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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
43/44

42:欲

「ンー……ネネカさん。風俗店ってぶっちゃけ人間は何歳まで働いても大丈夫なんでしょう?」

「なんで私に聞いた???」


 夜。もう深夜に差し掛かろうという時間。

 ヴェルサスの自室でいつも通りにベッドを整えて寝る準備をしていたネネカは、唐突に飛んできたヴェルサスの問いに困惑の極みに落とされる。

 ヴェルサスはいつも通りに自室の机に向き合って、何やら数枚の紙と睨めっこしていた。


「や、私の治める領地でですね?割と風営店置いてるんですけど、種族ごとに寿命が違うせいで何歳まで働いていいか、微妙に曖昧なままやっちゃってるのでそれをどうにかしたいなあ、と」

「流石淫魔って感想と同時に、想像以上に好き勝手してるなあってちょっと引いてる」

「私のところなんかまだマシですよ?前任の性悪ジジイの領地なんか、領民全員がなんかヌハハ言い続けてただけですから」

「想像以上に好き勝手してるなあ!」


 理者としては領地を治めればよいというだけで、領地をどう管理するかは各々の裁量に任せられるのだろう。でなくば、これほど自由に管理するまい。

 しかしそれにも限度が有る気がするが……そこまで管理は自由なのだろうか。


「ぶっちゃけ理者の領地管理は、領地ごと消滅させるとかでない限りはほぼほぼ自由ですよ?まあ勿論失敗の責任も付いて回りますけど」

「失敗した結果なのか成功した結果なのか分からない事案多そう」

「どうしよう、全く否定できない」


 うーん、と唸るヴェルサス。

 現在一番様々な領地を管理しているとも言えるヴェルサスが唸るほどなので、余程の事案が複数有りそうだ。

 もしかすると、ヴェルサスやエリーゼの管理している領地はかなり真っ当な方なのかもしれない。


「で、どうです?ぶっちゃけネネカさんは何歳まで性行為出来た方が良いです?」

「知らないよ……今のところ性行為自体に善い思い出無いし、そもそも私まだ12だし」

「10歳から性行為が許諾されている国も有りますよ?」

「この世界の人間の成長がどうなってるのか知らないけど、元の世界と同じなら絶対善くないからやめときなー???」


 別にネネカは医学に詳しいわけではない。が、それでも元の世界で若い内の性行為が良くないと言われていたことは知っている。

 そう言われるということは何かしらの問題が有るということ。であれば医学に詳しくないネネカは、医者の言うことに素直に従うに限る。

 この世界では国が数多に分かれている。当然国の在る環境も異なる。許されている国では、許さざるを得ない下地が有るのかもしれない。

 ただ元の世界の知識を持つネネカとしては、それを善いと見るのはどうしても難しかった。


「ンー……そうなるとネネカさんを参考にというのは難しそうですか……」

「当たり前でしょ……そもそもそういうのって本当に人に依りそうだし」

「や、まあそうなんですけどねー。けどそういう都市として栄えている以上はその辺りもなあなあで済ませるわけにはいかないんですよ」


 せめて種族ごとの年齢くらいは、と再び頭を悩ませるヴェルサス。

 淫魔だからとその辺りを全て適当にやっているわけではないようだ。

 否。淫魔だからこそそういった事に真面目なのかもしれない。人間では一般的にはあまり好く見られない性行為に対する価値観も、当然大きく異なるが故に。


「うーん……まあ人間ですらどの道まだ先の話にはなりますし、一旦保留ですかねえ……様子見しつつ、という所ですか」

「……ん?」


 そうぼやきながらヴェルサスは、数枚の紙に何かを書き込んでいく。

 そんなヴェルサスを見ながらネネカは、今のヴェルサスの発言に対して思った疑問をそのままぶつける。


「まだ先って……そんなに若い人たちしか居ないの?働いてる人……や、そういう店だから若い人のが多いのは普通なんだろうけど」


 そういう店だ。若い者が居た方が客も喜ぶのは必然であり、現在の店に若い者が多いのは自然だ。

 だが決してそういう店がつい最近出来始めたという訳でもあるまい。この大陸の戦争が始まった頃に有ったかは流石に分からないが、文化が有る以上はそういった店の文化も自然と生まれて然るべきだ。人間が好くは見ずとも、人の生み出す文化であることに違いは無いのだから。

 むしろ戦争の大陸だけ有ってこういった文化が生まれやすくとも不思議はない。人の欲を発散するという目的で、何時までも殺し合いが出来るわけでもない中で、有り余るその欲望を肉欲に変えてぶつける場は時として必要であったはずだ。

 そんな中で。今、そういった店での適正年齢について考えるのが難しいというほど若手しか働いていないというのは、少なからず違和感が有る。

 色々特殊な事情のウルグリム故に他の地域でのそういった店の運営状態を例として取り上げるのも難しいものは有るのだろうが、それを差し引いても違和感の方が大きい。

 それゆえのネネカの問いであったが、ヴェルサスは特に感慨もなく答える。


「簡単です。戦争とその後処理とか諸々で、若い人以外みんな死んでるんで」

「うわー……」


 どうということはない。戦乱の大陸故に、先達が居ないというだけの話であった。

 同時にネネカは、様々な事象に対する戦争の傷跡を理解する。

 元々他にも違和感は絶大であった。

 何故ネネカと数歳しか違わぬヴェルサスやクルーベル、エリーゼと云った若輩にも程が有る者たちが、こうして理の裁定者という立場ではあったとしても、積極的に国を動かしているのか。

 何故理の裁定者が、確実に前任者も居たであろうに、現在は新たに加わることが決まったネネカを含めても半分しか居ないのか。

 至極単純。戦争とその傷跡で皆死に、今残っている者しか居ないのだ。

 それを当たり前のように語るヴェルサスの事も含め、ネネカはまた一つ学ぶ。

 この大陸において、数百年以上もの戦争の歴史は、ただひたすらに冷徹に今の時代を生きようと足掻いている全ての者を苦しめているのだと。


「……っていうかなんだったら若い人も、男性は殆ど国境沿いの警戒に駆り出されてるから今も少ないか……。街中歩くと、殆どの場所で女子どもしか居ませんよ。十賢者が女性ばかりなのも、男性は死ぬか引退せざるを得ない状態になっているからですし」

「うーん、本当にギリギリ命繋いでるような大陸」

「実際本当にギリギリです。それに加えて、大陸全土が世界最悪規模の魔獣の大量発生区域かつダンジョン密集地域かつ様々な竜の生息地域なので。……改めて考えると本当に酷い大陸ですねウルグリム」

「何ココ魔界???ラスボスの居るフィールド???」


 ギリギリ命を繋いでいる大陸、と評しているが実際は、どうして生きているか分からない大陸、と評する方が正しいのかもしれない。


「まあそんな魔境だからこそまだギリギリ命を繋げているという見方も出来ますがね……あ、そういえば領地近くにも風竜の巣が有ったっけ。……ネネカさん。今度うちの領地来ません?」

「一月は表に出せないってなんだっけ」

「そうでした。オノレ世論。主にサミット。っていうかそうだ、サミット司会のリハーサルも明日にはやらないと」

「普通に超忙しそう」


 実際忙しいです、とヴェルサスは深い溜息を一つ吐く。

 最強という立場。国際的には中立であってほしい存在。

 必然的に周囲からのプレッシャーや責任も絶大であろうに、まだ若い身体でよく頑張っているものだとネネカは感嘆する。

 まあ当のネネカはそのヴェルサスよりも若いのだが。


「あ、っと。そうでした。ネネカさんもいずれは領地を管理することになると思うので、今のうちにどういった領地経営をしたいか考えておくと良いでしょう」

「急」


 しかし遠からずでは有るだろう。元々事前に、理者は領地運営を行うと言われていたのだし、今だってその話題だったのだから。

 色々と急では有ったがネネカも十剣聖の一人と成ったのだ。いずれ正式に領地を運営することには成ろう。

 その時に備えて、今から領地の運営方針をある程度でも固めておくのは悪い事ではないだろう。


「……私も書類の処理とか覚えないといけないんだろうなー。齢12にして社畜人生かー」

「まあ最初は私も手伝いますから。っていうか手伝わないと引き継ぎうまくいかないし」

「どこまでも現実的なのがより将来の面倒に拍車をかけてくる」


 異世界であれ元の世界であれ、誰かはやらなければならない仕事では有る。時に人はそれを貧乏くじと呼ぶ。

 何も不思議なことはない。貧乏くじを引く番が本来の想定よりも早くネネカへと巡ってきただけだ。


「とはいえ何処の土地を理者直轄にするんでしょうね。まさかいきなり聖都や罪都をという訳ではないでしょうし……」

「そういうのって完全に決まってるわけじゃないんだ?」

「当然です。十賢者もしくは十剣聖が任命される度、その人物が望む土地もしくは適当な土地が与えられます」


 望む土地、もしくは適当な土地。

 場合によっては特定の土地を管理したいがために十賢者や十剣聖を目指す者も居そうだと、ネネカは感じた。

 実際それが目的の者も歴代の理者の中には少なくない数が居た事だろう。その果てがどうなったのかまでは、各々であろうが。


「でもヴェルサスちゃんが管理してる土地って……」

「現在私が管理している土地……というか都市は、現職の方々が管理できないもの以外は、前任の方が様々な理由で急に十賢者や十剣聖を離脱した結果、宙ぶらりんになってしまった都市を一時的に管理しているだけです。本来はちゃんと現地の者や元々その地を治めていた方などに引き継ぎを行います。私はその引き継ぎも何も出来ないままの色々半端な土地を、引き継ぎできるようになるまで調整しつつでやってるだけです」

「あ、本当に一時管理してるだけな感じだった」


 こういう大陸だ。急な事情で十賢者や十剣聖で居られなくなることは普通に有るだろう。

 だがその結果、全ての負債が他の者に寄せられてしまった結果、こうしてヴェルサスが本来の業務以上に激務をこなさざるを得なくなっていると。

 色々と巡りが最悪な状況なことは良く分かったネネカだった。


「だから割と早めに引き継ぎを完了させたいんですけど、各土地の環境とか周辺都市との軋轢とか諸々でどーにも……正式にネネカさんが十剣聖の地位に任命されるまでにはどうにかしないとなんですけどねー」

「進捗はあんまり芳しくない感じ?」

「そうですねー……どうにも適切な後任が居ないというか……普通に人材が足りていないというか、数はともかく思想を置いておいても質が普通に誰も彼も足りないというか……」


 はぁ、とヴェルサスは再び深い溜息を吐く。

 引き継ぎとは、後を託すということ。適切な後任が居ないということは、後を託せるものが居ないということ。

 この場合、普通に考えれば自分たちの意志等を継いでくれる者を後釜に据えることを考えつつ、その者が継いだ後に上手くやれるとまではいかずとも滞りなく成すべき事を成せるように準備しておくのが業務の引き継ぎというものだが。

 悲しいかな。この巨大な国家はその実国力が貧弱な上に先達も殆ど居ないために、こういった後進育成能力も必然的に低いようだ。

 多少妥協しても最低限求めるラインに達しているものすらいないらしい辺り、その深刻度が良く分かる。


「……今考えてても仕方ないんですけどねー。結局は時間と当人たちの努力次第なのも多いし」

「まあ……そういうの、才能とかも必要だけどそれ以上に慣れとか経験が必要だもんね。特に書類処理の部分」


 土地を運営する上で発展させるならば、当然最低限でも才覚は必須となる。

 だがヒトの上に立つということは、才能だけ有れば出来るものではない。

 仕事に対する慣れや積み重ねた経験。同僚や上司、部下との信頼関係など、一朝一夕では身につかぬものも必要となる。

 書類の処理一つとってもそうだ。単純に多方面に高い才能を持つが書類の処理方法を何一つ知らないネネカと、際立った才能は無いがこの道何十年とやってきたそこらの凡人では、将来は分からずとも今は確実に後者の方が勝る。

 そうした将来性の有る者は少なからず居るのだろう。だがそこから上に立つための様々な積み重ねの時間も手段も足りていない。

 そして今必要なのは、様々積み重ねた者。

 どこまでも何もかも、今のウルグリムは一部の者たちの必死の尽力でなんとか維持されているのだと分かる。


「ま、そういうのも含めて今後は色々この世界について学んでいく中で、こういった業務も教えていきます。何処の領地を治めるにせよ、基礎は同じですからね。忙しい事については諦めてください」

「もうこの世界に飛ばされてる時点で色々諦めてるから大丈夫。元々やりたいことが有るわけでもないし」

「それはそれでどうかと思いますけどねー」


 割と私もですけど、と苦笑しながらヴェルサスはふわりと椅子から立ち上がる。

 何か書き込んでいた書類はいつの間にか消えていた。

 相も変わらず訳の分からない現象ばかり起きる、とネネカは若干眠い頭でベッドの端に座りながら考える。


「地味に目下一番の問題は私の欲なんですよねー……早めに一回はルクスリアに戻らないと……」

「?欲?」


 ボスッ、とベッドに降りてきた……というか落ちてきたヴェルサスは、枕に顔を軽く埋めながらぼやくようにそう語る。

 欲。淫魔族であるヴェルサスが危惧する欲など一種類しかないが。

 何故それが問題となるのか。それ程溜まっているのか。

 そんなネネカの疑問に答えるように、ヴェルサスはゴロリと広いベッドの上で転がりながら語る。


「魔族種はルーツに魔獣を持つ故か、時折人とは異なる規模で欲が溜まることが有るんです。勿論、種によって溜まっていく欲は様々ですが」

「……あー、それで自分の性欲発散のためにそういう店のある場所に行きたい感じ?」

「行きたいっていうかルクスリアが私の本来の領土なんですけどね」

「そういう店が主な場所にしてた」


 しかし言われれば納得な地名でも有る。

 ルクスリア。色欲の名を冠する地。

 淫魔族であるヴェルサスが統べる地の名としては相応しかろう。

 そして。その名に恥じぬものを置く場所としても、適切極まっている。

 どのみち世界には、そういったものも必要なのだから。


「そういうのって我慢できないの?いや、我慢できないからルクスリアに行きたいんだろうけど」

「出来なくは無いですが我慢しすぎるのは普通にキッツいし危ないですね。人間で例えるなら……歯と歯の間に何か挟まってる感覚がどんどん増えていく感じ?」

「なんで欲をそんな絶妙に嫌なもので例えたの???」


 欲の説明をする上でそれが適切なのか、絶妙に分からない塩梅であった。

 が。とりあえずそのままは嫌だということは伝わったので、部分的には適切な例えでは有ったのだろう。


「ただ……欲だけで済むならマシなんですよね。中には欲だけで済む種も居はしますが、淫魔族は例外なく欲だけで済まないんで」

「そこら辺で脱ぎだしちゃうとか?」

「露出プレイですか。いいですね。今度ネネカさんもご一緒にどうです?」

「思ってたよりオールオッケーなタイプだコレ」


 世間一般で見ればどうかとは思うが、淫魔と考えれば健全では有るだろう。


「そうではなく。……魔族が種族的な欲を溜め過ぎると、暴走するんです」

「人も禁欲しすぎると暴走すると思うけど」

「それはまあそうなんですけど。ですが魔族の暴走は、そういうものではありません」


 ふう、と心底面倒くさそうにしながらヴェルサスは、ネネカの身体にのしっと乗っかる。

 重い、とネネカは軽く抗議するものの、ヴェルサスは気にする様子はなく変わらずネネカの身体の上でゴロゴロしていた。


「魔族の暴走は、何が起こるか分かりません。それ故魔族を人として認めている国では、例外なく魔族は己が溜め込みかねない欲を申請し、欲を発散することを義務としています。また同時に、そういった国家は欲を発散するのに適切な場を用意することを世界国家規定で決められています。この国も例外では有りません。……そういえば暴走現象に名前を付けようとか一時期会議されてましたけど、あれどうなったんだろう」

「魔族が皆その欲を持ってるの?」

「個人差や種族差は有ります。実際、人獣族や獣人族はそういった欲は有りませんし、クルーベルさんのような最上位の魔人族は例外なく欲は無いようですし。親には欲が有るけど子には欲が無い、なんてのもザラです。あ、淫魔は確認されている限りですが例外なく有りますので」


 まあ、淫魔がそういった欲が有るのはおかしな話ではない。むしろ納得するものだと、ネネカは頷く。

 淫魔とは性行為に特化した種族。出生等は特殊だが、その生態は極めてシンプルだ。

 そして性行為とは、よく言われる人の三大欲求の内一つを担う性欲を発散するもの。

 淫魔とは性欲の権化とも言え、それを考えれば逆に欲の暴走が存在しない方が異常と言われようとも致し方ないほどだ。


「……そこまでしないといけないってことは、その欲は本当に洒落にならない感じ?」

「大抵の場合は多少迷惑や面倒が発生するだけです。ただ一部は洒落になりませんね。私とか」

「何が起こるのさ……」


 欲が暴走した結果として、最上級淫魔族の性質が暴走するなら確かに洒落にならなそうでは有るが。

 ヴェルサスの口調は何処までも深刻なもの。その程度で済まされるのか怪しい。

 ネネカはヴェルサスの答えを待つ。


「……色々定義されるものは有りますが、総じて発生するのは理性の喪失と行動の激化ですね。私で例を出すと、欲のままに自身の能力が届く範囲全てを触れるだけで絶頂する霧で満たしながら、最強と謳われる能力を無差別に振るって暴れ回ります」

「世界最悪の災害!!!」


 本当に洒落にならなかった。

 今は頼りになる世界最強が、そのまま全方位に対する敵と成ったらどうなるか。

 最上級淫魔族としての能力で精神力の強弱に関わらず大概の者が全力を出すことが出来ず、その上で世界最強の力を振るって暴れ狂う。

 国の崩壊で済めば優しい方だ。ヴェルサスの全力次第では、大陸や世界が秒で傾いてもおかしくない。


「私ってば、一応普段は魔力とか節約しながら魔法を使っているのですが、それが制限無しに暴れ狂うとなると多分誰にもどうにもならないんですよねー。前に暴走したことは有りますけど、あの頃はそもそも自意識が存在してない時期なので無害でしたし」

「……それさ。止める方法とか有るの?」

「有りますよ?殺すとか、専用のポーションをふりかけるとか。あと本来の欲を満たすことでも解消されますね」

「真っ先に殺すが入ってくるあたり」


 しかし暴走を止めるという点に限れば、殺害は適切な手段の一つでは有ろう。

 強力な魔族が不意に暴走しようものなら、それはもはやヴェルサスでなくとも災害のようなもの。暴走ではなく災害を防ぐ、とするなら対象の殺害は十分すぎるほど選択肢に入ることも有ろう。


「……なんていうか、魔族があんまり世界で受け入れられてない理由が分かった気がした」

「見た目とか以上にこういう生態が国の運営等をする上でも結構重しになってしまうっていうのは否定できませんねー」


 言ってしまえば魔族は、いつ爆発するか分からない爆弾のようなもの。爆発させないための努力を、国と個人双方が行わなければならないもの。

 魔族を受け入れる事でのメリットは確かに有ろう。優れた能力や魔族だけが持つ特殊能力など、魔族を受け入れることでのみ得られる利点は魅力的なものも多い。

 だがそのために国の資産を大きく削ぎ続けなければならないともなれば、国としては余程の余裕や理由が無い限りは魔族の受け入れに積極的にはなり辛い。

 個人間でも、何時暴走するか分からないのに付き合い続けるのは恐れがあって当然であるし、魔族当人も欲の発散に周りを振り回さざるを得ない状況に心を痛めるものも少なく無かろう。

 しかし魔族とて望んで欲やその暴走を得ているわけではない。種族的なものによる不可抗力であり、望まないものであることが殆どだ。

 そういう魔族として生まれたことに罪が有るわけではない。そもそも誰にも罪は問えない。

 強いて言うのなら魔族がそういう生態であるよう組まれている、世界に罪が有ると評せるかもしれないが、そこまで言ってしまえば極論と断ぜられるもの。

 要するに、仕方なくどうしようもないのだ。最強と謳われるヴェルサスであろうとも、諦めてその欲と付き合わざるを得ないほどに。


「だから私もそろそろ一回はルクスリアに戻って欲を解消したいんですけどねー。……仕事やらなんやらがどうにも……」


 心底億劫そうに、眠そうにしながらも口元をもにょもにょと動かすヴェルサス。

 その姿は最強とは思えないほど、見た目通りの幼児のようなそれであった。


「……ちなみにあとどれくらいで危ない感じ?」

「ンー……長く見積もってあと一週間?」

「近ッ」


 想像以上に緊急の要件であった。

 しかも長く見積もってそれである辺り、実際の猶予はもっと短くともおかしくない。

 ヴェルサスが一体どれほどの期間、その欲を我慢し続けていたのかは分からない。他ならぬヴェルサスに語る気がなさそうだ。

 今重要なのは、一週間以内にヴェルサスは欲を発散しなければならないという事で。


「……んー。ヴェルサスちゃん。それって性欲で良いの?」

「私はそうですねー。っていうか淫魔は性欲だけです。他の種族では色んな欲が有りますけど」


 淫魔らしいと言えばいいのか。淫魔が抱える欲は性欲だけのようだ。

 ネネカは他種族の抱える欲が少し気になったが、本題ではない上に聞いたところで今役に立つわけでもないので堪える。


「……ん。じゃあ、どうぞ?」

「……何をです?」

「私を」


 は?とヴェルサスは怪訝そうに顔を上げる。

 ヴェルサスから見たネネカはどういった表情をしているのだろうか。

 少なくともネネカ自身は、特別な情動は抱いていなかった。


「……あのー……。……この話の流れでっていうことは、そういう意味だと捉えてよろしいので?」

「うん」


 ヴェルサスの困惑混じりの確認に対し、ネネカは短く答える。

 事実。ネネカはそういう意味でヴェルサスに己を差し出したのだから。


「……あのですね。淫魔の私が言うのもなんですが、自分の身体は大切にした方が良いですよ?簡単に身を許すようになっては駄目です」

「その前置きを聞いた上で言わせてもらうけど、淫魔が言うんだねソレ」


 淫魔とは人を言葉巧みに唆し、心身を性的に貪り尽くす魔族。

 その淫魔が相手の心身を思いやるなど。前置きが有っても驚愕は禁じ得ないだろう。

 それがまして、自らの欲に苛まれている中で、相手がその身を理解した上で差し出している状況ならば、尚更。


「別に自分の身が大事じゃないわけじゃないよ。ただそれ以上に、ヴェルサスちゃんが苦しんでるのが嫌なだけ」

「確かに洒落にならない、っていうか茶化す余裕もあまりないほど苦しいですけども。それでも、自分を捨てる理由に他人を使ってほしくないのですが」

「捨てるわけでもないって。快楽云々でそういうのは有るかもしれないけど、そこはヴェルサスちゃん次第なとこあるし。少なくとも今の私は捨てたいとか思ってるわけじゃないし」

「その程度の調整も出来ない淫魔族は居ません」


 調整できるのはいい事では有ろうが、それを悪用しかねないのも淫魔族だ。

 快楽というのは肉体的な強さとは根本的に異なる。数百時間の拷問に耐えられる者も、たった一度の強烈な快楽に耐えられない事が有る。

 精神も鍛えていればある程度は耐えられるかもしれないが、それとて万全ではない。そもそも快楽とは、人類の三大欲求の一つを用いたものなのだから。

 食事を無限に行わずに生きられる者は居ない。睡眠を永遠に行わずに生きられる者は居ない。

 それと同じく、快楽を永遠に耐えられる者も居ない。

 淫魔とは、そんな三大欲求の一角を司る種。調整と一口に言っても、相手を壊さない調整だけでなく、相手を自身に依存させるほどギリギリの状態にする調整も容易かろう。

 そんな淫魔族に身体を任せるということは、何を仕込まれるか分からないということ。

 ネネカもそれはよく理解している。


「あの、私が言いたいのはそうではなく」

「あ、処女じゃない事についてはごめんね?元の世界で色々有ったから。あと女同士なのも申し訳ないけど」

「そこじゃない。淫魔族、別に性別変えれますしそもそも男女問わずですし。っていうか初体験元の世界時点で失ってたんかい。悲惨すぎるでしょう貴女の人生」

「鏡見て???」


 互いに過去は話していない。が、会話の節々で大体察しているものは有る。

 自身ですらどうかと思う人生。それを他人が見れば悲惨と評する。それはまあおかしな話ではない。

 ただ悲惨すぎると嘆く当人が、自分と同等、あるいはそれ以上の悲惨な目に遭っているのに他人の人生をそう嘆くのは、どうかと思うよりも大丈夫なのかと思わざるを得ないだろう。


「だからそうじゃなくてですね。……まず第一に。自分の身体をそう易々と他人の欲の捌け口にさせてはいけません。性欲なら尚更です」

「易々と明け渡す気は無いって。ヴェルサスちゃんだからってだけで」

「それについてはとても嬉しいですけども。ああ、もうこれについてはいいです……」


 割と普通にネネカを好んでいるヴェルサスとしては、そう言ってくれること自体は本心から嬉しく思っている。

 しかし同時にヴェルサスは淫魔だ。この世で最も人の気持ちを踏み躙る種。

 淫魔族は希少且つ人類種の生殖において非常に重要。加えて、他人類種が一切太刀打ちできない特定の災害に対し、下級の淫魔族一人でも一切の問題無く対処できる超特効能力を持つ。人類種の発展の上で、他の魔族どころか人間種よりも重要な立ち位置に居るのは間違いない。

 だがそれでも、淫魔族が他者の思いを己が思うまま凌辱し尽くす種であることには変わりはない。世界的に淫魔族とは、最も忌み嫌われる種なのだ。

 そんな種の長とも言えるヴェルサスは、だからこそ好ましく思っている人物が淫魔になぞ身を捧げてほしくないと思っているのだが……どうにもネネカの意志は変わりそうにない。

 理解していないのならまだしも、理解した上でこの行動なのだから質が悪い。

 よって。この理由での説得は諦めたのだった。


「第二に。貴女が直近の事象に対して責任を感じる必要性は有りません。ネネカさんが居たからこそ丸く収まった事態も有りますが、元々忙しい時期です。欲の発散が出来ない事を、ネネカさんが責任を感じる必要性は無いです。むしろ感謝してるので我々」

「別に責任云々じゃなかったんだけど。まあ一応それは受け入れておく」


 別にネネカが一切の責任を感じていないわけではない。

 少なくともこの一週間は、結果的にはネネカに付きっきりだった。ネネカが居なければ、この間にルクスリアへと一時的に戻る程度、容易かったことだろう。

 だがそれを責任としてネネカが感じたところで、他ならぬヴェルサスが今のように責任を否定することは目に見えていた。

 感情のみならず理屈で以ってこの件に関するネネカの責任を本心から否定することが分かっていれば、責任を感じ過ぎても迷惑になるのは分かり切っている。

 であれば。多少図々しくも責任に関しては置いておくのが互いに最善とはなろう。


「第三にですね。これ一番重要なんですが……嫌でしょう、普通に」

「なにが?」

「抱かれるの。……辛い記憶を思い出させるようで申し訳ないですけども、貴女この世界に来て最初、何をされました?」

「…………………………」


 ネネカは沈黙する。

 忘れるはずもない。この世界へ降り立ったその日。その時。

 自身の現状に何も理解が及ばぬ困惑の極みの中、不意を突かれ賊に捕まり、一夜中休むことなくモノとして使われた。

 その記憶もその時に抱いた感傷も、未だに鮮明に思い出せる。

 元の世界で色々有れども感性は普通寄りのネネカが、その記憶を傷としていないはずが無かった。


「生憎と淫魔は人が本気で性行為を嫌がる場合にはやりません。それは強姦となってしまうので。あくまで本心から合意の上でのみ、淫魔は手を出します」


 心を読む手段は無いですが、と補足するヴェルサス。

 流石に覚妖怪の如く、相手の心を都合よく読み取ることは出来ないようだった。

 とはいえ感情に強く影響する種。正確に読み取ることは出来ないだけで、ある程度の心の機微は読み取れるのだろうが。


「ですので。私を気遣ってくださるのは嬉しいですが、それはそれとしてネネカさんに負担をかけるような行為は」

「ん。じゃあ、負担と思わないからどうぞ」

「聞いてます?」


 聞いてるー、と間延びした声で答えるネネカ。

 本当に聞いているのか怪しい雰囲気では有るが、話の流れに合った内容では有るので、一応聞いては居るのだろう。


「あのですねー?要は私なんかのために身を捧げるとかしちゃダメってことですよ?私はともかく周りに何言われるか分かったもんじゃないんですから」

「割とヴェルサスちゃんって、自分に対しての客観視がバグり散らかしてるよね。美化と卑下が混在してるっていうか」

「聞いてます???」


 話を聞いているのかイマイチ分からないネネカの言葉に、再び怪訝そうに問うヴェルサス。

 返ってくる答えは先ほどと同じく、間延びした雰囲気のそれであった。


「……ネネカさんは異世界から来たばかりで、私のお手付きになるという意味をあまり理解出来ていないかもしれませんが。あまり良い意味を持たないんですよ?」

「それを言ったら貴族のお手付きとかも変わらないんじゃない?普通に居るでしょ?貴族の気まぐれでお手付きになった結果、奥様の怒りを買って追い出されて色々落ちぶれてる貴族の元侍女とかそういうの」

「なんでそんなとこに詳しいの。……まあ、割と普通に居ますし、似たようなものでは有りますけども」

「元の世界の創作物でそういう展開は普通に有ったから。妾の子とかそういうので」


 色々有ったよー、と今度は楽しそうに語るネネカ。

 ヴェルサスとしてはネネカが楽しそうなこと自体は嬉しいのだが、その内容がどうにもドロドロしており、それで楽しそうにしていることを喜んでいいのか分からなかった。


「……世界って広いなあ。でも、そういう創作物が有ったのなら想像に容易いでしょう。色々異なり……大分違うか。……私に手を出されるということは最強にその身体で取り入ったとか思われてもおかしくないんです。今回の十剣聖入りだって私に取り入った結果だと思われます。嫌でしょう?そんなの」

「元の世界で散々悪口陰口から発展して確実に二桁は死んでる人に言われてもね」

「待って本当に何が有ったんです元の世界で?」


 悪口や陰口は分かる。決して善いものではないが、そういったものも行ってしまうのが人の性というもの。

 実際、ネネカは極めて高い身体能力と頭脳を併せ持っている。当然のようにそれに対する羨望や嫉妬も多かったことだろう。それ故の悪口や陰口は、善いものと評することは出来ないが仕方ないものでは有ろう。

 だがそこから発展した結果として、二桁というおかしな数字の死の経験は流石に異常だと言わざるを得ない。

 しかし当のネネカが語ろうとしない故、人が嫌がることはしたがらない淫魔の習性も有って、ヴェルサスは追及しない。

 いつの日か、自ら話してくれる時を待つのみだ。


「とにかく。私は私の欲の解消のためだけに、貴方を抱くようなことは致しません。抱かれたいのなら、双方にとって利の有る取引でお願いします」


 どうやらヴェルサスは淫魔らしく感情や情動に身を任せるのではなく、理屈で動くタイプのようだ。

 あるいは感情を理解しきれないのか。理屈の方が分かりやすいのか。

 どうあれヴェルサスは理屈を主軸として、そこに感情等を乗せて動いているようだ。

 感情で全く動かないわけでは無いのだろうが、理屈を核としているのは変わらないだろう。

 ヴェルサスを説得するならば、感情ではなく理詰めで語らねばならぬようだ。

 普段はどうやって納得して欲を解消していたのか気になるところでは有るが、引く気もないネネカは対等と成る理由を作る。


「……確認なんだけど、ヴェルサスちゃんと私の利が釣り合えばいいんだよね?で、ヴェルサスちゃんにとっての利は、欲が解消できることで」

「?……まあ、そうですけど」


 現在の条件を確認したところ、ヴェルサスは些か疑問そうにそれを肯定する。

 となれば残るはネネカにとっての利を、ヴェルサスも納得する形で示せばいい。

 分かりやすい。が、キャラじゃないなあ、とネネカは心の中で苦笑を浮かべた。


「ん。じゃあ、私がヴェルサスちゃんに抱かれることの、私とっての一つ目の利益。此処に住まわせてもらってる分の代金代わりに出来る」

「最初から代金取ってるつもりないんですけど。あと料理で十分、というかお釣り来てます」

「うん。けど気持ち的には少し気楽になる。ので、理由には加えた」


 最初から一つや二つの理由で説得できるとは、ネネカも思っていない。

 ヴェルサスは頭が良い。適当な理由一つでは今のように、対価として認めないだろう。

 だが感情に由来するもの、それが幾つもともなれば、仮に理解が及ばずとも蔑ろにすることなくネネカの利だと認め、納得してくれるだろう。

 説得とは、そういうものだ。

 とはいえ。あまり説得のような交渉を行う事のないネネカには、中々に難しい話では有るが。


「えーと、第二に授業料代わり的なもの。ヴェルサスちゃんたちにそういう気は無いとしても、確実に魔法の勉強とかで時間を取らせちゃってるし、この大陸の基準で考えたらいい教育をさせてもらってると思う。それを、後にヴェルサスちゃんたちにも利益が有るとしても、今タダで受け続けるのは気分が悪い」

「……ああ、成程。確かに教育の届いていない地域のが多い、というか教育と呼べるものが出来る地域の方が希少なウルグリムで考えれば、ネネカさんに行っている教育は非常に高級なものとなるでしょうね」


 失念していた、と言わんばかりのヴェルサスの反応。

 恐らくこの反応等から察するに、ヴェルサスはネネカにこの世界の現在や理屈を教えることで、ネネカが自身で身を守れるようにしつつ自分たちにとっても価値のある存在にしようと考えていたらしい。

 より正確には、何らかの理由で価値ある存在とするために考えた結果、それが教育でありウルグリム大陸の基準では高等な教育となっている、といったところか。

 あるいはこれからのウルグリムの教育を作る上での試しだったのかもしれない。

 どうあれ。これは先ほどの理由よりもヴェルサスに大きな納得を与えたようであった。


「……しかしそれはこちらにも利が有ると考えての事です。最悪、教育の費用が発生したとして出世払いでも問題の無いこと。今無理に対価を払う必要は有りません」

「頑固だなあ。まあいいや。次が本命……っていうか核の理由だから」


 何処までも断固として対価を受け取らない、というか認めない雰囲気のヴェルサス。

 一体何が彼女をそこまで拒絶させるのか。純粋な損得だけではない、何かは有りそうだとネネカは感じた。

 しかし今はそこに言及しては、話が逸れるのみ。

 ヴェルサスなりの理由に興味は有るが、今はぐっと我慢して最後の理由を述べる。


「最後。三番目。私から、性行為の苦痛を奪ってほしい」

「……なに?」


 ヴェルサスは普段の口調すら崩して、思わずといった風に問い返す。

 淫魔であるヴェルサスにとって、こればかりは無視が出来る内容ではなかったようだ。

 当然だ。淫魔にとって性行為とは存在意義そのもの。食事や睡眠すらも性行為のために行うものであり、それに対する価値観は人間とは決定的に異なる。

 淫魔は皆、それを理解し、弁えている。自分たちは淫魔であり、他の種とはその一点において絶対的に価値観を共有することは永遠に無いであろうということ。そしてその価値観を強要してはならないとも。

 だが。性行為を否定されることは人それぞれだと認めても、性行為が苦痛なものであるという認識だけは、淫魔にとっては許容できるものではない。

 性行為とは淫魔にとっての全て。人でその価値観を例えるのなら、己の信じる主を冒涜されているも等しいのだから。


「うん。やっぱりこれを理由にして良かった」


 ネネカはヴェルサスの反応を見て確信する。

 己の現状を話さえすれば、ヴェルサスは決して放っておくことはない、と。

 そもそもこの話は、性行為したいから抱いてほしい、とネネカがヴェルサスに言うだけで終わる話だ。

 それを言わなかった……否、言えなかったネネカの事を、ヴェルサスは決して放置できない。

 最強としても、同僚としても、同居人としても、淫魔としても。


「私さ。この歳であれだけど、元の世界でも色々とされちゃってさ。一回妊娠とかもしたことが有って」

「あー、それ以上言わなくていいです。というか言わないでください。こんな時間に吐き気を催してくるし、今すぐにでも欲を暴走させて暴れ散らかしたくなる」


 むぎゅ、とネネカはヴェルサスの手で口を止められる。

 元々喋ろうにも、他ならぬネネカ自身がトラウマと考えているため語る気は無く、語ったとしても出来る限り曖昧にするつもりであったのだが。

 誰であろうと異常性ははっきりと分かる。戦争など起きていない平和な世界の住人でありながら、齢12にして一度だけとはいえ妊娠したことが有るなどと。

 戦時中であればギリギリ理解は出来る。人手を確保する。ただそれだけのためだけに子どもすら孕ませる狂気が、戦争には存在しているのだから。

 戦乱の大地であったウルグリム大陸に生きている者たちは、それをよく理解している。

 よく理解しているからこそ、戦争に縁のない平和な世界でそれが行われようとしていたその狂気を、ウルグリム大陸の者たちは厭悪する。

 それが淫魔であるならば尚更だ。


「……ぷふ。ま、要するに。私の中の性行為に対するトラウマをさ。ヴェルサスちゃんの淫魔の力というか技術?で塗り潰してほしいなって。過去のそれが、遊びにすらならないほどに」


 そう語ったネネカ。

 少なくともヴェルサスは、そこに嘘偽りも、秘匿も無いと判断した。

 彼女は本心から、ヴェルサスに与えられる快楽によってこれまでの快楽という名の苦痛を塗り替えてほしいと願った。

 それを理解したからこそ……ヴェルサスは確認せざるを得なかった。


「……別にネネカさんは人間なんですし、性行為に対して嫌悪感を抱いたままでも善いと思いますが。別に性に乱れたいわけでは無いのでしょう?私に急いで手を出されなければならない理由は無いのでは?」


 淫魔の行為は、場合によっては強く行為に依存させてしまうもの。

 当然だ。人の欲求をこの上ない幸福で満たすもの。不幸に耐えられる者は居ても、幸福に耐えられる者は多くない。

 淫魔がどれだけ加減した技術で行為を為そうとも、加減した技術ですら強烈な快楽を得てしまい、その快楽に陶酔してしまう者も少なくない。

 おかしなことは無い。淫魔族とはそういう種族だ。

 故にその点の確認も兼ねての、ネネカへの確認だったが。


「や。正直性行為で気持ちいいのが有るのは知ってるから、それを体験してみたいのも普通に有るし。正直ヴェルサスちゃんと一緒に暮らす以上は、なんか遅かれ早かれな感じがしたから。じゃあいっそ、みたいなところも有りけり」

「この上なくシリアスをぶっ飛ばすものっそい力の抜ける理由をありがとうございます」


 深く。この上なく深く、ヴェルサスは溜息を吐く。

 別にそれが悪いとは言わない。性行為とそれから与えられる快楽を至上とする淫魔族としては、単なる興味であってもそうして自分たちの行いに理解を示してくれるのはとても有り難いものだ。

 遅かれ早かれというのも否定は出来ない。様々な事情は有るがヴェルサスはこの屋敷のメイドには全員手を出しているのだ。立場などが根本的に異なるとはいえ、ヴェルサスがネネカに手を出さない保証は出来ない。

 ただ。先ほどまでのシリアス十割の理由と比較して、あまりにも軽く聞こえる内容であったために、その落差で感情の行き場が微妙に失いかけているのだ。


「……正直興味が有るなら最初からそう言ってくれれば良かったのに」

「単に興味があるだけだと、なんか過保護気味なヴェルサスちゃんは受け入れなさそうだし。それにどうしても興味より先に嫌悪とかが来ちゃってるのは事実だから」

「…………………………」


 ネネカの言葉に数瞬沈黙したヴェルサスは。


「……ふぅ」


 一つ息を吐いて、身体を起こしつつふわりと浮かび上がり、一つ指を鳴らしたのち。


「わ」


 ネネカがぽすっと小さな音を立てて、ベッドに背を落とす。

 浮かび上がったヴェルサスが、ネネカを押し倒したのだ。

 ネネカならば抵抗することも出来ただろうが、特にそうする気は無かった。

 ヴェルサスはベッドに倒れたネネカに覆い被さるように、自身もベッドに身体を降ろす。


「……警告は何度もしましたし、引き留めもしましたからね?」

「覚悟してなきゃ警告無視しないって」


 間近で発せられた獰猛な目を宿すヴェルサスの言葉に、微塵も臆することなく応えるネネカ。

 ヴェルサスは久方ぶりに、淫魔族としての気質も相まって、心の底から一言だけ述べる。


「上等」


 そうして。二人はその身を重ねていく。

 指鳴らしと同時に展開された、時間の檻の中で。

 二人は唯々、互いの欲求を満たすためだけにその身体を貪り合ったのだった。

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