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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
39/44

38:自身の常識を疑うのは誰だって難しい

 皇都南部。

 平時は無数の宿屋と飲食店、食料品の屋台がひしめき合う、皇都屈指の繁華街。

 再開発の影響による迷宮の如く入り組んだ道、冒険者ギルドの支部が北部で妙に遠い、ウルグリム特有の食事の微妙さなど、様々な要因によって本来盛り上がるはずのそこは普段からあまり賑やかとは言えない微妙な領域。

 とはいえ。皇都の他の場所に比べればまだ華やかな場所であることには変わりない。

 皇都の中央には地下に広がる広大で巨大なウルグリム皇城への正門があり、その影響で警備は厳しい。当然盛り上がるものは少ない。

 皇都の北部はウルグリム大陸最大の冒険者ギルドの支部がある。此処も国どころか大陸レベルで重要な場所故に警備は厳しく、中央部と同様盛り上がる隙は少ない。

 東部と西部はそもそもまともな開発が行われていない。西部は辛うじて衣類や冒険者の武具屋が有るものの、東部は殆どが広場。まばらに家が建てられているのみ。

 それらと比べた場合、皇都南部が屈指の繁華街となるのは当然と言えた。

 して。そんな繁華街の現在は今。


「……まあまあ結構とっ散らかってんな」

『区画整理も出来ておりませんし、致し方ありません』


 繁華街を空から見下ろすクルーベルとエリーゼが、決して警戒を微塵も緩めずにそうぼやくように言う。

 足を地に付けず、身体も皇都の外を向きながら、視線だけを足元に広がる皇都の繁華街へと向けていた。

 自分たち以外人の影が一切存在しない、繫華街と呼ぶには異質な風景を。

 そんな状況に陥っている理由は……クルーベルとエリーゼの眼前に明確に存在として居るが、決して動こうとしない。

 彼らも分かっているのだろう。自分たちの力が、人類種にとってどれだけ脅威なのかを。

 そして眼前に存在する二人の少女の本気が、自分たちを含む同種を容易く絶滅させ得る事実を。

 本来皇都を守るはずの騎士を含めて人が一人もいないのは単純に、この二人の少女の前には騎士が数個師団居たところで誤差にもならないが故。

 やろうと思えば大陸を薙ぎ払えるこの者たちに対処する上で、この二人以外の存在は些事にしかならないのだ。


「しかしまあ……こうして見ると、中々どうして壮観だな」


 クルーベルが皇都の外に広がる光景を見ながら、心底の感嘆を以ってそう語る。

 エリーゼもそれに対し無言の同意を示し、対する存在たちも自分たちのことながら共感を示す。

 その時だった。


「……あいつは人を運ぶときに落とす癖でも有るのか?」

『しかも何故あのような高度から……』


 地より足を離して浮かぶクルーベルとエリーゼ。

 それよりも遥か高い上空から、二つの存在が残像すら見えるほどの速度で落ちていく。

 場所は丁度、クルーベルとエリーゼの二人と、皇都の外で律儀に待っているそれらの中間。

 何とも言えない膠着の空気を文字通り中央で粉砕するが如く、それらは地面に勢いそのままで着弾する。


「びっくりしたー!?落とすなら言ってよー、もー!?」

「……いや、なんで無事なんだよ」

『一週間も足が使えなければ、筋肉などは相当弱るはずなのですが……』


 地面に着弾した存在の内、一つはネネカだった。

 ネネカは降り立つ際に巻き起こった土煙を振り払いながら、あれほどの速度かつ高度から落ちてきたにも拘らず平然とした様子で、そこに佇んでいた。

 クルーベルとエリーゼが呆れ混じりに困惑するのも当然だ。常人ならば落ちた衝撃でミンチになっているのが自然なスピード。常人でなくとも平然とできるものではない。

 それをネネカは、まるで少し高い階段を一段だけ降りたかのような。

 その程度にしか感じていないと言われても納得できる程度の驚きと身体への負荷しか得ていないようだった。


「で……大丈夫?」

「死ぬかと思ったァ!?」

「それで生きてるアンタも大概だよマジで」

『どうやって喋っているのでしょうか……?』


 ネネカと共に地面に着弾した存在はヴァメル。

 ヴァメルは地面に上半身を埋めたまま、ピクピクと痙攣していた。

 しかし普通に会話は出来ているので、問題無いのだろう。

 ネネカと比べると悲惨な状態だが、本来ミンチになっていてもおかしくない状況で命が有るどころか、地面に身体を埋めたまま普通に話せているので、こちらも大概では有った。

 とりあえずネネカはヴァメルの足を掴み、地面から引っ張り出した。


「……助かったとは一応言おうぞ。ただ一つ疑問なんだが……お前はなんで無事なんだ」

「?衝撃くらい、普通に身体で止めれるじゃん。後で敵とかにその衝撃を流してもいいんだし」

「…………………………そうか」

『どうしましょう。ヴェルサスさんを除いて一番人外している気がしてきました』


 ヴァメルの問いに平然と答えたネネカ。

 しかしその答えが余りにも理解の範疇を超えており、もはや諦めの境地に至るしかなかった。

 それは二人の真上で、空中に佇んでいるクルーベルとエリーゼも同様だった。


「……まあ、いい。ヴェルサスはどうした」

「上で少しだけ周りを警戒してからって」

「で、問題なさげだったので降りてきました」


 瞬きの間にネネカの隣に現れたヴェルサス。

 空間転移の如き高速移動。視認すら許さぬ速度による移動。

 この場の者たちはみな同じことを思った。

 そりゃお前が警戒するなら何も問題にはなり得ないだろう、と。


「……さて、と」


 ネネカはヴァメルをそっと降ろして手を離し。

 皇都の外へと……正確には、皇都の外で待つその者たちへと意識を向ける。


「……昨日ぶり、でいいのかな」

『構わんよ。久しいと言うほどでもない』


 その者たちの中で皇都に最も近い場所……先頭に居る、最も巨体かつ最も強力な存在が、小さく唸りを上げる。

 その唸りは、ネネカにだけは普通の言葉として聞き取れた。


「それで。えーと……もうあれこれ前置きするの面倒だから単刀直入に聞くけど、どうしたの?こんな大勢……っていうか、総勢で」


 皇都の外に居る存在は風竜。

 ネネカが今話している竜王エンリルの率いる、少なくともサザンベルス山脈を巣とする風竜の全てが、皇都の外に居た。

 当たり前のようにルドラも、竜王エンリルのすぐ後ろに控えている。一見すれば見分けなど付かないはずなのに、ネネカには不思議と見分けがついた。一度テイム関係になったが故だろうか。

 この場に騎士が居らず、クルーベルとエリーゼだけが残っているのも納得の話だ。この風竜の大群を相手取ると考えた場合、そこらの騎士が数万人居ようが誤差にもならないのだから。


『むぅ。少しは驚くと思うておったが』

「……や、もう、ここ最近色々起き過ぎて、驚くのに疲れちゃってるだけ」

『成程。ならば致し方あるまい』


 ふむ、と頷いた竜王エンリルは、一度ネネカから視線を外す。

 視線を外して見た先は、身体に付いた土埃を振り落としているヴァメル。

 ヴァメルの視線こそ竜の群れに向いていないが……決して警戒は一瞬の揺らぎなく。

 その姿に竜王エンリルは、もはや呆れたように一つ息を鳴らす。


『……そこな者でお前たちの最弱とは、一体どうなっとる。人類の進化が最早訳分からんわい……』


 そして竜王エンリルはどこか遠い目をして、ネネカとヴェルサスにだけ分かる言葉でそう話す。

 仮にヴァメルが号令を一つ出せば、ヴァメル自身も動いた上でこの場に居る全ての戦力で以って自分たちが蹂躙されるという未来を、正確に理解してしまったが故に。

 この場に居る人類種の中で、ヴァメルに従う義務の無い者はネネカのみ。他の三人の十賢者は皆、皇帝の座に在るヴァメルに付き従う者。

 決してヴェルサス、クルーベル、エリーゼは、ヴァメルに絶対的に忠実という訳ではない。利害の一致で従っている、と言っても過言ではないだろう。

 だがその利害において、もし風竜の大群がこの場で暴れようものなら、皇都を守るという共通の目的を持って風竜の大群を瞬く間に蹂躙するだろう。

 本来、種として絶対的な隔てりが存在するはずの竜種と人類種は、今この場のみその力関係は完全に逆転していた。


『……ま、特に其方らに仇を為したいわけでも無し。何より、儂らも下手な前置きはあまり好かん。単刀直入に、要件を言わせてもらうとしようかの』


 そう言って、竜王エンリルは視線をネネカへと戻し。

 そして全ての風竜が一律にその翼を地に付け、何処か跪くように伏せる。

 竜王エンリルも例外なく、まるでネネカたちと視線を合わせるが如く頭を伏せ。


『ドラゴンテイマー……否、ドラゴンマスターネネカ!我ら天貫の山脈に住まう風の竜の一族、名を砕の風竜族!我らの忠誠、どうか受け取っていただきたい!!』

「……え?」


 咆哮の如く告げられたその言葉に、ネネカは思わずぽかんとし。

 実際に間近で咆哮を受けたようなものであるそれ以外の者は、その轟音に軽く顔を顰める。

 流石のヴェルサスも有る程度の翻訳は出来るとはいえ、この距離で轟音に近い形の音を聞き取りながら言葉に翻訳するのは難しかったらしい。その証拠に、軽く手で耳を抑えている。

 ネネカだけが問題無く言葉として聞き取れたのは、ドラゴンに対するテイマーの能力が有るが故か、はたまたネネカの体質故か。それは分からない。

 が、今重要なのはそこではなく。


「……あのー……聞き間違えじゃなければ、忠誠、とか聞こえたんだけど……」

『うむ、言ったぞ。ああ勿論、此処に居る竜だけではない。天貫の山脈……確かお前さんらは、サザンベルス山脈、と言うとったな?そこに住まう、我に従う全ての風竜の忠誠じゃ。一族で来るのが礼儀とはいえ、地平の彼方まで埋め尽くすのは流石に礼儀の範疇を超えておると思うてな。今回は精鋭だけで来訪させてもらった』

「この数で全てじゃないの風竜マジ怖い」


 ネネカは今地上に居る故、巨体の大群たる風竜の大群全てを見ることは出来ない。

 が。僅かに見える範囲でも、皇都周辺の地面が全く見えないほどの数で存在しているのは分かる。

 これで精鋭だけだというのだから、総数は一体どれだけ居るというのか。

 本当に地平の彼方まで埋め尽くすほどの数が居ても、おかしくは無いのかもしれない。


『で、じゃ。受け取ってはもらえぬか?我らの忠誠を。無論、これは我のみならず、砕の風竜族の末端の一つに至るまで同一の意である』

「……受け取る受け取らない以前の問題なんだけど。急すぎるし」


 ネネカは困惑を通り越して呆れを得る。

 仕方のない事だ。昨日風竜たちを助けたのは事実だが、その恩義云々はあの場ですでに決着している事のはず。わざわざ今日になって、此処まで来て忠誠と言う形で奉公を果たす理由は無い。

 であるにも拘らず、竜王エンリルのみならず、サザンベルス山脈に住まう全ての風竜……竜王エンリル曰く砕の風竜族の全てが忠誠を誓うことを選んだという。

 それが困惑に収まらぬも、無理はない。

 ネネカはどうすべきか、ちらりといつの間にか自分の後ろに下がっていたヴェルサスとヴァメルを見る。

 しかしヴァメルはその視線に疑問そうに首を傾げるのみ。ネネカたちの真上に居るクルーベルとエリーゼも、ネネカのその行動に無言で疑問符を浮かべている。


「……あ、そうか。分かるの後は私だけだから私がこっちは頑張らないといけないのか。めんどくさっ」


 そんな中で、ヴェルサスだけが心底面倒くさそうに吐き捨てる。

 そう。ヴェルサスはその頭脳で以って無理矢理理解が出来ているだけで、他の者は翻訳できるわけではないし、ネネカのように当たり前のように言葉として聞き取れるわけでもない。

 ヴェルサスよりも頭脳が優れているらしいクルーベルであっても、会話の情報も無しに翻訳できるわけではない。そもそも当のクルーベルは、なにやら耳を抑えたまま顔を歪めている。先ほどの咆哮で軽く耳がやられているのかもしれない。

 となれば。必然的に竜との会話を通訳できるのは、ドラゴンテイマーの能力を持つネネカか、完璧ではないだろうが翻訳の出来るヴェルサスのみ。

 そして風竜たちの目的がネネカである以上、手の空いているヴェルサスは通訳するのが最善となる。


「……えーとですね……合ってるかな。多分ですけど、風竜の皆さんはネネカさんに忠誠を誓いに来たそうです」


 ヴェルサスの通訳を受けて、ヴァメルとエリーゼはぎょっとする。

 クルーベルだけは頭をフラフラとさせ、特に驚いた様子はない。

 先ほどの様子から、あまり聞き取れていないだけなのかもしれないが……もしやすれば、クルーベルはこの状況を推測していたのかもしれない。

 ヴェルサスも面倒くさそうにしていながらもあまり驚きはない辺り、この二人は予測できていたのだとしてもおかしくはないだろう。


「……えと。私は……どう、したら?」

「とりあえずネネカさんは自分の思うままで大丈夫です。私は通訳に徹しますので」


 ネネカのヘルプをバッサリと切ったヴェルサス。

 不服を申し立てたいネネカであったが、元より風竜たちが忠誠を願っているのはネネカだ。この件に関しては、ネネカが最前列で動くしかないだろう。

 場合によっては、ヴァメル辺りは仲介してくれるかもしれないが……その場合すらもまだの今、話を進めるのはネネカしかできない事だろう。

 ネネカは若干の諦めも含みつつ、改めて風竜たちへと向き直る。


「……えーと。何処からどう聞いたらいいか分からないから、順番に聞くね?あと伏せられると違和感すんごいから楽な姿勢でいいよ」

『うむ、構わぬ。特に其方は異世界から来た故、分からぬことも多かろう。よいよい、竜の成り立ちから世界の行く末まで、存分に先達たる我の智慧に肖るとよい!』

『そこまでは求めてないと思うので、人間の良識の範囲内でお願いします』


 竜王エンリルの言葉に、そのすぐ後ろで控えていたルドラが呆れ気味に訂正を加える。

 実際ネネカは今の疑問を最優先とするつもりであり、別に竜の成り立ち等を聞く気は無かったので、ルドラの訂正は正しいものであった。

 妙に慣れている辺り、恐らく今までもルドラはこうして竜王エンリルの補佐のような立場を務めていたのだろう。


「うーん。と、じゃあこれも単刀直入に最大の疑問を聞くね。……解呪した件に関しては昨日の話し合いで決着ついていると思っていたけど、どうして改めて忠誠を?それ以外に何もやってないから、それ以外理由として考えられないし」


 ネネカは改めて、かつ率直に疑問をぶつける。

 サザンベルス山脈の風竜たちがこうして此処へきて、ネネカへと忠誠を誓いたいと言ってくるその理由を。


『うむ。無論、我ら一族のみならず、竜種としての悲願を叶えてもらった故!其方こそ、我ら竜種が誕生した時から望み続けた救世主!そんな者に救われ、まして礼も事実上不要と述べるその心意気!人であろうとも関わらず、忠誠を誓いたいと思うのは必然であろう?』

「……救世主?」


 ネネカは竜王エンリルの言葉に、思わず首を傾げる。

 背後ではヴェルサスがヴァメルたちへと竜の言葉を通訳している声が聞こえる。単語ばかりでは有ったが、伝えている内容に大きな差違は無いと感じた。

 しかしそうして翻訳された言葉を伝えられたヴァメルたちも、同様に首を傾げている。相も変わらず空中で佇んでいるだけのクルーベルと、通訳にひたすら徹しているヴェルサスを除いて。

 ヴェルサスは通訳に徹する関係であまり言葉の意味を考えないようにしているとしてもおかしくないが、クルーベルが特に反応を起こさず風竜の群れを警戒するように見ているのは分からなかった。

 本当に全ての状況を予期していたのかもしれないが……この場に居る者にそれを問う余裕はない。今は目の前の事に集中するしかなかった。


「……救世主って、そこまで言うってことは昨日の解呪だけじゃない感じ?」

『無論である』

「……いや、無論であるじゃなくて」

『王。多分聞かれているのはそういう事ではないです』


 ん?と今度は竜王エンリルが軽く首を傾げる。

 竜王エンリルのすぐ背後で、ルドラが呆れたように溜息を吐いた。

 昨日はこのような関係ではなかったはずだが、もしやこれが素なのだろうか。

 まあ昨日は呪い関係でルドラも竜王エンリルもギリギリであったろうし、平時の状態ではなかったとしても不思議はない。

 とはいえ昨日の状態を知っているネネカとヴェルサスからすれば、昨日とは打って変わった雰囲気に困惑せざるを得なかった。


『……はぁ。王、細かい所は私が』

『うむ、任せた。儂はやっぱり力で暴れるのが良いわい!』

「何となくどういう関係性か分かった」

「分かったけどそれはそれとして翻訳するの面倒くさくなりそうなんですけど」


 竜王エンリルが半歩後ろに下がり、代わりにルドラが竜王エンリルよりも前に出てくる。

 どうやら竜王エンリルは王としての能力は、どちらかと言えば力で引っ張っていくタイプのようだ。

 細かい事は適材適所で別の者に。それは組織の在り方としては善いものなのだろう。

 まあそう言って押し付けられる側としては色々大変なのだが。ヴェルサスも含めて。


『すまんな。王は決して馬鹿ではないし力に溺れた阿呆という訳でも無いのだが、こう……真面目に細かく考えつつ説明するのは苦手でな……此処からは我が代わって説明しよう。我の言葉は王の言葉と思っていただいて構わぬ』

『竜王エンリルと呼ばぬか、ルドラ』

『そういう所です。あと黙っててください、話がズレます』

『貴様ァ……王に向かって、おもご!?』


 ズシンバタンと地響きと共に音が響く。

 竜王エンリルの口を、ルドラ以外の数匹の風竜が己の尻尾などを用いて塞いだ結果の音だ。

 口を塞いだ風竜たちは、揃ってルドラと同等の巨体を持つ風竜たち。恐らくルドラと同じく、人間でいう所の竜王エンリルの側近のような存在なのだろう。

 この世界の上に立つ者はヴァメルといい、側近などに抑え込まれるのが自然なのだろうか。出来るなら争いが主であったこの大地ならではだと願うネネカだった。


『まず……いや、さて。何処から話したものか。我らには常識でも、人の子らには未知の事も多いであろうし、異世界から来たともなればそれもまた激しかろうしな……』

『もが、ぺっ!!!貴様らァ……!揃いも揃っていつもいつも、おぼ!?』


 ルドラが少し悩むように唸る背後で、竜王エンリルと他の風竜がドッシャンドッシャンと暴れている。

 まあ当の竜王エンリルも今すぐにでも暴れだそうと言わんばかりな様子のため、それを抑えるためには他の風竜がこうして抑える必要が有るのだろうが。


「……正直色々教えてくれるのは普通に素直に有難いけど、後ろはいいの?」

『気にするな。いつもの事だ』

「いつもの事なの!?」

「つーか煩くて普通に通訳クッソめんどいんですけど」

『それはすまん。が、王は説明が苦手なのは勿論、隙を見せればすーぐふざけ倒した上にノリで攻撃を暴発させることも有るでな。真面目な話……それも説明等を行う際は、口も出させず裏で暴れさせておく方が、まともに話が進む』


 ストレス解消も出来るしな、とルドラはなんてことないように語る。

 実際、他の風竜たちはいやに手慣れた様子でしっかり竜王エンリルへとかかり、抑え込んでいる。

 そういえば昨日、呪詛を解呪した際にも大量の風竜によって竜王エンリルは抑え込まれていた。解呪直後の体勢も異なっていたので、呪詛の反動か何かで肉体が暴れでもしていたのかもしれない。


『では……ふむ。ネネカ。其方は、呪竜、というものは知っているか?』


 ルドラの問いに対し、ネネカは無言で首を振る。

 言葉から有る程度の予想は出来るものの、それ自体を知っているわけでは無い故に。


『ならば黒竜は?』


 先ほどの問いと同様、ネネカは首を静かに横に振る。

 ネネカの背後では、ヴァメルとエリーゼも通訳された上で軽く首を傾げている気配が有った。

 ヴェルサスとクルーベルは何か知っている風では有ったが……しかし少し疑問気にルドラを見ていた。


『ふぅむ。全く知られていないという訳でもなさそうだが、限られて居るようだ。言葉が異なる可能性も大いにあるが……まあ、どの道説明した方が良いじゃろうなあ』


 こうしてネネカを介して平然と話せてこそいるものの、本来竜と人で明確に種族として異なる存在。

 人には人の言葉や単語が有るように、竜には竜の言葉や単語が有っても不思議はない。

 例え言葉が通じたとて単語やその意味まで通じるとは限らない。なにせ同じ人類種の同じ言語であっても地域特有の単語や訛りなどが存在するのだから。

 何か知っている風のヴェルサスとクルーベルも、現時点では核心と呼べるものは無いだろう。それほどまでに竜とは、明確に人類種とは異なる存在なのだ。


『ではまず、我ら竜種の生態からとなるか。といってもそこまで深くは話さぬよ。これは我ら一族だけでなく、この世に生きる全ての風竜、火竜、地竜、水竜に共通することだ。其方らも知っておいて損の無い情報となろう』


 要するに竜種に共通し、今回の事にも強く関係することを、という事だろう。

 まあ状況的に、風竜たちはともかくネネカたち人類側としては、急ぎとまではいかずとものんびりできる状態ではない。何しろ人の生活を一時的に止めているのだから。

 であれば要点を、しかしある程度詳しくというのであれば、その程度が妥当では有ろう。


『大前提だが。……我ら竜、ドラゴンとも呼ばれる存在は、本来は根本的に老化による死が存在しない』

「?不老不死ってこと?」

『少し違うな。成長という形で生涯老い続けはするし、殺されれば死ぬ。だがヒトやヒトと似た生態の生物と異なり、我らは老いる事での死は無いのだ。本来はな』


 老いて死ぬことはない。ただそれだけ。

 しかしそれだけであっても、ネネカには凄まじい事のように思えた。

 何しろそれは、何らかの要因で命を失うその時まで、無限に成長し続けるという事なのだから。

 成長し続ければ、その命を失いかねない何らかの要因に遭遇することも減るであろうし、遭遇したとしても対処できることも増えよう。

 完全な不死ではないが、生命の在り方としてはある種の完成形のようにすら思えた。


「……でも、本来はってことは、今は違うの?」

『違った、だな。我ら竜には、生まれた時から二種類の実質的な寿命を持つ。単純に肉体の寿命は存在しないが、それ以外の寿命が有るのだ』

「二種類……」


 完成された生命に最も近いが故の弊害か何かだろうか。

 肉体の寿命ではなく、それ以外の寿命。

 ネネカは一瞬、単純に考えて精神の寿命かとも思ったが、すぐに違いそうだと思い直す。

 人の感覚ならば精神の寿命はおかしくないが、竜の感覚ならば精神の寿命はまともに有るのか難しい。

 意思の有る生命は、大抵己の種族の寿命に適した精神を持つ。人間とエルフで異なる寿命故に精神性も異なるように、竜も成長し続けるのならそれに適した精神を生まれ持っていることだろう。

 意思を持つ生命とは、そういうものだ。

 となれば。二種類のそれ以外の寿命とは。


『その二種の寿命こそが、呪竜、そして黒竜。この二つのどちらかに至ってしまうもの。それが、我ら竜の実質的な寿命よ』

「呪竜と黒竜が、寿命……呪竜化と、黒竜化、な感じかな」


 単純に寿命を迎えることがそうだという事ではないだろう。何らかの要因による寿命を迎えることで、そうなると考えられる。

 でなくば、二種の寿命とその名称など持つはずもない。


『左様。我らは各々固有の年月で以って生まれた時から呪竜、もしくは黒竜へと至ってしまう。それらは我ら竜の間でも恐ろしきもの。故にそれに成り果てる寸前の竜は、何らかの形で自決、もしくは討ち取られ、命を手放す。それが我ら竜の常識だ』


 自決するか討ち取られるか。

 主に後者を、同族の間で行っているのだろう。

 当然だ。生まれたばかりの子竜ですら討ち取れるものなど、他種族では極めて希少。そしてそれほど強力な存在が自決できる状況というのも限られている。

 ヴェルサスたちのような規格外が居れば、他種族を襲う形で討ち取られるのも不可能ではないだろうが……彼女のような存在は希少。難しかろう。

 どうあれ呪竜化もしくか黒竜化寸前の竜は何らかの手段で自ら命を手放す。それが竜の寿命であるようだ。


「……どうしてそんな寿命が有るの?」

『さてな。呪竜化は遥か古代に一匹の強大な闇竜が、その命を使って齎した……と伝えられているが、真実は分からぬ。何しろ竜の感覚ですら遥か古代の出来事よ。伝わるものも殆ど残って居らぬ』


 竜の感覚で遥か古代。

 となれば軽く数万や数十万年は昔でもおかしくないだろう。

 人間の感覚ならば数千年前ですら遥か古代と言って過言ではない。それを単純に竜の寿命に換算すれば、数十万年前でも近い方だと言えるかもしれない。

 そしてそんな時代のものが正確に残っているかと言われれば、まあ難しいだろう。人間と同様に、全てが精密に遺って伝わることなど極めて稀なのだから。


『黒竜化に至ってはそういった逸話すらも伝わって居らぬ。さらに遥か過去に何かあったか、竜という種が生まれ持った欠陥なのか、竜となる過程で得た欠陥なのか……様々な形であらゆる竜が調べて居れども、未だ分からぬのが現状よ』

「……竜を以ってしても分からないほど遥か古代か、竜という存在になってからか……」


 どちらであれ、それは一体何億年昔の事なのだろうか。

 長い寿命を持つ竜の感覚でさらに遥か古代など、そのぐらいしか思い至れぬし。

 竜の起源に問題が有るというのなら、それよりもさらに昔の事となる。

 どちらにせよ。黒竜化に関しては、今となっては詳細を知ることは不可能に近い事なのだろう。


『まあ起源は一旦置いておく。これ以上語れるものでもないしな。……我ら竜種は、その殆どがこの世に生まれ落ちたその瞬間から、呪竜と黒竜に蝕まれて行く。肉体は老いて朽ちることは無くとも、呪竜と黒竜という二種の寿命によって、我らは望まぬまま定命の者となっているのだ』

「望まない……じゃあやっぱり、黒竜化の呪いとかは解きたい感じなんだ?」

『無論。それは全ての竜の悲願。命が限りあるものとなっている事それ自体に対しては、もはや我ら竜種はそういうものと誰もが受け止めている故そうでも無いが、それに蝕まれて行く身体の苦痛の辛い事よ……』


 命が定められていることではなく、蝕まれている身体の辛さ故に竜の悲願とする。

 どれほどの苦痛がそこに在るのか。ネネカには到底想像できなかった。

 ルドラも語る気は無さそうであった。恐らくルドラどころか他の竜も含めて、その状態を精密に思い出すのも辛いほどの苦痛なのだろう。


『いや、苦痛だけならばまだ耐えられる者も居た。力が肉体ごと削がれるのもまだよい。……呪竜化に伴い失われゆく理性、黒竜化に伴い増してゆく破壊衝動……併せて自ら以外のこの世の全てを冒涜し蹂躙せよと、内より叫ぶ衝動……。……己の本心では望まぬまま、この世の生命を奪わせられるそれは、この世に生きる何もかもに対してあまりにも災害過ぎた』


 ネネカはルドラの言葉に、思わずうわっと声を漏らす。

 どういった形、どういった症状なのかはイマイチ分からない。呪竜と黒竜でどんな違いが有るのかも。

 ただ。その二種の呪いにも等しき寿命によって、竜は本来高尚な者であろうが心優しき者であろうが、例外なく暴虐の竜へと成り果てるという。

 成程、竜が悲願とするわけだ。二種の寿命が有る限り、命が事実上有限となっていることはもうそういうものとして受け入れている故にまだよいとしても、壮絶な苦痛、竜としての力が肉体ごと削がれるだけでなく、決して他の生命と完全に相容れることを許さぬそれは、竜としてではなく一つの意思ある生命として何としてでも逃れたい呪詛の軛であろう。


「……ん?あれ、ってことはもしかして……」


 そこまで考えて、ネネカは一つ察した。

 既にネネカの後ろに居るヴァメルとエリーゼは、それを理解し察して、驚愕の視線をネネカへと向けている。

 相変わらずクルーベルとヴェルサスは平然としているが……何やら感心した様子も有った。竜からの情報に驚いているのだろうか。

 とりあえずネネカは、此処まで話を聞いた上で、自身が思い至った可能性を問う。


「……もしかして、昨日の解呪……じゃなくて浄化だっけ。あれで……?」

『然り!我ら竜種全ての二種の悲願たる、呪竜と黒竜の軛!其方が解呪を終え、巣より去った後、我らが疲れ果て眠りに落ちるその時に、ふと気付いた!我らの砕の風竜族の肉体、精神より、呪竜と黒竜の軛が完全に消えていると!内より叫ぶ、絶対破滅の衝動も何もかもが失われていると!即ち、我ら竜種の悲願が果たされていると!!!』


 ルドラが半ば興奮気味に、そう捲し立ててくる。

 無理もない。己だけの悲願ならばまだしも、己の祖先から種族単位で悲願としていることが果たされたのだから。

 よく見れば他の風竜たちも、何やらすごくうずうずしているように感じる。

 それだけ、呪竜と黒竜の軛より解き放たれたというのは、竜にとって意味のある出来事なのだろう。


『加えて。我らだけならばまだしも、我らより新たに生まれ落ちた子竜たちにも、呪竜と黒竜の軛より解き放たれているとなれば。今のところは我ら一族のみのようでは有るが、我らだけでも呪竜と黒竜の軛より逃れたとなれば、もはや黙ってなど居られぬ!』


 新たに生まれ落ちた子竜。

 昨日今日で子どもが生まれるのか、と思いもしたが、そういえば以前高い繁殖力を有すると言っていた気がする。

 竜の事だ。人間では考えられない速度の繁殖力を有していたとしてもおかしくはない。

 そして。そうして新たにこの世に生を得た子竜たちも、呪竜と黒竜の軛から解き放たれている。

 それ即ち、少なくとも砕の風竜族は完全に呪竜と黒竜の軛より逃れたという紛れもない証左。


『そうと分かれば、これは礼を返さずには居られぬ、とは我ら砕の風竜族の全ての意思。昨日の解呪に対する礼、ダンジョンの監視はラフォンとやらの呪いに対してのみ。これも纏めた恩義に対する奉公とするには、あまりにも足りぬ。ヒトならば末代まで遊び暮らしても使いきれぬほどの財宝の一つや二つでも足りぬ恩義を、事実上の何もなしで返すには我らとしてもあまりに我慢ならぬこと故な』

「財宝のスケール」


 さらりと語られたその財宝のスケールに、ネネカどころかヴェルサスやクルーベルまでもが軽く引く。

 末代まで遊び暮らしても使いきれぬほどの財宝。流石は竜と言うべきか、スケールがまあおかしい。

 竜と言えば財宝を溜め込むもの、というイメージも無いわけではないだろうが、そこまでの財宝を本当に用意できるとなれば流石にイメージを超え過ぎて引くというものだ。


『しかし。我らを解呪せし張本人は、あまり財に興味は無いだろうという話が上がった。そして我や王も同意見で有った。財を求めるならば、我らを救いしあの時に何かしらの報酬を求めていたであろうしな』

「まあ、うん。有っても色々面倒なことになりそうだし」


 物語の中では、助けた者たちからの礼として財宝を受け取り、それを持って悠々自適に暮らす、というものも無くはない。

 だが現実に考えれば、末代まで遊び暮らしても使いきれぬほどの財が仮にあったとしても、その財を悪しき者に狙われる可能性は絶大で有るし、安全であったとしてもその場合大抵の者はそれによって齎される退屈で魂を腐らせていくことだろう。ネネカの元居た世界でも幾つかそういう例は有った。

 ネネカが元々そういった莫大な財産と呼べるものに興味が薄いというのもあるが、そうでなくとも自分の身の丈に合った財産が有ればいいというのが、個人としての考えであった。

 当然、ネネカはかつてこの考えを姉に話したところ「渋いし重い考えをこの時代に言うのね我が妹」と些か引かれたが。年齢不相応な発言故、仕方ない話だ。


『であれば。我らが返せる礼は何が有るかと一族総出で考えた。そして様々な提案を出し合った末に、其方への感謝も以って其方に忠誠を誓うのが善いのではないか、と考え今に至る』

「一応他にも考えてはいたんだね」


 ネネカは個人的に、他の案もどういったものが挙がってどういった理由で却下されたのか、気になったが。

 どうあれ結果として忠誠を誓うのが良いと、風竜たちの間では話が纏まったようだ。


「……そのー。忠誠を誓うとかはまあ、個人……竜か。個竜で好きにしてくれたらいいけど」

「今更極まりますけど個竜ってすんごい違和感」

「な。俺らが人だからなんだろうが」

「ちょっと黙ってて。……竜が人に忠誠を誓うって、大丈夫なの?色々。プライド的な話とか、近所付き合い的な話で」


 竜にそんなの有るか?というヴァメルの冷静なツッコミがネネカの背中に刺さる。

 実際、プライドはともかく近所付き合いは有るか分からない。

 竜には竜の文化が有るとはいえ、縄張り争いなども行うであろう野生の存在。知性は有ろうとも、そういう生態であれば近所付き合いと呼べるものは、酷く殺伐としたものであろう。

 ネネカ個人としては、忠誠云々は互いの邪魔にならないのであれば問題無いと考えている。そこは理屈よりも感情の問題に近い。当人が忠誠を誓いたいと思ったのなら、少なくともネネカは拒むつもりは無い。

 だがその忠誠の結果として相手の立場等が悪くなるというのなら、ネネカ個人としてはその忠誠を拒みはせずとも一旦は留め置きたいと思うのだが。


『……ぷらいど、とやらはよく分からぬが。他の竜との付き合いに関しては気にするな。我らは同種族ですら常日頃より縄張りを巡って争い合う者。同族以外は基本、これまでもこれからも敵で変わらぬであろうよ』

「殺伐」


 本当に同族以外は敵の、野生のお手本であった。

 とはいえ分かりやすい話だ。何より忠誠を受け取る側としても、忠誠を誓っている者たち以外は襲ってくる限り敵で違いないのだから。


『ぷらいど……傲慢の罪都がその名でしたよね?』

「冒涜戦争以前は確かその名だったかと。現在はスぺルビアですけど」

「傲慢……流石に意味は違いそうだな。異世界特有の言葉だろう」


 後ろでヴェルサス、クルーベル、エリーゼの三人が何やらプライドという言葉について話している。

 どうやらこの世界にもプライドという単語自体は有るが、その意味はネネカの知るものと完全に同一という訳ではなさそうだ。


「んー……傲慢も意味としては有るけど。ただこの場合のプライドは、自尊心とか自負とかそういう意味になるかな」


 あまり違わないかもしれないけど、とネネカは言い終えた後に思った。

 行き過ぎた自尊心が傲慢となる。故にプライド。

 それをヴェルサスたちやルドラを始めとした風竜たちも理解したらしく、成程という風に頷いている。


『中々どうして皮肉と洒落の利いた言葉だの。無駄に自尊心だけは高い、西の水竜共に聞かせてやりたいわい』

「うむ、我も気に入ったぞ。クルーベル!後ほど皇城の辞書に書き加えよ!」

「御意。……やれやれ、今後は辞書が異様な分厚さとなりそうだ」

「今が極端すぎるだけだと思うんですが。何時になったら編纂し直されるんです?やたら薄いのとやたら分厚いのって」


 今こんなんですけど、とヴェルサスが両手の親指と人差し指で幅を示す。

 右の手の幅は指の関節一つよりも狭いものであり、左の手の幅はヴェルサスが全力で開いても足りないほど。

 それがもし本当にこのウルグリム大陸、もしくはウルグリム皇国の辞書の分厚さだというのなら、とりあえず薄い方は読み終えるのに十分も要らなそうだとネネカは思った。


「で。そのプライド的には大丈夫なの?私たち人類って竜より遥かに弱いけど」

『弱いのは認め……難いのが此処にかなり居ることは今は置いておくぞい』


 ネネカの言葉に、ちらりとヴェルサスたちを見ながら語るルドラ。

 その表情は、どこか微妙なものを見るそれになっている気がした。


「誰の事ですかね?」

「お前以外居らんだろ」

『クルーベルさんも含まれていると思われますが』

「いやお前ら三人だろ」

『目の前の人類全員じゃわい』

「うん、なんで私も含められた???」


 後ろで何やら言い合っている四人に、心底呆れた様子のルドラがツッコミを入れる。

 ルドラの意見は他の風竜たちも完全に同意見のようで、未だにバタバタしている竜王エンリルたちも何やら頷いていた。

 しかしそんな規格外たちに巻き込まれてしまったネネカはたまったものではない。

 確かに身体能力こそ優れているし魔力も極めて高いが、まだそれだけだ。高い身体能力はヴェルサスには決して及ばないし竜にも一矢届く可能性が僅かに有るかどうかというものであるし、魔力に至ってはそもそも扱いが未熟極まる。魔法などそもそも教われていない。

 そんな中で竜より遥かに強いであろう四人と一括りにされるのは、あまりにも実力が劣っていると思わざるを得ず。


「いや……天井に身体能力だけかつ壁に手を付くこともなく貼り付ける人が何言ってんですかね?」

「あれぐらい鍛えれば誰でも出来るじゃん」

「物理法則無視してんじゃねえよ」

『というかそんな異形な身体しとる人間が何処に居るんじゃ』


 異形な身体。

 実際ネネカの肉体は、外見こそ普通だが中身は様々な施術で異形だ。

 だが竜から見ても異形なほどとは、流石のネネカも想像していなかった。

 自身の身体がどうなっているのか。少なくとも生まれた時から真っ当に成長した肉体ではないだろうととうに理解していたが、様々な施術と薬品投与の果てに人類種以外からすらも異形と評されるほどとなっていたらしい。


『……まあ、一族の皆全てが全く思うところが無い、と言えば嘘になる。仮にも我らは竜。種として基本ヒトよりも遥かに強力な存在だ。其方らヒトにとっては傲慢に思うやもしれんが、竜の中でヒトを矮小な存在として見下す者は決して少なくなく、我らの一族にも少なからず今もそう思っておる者は居る』


 種としてヒトよりも遥かに強力な存在。

 それはこの場の誰もが認めていた。

 ヴェルサスたち例外中の例外は存在するものの、人類の九割以上が赤子の竜にすら太刀打ちできないほど、絶対的とも評せる能力の差が存在している。

 自分たちが例外だと認めているヴェルサスたちも、それに対し異を唱えるつもりは無い。


『ただ、今回は恩義の方が勝っている上……不思議なことに、今までは確かに存在していたあらゆる生物の上に立つ存在だという己の中の凝り固まった自負が消え去った者がとても多くてな』


 凝り固まった自負が消え去った。

 それ即ち、上に立つ存在であることに固執しない者が増えたという事。

 何故そんなことになっているのか。原因は一つしか考えられなかった。


「……もしかして、呪竜化と黒竜化を浄化したから?」

『恐らくは。……全く、我らの中の常識の認識にまで食い込んでおったとはの。誰が埋め込んだか知らぬが、腹立たしいこと極まりないわ』


 フン、と一つ鼻を鳴らすルドラ。

 その表情は、何かを心底恨めしく思っているようであった。

 無理もない。生まれた時から……否、生まれる前から、自分の中の常識や認識を一切望まないまま絶対的に強制され続けてきたのだから。

 在り方や生き方を強制されるだけならばまだしも、最終的に自我すら失う形で暴走させられるのだから。

 単純に生存競争に敗北する、殺される、生贄にされるよりも遥かに質が悪いと言えよう。


『そんなわけで。思うところが有る者は居ないわけではないが、敵対的という訳ではないので気にすることはない。各々の感じ方の違い、個性というヤツだ。ヒトにもそういったものは有ろう?』

「まあね。そこは否定する気は無いよ。皆が皆同じだったらそっちの方が気持ち悪いし。否定的な存在も居る方が自然だと思う」

『……大人だの』

「歳の割に大人び過ぎている気もするがな……」


 ルドラの端的な評価に、ヴァメルが些か呆れたように評する。

 まあ実際、齢12の少女としては物分かりが良すぎる方では有ろう。

 環境がそうでなければならなかったというのも有るが、それにしたって異世界への順応力といい元の世界への執着の無さといい、大人び過ぎているというのは否定出来るものではないだろう。

 無論、ネネカ自身もそれは重々理解している事なのだが。


『まあ其方が気にせんのなら有難いわ。むしろ反逆の可能性すら飲み干す寛大な王の器、と見ることも出来る故な』

「王とか勘弁してほしいけどね……下手に責任負うことになるし。誰かの下で好き勝手やれる方が楽」

『む。それは確かに』


 ネネカの言葉にルドラが同意し頷く。

 別にネネカもルドラも上に立つことが嫌なわけではない。上に立てば様々な理由で、下では得られぬ安息を得られる。その安息は人でも竜でも、落ち着いた暮らしを得る上では必須ではなくともあれば嬉しいものだ。

 しかし頂点は違う。頂点は頂点ゆえの絶大な責任も同時に重く圧し掛かってくる。それこそ、得られる安息なぞ豪雨の中で微かに燃える残り火の如し。

 様々な物語や歴史で、頂点に立つ者を作り、それを操る黒幕が多いのは、そういう理由だ。


『ルドラ、貴様ァ……あの時竜王の座を執拗なまでに固辞したのは、そういう事であったかァ……!』


 ルドラの背後から、物凄く恨めしそうな声が響いてくる。

 ルドラが振り向くと、そこには明らかに疲れ果てている竜王エンリルの姿が有った。

 竜王エンリルの足元には、多数の風竜たちがぐったりと倒れている。全員動いてはいるため、一匹たりとも死んではいないようだが、すぐには動けなさそうである。


『おや、王。今日は好調だったのですか?いつものように倒れ伏すのではなく、疲れ果てるのみで済ませるとは。王がご無事で何よりです』

『嗾けた張本竜がいけしゃあしゃあと……!』

『失敬な。私は潤滑な対話を執り行うための最善を成した。それだけにございますれば』

『いつもの数倍は芝居がかった調子で言われても信じられるか!つーか胡散臭ッ!そして捕まれ貴様!?』


 竜王エンリルはルドラに掴みかかっていくが、ルドラはそれを飄々と躱していく。

 会話から察するに日課の戯れのようなものなのだろうが、彼らが動く度に地面が揺れ風の衝撃波が発生するため、間近に居る者たちとしては全く以って安心できる要素の無い動向でしかなかった。

 ちらりとネネカが背後を見れば、いつの間にか皇都を覆うように薄い光の壁のようなものが展開されていた。恐らくエリーゼ辺りが隙を見て展開したのだろう。

 自分たちが結界で覆われていないのは、問題無いと判断したが故なのだろうが……ネネカとしては、一応自認は一般人なのでそういった扱いをされるのは些か不服であった。

 勿論そんなことをこの場で言っても、どの口が言うのかと言われるのは目に見えているため、決して口にすることは無いのだが。


『ほら、対処し終わったのなら話を代わってください。大筋は話しておきましたので』

『その前に一発殴らせんか貴様!ええい、小技ばっかりやたらめったら上手くなりよったからに!』

『王がいつも力押しばかりするからでしょうに。というか火竜を一撃でのめす力で殴りかかろうとしないでいただきたい。彼女たちをどれだけ待たせるおつもりで?』

『なら最初から実力行使で我を止めるな!あとこれはどちらかと言えば日々の怒りを込めた一撃じゃあ!』

『ならば尚更受けるわけにはいきませぬな。王の私への積み重なる怒りは、私など容易く消し飛ばせる故に』

『そこまで怒りが積み重なっていると分かっとるなら大人しく喰らわんかいィ!!!』


 ルドラは襲い来る竜王エンリルを尻尾と翼でぺちぺちとあしらっている。

 しかし対する竜王エンリルも疲れ果てた身体ながら微塵も動きを鈍らせることなく、ドカドカと周辺の大地と空気を大きく揺るがしながらルドラへと向かっていく。

 柔のルドラと剛の竜王エンリル、といったところか。王とその側近の在り方としてはある種の正しい形ではあるようだ。

 とはいえ。あくまでそれは竜の事情。人であるネネカたちからすれば現状は、ルドラと竜王エンリルの一挙手一投足で常人は立つことも許されぬほども地震が起きるわ、身体を粉砕するかの如き衝撃波が飛んでくるわ、危険極まりない。


「もーどっちが話すでもいいから話進めさせてくれないかなあ……」

「なんで超越した力を持つ奴らはこういう性格な奴らが多いんだろうな……」

『わー。どったんばったん面白いです!』

「ねみ……」

「……あれ?これもしかして私がどうにか収めないとダメな奴です???」


 閑話休題。


『まあそんなわけで。儂等は其方に忠誠を誓いたく思い、今日は無礼も承知で此処へやってきた、という事だ』

「……は、はぁ。としか、言えない……」


 改まって竜王エンリルより、そう告げられる。

 風竜たちがネネカに忠誠を誓いたいとなるに至った理由は理解した。

 呪竜化と黒竜化からの解放。即ち竜の宿命であり悲願の達成。

 それは確かに忠誠を誓いたいと願うに相応しかろう。

 風竜たちの命からすれば、ネネカの人生など瞬きのようなもの。その間に礼を返すとして、当のネネカが財に興味を持たないとなれば、竜に出来ることは極めて限られる。

 当然だ。人類種と竜種。そもそも種が根本から異なるのだから、感覚も大きく異なって当然であり、その中で互いが納得する形の礼など極めてごく僅か。

 むしろ異なる生態の知性と意思を持つ生命が、こうして限定的な部分でも通じ合えるだけ遥かに善い方だ。

 ただ。それでも。


「……ねえ、本当にこれどうしたらいいの?忠誠受け取った方が良い感じ?」

「お好きにどうぞ、と言いたいですけどねー」


 ふぅ、と軽くため息を吐くヴェルサス。

 その表情は明らかに、様々な面倒を予感して嫌がっているそれであった。


「……ドラゴンテイマーが前代未聞、つーか世界初なのに、一族総出……しかも無理矢理テイムではなく自ら忠誠を誓ってくるとか、そこの無駄にスタイルと頭の良い女以外は想定できるかって話だ」

「オイ」


 続いてヴァメルが、簡潔に現状の問題を纏める。

 さらりと余計な単語を加えたクルーベルの賛辞も含めて。

 そう。何もかもが前代未聞過ぎて、ヴェルサスたちでさえもこの先どうすべきかの最善が掴めていないのだ。

 ある程度の推測は出来る。竜の生態やネネカの性格などから、様々な事象を演算は出来る。

 だが演算は出来ても、どの未来も一長一短。善いところも有れば悪いところも有るものばかり。

 人生に絶対的な正解が存在しないのは当然の話だが、一先ずの選択肢ですら正解が全く以って分からないともなれば、この錚々たる面々ですら悩むのも致し方ない話だ。


『クルーベルさん的にはどうすべきだとお考えですか?』

「ネネカの好きにやったらいいんじゃねえの?」

『投げやり』

「しかも即答」


 こういう場面で一番頼るべき相手で有ろうクルーベルが、先ほどからある程度の相槌以外はこうして他の面々の判断に任せてばかり。

 一応彼女がこう言う時は、大抵既に彼女は様々な推測を正確に片端から考えた上で本当に好きにやって問題無いと判断している時に限るらしいが。

 だからと言ってこの世界初心者のネネカに雑に全てを押し付けられても困るというものだ。

 恐らく彼女は、その困る事すら推測した上で好きにやっていいと言ったのだろうが。


『悩んでおるのう。忠誠くらい気軽に受け取ればよいのに』

『それはそれで人類の文化と社会的に問題が有るのです』

『ふーむ。難しい事を考えるんじゃなあ、人類は』

『王が考え無し過ぎるだけです』

『やっぱ殴るか???』


 対する竜王エンリルとルドラも、困っているネネカたちの様子を見ながら何やら再び漫才を始めようとしていた。

 このまま見ていても然程問題は無いが、時間が再び取られるのは惜しいと思い、ネネカは竜王エンリルたちに問いを投げかける。


「えーとさ。まず大前提として、忠誠を誓うその気持ちに一切の嘘とかは無い、って考えた上で聞きたいんだけど……」

『む?裏切るなぞ人類では有るまいし、やる気は無いのだが……そんなに不安か?』

『王。単なる前提の確認ですこれは』


 とりあえず裏切りの心配は無さそうであった。

 まあ竜からすればわざわざ危険を冒して裏切りを行ったところで、得られる利も微かなものしか無いのだろう。

 その危険もヴェルサスがネネカと共に居る以上は致命的かつ決して無視できるものではないし、そもそもネネカが竜たちに裏切りを企てさせるほど不満を溜めさせるとも思えない。

 確認するまでもなく竜の中で裏切りは無いのが前提となるのは、ある種の必然とも言えるかもしれない。


「そのー……なんだろ。まあ色々最終確認だけど。まず、本当に私に忠誠を誓うでいいんだよね?私より強いヴェルサスちゃんとか、立場的に凄いヴァメルとかじゃなくて」

『今更ですが皇帝陛下は呼び捨てされているのですね』

「我がそうするよう言ったからな。式典でもないのに一々畏まられるのも面倒だ」


 直接竜種と対話可能と言えるのはネネカのみ。故にテイマーとして竜をテイムするのはネネカ以外に有り得ない。

 だが忠誠を誓うという点においては別に他の者でも事足りる話。あくまでネネカはテイマーとしてテイムすることで安全性を示す形で仲介するだけでも良いはずなのだ。

 そして。今この場に限らず人類全体で見た場合に意味という名の価値を持つ者として、この世界に来たばかりのネネカよりも他の者の方が良いとなるのは必然。

 例えば最強たるヴェルサス。彼女が竜を従えたとなればその威光は分かりやすくさらに輝きを増すであろうし。

 例えば皇帝たるヴァメル。彼が竜を従えたとなれば大概の者は竜に逆らう気など失せヴェルサスと併せ国の安定化がより進むだろう。

 そしてそれらは竜からしても、人類社会に関わる上で決して損の無い立場の者ばかり。何の立場も持たずただ絶大な恩を売っただけのネネカよりも、純粋な利で考えるのなら得が有る。

 故に、それを理解しているかという意味でネネカは問うた。が。


『くどい……と言いたいが、別種の我らからでも分かるその者たちを傍に置いては仕方なしか。とはいえその問いに対する答えはこれからも変わらぬよ。無論、ネネカ・クロツチ、ただ一人に忠誠を誓うのみ。我が一族の全て……これから生まれ来る者たちも含め全てが、な』


 それを全て理解した上で風竜たちは、ネネカの恩に忠誠という形で報いることを選んだという。

 今此処に居る竜だけではない。この後も生まれ来る全ての一族が、恩義に報いるという。

 当然世代も変わり続ければいずれは離れる竜も出てくるのだろうが、少なくともこの約束が続く内は忠誠を誓うという。

 ならば。


「……ん、分かった。じゃ、そこにはもう何も言わない。受け入れる」


 ネネカも、風竜たちのその意思を認め、一つ頷く。

 それ即ち、風竜たちの忠誠を認め受け入れるという証左。

 テイム関係こそ現在は無いが、この会話が終えた後正式に主従の契約のような形でテイム関係を結ぶことだろう。

 それはこの場の誰もが理解した。


「で。忘れないうちに他の質問も。……忠誠を誓った相手を……若干言い方悪いけど使うことが有った場合。何処までが許容範囲?あ、今言える範囲で一旦ね。細かいところは今後少しずつ」

『……いや、確認は助かるが、細かいな』


 しかし大事な事では有る、と竜王エンリルも認めた。

 いくら主従の関係になるとはいえ、踏み込んではならないラインというものは有る。

 細部はどう足掻いても個々で接する内に探っていくしかないが、大雑把に何が良くて何が駄目かなどはこの時点でも語ることは出来る。

 その点を疎かにした結果、関係を上手く回せずに砕け散った関係性は、現実でもフィクションでもよくあることだ。

 故にネネカは、事前に大雑把でもそのラインを竜に求めた。


『ふぅむ……許容範囲……。……基本的には侮られなければ構わんぞ?親しみ故の軽口等は許すが、無意味に我らを侮るようなことが有ればそれは許さん』

「親しき中にも礼儀あり、って言うもんね。そこは気を付けるよ」


 親しみは許すが侮りは許さないと語った竜王エンリルに、ネネカは頷く。

 竜は根本的に人よりも強力な存在。呪竜化と黒竜化から解放されても、その自負は過剰ではなくなっただけで健在だ。

 風竜たちがネネカに仕えるとしても、決してその自負へ繋がる実力が損なわれたわけではない。むしろ呪竜と黒竜の軛より逃れたことで、その実力は更なるものとなっていてもおかしくない。

 それを侮られては、いくらネネカに恩の有る風竜たちでも我慢ならない時も有ろう。


「……親しき、なんとかって言葉、有りましたっけ?」

「少なくともうちの国じゃ聞かねえ言葉だな……北西ならこういうのは有りそうだが……」


 背後でヴェルサスとクルーベルがそんな会話を交わしている。

 どうやらこういった慣用句はウルグリムにはあまりないらしい。

 まあつい最近と呼べる規模であまりに長い間戦争をしていた大陸なのだから、そういった慣用句が存在しないのも仕方ないのだろうが。


『そういう其方は気を付けてほしい事は何かあるか?我らは竜ゆえに、不意に人の子の禁忌に触れてしまうやもしれぬ』

「ん?んー……まあ、私もとりあえずは侮ったり敵対したりしなければ、ってところ?……色々展開が急すぎて、これ以上思いつかないだけだけど」

『ああ……うむ、まあそれは仕方あるまい。今後接する内に、互いに少しずつ詰めていくとしよう』


 それでいいのか、とヴァメルがネネカの背後で呟く。

 とはいえこれ以上この場で詳細を詰めることは互いに難しい。

 なんだかんだネネカは目こそ覚めているものの、昨日の疲れといつもより早い起床時刻という事も相まって正常に頭が働いているとは決して言えない状況であるし。

 風竜たちも若干興奮冷めやらぬままこうして此処に居る状況だが、つい昨日まで竜王エンリルは膨大な呪詛によってその命を蝕まれていたのだ。それが回復しきっているとは到底思えないし、興奮も相まって冷静な判断が出来ているかは怪しい所がある。

 そもそもこういった信頼関係の内の踏み込んではいけない部分は、接していく内に探っていくものも多い。別種族ともなれば尚更この場で全てを決められるものではない。

 どのみち今は、暫定として互いを大雑把に傷付けない程度に留めるのが限界だ。


「で。次が最後……というかむしろ本題というか、目下一番の問題だと思うんだけど」

『ほう……?』


 改まって、一番の問題などとネネカが評する事。

 それは何事かと、風竜たちは警戒を露わにし。


「あのー……安全保障とかその辺りの関係で、多分というか確実に私に忠誠を誓う以上は私がテイムする事になる……ん、だろうけど」

『うむ。まあ、それは理解しておるよ。幾ら危害を加える気は無いと言っても、人からすれば不安で仕方なかろうしの』

『ん?テイム……?』


 竜王エンリルがテイム関係となる事に風竜を代表して肯定的な意見を述べる傍で。

 ルドラが、何かに思い至ったように軽く表情を歪めてぽつりと呟く。

 ネネカとルドラが思い立ったことは同じ。

 故にネネカは、確実にテイムするのであろうその立場から、最大の危惧を迅速に伝える。


「この数をどうやってテイムするの?」

『あ』

『そうだったなあ……』


 竜王エンリルはネネカの言葉を受けて、思わず自身の背後を見る。

 そこには容易く皇都の南部郊外を埋め尽くす、膨大な風竜の群れ。

 数にして大雑把に見ても100や200どころではない。

 そして忠誠を誓うと決めたのは、この場に居る風竜だけでなく、自身の率いる砕の風竜族全て。その総数は現在の数でさえ数十万は居り、今後もその高い繁殖力で増えることを考えれば数は桁が一つや二つ上がってもおかしくない。

 テイムの詳細条件こそ分かっていないものの、暫定で名前が鍵になるということは分かっている。

 さて。ではここで冷静に考えてみよう。

 テイムのために必要とはいえ、100や200もの名前を用意できるか。

 ……出来なくはないが、現実的ではない。極めて非常に大変だと評さざるを得ない。竜の認識を以ってしてもかなり面倒だと言えよう。


『……どう、こう……どうにかならんか?』

「私に言われても……」


 向き直った竜王エンリルが心底困ったように言ってくるが、ネネカにもどうしようもない。

 そもそもテイムのシステムが良く分かっていないのだ。ゲームならばまだしも、現実故に手探り過ぎて。

 名付けをした結果テイムが出来たのも、結局はそういった前例が有ったから出来ただけで、本当に名付けが鍵となってテイム成功となったのかもよく分からない。

 他に手段は何かないかと、ネネカは背後の面々へと無言で助けを求める。


「……生憎と私も殆ど知らないんですよねー、テイマー関係のは。専門外過ぎるもので」

「我もヴェルサスとそう変わらんな。そもそもウルグリムは肉体と魔法で鎬を削る者たちの大陸。テイマーのような外部の存在に明確に頼り切る文化があまりにも無い」


 ウルグリム大陸は戦乱の大地。それは今までで散々にその残滓すらも見てきたために、ネネカもよく理解している。

 だがその戦乱はあくまで人のもの。人と人の争い故のもの。

 他の魔獣同士の縄張り争いなども有りはしたのだろうが、人類種にとっての戦乱とは人による戦乱。魔獣のような明確な他種族の介入する余地は少ない。

 加えて。テイマーの適性は極めて非常に限定的なものが多く、恵まれた環境であっても自覚することすら難しい上に、それが明確に戦力となるかもかなりの賭け。

 中には戦闘向きでない魔獣のテイマー適性や、家畜動物のテイマー適性を持つ者も居ることだろう。ネネカのような規格外の最強クラスの存在に対しテイマー適性を持つ方がおかしいのだ。

 人同士の戦乱の世界で、そんな一か八かに手を出そうとする者が消えていったのは、自然なことなのだろう。

 そして。その知識等が大陸内で消えていったのも。


『クルーベルさんはテイマーに関して何かご存知でしょうか?以前、テイマーについて何やら調べていらっしゃいましたが』


 上空でエリーゼが、クルーベルに問うていた。

 どうやらクルーベルはこの大陸に在って、テイマーの事を調べたことが有るらしい。

 この中で最も頭がいいらしいクルーベルの智慧ならば、何かいいアイディアが浮かぶのでは、とネネカは密かに期待するが。


「……期待に沿えず悪いが、俺が持つテイマーの情報も結果としてはヴェルサスとそうは変わらねえ。そうでなくてもドラゴンテイマーなんてのは前代未聞。竜種は総じてそもそも生物としての位相が違う存在。他存在のテイムとは訳が違ったとしてもおかしくはねえよ」


 どうやらクルーベルもあまり詳しい情報を持っているわけではないようだ。

 しかし、結果として、と言った辺りある程度の情報は有しているようだ。

 ネネカは上空のクルーベルに、それを問う。少しでも効率的なテイムの参考になるようにと。


「……頭の回転が速いだけで、別に知識が豊富なわけじゃねえんだけどな、俺。物覚え自体は悪い方だし」

『大丈夫です。色々憶えたのに忘れている私に比べれば、十分に知識を活かせておりますよ!』

「全然方向性の違う慰めをありがとよ!」


 何やら上で漫才が行われている。

 心なしかクルーベルの口調は少し雑で、エリーゼの言葉もどこか天然が絶大に入っている気がする。

 昨日までのネネカと接していた時とは異なる、とまでは言わないが、やはり親しい仲ゆえの気安さがそこには有るように感じた。


「とりあえず俺が特別知っていると言えるのは、テイマー能力の所有者は適正対象の存在と自然な会話が可能だってのと、テイム関係と成るための方法は人それぞれで異なるって二点だけだ。そして今回重要なのはテイム関係と成るための方法で、俺の持つ情報は今言った通り正確性こそあれど正解のない情報。ましてドラゴンテイマーなんか前例がねえ。だから結局のところ、ヴェルサスの持つ情報とそう変わらんと言った。以上だ」


 クルーベルはそう言って、再び風竜の群れへと視線を戻した。

 相も変わらずふわふわと、エリーゼと共に宙に浮かびながら。

 テイム関係と成るための方法は人それぞれで異なる。成程、それは情報として特別保有していたとしても語る意味が無い。

 結局のところ、膨大な数の風竜のテイムのための助けには微塵もならなかった。それが結果だ。

 知識が豊富でなくとも軍師を務められるほどに頭の回転が速いクルーベルが、何も語らずに居たのも納得だ。彼女は確実にこの場に風竜が現れたその時から……否、それ以前からこの問題に直面していたであろう。


「……じゃあ、どうしよう?」

『頑張れネネカ』

『無茶が過ぎます、王』


 この世界の基準で考えても色々超人じみているネネカでも、流石に名前のレパートリーまでもが無限に湧いて出てくるような頭脳を持っているわけではない。

 あくまで他人より様々な能力が優れているというだけで、決して完璧超人という訳では無いのだから。


「……純粋にどうにかするというだけなら、一応案は有るのですけどね」

「まあ、ね」


 一応この場に居る全員が例外なく、単純にこの状況をどうにかするだけならばどうにでもなる手段へと思い至ってはいる。

 数字だ。

 膨大な数が居るのなら、当然膨大な数字も必然的に発生する。雑に名前という記号が必要ならば、その数字をそのまま使ってしまえばいいだけの話だ。

 それは風竜たちも最善では有ると思い至り、言葉にせずとも認めている。

 しかし誰一人としてそれを提示しなかった理由があった。


「……心理的なものも有るけど、絶対後々ややこしくなるからなあ……」

『まあ……そうよなぁ……』


 自分たちと同じ意思ある生命を数字だけで区別するなど、まるで奴隷の扱い。

 決してこの場の誰一人として、そういった悪辣な上下関係を築きたいわけではない。竜の能力や立場を考えても、ネネカ個人に忠誠を誓う良き隣人となるのが互いにとっての最善だ。

 それを数字で区別するなど、まるで人が竜を隷属させているが如く。

 結果としては似たような形となるとしても、そこへ至る過程を決して内面的にも対外的にも悪辣なものを介入させたくないこの場の皆としては、それは最終手段に他ならないのだった。


「……ぶっちゃけこういう時って本当にどうしたらいいの?」

「人類相手ならまだしも竜相手は流石に例に出すにも難しいですねー」


 一応、人類同士のやり取りならば幾らでもやりようは有ろう。こういった大規模な人材の流入など、国を管理する上では日常茶飯事故に。

 ただ今回は相手が竜かつその数が大規模どころでは無い故に、この場で様々取り決めるには何もかもが例外極まるのだ。

 風竜たちも、これからはネネカに忠誠を誓う形で人類に寄り添う存在となるからには人類との関係は善いものとしておきたいが、如何せん自分たちの能力も何もかも人類の大半からすれば恐ろしいものだと十分に理解しており、その状況下で寄り添う存在として受け入れてもらうにはあまりにも前例が無さ過ぎる。

 割と勢いとノリでこの状況となった弊害が、此処に集約されてしまっているのだ。


「とりあえず竜王……と、その側近を数名だな。代表としてテイムして、受け入れておけ」


 そうして頭を悩ませる中で、上空からクルーベルの冷静な声が響く。

 それはこの膠着した状況を一先ず解き解す救いの手だった。


「風竜たちには申し訳ないとは思うが、一旦人質のような形で抱えさせてもらう。その間にどうにか理者を集めて、詳細をどうするかの会議を行う。また並行して、これまで存在した様々なテイマーについての情報をも集める。それらが揃った後、改めてお前たちにもその情報を伝えた後、細部を取り決めてネネカにはお前たちの一族を率いるドラゴンテイマーと成ってもらう」


 クルーベルは一通り語り終えた後、それでいいか?と確認を取る。

 ネネカはちらりと竜王エンリルを見ると、竜王エンリルも同様にネネカへと視線を向けていた。

 その視線には、暫定としては問題無いという意思が込められていた。

 ネネカと竜王エンリルは静かに一度頷く。

 クルーベルの提案を受け入れるという意の頷きだ。


「あとはお前らで好きに決めてくれ。正直面倒だ」

「ちょい」


 あふ、と欠伸しながら視線を皇都側へと向けるクルーベル。

 その様子はまるで、現状に興味を失ったが如く。


「……頭の良い人って、なんでみんなこんな感じなのかなあ」

『他にも居るのか……』

『元の世界にはいらっしゃったのでしょうね』

「まあ……どこの世界でも似たような人は居るんでしょう」

『環境こそ異なれど、考えることは似たようなものであってもおかしくないからの』


 ともあれ。結果として膠着状態であった現状が打破された事には変わりない。

 ネネカは若干複雑ながらもクルーベルに感謝を心の中で述べつつ、竜王エンリルへと向き直る。


「じゃ。とりあえず今日のところは……もう名前持ってるし、竜王エンリルとルドラを、でいい?」

『そうじゃな。うむ、一旦わし等だけで頼もう』

『王。少しは同族の駄々に耳を傾けてください』

『煩い。儂には聞こえん』


 王、と心底呆れたルドラの呟きがこの場に落ちる。

 恐らく風竜の精神内で密かに喧嘩でも起こっているのだろう。

 それをガン無視で竜王エンリルは、一先ずのテイム対象となる事を選んだ。

 王自ら犠牲になる覚悟、と言えば聞こえはいいが、その実テイム関係を面白がっているようにしか思えない。

 まあ竜とて常日頃から縄張り争いを繰り広げているわけではない。その上で長い寿命を持つのだから、なんだかんだと暇なのだろう。

 そして。悲願を果たせたばかりか健全な暇潰しも見つかったともなれば、それは竜が一族総出で興奮するのも致し方ない事なのかもしれない。


「ん。じゃあこれから改めてよろしくでいいの?竜王エンリルとルドラは。……ついでに全員テイム状態になればいいのになあ」

『うむ、改めて宜しく頼む。……こう、意識を繋げたらどうにかならんか?』


 ネネカは竜王エンリルとルドラへ、何となく繋がりを意識する。

 同時にネネカと竜王エンリルとルドラの間に発生する、テイムの関係性。

 昨日と同じ、曖昧ながらも確かに感じる縁。

 テイムは不思議な感覚だなあ、とネネカがふわふわと考えながら、脳内のイメージとしてゲームのキャラの一覧のように浮かばせ。


「ちょ、なん、おぼぼぼぼぼ!?」

『ぬお、おぐ、おおおおお!?なんか糸に絡まった感覚!?』

『こ、これは……以前クトゥルフ共の巣に絡まった時と同じ……!?』

「え、何、何事コレ!?」


 そしてそこに突如現れた膨大な情報量に溺れ、平衡感覚を失い倒れるネネカ。

 瞬きするよりも早く動いたヴェルサスが即座にネネカを抱えたため地面に倒れる事こそ免れたが、抱えられてなお増え続ける膨大な情報量にネネカは激しい頭痛を覚え、立つこともままならない。

 明らかな異常。それもテイム関係を結んだ直後に。

 ヴェルサスは即座に昨日のテイム時の前例から呪詛でも流れ込んだのかと考えたが……そういったものが有るようには思えず。

 しかしテイム直後に双方に異常が起こっていることは事実。であればテイムに際して何かが起こったという事だが。


「大丈夫ですかネネカさ……何、この……線?多すぎるけど」

「あ、頭……凄い、情報……」

「は?情ほ……あ、まさか」


 頭痛で目を開けることもままならないネネカを抱えながら、ヴェルサスはその眼でネネカと風竜たちの間を見る。

 そこには視界を埋め尽くすほどの膨大な線が有った。

 その正体を察したヴェルサスは、一つ大きなため息を吐く。


「……才能が有り過ぎると、それに振り回される人生になるんですよねえ」


 心底の共感を込めて、ヴェルサスは誰に聞かせるでもなくそう呟く。

 自身も何度も経験していることだ。己の意思に関わらず、己の才覚を周囲が放っておかず、それに振り回された人生を送る。

 もしヴェルサスの才覚が現在のどれか一つでも欠けていたのなら、今頃ヴェルサスは地味に部分的であっても破格の才覚と能力を有しているがそれを振るう事の無い一般淫魔として過ごしていたことだろう。

 最強の称号も、十賢者の座も、全てを得ることなく、失うこともなく。

 才能とはある程度ならば人生に役立つものとなるが、一つの身に抱え過ぎればその身の在り方をある程度強制させてしまう代物の名だ。

 ヴェルサスもネネカも、只人とは決して呼ぶことを許されない破格の才を複数有して生を受けている。

 そしてその才能が、今こうしてネネカ自身の身をも苦しめる形で発露している。汎用性も何もかも優れ過ぎた、竜種に対するテイマーの才が。


「……おい。勝手に一人で納得されても俺らは困るだけなんだが」

『何が起こったのですか……?なにか治療を行った方が……?』

「マジねみぃ……夜更かししすぎたか……」


 ヴァメルとエリーゼが心配そうに、今も苦しむネネカの顔を軽く覗き込む。

 クルーベルは相変わらず上空で欠伸をしていた。どうやら夜更かしした結果らしい。

 ヴェルサスはそんな三人の様子をほんの一瞬だけ視界に収めた後、ネネカへと視線を戻しながら落ち着いて告げた。


「テイムは成功したようです。ただ、どうやら竜王エンリル……ルドラも関係あるかな。とにかく風竜の一族の中でも王とそれに次ぐ存在を同時にテイムした影響か、それとも精神を共有できる風竜の性質故か。少なくともこの場に居る風竜……や、全部か?この風竜族全てとテイム関係と成ることが出来たようです」


 ヴェルサスは淡々と、己の視界に映る情報から読み取れる出来事を伝える。

 ヴェルサスの様子から自分たちとは異なるものを視ていると理解したヴァメルとエリーゼは、特にそれに疑問を覚えることもなく発せられた情報に軽く驚く。


「……一度のテイムで、全ての風竜と、か?」

「少なくともこの場に居る風竜とははっきり縁が見えますね。角度的に山の方に居るのとも繋がってるかもなあ、みたいな」


 ヴェルサスはネネカと竜の間に繋がる莫大な数の線を辿り、内幾つかが明らかにこの場に居る風竜ではなく遠方の存在と繋がっていると判断する。

 尤もそれに確証が有るわけではないが。

 何しろネネカと繋がる縁の糸は軽く見て数百では済まされない数が伸びているのだ。

 その中からこの場に居ない風竜と繋がる縁の糸を辿るなど、ある程度場所を整えて注視しなければヴェルサスとて分かるものではない。


『成程……では何故、ネネカさんは苦しんで居られるのですか?あと、竜王エンリル様とルドラ様を始めとした風竜の皆様も』


 続いてエリーゼが問うてくる。

 ネネカが強烈な頭痛に苦しみ辛うじて意識を保っている現状と、風竜たちがこちらに気を向ける余裕もないほどバタバタしている理由を。


「どうやら莫大な数のテイムを同時に行った事により、その情報が一気に押し寄せてしまったようで。風竜はそのテイムの縁の線に絡めとられているようですね」


 ヴェルサスの返答を聞き、ヴァメルは心底嫌そうに顔を歪め、エリーゼはキョトンと疑問符を頭に浮かべる。


「情報圧か……アレは確かにキツイ。しかも風竜の数からしてあの時の数十倍だろうしな……気絶もままならんだけか……」

『絡め……あ、クトゥルフやショゴスのような……ですがこれ程ぐちゃぐちゃになるものでしょうか?然程でもなかったと記憶しているのですが……』


 それぞれが注視したものは異なり、それに対する反応も異なる。

 単に己が経験したことの有るものに対して反応しているだけだ。

 ヴァメルは頭痛の原因である莫大な情報圧を。エリーゼは本来不可視で触れられないモノに絡めとられるその感覚を。


「情報圧はまあ……頭痛は私が対処しますが。とはいえ情報量由来のものですし、少し時間はかかりますかね。あと絡めとられる云々は私らだから問題無いだけであれ本来は竜でもまあまあ面倒な奴です」


 ヴェルサスがネネカの額に手を当てて、軽く闇属性の魔力を流す。

 闇属性である理由は単純。光属性の魔法による治療は意味を為さないからだ。

 ヴェルサスたちが情報圧と呼ぶそれによる頭痛は脳の処理の負荷によるもの。生身の人間が一度に受ける情報としてあまりに膨大過ぎた結果、脳の情報処理能力が限界を迎えてしまい、超過分がそのまま肉体への負担として圧し掛かっている状態だ。

 これを光属性魔法で対処した場合、瞬間的には効果がある。頭痛の解消という形で。

 しかし光属性魔法によって頭痛を解消したところで、脳の処理の負荷が消えるわけではない。結局のところ、原因を解消するには至らない。

 勿論光属性魔法によって原因ごと解消する方法が無いわけではないが、数多の魔法性質と極めて高度かつ繊細な技術が必要となり、失敗すれば脳に致命的な傷を残す可能性が極めて高い。当然出来る者の時点で現在世界に4人と限られており、内2人であるヴェルサスとエリーゼも失敗時のリスクが高すぎてあまりやりたい事ではない故に、エリーゼは決してネネカの治療のために手を出そうとはしない。

 しかしその点、闇属性魔法ならば比較的簡単かつ安全に原因の解消を施すことが出来る。

 痛みそのものを弱める、負荷をかけている情報を一部封印する、流れ込んでくる情報量を制限する、など様々な形で作用させることが出来る。

 鎮痛剤や睡眠薬にも用いられる闇属性の魔法。危険な魔法属性とされることも多く実際危険なものが多いが、その実光属性魔法よりも汎用性と利便性において遥かに勝る。

 ヴェルサスはそれ故に、ネネカの頭痛とその原因を和らげるため、両の手で闇属性の魔力を軽く流し込み続ける。


『竜でも面倒……?そうでしょうか?』

「……そりゃあの時、縁の線とそれを使ってる奴に片端から雷撃かましてたからなオマエ……」


 エリーゼが首を傾げて疑問を素直に述べ、それに対し上空からクルーベルが心底の呆れを述べる。

 口にこそ出さないがヴェルサスもヴァメルも全くの同意見で有った。

 縁の線とは当然本来は視覚的に見えるものではなく、触れることも出来ない代物。

 視えたところでただ存在と存在の様々な縁を示すだけのもの。何一つ意味はない。

 が。世の中にはその何一つ意味の無いものに意味を与えられる存在が稀に居り、そういった行いが可能な者たちは総じて恐ろしく強く賢く、そして使い方が上手い。

 例えば。縁の線を蜘蛛の巣の如く張り巡らせつつ粘着力を与えることで、常人には決して視認も認識も出来ない恐ろしく強力な網を仕掛ける。

 例えば。縁の線を対象に直接繋げそれを介して攻撃することで、相手が何処に居ようが何をしていようがどんな攻撃を放とうが糸を辿るように必ず相手へと当たる必中の技とする。

 そういった使い方も出来てしまうのが、縁の線と呼ばれる繋がり。概念的なものとも言えるそれを、限定的に物質化させたものだ。

 ただ。この縁の線には例外なく一つのリスクがあり、ヴェルサスや竜種を始めとした更なる強者たちはそのデメリットを酷く嫌うが故に用いることはない。

 理由は単純。縁の線を視認、利用できる存在に用いた場合、ほぼ確実に利用され返されるからだ。

 結局のところ縁の線の強みとは、圧倒的な不意打ち性能の高さと格下殺し性能の高さ。

 そしてヴェルサスを始めとした更なる強者たちは、ほぼ誰もが当たり前のように縁の線に干渉出来るどころか、自身に敵対的な縁の線を介した行動は無効化、または自動で逆利用して反撃を行える。

 故に縁の線は、一定の強さを持つ者が主に用いる戦法でしか無く、ヴェルサスたち更なる強者には面倒では有っても脅威にはなり得にくいのだ。


「まあ……聖女の割に脳筋なエリーゼさんは置いておくとして。今風竜たちが縁の線に絡まって苦しんでいるのは、無理矢理断ち切るわけにもいかないそれが恐ろしい数具現化しているが故です。ほぼ確実に風竜は縁の線を扱えますし、誰かしらが縁の線を実体化させる技術を使っていたのでしょう。それがネネカさんを介して全ての同族の風竜の縁の線までも具現化してしまい」

「現在こうして、こんがらがっている、と」


 ヴァメルは心底気の毒そうに風竜たちを見ながらそう纏める。

 エリーゼは相変わらず縁の線については疑問気ではあるが、気にしたところで意味は薄いので誰も気にしないことにした。

 誰が縁の線を用いているのかは分からない。少なくともネネカではないだろう。

 将来的にネネカは縁の線を使えるようになる才覚は十分すぎるほどあるが、今使えるわけではない。そもそもそういったものが有るとも理解出来ていないだろう。

 であれば必然的にテイム関係と成った風竜の誰かが用いているのだろうが……。


『ええい、いいから全員これを解除せんか!?引き千切るわけにもいかんから本当に動けんぞコレ!?』

『巣!巣のふざけ散らかしてる馬鹿共!一旦止まれ!?こっちの被害がより悪化する!』

『あだだだだだ!?痛い、物凄く痛いです竜王エンリル!?』

『首の角度が本当にギリギリだから!マジで不味いから!!!つか切れる!!!』

『目が!!!目がァ!!!よく見える!!!』

『そらおどれはええやろうのう!?こちとら背骨ギリギリだが!?』

『関節!!!関節が極まってェ!!!』

「うーん、酷い事になってますね」

「線が見えなくても状況で大体分かる」


 その当の風竜たちは、揃いも揃ってこちらに意識を向ける余裕は微塵も無さそうだ。

 ヴァメルの視界には何もない場所で風竜たちが固まり苦しんでいるようにしか見えないのであろうが、ヴェルサスにはまあまあ大惨事がしっかりと視えている。

 仕方のない事だ。縁の線は断ち切る事だけは出来ない。

 正確には難しいことだが出来ないわけではない。実際、ヴェルサスを始めとした縁の線を逆利用できる者は大抵が断ち切ることは理論上可能としている。

 が、それを行った場合様々な事象が歴史ごと変わる事さえ有る危険なもの。双方に甚大なリスクがあるため、ヴェルサスですら可能であっても決してやろうとは思わない。

 風竜たちも、断ち切ろうと思えば断ち切れるであろうが行おうとはせず、絡まったままとなっているのはそういう理由だ。


「……色々、場を改めた方が良い気がするんですけどね」

「後々に残しておく方が面倒だ。時間かけてもこの場でどうにかしろ。軍師命令だ、ヴェルサス。現状にも対処しろ」

「えー、めん……え?私だけ?ってことは私が全方位どうにかしないといけないの?めんどくさっ!?」


 クルーベルからの命令に思わず愚痴を漏らすヴェルサス。

 状況的に考えてヴェルサスしかこの場を安全に確実にどうにかする術を持ち得ていないが故ではあるのだが、それも正確に理解出来てしまうだけに愚痴を抑えられないのだろう。

 どこまでも最強で万能な才を持つ己を半ば呪いながら、ヴェルサスは頭痛で声も上げられぬほど苦しみ続けているネネカに闇属性の魔力を送り続けた。

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