39:竜皇帝
『もうこやつだけで良いのではないか?』
「正直私もそう思う」
「否定はしませんが勘弁してください」
竜王エンリルのもはや呆れ混じりの言葉に、ヴェルサスが通訳すら忘れて端的に返す。
縁の線が絡まって数分後。無事にネネカの頭痛も治まり、風竜たちへ伸びていた縁の線も消えていた。
まあ勿論、ネネカの頭痛の原因は膨大な数の風竜と同時にテイム関係となったことによる、認識するだけで頭痛を覚えるほどの膨大な情報を得てしまったが故であり、その原因である莫大な情報は今もヴェルサスが呪いのような形で認識し辛いようにしているだけでネネカの意識内に健在であるし。
縁の線もヴェルサスがネネカ側から色々干渉して物質化を解いただけで、ネネカと風竜たちとの間に在る縁の線そのものは健在だ。
こういった全方位に確実に安全な状況を迅速に作れるが故に、クルーベルはヴェルサスへと一任したのだ。
クルーベルやエリーゼも出来ないわけでは無いのだが色々リスクがある故に、リスクなく今後も問題の無い状態に出来る存在としてヴェルサスが適任だったのだ。
……当然、当のヴェルサスは全能に近い能力故に貧乏くじを引かされただけなので、不満しか無いのだが。
「それで?一応まとめというか確認ですけど。竜王エンリルとまずはテイム関係に再度成ったところ、竜王エンリル率いる風竜の一族全てとテイム関係と成り……その結果、風竜の誰かが使っていた力で風竜たちが絡めとられて動けなくなり、ネネカさんは莫大な風竜の情報に耐え切れずダウンした……それが現状で宜しいですか?」
『相違ない。ああ、糸の力を使っていて、我の命を受けてなおも行使を止めなかった者については、後ほど我らがどうにかしておく。それは我らの統率の問題でもある故な』
「情報で倒れるってどうしたら対処できるんだろう……」
ヴェルサスが現状を纏め、竜王エンリルが縁の線についての補足を行う傍で。
ネネカは、今も頭の中に存在しているがヴェルサスのおかげで軽減されているだけの莫大な情報に、静かに頭を悩ませる。
単に莫大な情報が存在するだけならばまだしも、どういう訳か今も生まれているらしい風竜の子どもまで自動的にテイムされ続けるため、常に莫大な情報が増え続けている。
いつまでもヴェルサスに軽減してもらう訳にもいかないが、現状ネネカにはどうしようもないのも事実。
テイムの仕組みも含めて、色々制御しきれていないが故の現状で有った。
「……後で色々調べておくかね……」
上空からクルーベルの呟きが落ちてくる。
クルーベルは軍師。戦争は終わったとはいえウルグリム大陸は未だ戦乱の大地。反乱の目は酷く多い。
風竜という分かりやすい絶大な戦力は、比類なき最強たるヴェルサスと並び、分かりやすく強大な力として反乱の意思を大きく削ぐことが出来る。
それは軍師としても、あまりに大きすぎる利だ。
だがそれは、ネネカが己のテイマーの才を活かせるのなら、という前提がある。
ネネカのドラゴンテイマーとしての才は強すぎる。ネネカ自身の優れた能力を以ってしてもこうして扱いきれず、己の身を蝕んでしまうほどに。
しかし身体能力、身体機能の一つである以上、必ず制御する方法はある。今はこの場に居る誰もが、それを片鱗も知らないだけ。
ドラゴンテイマーの前例は無くとも、モンスターテイマーの前例は幾つも有る。表には出ずとも、ネネカ並に高い才覚を持った者や己の身を蝕むほどの才覚を持った者も居た事だろう。
今後ネネカを利用することが有るかもしれない軍師であるクルーベルは、その時に備えそういった記録を後ほど漁っておくことを決め。
ヴァメルとエリーゼも、ネネカとヴェルサスの今後を考え調べておこうと考え。
「まあネネカさんのテイム能力については後ろの三人がどうにかしてくれると思うので大丈夫だと思いますよ」
「「お前」」
ネネカに最も近いヴェルサスは、ヴァメルたちへと面倒を全て押し付け、話を進めようとしていた。
色々暇が無いだけかもしれないが、一番ネネカと接する機会が多いはずの彼女が全く調べようともしないのは如何なものか。
「で。結果としてはネネカさんと風竜の皆さん……えっと、なんだっけ。砕の風竜族でしたっけ?」
『うむ。万物粉砕の風竜族。我らこそ風竜の中でも特に戦闘に秀でた一族よ』
「わー。ウルグリムに相応しい。……皆さんがテイム関係と成れたわけですが。この後はどうします?」
ネネカは背中に刺さる若干の抗議の視線を無視しながら、風竜たちと会話する。
風竜たちは縁の線から解放こそされたが、その際に受けた被害がまあまあ甚大だったらしく、最初のように起き上がっている風竜は全体の四分の一程度。残る者たちもその殆どが疲労困憊の様子で、とりあえず起き上がっているだけのよう。
竜王エンリルとルドラはこれまでと変わらず、息一つ乱れぬまま地に足を付けて立っていた。その辺りは、流石の竜王エンリルにその側近ルドラ、と言うべきか。
そんな竜王エンリルは、ヴェルサスの言葉に首を傾げていた。
『どう……とは?』
「いえ。この後の事ですよ。ぶっちゃけあなた方の目的は果たされたも同義だと思われます。……なんでこれ私が話してんだ。まあいいか」
一瞬愚痴が入ったぞ、とネネカは真横に相も変わらずふわふわと浮かんでいるヴェルサスに呆れの視線を贈る。
あまりにもナチュラルに愚痴が挟まったので誰もがスルーしかけたが、ネネカだけは真横に居た事も相まって冷静に認識できてしまった。
そして。それだけ冷静なだけに、ネネカはもう一つ理解した。
あ、これ、私が通訳のターンだ、と。
「あなた方はネネカさんに、呪竜化と黒竜化の運命から解放した恩に報いるため忠義を誓うと決め。対するネネカさんも、テイムと言う形でその忠義を認め、受け入れました。これにより、あなた方の現時点での目的は達成されたも同然。その上で……色々微妙な空気となってしまいましたが、この後どうしますか?」
『む』
ヴェルサスは淡々と、ネネカが頭痛の余韻で不調故に代理のような形で、現状を纏めつつ場を進行していく。
その中で語られた事に、竜王エンリルは軽く意表を突かれたが如く、しかし納得の頷きを返す。
実際。呪竜化と黒竜化の軛から解放された恩を以って忠義をネネカに対し誓うと決めたのは風竜たちの総意。その総意の代表者は竜王エンリル。
その忠義を語り、示し、当のネネカがテイム関係と成るという形でそれを確かに受け入れた。
当のテイム関係で少々想定外こそ有ったが……風竜たちの目的はこの時点で果たされている、と言ってもいい。
この後。やるべき事こそ山のように存在するであろうが、今やらねばならぬ事はない。
色々有って今こうしてこの場でのやり取りが継続されているだけで、今ここで継続する必要性は然程ないのだ。
『むぅ。どうにもトラブルが挟まると、場の空気が纏まらぬな』
『普段トラブルを持ち込む御身がそれを仰いますか』
『やかましい。さて、どうするか』
別にこのまま解散でも良くは有ろう。元々風竜たちも些かノリと勢いが強めにこうして翌日の早朝に訪れているようなものだ。
今しか今後について話し合う機会が無いわけではない。竜が来訪するとなれば民は恐ろしくは有ろうが、友好関係を結んだ存在ともなれば警戒しすぎることなく対話の準備を整えられよう。
だが一度半端な空気となってしまった以上、そのままハイ解散、とするのも味気ない話。
場を改めた今、何かしらを最後に行い一旦解散とするのが、誰もが納得して丸く収まる手合いであろうが……何をしたものかと竜王エンリルは悩む。
そんな竜王エンリルを見かねてか。ルドラは一歩前に出て、ネネカとヴェルサスへ向けて語り始める。
『一つ、提案がある。まずは聞いてもらえぬか?』
「なんでしょう?」
ヴェルサスも一歩分前に出て、ルドラの問いを許す。
自然とヴェルサスの後ろに回る形になったネネカは、とりあえずヴァメルたちへの通訳を代わりに行うことにした。
『大前提として其方らは我らの性質をどこまで知っている?』
「冷徹な表現とは自覚した上でとはなりますが……風竜固有の特徴としては、極めて高い繁殖力を持ち、戦闘時はどんな相手にも数的有利を取り、擬態能力などの様々な特殊能力を持つ……といったところでしょうか」
十分だ、とルドラは一つ頷く。
その横で竜王エンリルは、ルドラが何をしたいのか分からないらしく、軽く首を傾げていた。
『ではその特殊能力として、精神の共有が有ることは?今回の提案で言えばより正確には、同種の同族同士に限り実際に声に出すことなく対話が可能な方だが』
「一応。あくまでそういう感じの能力も持ってるんだなあ、程度で……あー、そういう感じですか?」
『良い。ならば話は早い』
ルドラの確認から、何かを察したらしいヴェルサス。
一応通訳を行うネネカは、話の流れに着いていけてはいるものの、ヴェルサスが察したものが分からない。
単に通訳で考える余裕が無いだけでもあるが、竜王エンリルと同じく軽く首を傾げていた。
『先ほどの、そこの闇の魔法使いの提案を借りる形となるが。我ら砕の風竜族の内、数体……いや、今回の混乱を考えると一体が限度か。一体、名付けを行った上で……あー、私が適任か。私を主たるネネカの傍に置かせてほしい』
「え」『え』
語られたルドラの提案に、ネネカと竜王エンリルが驚きのあまり声を漏らす。
ヴェルサスは予想通りだったらしく、特に驚きはない。
そのヴェルサスが、ルドラが提案する前に理解した上で特に口を挟まない辺り、ヴェルサスも理解と納得が有るのだろう。
「……あのー……色々聞きたいけど、どうして?」
色々と情報の足りない中では、流石のネネカも推測を重ねることも難しい。
ネネカはヴェルサスとルドラへと問う。
竜王エンリルも同様に、口にしてはいないだけで疑問を視線で述べていた。
『色々説明しようと思えば出来るが……そうだな。端的に言えば警護役兼連絡役だ』
「…………………………あー、そういう」
ルドラのその言葉で理解するネネカ。
普段のネネカならばこれまでの情報で問う前に気付けたのかもしれないが、色々状況の悪い今では仕方ない事であったかもしれない。
「……オイ。通訳しろや」
そんなネネカたちの背後から、どこか疲れた様子のヴァメルが通訳を求めてくる。
別に通訳を忘れていたわけでは無い。単に、間が悪かっただけだ。
「……そういえば、三人はまだ竜の言葉の通訳出来ないんだね。ヴェルサスちゃんは割と早目に出来てたけど」
ふと湧いた疑問をネネカが呟くと、ヴァメルはさらに疲れた様子で答える。
「其処の淫魔や上の頭脳の怪物を基準にしないでくれ。我にはどうやってもこれまでの全てが竜の唸り声にしか聞こえん」
流石のヴァメルも、ヴェルサスやクルーベルほどの頭脳を持っているわけではないようだ。
隣のエリーゼも苦笑いの辺り、恐らく竜の言葉を理解するまでは相当掛かりそうだ。
無理もない。ネネカはドラゴンテイマー故当然では有っても、他の者は唸り声や咆哮のようなもの程度が限度であろうから。
それを言語として、単語程度では有っても認識出来ているヴェルサスやクルーベルがおかしいだけだ。
「……ちゃっかりクルーベルは理解出来てるんだね」
「お前たちの会話を聞いていれば大体分かる」
「あ、そ……」
じゃあ代わりに通訳をやってくれてもいいじゃないか、とネネカは思ったが。
どうにもクルーベルは、今回の件に積極的に関わりたくない雰囲気を常に出している。
理由は有るのだろうがその雰囲気から察するにとりあえずの通訳も期待できそうにない。
ネネカは諦めて、自身の耳で聞き取れた内容をヴァメルたちへと伝えた。
「……マジで全くそんな会話が交わされてるとは思わなかったな。警護はともかく、連絡役とは?」
通訳を聞こえたヴァメルは、続けて詳細を求める。
ある程度内容に推測は出来ているのかもしれないが、様々な責任を持つ皇帝としては確認もしておきたいのだろう。
『その名の通り、我ら砕の風竜族と其方らとの間での、迅速な連絡を取るための役割を担う者よ。我ら風竜は、同族間に限るが思念で対話が可能なのでな』
「成程……ああ、それで個でも強い方のアンタが、ってことか」
『左様』
ヴァメルとエリーゼもルドラの意図を理解したらしい。
風竜は同族間に限るが思念通話が可能。厳密には異なるのだろうが、重要ではない上に然程問題もないので誰も気にすることはない。
実のところ思念通話でいつでも砕の風竜族と連絡を取る、という点に置いては誰であっても問題は無い。それこそ生まれたての風竜でも、同族でかつ思念通話が行えるのならば全く問題は無い。
その役割をルドラという、事実上の砕の風竜族のナンバーツーが担う理由は様々有る。
ネネカと最初にテイム関係と成ったが故、というのも理由としては当然含まれているが、それ以上に他の竜種への警戒が極めて大きい。
ウルグリム大陸は戦乱の大陸であると同時に、魔道大陸でもあり、竜の大陸でも有る。
そんな呼び名の通りウルグリム大陸は各地に相当数の風竜、火竜、水竜、地竜とその群れや巣が有り、かなりの頻度で天変地異が如き縄張り争いを起こしている。
さて。そんな縄張り争いが極めて激しい環境で、一つの群れが事実上人類と協力しているとなれば、他の群れはどう動くか。
警戒するにせよ侮るにせよ。結果として発生する事態は、軽く済む事の方が遥かに少なかろう。
その際にそこらの風竜では、緊急の連絡とする判断すらも難しい可能性は絶大。当然だ。人と竜が共存するなど双方にとって前代未聞。この時点で相当冷静に判断が行える竜でなければならぬし、そもそも最悪の場合連絡を取るより早く後れを取って討ち取られる可能性すら有り得る。
かといって事ある毎に全てを連絡していたのでは、それこそ風竜側にストレスとなってしまう。ある程度は連絡役が自力で対処できた方が良いだろう。そもそもヴェルサスもいる状況下で、緊急の事態となる方が難しい事も有る。
それらを考えた場合。竜王は流石に論外として、砕の風竜族の中で冷静な判断を下せ、自己判断も高度に可能。且つ実力的にも申し分ない故に不測の事態ともなり辛く、他の竜種にとっても単体で脅威と考え近付くことも敬遠させられる存在となれば。
事実上。ネネカとの関係性も相まってルドラしか居ない、となるのだ。
『それに、私の仕事は基本的に話すだけで済むでな。そもヒトのように何もかもガチガチに仕事が有るわけでも無し。巣を離れても然程問題は無いのだ』
クク、とどこか愉快そうに笑いながらそう語るルドラ。
そんなルドラに対し、気まずそうに顔を背ける竜王エンリル。
それだけでまあ何かあったのだろうと察することは誰にでも出来た。
何よりこれまでのこの場でのやり取りで、竜王エンリルとルドラが本来はどういった関係性なのかもまあまあ把握している。この関係性となる過程で様々有ったとしても不思議はない。
『というわけでだ。私を其方の傍に置かせてくれぬか?ネネカ。無論、私も其方の意思に従おう。其方が戦えというのならばどんな戦いで有ろうとも私は戦い、空を飛びたいと願うのならば背に乗せて飛ぶことも構わぬぞ?』
ルドラの言葉に偽りは一切ない。元より混ぜる気すらない。
故にこの忠誠も何もかもが、全てが覚悟を決めたもの。
竜よりも遥かに個として劣る存在に仕え、共に歩む。それは従来の竜種ならばプライドが決して許さない行為であろうし、他の竜種からどう見られるかなど想像に容易い。
例え呪竜化と黒竜化の軛より逃れたとしても、その絶対的な種族の能力差が消えるわけではない。その能力差に基づくプライド程度は種族的に普通に有しても誰も咎めることはなかろうに、それを拒むどころか中指を立てるような行いを、覚悟を決めているとはいえ平然と行っている。
その意思もテイマー故か正確に読み取れたネネカは、色々責任が加わりつつある己の現状に深いため息を吐きたい気持ちを全力で堪えながら、一つ頷いて応える。
「少なくとも私は構わないよ。まだこの世界に来て日も浅いから、迷惑もとても多くかけるかもしれないけど」
『それこそ望むところよ。何もかも完璧に成し得る主など、仕えるものとしては退屈極まりない故な。かといって、欠陥の多すぎる王では疲れ果てる。其方ほどならば退屈せず疲れすぎることもなかろうて』
ルドラは不敵に笑いながら、ネネカの言葉に返す。
その言葉にも、嘘偽りは無かった。
嘘偽りが無い、故に。
『……ルドラ。それ、儂に欠陥が多いと言うておらんか?』
『言いましたが?』
『っしゃあオルァ!やっぱ一発はぶんなぐーる!!!いや蹴り飛ばーす!!!』
再びドッタンバッタンと地面を揺るがしながら巻き起こる、風竜の中でも上位の者たちの喧嘩。
もはや見慣れてきたこの光景に、クルーベルすらも勝手にしろと呆れる中で、ネネカは傍のヴェルサスに苦笑いを浮かべつつ向く。
「ごめんね?勝手に色々決めちゃって」
「別に問題は有りませんよ。そも問題が有れば私が口出ししています」
ネネカが勝手に決めてしまったルドラの傍仕えだが、ヴェルサスの考えでも特に問題は無いようだ。
全く問題が無いわけではないだろうが、然程気にすることでも無いのか。少なくとも口出ししない程度には不利益が少ないのだろう。
「とはいえ、流石に私の屋敷にはこの巨体は入りませんし、皇都内では些か衝突が無視できない形で発生するでしょうし。小型になれないのなら、屋敷の近くで待機してもらうことになりそうですね」
『む?それくらいは構わんぞ。むしろ屋根の無い場所の方が我としては落ち着くでな』
『喰らわんかいこのインテリ野生児!!!』
「インテリって言葉有るんだ……」
ルドラが竜王エンリルの攻撃をぺしぺしとあしらいながら、ヴェルサスの呟きのような言葉に平然と答える。
後に聞いた話だが、インテリ、という言葉は人類の言葉では少なくともウルグリムには無いらしい。
相も変わらずネネカの世界の言葉が何処まで通じるのか。竜の言葉も含めるのなら、もはや誰にもその予測は出来なさそうだ。
「色々勝手に決めてしまいましたが、それでいいですかね?」
「確認が今更過ぎるが構わん。我抜きだという点には言いたいことは少なからずあるが、結果が最善の形で伴っている以上は何も言うまい」
ヴェルサスがヴァメルに確認を取る。
ヴァメルは皇帝である自分抜きで色々決められたことに対してはどうかと思ってはいるようだが、結果に対しては特に異論は無いらしい。
まあどう考えても皇帝が直々に統べる皇都を巻き込む事態の際に皇帝を通さずに現場判断で色々やっているようなものなので、皇帝という立場の軽視とも見られかねないそれに対し思うところが在るのは皇帝であるヴァメルとしては当然と言えば当然だ。
それを最善だからと不問とする辺り、彼の器量の大きさが少なからず伺えよう。
「それで?この喧嘩はいつ終わるんだ?」
「さあ?」
「気が済むまでやらせたらいいんじゃない?」
「止めろよ。つかお前らも少しは気にする素振りくらい見せろ」
心底呆れた様子のヴァメルのツッコミがヴェルサスとネネカへ向けて飛んでいくが、当の二人はこれについて特に干渉する気は無いと端的に告げる。
相も変わらず空に居るクルーベルは勿論、エリーゼもいつの間にかどこかから取り出した本を開いており、完全に眼前の光景に手を出す気は無いと分かる。
これまでの雰囲気から察するにこれは彼らなりのじゃれ合いのようなもの。規模こそ大きいが、他の風竜たちが本気で焦ってすらいない時点で日常なのだと分かる。
ヴァメルもそれは分かっているが、皇都を一歩間違えば踏み荒らしかねないこの諍いは恐ろしいのだろう。
まあ普通に考えて自分たちを容易く滅ぼしかねない存在のじゃれ合いなど、味方にそれを遥かに上回る最強が存在したとしても恐ろしくて仕方なかろうが。
「はぁ……もういい。いざとなればヴェルサス、お前がどうにかしろ」
「問題無いと思いますけどねー」
「お前の問題無いは基準がズレすぎてて怖ぇんだよ」
「度々言われますけど、そんなにズレてます???」
ヴァメルの指摘にヴェルサスは心底からショックを受ける。
ネネカはその指摘を肯定できるほど触れ合っているわけではないため、その指摘には首を傾げるしかないが。
ヴェルサスを良く知っているはずのクルーベルとエリーゼまでもが、ヴァメルの指摘と共に無言で頷いているので、相当基準がおかしいのだろう。
最強故の感覚の違いなのかもしれないが、そこまで言われるほどとなると些か不安を覚えるネネカだった。
「……そっかー……」
ヴァメルだけならばまだしも、クルーベルやエリーゼにまで感覚のズレを肯定されたためか、ヴェルサスは軽く項垂れる。
もしかしたらヴァメルたちがネネカをヴェルサスの傍に居る存在として認めているのは、そういったズレをある程度でも修正してくれると期待しているからなのかもしれない。
そんな責任まで無駄に背負わされる方としては、たまったものではないだろうが。
「ヴェルサスの事はいい。今重要なのは……お前だ、ネネカ」
「……?」
ヴァメルに視線を向けられたネネカは、再び軽く首を傾げる。
確かにネネカは今回の件における重要人物だ。ドラゴンテイマーなどという前代未聞の存在となったネネカを、皇帝としては放っておくことは出来ないだろう。
だが細かな事情聴取は後ほど落ち着いた場所でもいいはず。この場でネネカに対し何かしなければならないことが有るとは、あまり思えない。
それ故にネネカは疑問を浮かべるが……そんなネネカにヴァメルは、一つ小さく笑った後真面目な表情を浮かべて言葉を続ける。
「うちの国の現状は粗方聞いているだろう?このデカいだけの中身空っぽな、意味のない争いを続けていた馬鹿の大地とその国の現状は」
「……うん、聞いてはいる、けど」
皇帝がそれを言うのか、と思わざるを得ない。
皇帝だからこそ現実を見て言えるのであろうが、だからと言ってこんな公共の場でそれを言ってしまっては、場合によっては騒動になり得るというのに。
とはいえ今この場には竜という脅威によって住民も騎士も避難しており、限られた者しか居ない。今現在のこの場に限っては問題無いだろう。
なんだかんだヴァメルは皇帝として、場は弁えているのだろう。
「……そういう事、国際的な会談の場ですら躊躇なく言うのは普通に控えてほしいんですけどね」
「やかましい。つか黙ってろ」
全く弁えていないかもしれない。
「……どうせ理の裁定者の事も聞いているだろう。その内情もな」
「……うん。条件が厳しいとか、今は人手が無いとかは」
「滅茶苦茶要約すればそうだな」
十賢者も十剣聖も、このウルグリム大陸特有の実力主義の頂点。当然任命されるには、十賢者であれば優れた魔法能力が、十剣聖であれば高い実力が求められる。
長きに渡る戦争の果てに弱った現在のウルグリム大陸では、もはや十賢者も十剣聖も満席となるまで実力者を募るのは難しい。
しかしウルグリム皇国においては理の裁定者は皇帝に次ぐ権力の持ち主。それが空席というのは、国を運営する上で致命的な問題となる。
「あれこれ前置きするのは好まん。加えてお前も有る程度の事情を知っているのなら話は早い。よって、単刀直入に告げよう。あ、拒否権は無い」
「何言われるか察したけど拒否権は欲しかったなあ」
「諦めてください。拒否権有っても何度も押し付けてきます」
「逃げ道イズ何処」
この場合、逃げ道に逃げ込んでも一直線且つ相手が疲れ知らずに追い続けてくるから無駄、というのが正確だろう。
「まあどの道遅かれ早かれというものだ。お前も分かっていた事だろう?すぐにこうして思い至ったのだからな」
「……まあ」
察しては居た。故にこそ、この場での理解も早かった。
元々極めて高い魔力を有しているのだ。十分すぎるほどにその資格は有る。
ただ、あまりにもこの世界に来てからと考えると時期尚早。様々な管理に携わる立場である以上、最低でも文字の読み書きは習得しなければならなかったため、ただ魔力が有るからと十賢者に任命することは難しかった。
その魔力に関しても、魔力が凄まじいだけでまともに魔法を使ってすらいない。要は魔力量以外に実績が無さすぎた。せめてヴェルサスからある程度の魔法の伝授くらいは済ませてからでないと、同じ理の裁定者の座を狙う数多の民がまともに納得するとは思えない。
だからこそ先送りにされ、ネネカもそれに気付いていたが……事此処に至っては、竜を従えるという実績があり、既にある程度では有るが文字の習得等も済ませている。
元より竜がこうして皇都に訪れるなどという前代未聞の異常事態。ヴェルサスたち既存の十賢者が複数滞在していた結果とするにも、あまりにも過ぎた状況。真実を明かすにせよ誤魔化すにせよ、誰かがやり玉にあがる必要がある。
となれば。推測可能な後の様々な面倒を避けるためにも、公表できる限りは真実を明かした方が、都合が良い。
時期は待った。力も得た。実績も公表がまだ出来ていないだけで得た。であれば、結果が伴うのは必然。
「……ウルグリム皇国皇帝、ヴァメル・ヴォイド・オルテーザ・ウルグリムが宣言する。ネネカ・クロツチ。其方に【竜皇帝】の二つ名と共に、十剣聖第三席の座を与える」
ヴァメルが厳格な声音で以って、端的に告げる。
有無を言わさぬ絶対的な頂点の発言として。
ネネカはヴァメルの発言に対し、純粋な驚きが有った。
二つ名。即興で考えられたものとしては、【竜皇帝】はシンプルで良いだろう。竜王を従える者として非常に分かりやすい。故にこちらは、純粋にいきなり二つ名が与えられた点については驚くべき点では有るかもしれないが、ネネカ個人としては然程驚くものではないと感じていた。
ネネカが真に驚いたと言えるのは、任命された地位。
「……十賢者じゃないんだ?」
「分かりやすい実績で任命するなら十剣聖のが手っ取り早い」
ネネカの問いに対しヴァメルは簡潔に答える。
確かに。聞いたところによれば十剣聖は、どんな形でも竜を倒していればその条件は満たせるという。
しかしネネカは竜と仲良くなったのみ。竜を倒したわけではない。
その点を疑問として問うと、案外簡潔な理由が返ってくる。
「十剣聖の正確な任命条件は、どんな形でも竜と同等かそれ以上の戦闘能力を持つと示すことだ。一番分かりやすい手段がその竜を倒すことだから事実上はそれになっているだけで有って、厳密には竜を倒さずとも竜と同等の戦力を有しているなら任命条件は満たされる」
「成程」
竜と同等、もしくはそれ以上の実力が有ると示す。
ならば確かに、ネネカは最も分かりやすくその条件を満たしていると言えよう。
その指標とされている竜を複数従えたのだから。
「加えて。十剣聖は現在二人しか居ない上に一人が問題児過ぎてな。事実上一人しか活動出来ず、結果様々な十剣聖側の許諾関係が面倒なことになっているのが現状だ。一応ヴェルサスに疑似的に十剣聖も兼任してもらっているから、急ぎの問題が有るわけではないんだが」
「あー。内部的にはワンオペなのは変わりないし、ヴェルサスちゃんの対処も一時凌ぎを継続しているような状態だから、せめて真っ当な人を一人は加えたいってことね」
「……わん、おぺ……?……まあ、要はそういう事だな」
急ぎの問題が無いだけで、長期的に見れば歪みが出るとなれば、確かに出来る限り迅速に解決したい問題では有ろう。
一時凌ぎとは、一時的にのみ事態を対処できるからこそ一時凌ぎというのであり、その状態を維持して問題無いかどうかは別問題となる。
現状。十剣聖だけで処理しなければならない事を十賢者のヴェルサスが手出ししている時点で正常な動作をしているとは言い難く、その一時凌ぎの代わりとなる人物を求めるのはおかしな話ではなく。
その目的において、目立つ人格の問題が無く任命条件が満たされ、更にはヴェルサスが傍に居る故に一時凌ぎの引き継ぎも手軽ではなくとも安定して行えるネネカは、確かに十賢者以上に十剣聖に置きたい存在では有ろう。
そこまで理論的に考えたネネカは……ふと気付いた。
「……あれ?もしかしてこれ、ヴェルサスちゃんと同じで結構な貧乏くじ引かされ……」
「さっきも言ったが拒否権は無いぞ?」
「逃げ道イズ何処!?」
「其処に無ければないですね」
バイトかッ!とネネカが心底嫌そうに、当たり散らすように叫ぶ。
別に理論に文句が有るわけではない。ご都合主義の如く丁度良い立場のネネカは、そのための場所に収まるのが良い。
強力極まる立場を得ることで、ネネカのこの世界での地位も様々な形で保証される。好い事尽くめとまではいかずとも、メリットとデメリットで見れば遥かにメリットが大きいのは事実だ。
だがそのデメリットのほぼ全てが自分由来で有ったならまだしも、他人から押し付けられたものともなれば、文句の一つや二つ言いたくはなろう。
「諦めてください。そして恨むなら、類稀な才能を持った己とこんな状況のこの地にやってきた己を恨んでください」
「何一つ望んで得た状況じゃないのにそれを恨めと!?」
「大体貴女以上の能力を持ってる私が縛られてる時点でどうしようもないです」
「わあ諦めるしかない奴だ!」
現在時点でドラゴンテイマー能力を除きネネカより優れた能力を持っていると言えるヴェルサスが、立場に縛られている。その時点で、まあまあ逃避は絶望的であろう。
一応ヴェルサスが立場に縛られているのは経歴から来る責任なども有るのだろうが、ヴェルサスならばやろうと思えば無理矢理に逃げることも可能であろう。
それをやろうとしていない時点でかなり様々な理由によって雁字搦めになっているのは想像に容易く、同時にネネカにもまだ理解が及ばないだけで同様の鎖が有るのだろうと言うのも想像に容易く。
「まあそういう訳だ。……今後の十剣聖、ひいては理の裁定者としての活躍を期待しているぞ?新たなる理者、ネネカ・クロツチよ」
クク、と意地の悪い笑みを浮かべるヴァメル。
相も変わらずドッタンバッタンと空間ごと揺るがして喧嘩をしている風竜王とその側近を背景に、ネネカはげんなりとしながら一つ呟く。
「……元の世界でもだけど、私たちをご都合主義の歯車かなんかだと思ってるのかなあ」
「……それに関しては物凄く同意しますね。実際世界レベルで歯車にさせられてますし」
ネネカの呟きに、心底から同意するヴェルサス。
類稀な才能とは時としてひたすらに不自由なのだと、実感がひたすらに籠っていた。




