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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
42/44

41:夢を追うために何処までも現実を

「……ええ。分かってますよ」

「?なんか言った?」

「いえ。ちょっと魔法を使って、遠方を少し確認していました。警戒しなきゃならない事が多すぎて面倒ですねー」


 ふう、と執務室の机に向き合いながらヴェルサスが軽くため息を吐く。

 机の上には、木目が完全に見えなくなるほどの膨大な量の書類が有った。


「理者っていうのも大変だねー。嫌だなあ、その業務をこれからやらされるの……」

「貧乏くじが全部集まってるようなもんですからね……とはいえまだ正式に理者という訳ではないので、機密の関係も有ってまだこの辺りは触れませんけどね」

「触りたくもないんだけどエコノミークラス症候群まっしぐらな仕事確定の書類なんか」

「単語の意味は殆ど分かりませんが辛い事を示していることは分かります」


 時折、机の上の書類の束を持っては、部屋の壁際に置かれた底の見えない箱へと運んでいくネネカ。

 底の見えない箱へと放り込まれた書類は、光の届かぬ深さまで落ちていき、そのまま光を返すことなく消えていく。

 ヴェルサス曰く当然これも魔道具の一種で、中に入れたものを自動で粉砕しつつ別の場所に転移して蓄積させる魔道具だそう。要するにシュレッダーのようなものらしい。

 勿論粉砕できる物の強度には限度があり、色々と安定化を図った結果として紙程度しか粉砕出来ず、転移も誰かが莫大な魔力を通していなければ行わないため、使い勝手も汎用性も極めて低い。

 が。こうして要らない書類を処分する際には一応役に立つらしく、本当にシュレッダー程度には使っているようだ。

 確実に高度な技術を色々使った割にしょぼい、とはそれを聞いたネネカの談である。


「っていうかさ。他の理者も同じくらいの仕事してるの?」

「いえ。前にも軽く言った気もしますが、今は色々特殊な状況故に理者の仕事が全部ここに集まってきている状態です。本来はある程度分散します」


 本来はある程度分散する。

 つまり現在は、理者が本来想定された挙動が出来ていないということになる。

 まあ普通に考えて合計20人居るはずの組織が現在半分以下なので、正常に機能している状況とは決して言えないだろうが。


「他の理者の人って書類処理できないの?一人のところに全部来るって」

「クルーベルさんは普通に色々忙しいので書類処理をやっている暇が無く。エリーゼさんは領地での仕事がメインなので皇都では不可。カナンは自分勝手な旅の真っ只中。魔道具を作ってるカルメンは研究に夢中になって書類なんか忘れる。アビゲイルは字が汚過ぎて書類に書いてもらうことが出来ない。【空間執政】は逃げる。と、十賢者だけで他が現状全滅です」

「それ数人はシバいて良いんじゃないかな」


 明らかに当人に問題が有る者たちが最低でも半数は居た。

 別の仕事で忙しいのは理解出来る。立場の特異性を考えても他に仕事がある方が自然なのだから、そこに特に驚きはない。

 研究で忙しいのもまだ理解は出来る。この家の魔道具のように、様々な技術を誰かは研究及び開発しなければならない。最終的な発展に繋がるのなら、多少のしわ寄せ程度は目を瞑れよう。

 しかし明らかに自分勝手な理由で仕事を放棄している者が居り、そういった者たちには押し付けられている側のヴェルサスとしては怒ってもよいのではないかと思える。


「まあ正直シバきたいの数人居るんですけどね。けど下手に任せて適当な処理をされても困りますし。だったら私が最初から全部やった方が面倒が無いんです」

「わあ。典型的な仕事全部一人で回せちゃうタイプの言い分だ」


 とはいえヴェルサスの言い分も分からないでもない。

 仕事から逃げる者たちを何らかで無理矢理縛り付けてやらせたところで、逃げていたが故に現在の仕事内容を把握できない可能性も高い。

 何より。逃げたり旅に出たり、研究に没頭する気質故に、下手に仕事を任せればとんでもない内容に認可を押す可能性も全く以って否めない。

 国を個人が動かすなど有ってはならないが、それ以上に不安な人物が国を動かす方が問題では有り、それに比べれば個人で国を動かして問題が発生しないのならそれでよい部分もありはするだろう。

 勿論、あくまで効率だけを考えた話では有るが。


「ちなみに十剣聖の人は?出来そうな人居ないの?」

「フウリョウは典型的な脳みそ筋肉なんで無理です。リオン姉さんも無理です。あの人頭良い風の出で立ちというかクールキャラぶってますけど、中身バーサーカーな天然ポンコツロリっ娘大好き過ぎる生娘なんで」

「一人目はともかく二人目」


 姉さん、と呼んでいた辺りもしかしたら実の姉なのかもしれないが、それにしたって評価があまりにも色々酷いと思ったネネカだった。

 まあ身近故に色々有った可能性も有るが。主に趣味嗜好の関係で。


「とはいえ、仮にあの二人が事務作業できたとて、現在の国境間の情勢を考えるにあんまり事務作業をやっている余裕は無さそうですが。……ともあれそんな状況なので、結局私が殆ど引き受けてるんです。どの道皇都からあまり動けませんしね」


 そう面倒くさそうに語るヴェルサス。

 この間にもヴェルサスは淡々と右手で書類を仕分け、左手で仕分けた書類の片方にガラスペンで何かを書き込み続けている。

 どんな事情が有れ、今こうしてヴェルサスが多忙にならざるを得ない状況なのは変わらない。

 結局は一時凌ぎの面が大きくともヴェルサスがこうして業務を処理しきれるのなら、今はそれでいいのだろう。

 将来的に考えれば問題は山積みなのだろうが。


「なんか本当、夢が無いなあ異世界……あ、この束も処分していい奴?」

「はい。まあ現実なんてそんなもんです。あ、こっちの束もお願いします」

「はいよー」


 バラバラと底の見えない箱へと次々に不要な書類の束を運んでは入れていくネネカ。

 こうして粉砕された紙は後ほど専用の工場へと運ばれ、しっかり全て紙へと再生されるらしい。エコである。

 なおこういったリサイクルと呼べるものは、ネネカが効いた範囲でもウルグリムにはかなり存在している。

 単に損得の話も有るがそれ以上に、リサイクルで循環させないと資源が即枯渇するほどギリギリな資源状況から、昔からリサイクル技術が必須かつ盛んであった結果らしい。

 まあそうでも無ければ、元々が限られた資源しかない大陸で、千年以上も戦争ばかりしていられないだろう。必ず何処かで無理が出ていたはずだ。


「そういえばさー」

「なんですー?……またこの……これ何百枚目でしょうか……」

「何百……」


 溜息を吐きながら書類を不要なものへと仕分けるヴェルサス。

 その際の様子からして、過去にも似たような内容の書類が有ったのだろう。心底うんざりしているように思えた。


「……あのー、ルドラさ。外で良かったのかな?もうすぐ雨とか降りそうだけど」

「あー、そういえば結構遠くの方では有りましたが、雲が集まってましたね……まあ大丈夫でしょう。なんだかんだ野生で生きてた存在ですし」


 現在ルドラは、ヴェルサスの屋敷のすぐ傍……皇都の西で丸まって眠っている。

 何故皇都の内部ではなく外なのか。理由は単純。


「大体、あの図体がこの屋敷に収まるはずないでしょう。皇都だってそんなに敷地が空いているわけでもないんですから。無理矢理皇都に入れても住民的にも困ります」

「それはまあ、そうなんだけど……」


 ルドラの巨体故に、普通に皇都の内部に居場所が無いのだ。

 一応皇都の東側……ヴェルサスの屋敷から正反対の場所にはある程度の敷地は有るが、既に開発の予定が大雑把でも有るために、そこを占領するのは宜しくない。ましてルドラはネネカ個人に仕える存在なのだから、離れた地で休むなどそれこそ利が通らぬ。

 かといって西側はなんだかんだ住居や店がちょこちょこ立ち並んでいる。まともな開発がされているとは到底言えないが、東部ほど何も無いわけではない。

 しかも竜の存在は普通に恐ろしいもの。皇都の住民に説明を行い、理解と納得を得られたとしても、恐怖が消えるわけではない。

 皇都に竜を入れたとて。無駄に騒動が起こりまくる程度、予想に容易い。

 ならば皇都の外に居てもらうくらいが、最初の距離としては程よいだろう。それが最強のヴェルサスのお膝元、更にその目の前ともなれば尚更だ。


「とはいえ……これからは竜との交流等も増えることを考えると、今のままという訳にもいきませんよねえ。普通に皇都側の問題もどうにかしなくては」

「まあ……竜のスケールに合わせると凄い事になりそうだけどね」

「それが悩みなんですよねえ。……皇都の大規模改修計画……情勢的に机上の空論でしたけど、竜という抑止力の確保と併せて前向きに検討すべきでしょうか?」


 うーむ、と相も変わらずカリカリと書類に色々書き込みながら、ヴェルサスは思案する。

 竜という存在は、戦力以外にも大きな影響を与える。それは間違いない。

 ともすればこれまで積み上げた計画を白紙に戻すことも、机上の空論ですらなかった事を前向きに考えることも増えていくだろう。

 そのためにも結局はヴェルサスのように山のような書類処理を行わなければならないと考えると、いずれ自分も書類に携わっていくであろうと理解しているネネカは今から億劫な気分となるのだった。


「とはいえ今はまだ反乱も幾つか起きている最中。国境上の緊張状態も無視できるものじゃないし、南のセルベア大陸の動向も警戒必須。何よりもサミット直前に他国を刺激するのは喜ばしくない。……少なくとも一月は、ネネカさんの事すらまともに公表することも難しいでしょうね……」

「なんかすんごい何処までも現実な単語が混ざってたなあ」


 まあこの世界も現実である以上は、そういったものも有って然るべきなのだろう。まさか単語まで同じとは、ネネカも想定していなかったが。

 とはいえ単語が同じでも内容まで全く同じではない可能性も無いわけではない。何処までも現実であったとしても、現実以前に異世界なのだから。


「っていうかそうなると、情報統制もかなり厳重にしないと……特にネネカさんの存在は今や敵味方共にジョーカーでしかないですし。外出もまともにさせられるかな……」

「物凄く私の自由が制限されそうな予感」

「ほぼ確実に制限されるでしょうねえ。申し訳ないとは思いますが、こんな時期のこんな状況なこの大地にやってきちゃったのが運の尽きと思っといてください」

「最初から自分の運の良さは信じて無いから大丈夫」


 バッサリと自身の天運を否定するネネカ。

 それに対しヴェルサスは、若干の同情を交えた呆れのため息を吐く。

 否定は出来なかった。そもそも運の良い者は、異世界に飛ばされることなど無いであろうし、異世界に来て早々賊に囚われることも無いであろうから。


「……まあ、天運云々は私たちも似たようなものですか……」

「信じてない感じ?」

「信じてたらこんなクソみたいな土地の世直しなんかやってません」


 とっくに見放してる、と吐き捨てるヴェルサス。

 何処までも現実的なのは、目の前の少女が原因の一端ではないかとすら思えてきたネネカ。

 と。そこでネネカはふと思い至った疑問を、ついでなので投げることにした。


「ヴェルサスちゃんたちってさ。なんでこの国の世直しをやろうって頑張ってるの?」

「なんです急に?」


 ヴェルサスは書類に様々書き込んでいた手も止めて、軽く驚く。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐにヴェルサスは手を動かし、書類に次々と書き込んでいく。


「や。普通に気になってさ。なんでわざわざこの大陸で頑張ってるのかな、って。ヴェルサスちゃんたちなら、やろうと思えば別の場所でもっと簡単に国を作ってもっと簡単に理想の国にすることも出来たはずなのに」


 ネネカの問いにヴェルサスは、あー、と納得の声を上げる。

 実際。聖女と謳われるエリーゼ、軍師として優れた頭脳を持つクルーベルに加え、全能に近い最強のヴェルサスが居れば、何かしらで国を作る程度造作もなかろう。其処に加えて統治は出来るヴァメルが加われば尚更だ。

 仮にヴァメルが居らず三人に統治能力が無かったとしても、民主主義であれば然程問題も起こり辛く。……どうあっても、現在のウルグリムのような土壌がマイナスから始めるよりも効率よく理想とする国を作る程度出来そうなものだ。

 それに思い至っていないわけでも無かろうに。なぜ彼女たちはこのウルグリムを改善することで理想の国にしようと尽力しているのか。


「ンー……まあ色々理由は有りますけどね。細かいのから大きいのまで、色々」


 ヴェルサスはガラスペンを置いて、身体を伸ばしながら答える。

 見れば机の上に山のように有った書類は、既にその山を半分以下に崩していた。

 代わりのように処分する書類は山のように積み重なり。

 ネネカも話しながら淡々と処理していたにも関わらず、ヴェルサスの書類の処理速度に全く追いついていなかった。

 まあ正確には底の見えない箱の処理能力の問題では有るのだが。こうしている間も底の見えない箱はネネカが先ほど入れた書類の束をゆっくりと処理しているが、ゆっくりであるが故にヴェルサスの処理速度には全く追いついていなかった。


「ただまあ……それも全部ひっくるめて理由を要点にするなら、やりたいから、という所でしょうか」

「わ。無難」

「悪かったですね無難で」


 しかし無難では有っても意外な答えでは有った。

 ネネカから見たヴェルサスも、ヴァメルもクルーベルもエリーゼも、そんな曖昧に評される理由で動く人物とは思えなかったが故に。

 勿論、あくまで色々ひっくるめた上での要点にした理由なので、細かい動機で見れば納得するものは有るのだろうが。


「とはいえ無難オブ無難であったとしても、少なくとも私の理由はそれなんですよね。勿論付き合いとかは有るんですけど」

「付き合いで世直しって勇者じゃないんだから」

「それどちらかというと勇者の仲間の方じゃないです?」

「最近は勇者も流れとか付き合いでやってる奴ない?」

「マジですか。進んでますねそっちの世界の創作物」


 そもそも勇者が主人公の作品も少なくなっている気もするが。

 ともあれヴェルサスの、ウルグリムを世直ししている理由はやりたいから以上は大きいものは無いようだ。

 細かく見ていけば様々有りはするのだろうが、それでも結果としてやりたいからに行きつくのは、何ともヴェルサスらしからぬというべきか、ヴェルサスらしいというべきか。


「でも本当に意外だね。ヴェルサスちゃんたちなら、効率求めて色々やれそうなのに」


 ネネカの本心から意外に思っているが故の言葉に、ヴェルサスは僅かに沈黙する。

 沈黙の間、ヴェルサスは何処も見ていないようだった。

 何かを見ていたのかもしれないが、少なくともネネカには計り知れなかった。


「……まあ、否定はしませんがね」


 そしてヴェルサスは、一つ深く息を吐く。

 溜息と呼べるものではなく、唯々己の内に有る空気を吐き出すためのそれだった。

 ネネカの言葉は否定できるものではなかった。

 効率を求めて今以上をやるかやらないかで言えば、やる方では有る。ヴェルサスに限らず、エリーゼまでもが。

 だがそれもあくまでやれる場合の話。

 やれるかやらないか。出来るか出来ないか。

 その点で言えば、ネネカの言う通りノーであったから。


「……極論から言えば、今の私たちならば今この瞬間にもウルグリムを自在にすることは出来ます」

「出来るんだ。極論なのが気になるけど」

「例えばクルーベルさんが洗脳や認識改竄を行う事でウルグリムの人間性を変更出来ますし。エリーゼさんが一旦その人物を破壊し再構成させることで人間性を変えることが出来ます。荒廃した環境も同様に、倫理観を無視していいのなら幾らでも即改善可能です」

「本当に極論にしないとダメな奴だった」


 倫理観の欠片もない。なるほど、極論でなければ語れない技術だ。

 しかし単純に完全に自分たちの思い通りにするというのであれば、確かにそれが最高効率では有るだろう。不安要素が発生する余分すら与えない、絶対的なものだ。

 わざわざ統治をする必要もない。倫理観を無視さえ出来るのなら、完全なる理想の手段では有った。


「ですが……あー、や、どうしよ。……うん、少し長くなるけど全部話すか。……ネネカさん。今からの言葉に対し、正直に、率直に抱いた感想を述べてください」

「……分かった」


 何か思案した様子のヴェルサスは、ネネカにそんな願いだけを語った。

 ネネカもその願いに、端的な言葉と共に一つ頷く。

 何を言われるかまでは分からない。だが、ヴェルサスの願い通り、心からの感想だけを述べようと決めたネネカ。

 そんなネネカの様子に一瞬満足そうに笑みを浮かべたヴェルサスは、しかしこれまでになく真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「……三人の魔法使いと一人の王のおかげで、争いは無くなりました。大きな争いも、小さな争いもなくなりました。そうして人々は永遠に争う事を忘れ、みんながしっかり働き、みんな仲良くなりましたとさ。めでたしめでたし……コレ、どう思います?」

「色々読み取れるけど一先ず率直に一言だけ言うね?心底気持ち悪い」


 ヴェルサスの語った言葉に、ネネカは本当に率直に抱いた感想を述べる。

 湧き上がった感情をぶつけるように、その手に新たに持った処分する書類の束を、底の見えない箱へとねじ込んでいく。

 淡々と処理していく底の見えない箱だが、少女の激情を表すかのようにガタガタと震えている気がした。


「どうしてそう思いました?」

「わざわざ小さな争いとか言った時点で、細かい意見のすり合わせとかの論争の原因も無くしたって分かったから。自分と他人の境界を無くして何が残るのさ」

「求めておいてなんだけど読み取り力すっごい」


 そんなに深く語っていないですよね?とヴェルサスは己の発言を振り返る。

 ネネカはヴェルサスに願われた通り、正直に率直に抱いた感想とその理由を述べたのみ。

 しかしその素の読み取り能力が高かった結果、ネネカはその感想も理由もしっかり本質を述べてくる。

 この世界と異世界で根本的な教育の違いも有るのだろうが、高い読み取り力を持つネネカにヴェルサスは驚きつつも素直に感心するのだった。


「まあ、そうですね。私たちが出来る救済はそういうものです。そういうものが出来てしまうのです」


 何やら憂鬱そうに語るヴェルサス。

 出来てしまう。その言い方からするに、そのやり方を善いとは思っていないようだ。

 倫理観の欠片もない手段故、当然と言えば当然では有るのだろうが。


「ですが。私たちの目指す未来、目指す世界は、それを行った結果と同じですが異なります。むしろ対極に位置すると言ってもいい」


 それこそ己の持ちうる力を唾棄するような雰囲気で、ヴェルサスは自分たちの目的をネネカに語る。


「私たちの願うウルグリムは、自然と与え合い支え合う、そんな優しい世界です。今の己の事だけを考え奪い合う世界ではなく、手を差し伸べ合って子どもたちも皆健やかに生きられる世界を作りたい」


 ヴェルサスは語る。自分たちが願い目指す世界を。

 唯々真摯に。唯々本心で。


「争いは有ってもいい。人は人、それぞれ異なるのです。その違いをぶつけ合う事を私たちは否定しません。勿論、過度なもの……戦争という形になるのなら否定させていただきますが、それ以外のお互いを高め合える健全な争いは、戦乱の大地に生まれ落ちた者としても肯定する」


 全てを否定するのではなく。全てを作り直すのではなく。

 今在るものを活かして、新たに創るという。

 なるほど。それは確かにこのウルグリムでしか出来なかろう。

 何よりこのウルグリムでやるからこそ意味の生まれることも少なからず有るであろうから。

 当然、その道は他の可能性よりも遥かに険しい道であろうが。


「私たちはこの戦乱の大地と謳われたウルグリムで、戦争を知らない子どもが戦争を知らないまま老いて亡くなる光景を普通にしたい。何も知らないまま戦争で死ぬではなく、生きるために誰も彼もから奪わなければならないではなく。まして私たちが全てをどうにかし続けなければ平和を保てない世界でもない。誰もが自ら戦争よりも平和な今が善いと自ら思い、そのために誰かから奪うのではなく支え合える世が、私たちの手から離れた後も続いてほしい。それが私たちの目指し願うウルグリムです」


 どこまでも淡々と。しかしどこまでも真摯に、己の覚悟も含めて語ったヴェルサス。

 今のウルグリムの状況から考えれば、それはまだ希望にすらなっていない夢物語。その未来となるかどうかどころか、それを大っぴらに語ることも難しい。進捗で言うならば初歩も初歩。

 だがそれでも。あれこれ文句を述べながらも、決して皇帝や十賢者の座を手放そうとしない理由は確かに有り。

 その理由がこれで有るのならば、納得の話だ。

 何しろこれほど壮大且つ地道で長期に渡らざるを得ない計画、どう足掻いても極めて高い立場が必要となるが故に。

 いや。むしろ。


「……ねえ。もしかしてだけどさ。ヴェルサスちゃんたちは……元からでもおかしくないけど。ヴァメルってもしかして、そのためだけに皇帝に成った?」

「鋭いですね。その通りです」


 ネネカは驚愕を露わにする。

 ヴェルサスやクルーベル、エリーゼは十賢者に居るのは納得だ。

 十賢者は優れた魔法使いの座。であれば各々優れた魔法使いであるヴェルサス、クルーベル、エリーゼの三人が任命されるのはおかしな話ではない。むしろこの三人を任命しなければ誰が任命されるのかとなる。

 その点、皇帝は皇帝に相応しければ極論誰でも良くは有る。

 当然血筋などを重視する国が殆どであろうが、ウルグリム皇国は現皇帝のヴァメルが辺境の貴族の5男から皇帝に成ったそうなので、恐らく血筋は重視されていないのだろう。

 皇帝という座に相応しくさえ有れば誰でもいい。その極論をウルグリム皇国は採用しているのなら、ヴァメルが皇帝と成っていてもおかしい話ではない。

 が。それでも、このウルグリム大陸という戦乱の大陸に在って、その願いを抱き、本気で叶えるために皇帝に成るというのは、行動力が凄いと評せる領域を超えてもはや狂気である。

 だが現にヴァメルは皇帝と成り、ヴェルサスたち極めて強力な存在の協力も得ているのだから、どうあれその行動力と結果は誰もが認めざるを得ないだろう。


「私たちはこの荒唐無稽な夢を夢で終わらせないために、ありとあらゆる手を尽くすつもりです。何もかもを、私たち自身すら使い潰してでも」


 己すら使い潰す覚悟。

 ならばヴァメルが夢のために皇帝と成る程度、その一環として考えればどうということは無さそうだ。


「……纏めると、凄まじい行動力を持った夢追い人なんだね」


 ネネカの総括に、ヴェルサスはクスリと笑う。

 そこには否定も肯定も無かった。


「……話が逸れましたね。私たちはそれを最終目標としています。そして私たちの能力をフルに使えば、それは確かに今この瞬間にでも叶う事でしょう」


 絶対的な確信で以って、ヴェルサスは断言する。

 事実だろう。先も語っていた通り、出来ない道理が無いのだから。


「ですがそれは結局のところ、私たち次第にしかならない。他の有り得たかもしれない可能性を全て踏み潰した上での、私たちの世界にしかならない。それを是とする方もいらっしゃるでしょうが、少なくとも私たちはそれを好まない」


 語りながらどこか遠くを見ながら、ヴェルサスは語る。


「私たちは知っています。決して私に届かないと知っておきながら。理解しておきながら。事実、私が視線を軽く向けるだけで爆散するような弱者が。なおも背に在る人々を守るため私に挑み……私に今際の一際、たったの一合であれどもかすり傷を負わせるほどの力を生み出す、生きる者の可能性というものを」

「……!」


 最強のヴェルサスにかすり傷を負わせる弱者。

 竜のような強力な存在であるならば分かる。その力は時としてヴェルサスに迫るものが有ってもおかしく無い故に。

 しかしヴェルサスが視線を向けるだけで爆散してしまうほどの弱者がそれを成したというのなら、それは偉業といっても過言ではないだろう。

 そして。それを直に体験したというのなら。


「世界は広い。同時に人の思いも、考えも、何処までも広がっていく。私たちは確かにその中で特に優れた能力を有していますが結局は限定的な行使者に過ぎません」


 ヴェルサスは己の持つ最強の称号を、本心から誇ることなくしかし卑下することもなく、ただひたすらに世界の一端として語る。

 恐らくヴェルサスだけでは無いのだろう。クルーベルやエリーゼ、ヴァメルも同じ考えを持っているのだ。


「私たちは、今この瞬間にも不条理に奪われている人の可能性を信じたい」


 ヴェルサスは生きとし生ける者に対する愛を口にする。


「そのためにも。私たちは今のままでは消える命を生かすために。人の可能性を奪わせないために。この大陸の平和を作りたいんです」


 何処までも真摯に語るヴェルサスを見て、ネネカは沈黙を続ける。

 同時に納得と理解も有った。

 人の可能性を信じる。そのために全てを行っている。

 綺麗事だがそのために国どころか大陸や世界を本気で相手取っているのだから、決して笑い話に出来るものではないだろう。仮にこれを笑い飛ばせる者が居るのなら、世界以上の存在に本気で挑んだ経験のある者くらいだ。

 ヴェルサスたちの取れる極論は、それを正面から否定するもの。あらゆる人の可能性を奪い、自分たちの限界にのみ留めるものだ。

 やれるかやれないか。出来るか出来ないか。それ以前の話。

 その手段を行使した時点で目的が失敗するのだから、そもそも選択肢に加えてはならないのだ。

 ふう、と一つ息を吐いたヴェルサスはネネカへと向き直った。


「ネネカさん。貴女がこの話を聞いてどう思おうが自由です。称賛しようが嘲笑しようが、我々は気に致しません。世の中、そういう意見を述べるその他大勢が多い事は事実ですし。綺麗事や詭弁だと言われたら、そうですねと認めますし。……踏み越え過ぎたら相応の対処はしますが」

「……する気微塵も無いんけど。あとその相応の対処絶対ロクでもない」


 ヴェルサスの視線を受けながらネネカはその手に新たに処分する書類の束を抱える。

 一見すれば真面目に聞いていたのかも怪しい彼女に、しかし特に気にする様子もなくヴェルサスはこれからについての忠言を口にする。


「ですが。貴女はこれから強大な力と強大な立場を持つ事になる。それに加えて異世界の知識。貴女の持つ価値は計り知れないものであり、貴女自身がどう思おうと周囲が放っておくことが出来ない。無論、私たちでさえも同様に」

「まあそうだろうね」


 理解している。決してネネカは馬鹿では無いのだから。

 まだ現実味の無い部分も非常に多いが、それでも現実は現実だ。少しずつでも受け入れていかねばならない。

 現実の先に待つ、様々な未来も同様に。


「個人的な欲を言えば、貴女にも我々の夢に協力してほしいところでは有りますが……しかしそれも全て貴女が様々を経験した上で、貴女が決めるべきこと。私に出来るのは、私たちなりの選択肢を与えるのみ」


 一つ息を吐いたヴェルサスは、ふわりと浮かび上がって机の上で漂う。

 机の上に有った書類は、いつの間にか残るは処分する書類だけとなっていた。


「此処で決める必要は有りません。これは人生の選択にもなり得ます。……いつか、この世界の美しい部分も醜い部分も見た先で、貴女自身の意思でどうするか決めてください。少なくとも私は誓って、何が有ろうとも貴女の選択を強要する気は有りません」


 ヴェルサスの言葉にネネカは軽くではあるが驚く。

 これまであれほど真摯に夢を語っておいて、その夢の実現に大きな影響を与えられるネネカに、協力を願ってこないはずが無かったから。


「……いいの?最終目標を考えたら……」

「うん、まあ、良いか悪いかで言ったら悪いんですけどね。クルーベルさん……はまあ問題無いか。ヴァメル……もそんなに問題無し。エリーゼさんは元々問題無し。【空間執政】と……いやそれくらいか。その辺りにはほぼ確実に怒られるでしょうけど」

「協力者が案外多そうだというのと、ついでに割とみんなヴェルサスちゃんに甘そうだという事が分かった」


 実年齢と見た目の問題で末っ子気質なのかもしれない、とネネカは考える。

 実際図星なのかヴェルサスは、ふいっ、と顔を逸らす。

 その辺りの所作で可愛がられている可能性も大いに有りそうだ。


「……まあ。怒られる云々は私がどうにかしときますけども。とはいえ怒られるだけあって、正直私たちの目的を考えればネネカさんには無理矢理にでも協力してもらいたいところでは有ります。個人の感情とか諸々抜きにしても」


 価値が桁違い過ぎる、とヴェルサスは評した。

 ヴェルサスたちの中で、現在最も存在価値が高いのはヴェルサスだろう。最強の称号はそれだけ大きな意味を持つ。

 だがそのヴェルサス当人がネネカを、桁違いの価値だと評する。

 勿論そもそもその価値の必要とする場面が異なるのだろうが、ヴェルサスからの端的な評価は同時にネネカが他の存在からどれだけ必要とされるかを示していた。


「……あのー、協力してほしいんだったら」

「駄目です」


 ネネカの言葉をヴェルサスが遮る。

 有無を言わせぬ威圧感で以って。


「貴女はまだこの世界に来て日も浅い。この屋敷の内側しか知らない。当然情勢も詳細な歴史も、そこに渦巻く様々な人物の想いや願いも知らない。そんな中でその歴史も想いも時には踏み躙って事を成さねばならない我々の夢に賛同するのは、不誠実極まることです」


 む、とネネカは言葉を詰まらせる。

 納得できる理由であったから。

 ウルグリムの歴史は戦争の歴史。ヴェルサスたちが作ろうとしているのは平和の歴史。

 完全に相反するそれを成す上で、相手の歴史は踏み躙らざるを得ない。

 是非もない。相容れぬが故に相反するのだから。

 だがそれをただ踏み潰し無かったことにしては暴君も同じ。ヴェルサスたちが願うのは、戦争の歴史を経た上での平和の歴史とそこに生きる人々であり、戦争の歴史を無かったことにしたいわけではない。

 そんな願いの中で、歴史も何も知らないネネカが二つ返事で賛同、協力するのは、戦争の歴史を紡いだ者たちにも平和の歴史を紡ごうとしている者たちにも誠実性に欠ける行いであろう。


「立場的にも能力的にも、これは貴女の人生において大きな意味を持つ選択になる事です。それをこんな場で、一方からの又聞きしただけの情報で決断して良いものではないでしょう」


 ネネカ個人の人生に関わるだけならばまだ優しい方だ。その選択次第でウルグリム大陸全ての未来が左右される可能性すら小さくない形で存在している。

 それをこの場で、この世界に来てまだ日も浅いのに決めてしまうのは、如何なものかと言われても仕方なかろう。


「それにですね」


 そこでヴェルサスは。

 どこか遠い目をして、執務室の窓に視線を向けながら、言葉を加える。


「嫌でしょう?余所の世界に来てまで、自分の意志で決められないのは」

「!」


 ビクッ、と何かを恐れるように身体を一瞬震わせながら目を見開いてヴェルサスを凝視するネネカ。

 その目に渦巻く感情は、激しいものから浅いものまで混沌として様々だった。

 もはや当人以外にその感情を、言葉という形で表すことは出来ないのだろうが。


「……知ってたの?」

「いえ?ただ、まあ……」


 対するヴェルサスも、決して窓へ向ける視線を外そうとはしない。

 まるで、今彼女自身の目に渦巻く感情を、知られたくないと語るが如く。


「……似たような存在では、有りますから」

「……そっか」


 沈黙が部屋に満ちる。

 底の見えない箱が書類を処分する音だけが、静かな部屋に響く。

 全く同じ存在はこの世に存在しない。

 仮にクローンであったとしても、完全に同じ存在とは決してなり得ない。目には見えない、経た時間がそもそも異なる故に。

 世界が異なるのだ。似た背景は有っても、同じ人生を歩んだわけではないだろう。結果も当然異なっている。

 だが似た背景を持つ者は居る。同じ世界にも、異なる世界にも。

 それがたまたま、ヴェルサスとネネカだった。それだけの話だ。

 ヴェルサスとネネカは、揃って軽くため息を吐く。


「……才能が有ってもままならないものですね、人生は」

「勝負は時の運っていうけど、人生丸ごと勝負みたいなものって考えたら、全部運次第なのかもね」

「あー、そっちにもそういう考えあるんですね。成程、確かに。運は無さそうですものね、私たち」


 互いに苦笑するヴェルサスとネネカ。

 別に不幸な出来事ばかりの人生という訳ではないが、これまでの人生の出来事をプラスとマイナスで換算すれば、圧倒的にマイナスの方が多いと断言できるような人生では有る。

 正確には二人して、幸せな思い出と呼べるものが片手で数える程度しかない。

 同じ穴の狢とまではいかないかもしれないが、つくづく似た存在だと二人は互いの人生に苦笑を浮かべざるを得ない。


「ま、そんなわけですので。元より急ぎという訳でもないので、今決めずとも大丈夫です。面倒な立場や仕事も付いて回ってしまいますが、それも含めてこの世界で暮らしつつ、この大陸の歴史とそこに渦巻く思いをじっくりと見て、その上で身の振り方を決めると良いでしょう。その上でネネカさん自身が考えて出した結論ならば、少なくとも私は相反することは有っても否定することはないでしょう。他の理者の皆さんも同様です。なんだかんだで善い人たちですから」

「……ん、分かった」


 ネネカはヴェルサスの言葉にコクリと頷いた後、あー、と微妙そうな表情で声を上げる。


「……どうしました?」

「……や、ふと思い至った感じだけどさ」


 自分たちの人生の不幸具合から考えるに、有り得ないとは決して言えない、思い至った未来の可能性をネネカは述べる。


「……歴史とかを知るのはいいけど、なんか色んな陰謀とか騒動に巻き込まれた末に結局歴史とかを知る前に決断迫られそう」

「あー……」


 ネネカと同じく微妙そうな表情でヴェルサスは軽く天を仰ぐ。

 自身の人生経験とこの世界及びこの大陸のギリギリな現状を考えた場合、全く否定が出来なかったが故に。


「……本当、ままならないというか、世知辛いね……」

「……ですね……」


 二人は改めて、一つ大きく溜息を吐いた。

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