。せめてどうしようもなくなる前にぶん投げろ」

「お断りします。人がどうしようと慌てふためいているのを見るの、割と好きなので」

「クソかお前」


 クソですよ、と一言返しヴェルサスは自分の小さなバッグを持ち、テラス席から空へと飛び立つ。

 机の上の、自分の食事の皿には、パンくず一つ残っていなかった。


「やれやれ。正直なのか嘘吐きなのか、善人なのか悪人なのか。この世で一番淫魔らしいといえばそうなのかもしれないな」


 呟くと同時、クルーベルも立ち上がり席を後にする。

 皇国最高峰の十賢者二人の行動に、特別を見出す者は誰一人いなかった。

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