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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
0章 最強の胎動
1/8

0:必然の終着点

 その男は、まずこう思った。

 何が起こっている、と。


「第二、第三大隊、全滅!」

「第四大隊より救援要請!」

「第一師団、全滅確認!第三、第四師団との連絡、途絶しています!」

「第二師団の生存者二名!重傷とのこと!」


 これは戦争だ。そして男の率いる軍はその片割れだ。

 戦争において、片割れの思い通りに行くなんてことは無い。

 どちらも自分たちに有利に事が進むよう様々考え、最善を尽くそうとし、その最善同士が衝突し最善から外れ合う。

 それが戦争の理。戦争という非情な行いの常だ。

 男は歴戦の将として。それはよく理解しているつもりだった。


 だがこれはなんだ?


 男は自らに、辺りの全てに、この世に問う。

 歴戦の将。国でも有数の将たる男は、知らぬ戦争に困惑し続ける。

 困惑し続ける今も、報告は続く。


「だ、第三師団、壊滅状態!生存者五名、いずれも重度の凍傷!」

「第四師団の全滅確認!生存者……ゼロ!?」

「第五師団の全大隊との連絡途絶!第六師団……嘘!?中央一点突破、抉られてます!?」

「エネミー、第七師団との戦闘開始!」

「第七師団第一、第二大隊より救援要請!」

「第三大隊、戦闘開始!」

「第四大隊、戦闘開始!しかし劣勢!」


 男の率いる軍が。王国の先槍として、帝国に致命的な傷を与えるのに相応しいとされた、十師団が。

 たった一人の、帝国の名も知られていない一兵に、蹂躙されている。

 どれだけの人の命がこの僅かな間で消えたのか。

 相手は一体どれほどのバケモノなのか。

 この場に居る誰もが、その現実から目を逸らしたく思い、されど続々と届く悲報がその現実逃避を決して許さない。

 それを男は理解した。理解してしまった。

 故に。


「っ、全軍に通達!エネミーの足止めに徹しろ!第十師団は今すぐ撤退し、この状況を報告に戻れ!最速でだ!」

「は、はい!」

「第九、第八師団は命を賭してエネミーの足止めを!間違いなく今後も我が国に立ちはだかる猛将に成り得る!今ここで得る情報には価値がある!祖国の未来のため、命を懸けて僅かでも情報を集めろ!!!」


 理解したくもない現実を受け入れながら、男は指示を飛ばす。

 前線に居る者たちは助からない。自分も含めて。

 であれば犠牲になった者たち全てを、これから犠牲になる者たち全てを、せめて使い潰す。

 祖国の未来のため。祖国の勝利のため。

 今は負ける。それは必然であり、覆しようのない事実。

 どれだけまだ負けていないと考えても、先に在る絶望は変わらない。

 故にさらにその先の希望を繋ぐため、今の絶望を受け入れて絶望の正体を明かす。

 それだけのために、全てを使い潰す。

 歴戦の猛将として。男はすでに手遅れの戦場に居ながらそう決め、報告を受け取りながら部下へと指示を飛ばし続ける。


「確認しました!第五師団、通信機及び通信魔法師を全損!部隊は足元を大規模な泥に変えられ、身動きが取れない模様!」

「第六師団の残存兵、エネミーの挟撃に成功!しかし第七師団の魔法攻撃も利用され、全隊行動不能になるのは時間の問題とのこと!」

「第十師団、観測隊と通信魔法師を残して離脱開始!遠方より出来る限り前線の情報を集めながら撤退するとのこと!」

「流石だ、ロベルト。撤退と報告、これだけで意思をくみ取ってくれるか。第五師団は……惜しいが、帝国の後詰めに蹂躙されるだろう。抵抗せず、降伏するように伝えろ!この戦線はもたん!」

「第七師団、被害甚大!第一、第二、第三大隊行動不能!」

「第一大隊、第二大隊、第三大隊がエネミーの周辺で拘束、第四大隊、第五大隊、拘束された味方で身動きできません!」

「第六師団、敵味方双方の魔法の残滓により孤立!撤退不可能とのこと!」


 この場の誰もが、引き起こされている現実を夢だと願っている。

 あり得るだろうか。信じられるだろうか。

 王国における師団とされる人数は、九千から一万。

 即ちこの戦場には、単純計算で最低限で見積もっても九万人は居たという事になる。

 対する敵は、王国に名前も何も知られていないたった一人の兵。

 そんなたった一人の兵に、既に四師団……最低の数だけでも三万六千人は蹂躙されたなどと。

 蹂躙された内からの確認できている生存者は、たった七名。

 その七名も重傷。恐らく、助かる事は無いだろう。

 そんな戦場においてすら当たり前とならない惨劇を、たった一人が引き起こした。

 誰がそんな話を信じられるものか。誰がそんな現実を受け入れるものか。

 だが嫌でも現実は常に未来を突き付けてくる。

 正体不明の蹂躙者。その次の標的が、自分たちであると。


「……討ち取れると思うな。相手が如何な存在であれ。事実として、此処まで我が軍勢を蹂躙しているのが、この戦場の王者たる何よりもの証拠!この戦は最早敗北した!だが未来はある!そして未来は、我らの死闘によって切り開かれるのだ!」


 男の。将軍の宣言。

 それ即ち、この戦の敗北の必然。

 しかして祖国の未来を繋ぐための、希望の示唆。

 将軍は全ての覚悟を決め、最期の指示を紡いでいく。


「レベル少佐!貴殿の大隊は観測部隊、通信魔法師と非戦闘員を全員率いて今すぐ撤退、第十師団に情報を渡した後、本国へ帰還せよ!この戦いを僅かでも、報告も通信も全て記録として残すのだ!」

「「「はっ!」」」

「それから年老いた親を持つ者、幼い子供がいる者も今すぐレベル卿の大隊と合流し、離脱せよ!此処に居ては死ぬだけだ!家族を悲しませることは、敵前逃亡より罪が重いと思え!」

「はっ!……へっ!?」

「ああ、そういえばベクリン大尉とディゼル中尉も最近子が生まれたと。喜ばしい事だ。離脱し、子に無事な姿を拝ませよ。上官命令だ」

「そ、そんな!?うちの子も、いずれ分かってくれますから!?」

「お願いです!私も、私もどうか最期まで……!」

「上官命令だ。離脱させろ!」


 将軍の傍に控えていた二人の軍人が、将軍の指示を受けた兵によって引きずられていく。

 他にも何か言いたげな軍人たちが、しかし将軍の命令に従う形で自らの意志で、その重い足取りを進めていく。

 戦場ではなく、戦場の外へ向けて。

 そうして数分後。

 出ていく者、出ていくべき者が居なくなった世界で。

 将軍は大きく息を吸って……最期の命令を放つ。


「残った者は我に続け!!!帝国の正体不明の絶対強者へと、王国の意地を以って!!!祖国の未来がため、一矢報いてみせようぞ!!!」


 将軍の、正真正銘最期の命令に。

 戦場に集った全ての兵が、咆哮で応える。

 それ以上の言葉は無い。

 もはやこの戦場に残った者に在る未来は、死のみ。

 誰もがそれを理解している。

 理解しているが故に。

 己が死をもって、最期まで王国へ牙剥く存在へと抗い。

 王国の。祖国の未来を僅かでも切り開く。

 その意志を行動で成すのに、最早言葉は不要。


 本陣より発った軍勢は、すぐに戦場の最前線へと到達する。

 馬も必要ないほどの距離。本陣の目の前と言っても、彼の者には過言ではない。

 それ即ち、王国の軍勢がここまで押し込まれているという証左。

 第七師団の本来の待機場所はもう少し先であったはずだが、軍勢丸ごと時間稼ぎに徹した上で押し込まれてきたのだろう。

 将軍は一人即座にそう判断し、自身を下級の風属性魔法で軽く吹き飛ばし、軍勢を飛び越える形で敵の眼前へとあっという間に到達する。

 そこに居たのは。


「……少女……否、なんらかの魔族か」


 剣を片手に。ボロボロの軽装を纏い。

 傷と返り血だらけの全身を、疲労でガタガタと震わせ。

 しかし未だその眼光は鋭く、この場の絶対強者が誰であるかをその存在だけで示している。

 そんな、ぱっと見でも十代に到達しているかも怪しいほど幼い少女が、戦場に立っていた。


「……ヒュー……ヒュー……ごぼ」


 少女は将軍を前にしながら、決して屈することは無い。

 息を切らせ、口より吐く血の塊は大きく、最早立っているのもやっとだろう。

 だがそれでも、決して地に膝をつけることは無く、視線は将軍を含む王国の軍勢を見据えていた。

 少女の姿はヒューマンと同じ形。されどもその瞳だけは、魔族特有の強膜が黒い眼であった。

 尤も少女が血に塗れて過ぎている今、その瞳孔の形状は見て取れず、魔族であること以外その種族すらも分からないのだが。

 将軍は一つ息を吸って……背中の二つの剣を抜刀し、少女と対面する。



「我、デネストラルス王国の先槍!!称を【対迅】!!名をガヴェル!!!」

「ヒュー……げ、ごぼ……フー……!!」

「名も知らぬ強き者よ!!我が命、我が誇りに賭けて!!これ以上はやらせん!!!」



 男……王国の猛将、ガヴェルは少女へ向けてそう叫び。


「フー、フー……ッ!!!」


 もはや言の葉を喋ることすらままならない少女は。少女の形をした怪物は。

 僅かな休息は終えたとばかりに、再びそのボロボロの身体を動かし。

 この地へ、更なる血を流すためその剣を振るう。

 ガヴェルは。王国軍は。それに対し真っ向から対峙する。

 それしかもはや、彼女へと相対する術が無いが故に。


 そうして戦場に、新たな惨劇の花が開く。

 この地を。帝国と王国の境界そのものであるヴェルガレッフ大渓谷を、鮮血で満たさんばかりに。


 後に血の大渓谷戦線と呼ばれることになる、デネストラルス王国最悪の敗北の戦いは。

 たった一人の少女の手によって、大勢を決したのであった。

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