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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
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9:使いやすさと美しさは時に暴走する

「異世界だなあって感じするわー」

「お風呂場で思われても反応に困るんですが。あとうちのお風呂場、この世界の住民でも異世界だと勘違いされる魔境ですので」

「この家なに?世界の境界にでも建ってるの???」

「あんまり否定できない」


 ネネカの身体を魔道具で出現させた泡で洗いながら、ヴェルサスは苦笑いで半ば肯定する。

 互いの身体を容易く覆い隠すほどの膨大な泡を風呂場に浮かばせながら、球体の水に座り洗い合っている。

 光景の要素だけ抜き出せば、美少女が身体を洗い合っているというある種の芸術的価値の発生しそうな絵面だが……如何せん泡が溢れすぎてほとんど何も見えたものでは無いし、他にも謎な光景が多すぎてそう思う余裕があるかというものだ。


「っていうか、異世界とか関係なくなんでこの床、こんなにネオンギラギラに輝いてるの?」

「どっかの構造物に影響された設計者に言ってください」

「じゃあ天井の至る所にミラーボールがあるのは?」

「設計者に言ってください」

「……逆さになってるマーライオンのトーテムポールは?」

「設計者に言ってください!」

「どんな奇人!?」


 ちなみにこの珍妙な光景を設計した人物は、この家を作り終わると同時『最高傑作を作ってしまった……!』と言ってその夜の眠りから覚めることなく亡くなっている。ヴェルサスの家は、稀代の天才建築家の遺作の塊でもあるのだ。……相当に理解を拒むものとなってはいるが。


「あとこの水のバランスボールはなに?地味に座りにくいんだけど」

「風呂場の魔道具の一種ですね。椅子が不要にするためとかで作られたもの。……の試作品です。貰ったんです」

「便利なんだろうけど……微妙に安定してなくて座りにくいんだけど。特に今、脚踏ん張れないし」

「それがどうにもネックなんですよねー。結局完成しなかった理由ですし。あ、一応私の魔力でいざとなればどうにでも出来るようにしてあるので大丈夫ですよ」

「普通に椅子型とかに固定すればよかったんじゃないかな……バランス感覚には自信あるからある程度は大丈夫だよ」


 ネネカはふよふよと座っている水の球の上で動くが、その上から落ちる気配はない。

 ヴェルサスはその様子に素直に感心しながら、身体の泡を洗い流すために壁の魔道具に魔力を送り、程よい温度のお湯を自分たちへかけていく。


「ほえー。どの世界でもシャワーは心地よいねえ……」

「今更ですけど、本当に単語とかは同じなんですね。文化とか諸々が近い世界なのでしょうか」

「んー……不思議だなあとは思うけど、もう異世界同士でなら何でもあり得そうだなあって」

「それで受け入れるのはどうなんですかと言いたいですが、事実何でもあり得そうだから困る」


 互いに、真面目に考えようと思えば幾つか推論は出せる。ヴェルサスは勿論、ネネカも別に地頭は悪くない事を此処までで理解出来ている。

 それを互いに特に深入りしようとすらしないのは、現時点では意味がないと理解しているからだ。

 どんな理由、どんな理屈があれ、結果として言葉が通じている。細かい用語の違いはあろうが、その程度で済んでいる。ならばコミュニケーションに問題は無い。今はそれが重要だと双方で考えているから。


「まあ便利とだけ思って受け入れておきましょう。……わぶ!?」

「おぶ!?ぼ、げほッ!?なに!?なんか急にお湯の勢い凄くなったけど!?」


 唐突に強くなったシャワーに軽く驚いて溺れかける二人。

 幸いその強くなったシャワーの勢いによって二人やその周囲の泡は消えたので、泡を流すという目的自体は達成できた。結果オーライ、というものではある。


「たまにこうなるんですよね、この魔道具。……色々便利ではあるんですが、こういう動作の不安定さが普通のシャワーに比べて怖いんですよねー……」

「なんか……魔道具って凄いんだろうけど、こうも微妙に変なの見せられると……」

「実際この家にある魔道具はどれも凄いものですよ。何しろ私と同じ十賢者やその師匠、以前十賢者に推薦された方々が作ったモノのオンパレードですので。ただそのほとんどが奇人変人なので、あんまり細かい調整とかをしないんですよねー……」

「物作りに携わる人間として致命的じゃないソレ???」


 ネネカの言う通り、どうかと思う場面は非常に多い。後始末を雑に押し付けられやすいヴェルサスは尚更だ。

 しかしそれ以上に彼ら彼女らの作る魔道具は便利で、今の魔道具のシャワーもどんな場所どんな状態でも魔力さえあれば使用者の求める温度の水を出せる魔道具。その出力部分をシャワー型に変えているだけで、本来は砂漠のど真ん中でも冷えた水を、凍てつく大地でお湯を出せる優れモノだ。

 十賢者の名は伊達ではない。何しろ魔道具という概念を作り出した者すらも、現十賢者【天命の技工士】カルメンなのだから。


「こういうのを見ると、まだまだアナログも手放せないんですよね。とか言いながら私の家、魔道具のオンパレードでアナログの隙少ないんですが」

「私の世界でのデジタルとアナログのせめぎ合いみたいになってる……」

「多分似たようなものでしょうね。何処の世界でも、こういうものは」


 こうして二つの世界で既に色々似たり寄ったりなのだから、大抵の世界で同じような時代を生きていればそうなるのだろうと、二人は何となく結論付ける。

 ともあれそうしてなんとか泡を流し終わり、互いに髪も身体も一先ずは綺麗になったヴェルサスとネネカ。

 顔も洗っておこうと、洗顔用の石鹸を探しながらヴェルサスは真面目に話し始める。


「ネネカさん。メイドの誰かが来る前に、真面目な話を少しだけしましょう」

「……うん」


 こんな場で、こんな姿で話すのは如何なものかというものではあるが。

 しかし今この場にはヴェルサスとネネカの二人のみ。同時に、この後来るのであろうメイドたちには聞かせられず、また来る前に話すべき事がある。

 それを理解しているが故に、此処で話す。二人だけの空間である、今この場で。


「ネネカさんは一先ず、様々な記憶を致命的に欠如させられた状態、という事にしておきます。特に魔法的要素に関する知識を致命的に失っている、とも。あなたからも、そういう風かもしれない、という程度でいいので話を合わせるようにお願いします」

「うん、分かった。……でも、それって不自然だったりしないの?」

「こういった記憶喪失や記憶欠如は珍しくはありますが、前例はあります。十剣聖にも一人、これ以上の症状に陥っていた方が居ます。それに訳の分からない事態に陥る事も多い理者に関係すること。であれば驚きこそすれ不自然とは思わないでしょう」


 前例が有る、これ以上があると聞いて納得するネネカ。

 確かに他ならぬ理者に同様の症状に陥っていた人物が居るのなら、同じ理者に関係している自分が似た症状に陥っていたとしても、この屋敷の人物であれば不思議には思わないだろう。

 そう考え……同時にこれ以上が居るのかと、軽く呆れたネネカであった。


「呆れないでくださいよ……」

「いやー、世界は広いなって思ってるだけだよ」

「二つの世界をまとめた上でなんか悟ってますね……」


 その悟りが呆れ混じりなのは、誰であっても分かる事だろう。


「まあいいです。次、あなたの今後についてです。と言っても先々の事ではなく、目先の事ですが。……なんか洗顔料、凄い泡立ってません?」

「なんか、泡立った……ところで目先の事ってこれの事じゃないよね?」

「あたりめーです。具体的にはお風呂を出た後の事です」


 二人してやたらと泡立った洗顔料の泡に苦労しながら、話すべき事について会話を続ける。

 メイドたちが来るまで、それほど時間は無いと理解しているから。


「部屋云々は後で決めるとしまして……とりあえずはメイドたちに移動等は任せるように。この家、下手な部屋に入ると結構危ういので、慣れている上問題のないメイド同伴で動かなければ、自衛手段のないネネカさんは危険です」

「怖いなあこの家!」

「正直気持ちは同じです。メイドたちには、私の執務室に連れてくるよう命じておきます。食事も私の執務室に運ぶように。私も今回の件で顛末書やらを書かねばならないので、執務室から離れられませんし。話すべき事、決めるべき事も多いので、この際纏めて行います。どうせ報告書には、ネネカさんの事も書かなければなりませんし」


 話すべき事、決めるべき事も多い。

 それに異論は一切無かった。

 互いに空想の存在だと思っていた異世界云々。そこはとても興味深く、互いを介してでも異世界を知り合いたいとは思っている。

 しかしそんな理想とは裏腹に、向き合わねばならない現実は確かに存在する。

 こうして言語や単語は通じていても、文字までは通じているかは分からない。互いの世界の一般常識が同じとも限らない。現時点では、話が通じる以外問題すら分からない状態だ。

 そうでなくても。


「居世界の住人だろうが何だろうが、最低限の国発効の身分証明になるものが無いと、この国では滞在許可が一切おりませんからね。今は私の特例許可で通しておきますが、これも長くはありません。それまでに、ある程度のバックストーリーだけでも考えないと」

「考えないとって、捏造するの?大丈夫なの?それって」

「よくはありませんが、異世界から来ましたとか馬鹿正直に言ったところで到底信じられないでしょう。そちらの方が捏造だと思われ、最悪頭の病院に二人纏めて直行です。であれば、現実味のある話を作って通して、ごく一部の上層部にのみ真実を伝えておく。それぐらいでいいんです」


 国ごとに様々な法があり、現在のウルグリム皇国の法においては現在のネネカは不法滞在者に他ならない。如何に別世界から事故同然で飛ばされて来ていたとしても、不法滞在である事実は変わらない。

 拾ったヴェルサスがこのウルグリム皇国で、その法の中ですら自由が利き、そもそもの法すらも場合によってはある程度変える事を許される超権力を持つ、ある種の特異点のような存在だからどうにかなるだけ。そんなヴェルサスでも、法を歪めることはあまり褒められたことではないと認めている。

 しかし真っ当に滞在する権利である国発効の身分証明を得るにしても、イレギュラーの極みである異世界人。そこらの不法侵入とも色んな意味で次元が異なり、身分証明になるものを得るのも様々な方面で凄まじい手間がかかる。

 であればヴェルサスの言うように、現実味のある話を作り上げて通した方が余計な手間はかからずに済むだろう。


「それに皇帝や理者は国の二大権力です。証明を通すための捏造を暴いたところで二大権力に話を付けておけば敵う者は在りませんし、そうでなくても暴いた者に親切丁寧に理解するまで事情を教え込んであげればいいのです。実力行使も私がこちらに居る以上は絶対無理だと悟るでしょうし」

「うーん、特権階級の傲慢」

「傲慢で結構。持ち得る権利を振るうのはおかしなことではないので」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるヴェルサス。

 どうかと思わなくもないネネカだが、その傲慢が悪い事に使われているわけでもないし、なにより彼女に助けて貰わねばこの先自分は生きられないであろうことも理解しているため、とりあえず今はこれ以上何も言わないでおくことにした。


「まあその辺りのバックストーリーを考えるのは後でも良いとして。……誰に言っておきますかね。馬鹿皇帝とクルーベルは確定として……ああ、エリーゼさんも確定で。あとは……誰が安牌でしょうか……」

「え。理者全員に伝えるんじゃないの?……っていうか今皇帝の事馬鹿って……」

「いずれは全員に伝えますが、まずはというものです。でないと、厄介な阿呆が勘違いして動いてくるんです」

「厄介な阿呆って?」

「俺より強い奴に会いに行くとか言って、そこら辺の噂になってる人に噂の内容に関わらず勝負を仕掛ける戦闘狂ですね。十剣聖に居るんです、美貌で話題の酒場の嬢にすらその話題とだけ聞いて強いと勘違いして致命傷負わせる真正の阿呆が」

「厄介な阿呆で済まされているだけ温情だった!!!」


 どう考えても厄介な阿呆では済まされないド阿呆な気がするが、それを厄介な阿呆で済ませている辺り、かなりのヴェルサスなりの温情を加えているのが分かる。

 そしてネネカはふと気付く。気付いてしまう。


「……ねえ。もしかして十賢者とか十剣聖って、変人しかいない?」

「変人しかいないという事は無いと思いますよ。……多分。きっと。恐らく。そうだと信じたい」

「自分も所属してるのにそんなに不安げ!?っていうかせめて自分は変人じゃないって言えばいいじゃんか!」

「良識があるのと変人じゃないかというのは別問題なので」


 変に頑固!と呆れ混じりに言われるヴェルサス。

 ヴェルサス自身、良識はあっても部分的に自分ですらどうかと思っているものがありはするので、その点においてどうあっても変人の部類ではあると考えている。

 ちなみにそのどうかと思っているものがどういったものかは、最上級淫魔という時点である程度察していただくしかない。この小説が一発で年齢制限がかかってしまう。


「まあ……とりあえずはその三人に相談して、少しずつ明かしていく形にしますか。最低でも皇帝とクルーベルが認めさえすれば。そうでなくても私が大前提として保護側である以上は下手な手出しもしてこないでしょう」


 ヴェルサスのその発言に、ネネカは一つ思っていたことを思わず問う。


「ヴェルサスちゃんって、もしかして十賢者とかの中でも凄い人?」

「一応世界最強とは言われてますね」

「格が違った」


 洗顔料の泡を洗い流しながら、なんてことないように告げられたそれは、ネネカにとって衝撃の事実であった。

 まあネネカに限らず、このようなことをこんな見た目少女どころか幼女から告げられれば、驚くのも無理は無いのだが。


「あくまで周りが勝手にそう呼んでるだけです。実際皇国最強なのは認めます。他の理者を全員同時に相手して勝利した実績も有りますし」

「実績の時点で本当に格が違った」

「だからといって世界最強は言い過ぎだと思いますが。いくらウルグリム皇国が世界最大だからと言って、その国内で強いからと最強は無いでしょう。もっと強い人は目立たないだけでどこかに居ますよ」


 淡々と、自身の強さを正確に把握しながら、しかしそれを過度に自慢するでもなくただ事実のみを語るヴェルサス。

 ヴェルサスが強いのはネネカも片鱗では有れども直に見ている。それ故強いのは納得ではあるのだが。

 最強と言われても、他の存在の戦闘などを見ているわけでは無いし、ヴェルサスの本気を見ているわけでもない。

 現実味が無いなどと、今更非現実的の極みである異世界で言うつもりはない。が、ふわふわとしか考えられないのも事実で、ヴェルサスが言うような他の強い人が居るのかどうかも軽く考えることしか出来ないのだった。


「しかし……ああ、まあこの辺りの細かいところは後で考えるとしましょう。メイドたちにバトンタッチが迫っています」

「……ん」


 ヴェルサスとネネカがちらりと浴場の入り口を見ると、そこには何人かの人影があった。

 メイドたちがヴェルサスの指示に従い、ネネカの介抱をしにきたのだ。


「とにかく、今は記憶を魔法的な障害と精神的ショックで失っていて、下手に刺激すると魔法的障害が暴走する危険があるとでも言っておきます。合わせておくように」

「ん、了解。もしそれでも聞いてきたら?」

「私から、万が一もあるといけないから分からない事は下手に教わらないようにと言われた、とでも言っておいてください。実際、記憶を取り戻す前の知識と取り戻した後の知識の齟齬で酷く苦労した実例があります。ああ、とはいえ普通の雑談程度は構わないので」

「成程。……ご都合主義……」

「現実なんて都合良いくらいでいいんです。バッドエンドなのは創作の中だけで結構」


 ザバ、とヴェルサスはシャワーを全身に一度浴び直し、ブルリと身体を震わせる。


「……なんか、最後だけ冷水出て来た……」

「ねえこのシャワー根本的なところから作り直した方がよくない?」

「本当にそう思います……では、またあとで」

「えと、うん。またあとで……風邪ひかないようにね?」


 無駄に最後に身体を冷やされたヴェルサスは、身体を寒さで軽く震わせながらタオルを手に取り、身体を拭きながら浴場の出入り口へと向かう。

 ヴェルサスの背後でネネカは再び軽くシャワーを浴びようとし……


「あっつ!?」

「…………………………」


 冷水の反動か、今度は反射で転ぶほどの熱湯が一瞬出て来たらしい。ネネカはシャワーの温度を、手動で調整していた。


「……誰に相談したらいいですかね、あれ……」


 魔道具シャワーの製作者たちはこぞって皇都には居ない。理由は単純で皇都では満足に魔道具開発を行えないから。まして奇人変人勢揃いの理者の中でも屈指の変人にして一か所に留まる事を知らないカルメン。現在の居場所を掴む方が難しい。

 所在を掴むための面倒に、今から溜息を吐きたいヴェルサスはそれを堪えて、脱衣所へと向かう。


『いいえ!こちらのビキニメイドがシンプルでよろしいかと!下着も無いのであれば、様々な需要も満たせます!』

『だからそれはサイズが合いすぎだと言っているでしょう!時代ははみだしです!秘部もチラ見えするこちらのマイクロビキニです!』

『それじゃただの痴女だってば!こっちのスク水メイド服!これならあの肉感もいい味出すよ!意外とムチムチしてたし!』

「…………………………」


 ヴェルサスは溜息を吐きたい気持ちすら全て横に置き、一つ決める。

 まずはこの私欲十割の駄メイドどもをどうにかしなければ、と。

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