34:最強とその他大勢
備えは有った。
何時、誰が、どういった形で襲撃してきても、最低限の対処は行える程度の備えは有った。
仮にウルグリム皇国の全軍が攻めてきたとしても、地形と罠と武装で最低でも数分は耐えられる備えが有った。
稼いだ数分で以って、この大地に無数に存在する同胞へと、壊滅を知らせる手段も数多用意していた。
その、全てを。
「なんだ、これは」
一人の獣人の男の眼前に居る、幼子は。
時間を止め、空間を歪め、地水火風を操り、光と闇で閉ざした。
呼吸するように、瞬きすら済ませる前に。
一瞬すら生温い時間の中で。
「なんなんだ、これはぁああああああああああああああああああああ!!!???」
「煩いですー。生憎と今は騒音プレイの気分じゃないんでー」
椅子に縛り付けられた男の膝に、向き合うように座っている幼子。
男の視界で、唯一明確に存在が認識できるモノ。
世界が最強と認めた者。死の一文字を二つ名として持つ者。
【死の魔剣士】ヴェルサス・ヴァナディース。
万全のはずの備えは、盤を破壊されたどころか、盤を置いていた場所から粉砕され、全てが無力と終った。
「おまえ、お前は、おま……!!!」
「語彙力を殺したつもりは有りませんよ?あ、それとも最初から有りませんでした?有り得なくは無いですし、別に軽蔑しませんよ。こーんな戦い以外何にも考えてない大陸で育ったモブに、最初から知性なんて期待しちゃいないので」
退屈そうに、吐き捨てるようにそう言ったヴェルサス・ヴァナディース。
変化は突然とすら言えなかった。
男は、男が率いる組織で会議をしていただけだった。
大国ウルグリムの現在に対し反旗を掲げる者たちとして。今日も今日とて同志と共に、ウルグリムへ痛打を与える手段を模索していた。
今日の特別と言えば、先日皇都ベーツレーム付近で発生したスタンピード・ラヴェジャーの残滓魔力を用いた、同志【呪幻神官】ラフォン・フィオルテによる呪竜計画を実行し、失敗したこと。
しかしそれは元々ラフォン・フィオルテ個人の計画だったこともあって、男の率いる組織との関係は計画の実行に際し送り出しつつ、スタンピード・ラヴェジャーで回収しておいたホロウを渡しただけ。
当然それも、数百の特殊な使い捨ての容器に収めていたホロウを、数百のダミーと併せて、サザンベルス山脈周辺の地域に置いただけ。置いたのも、一か所に付き一つずつ。規則性など築かせないように配置しただけ。
既に組織の内部では、ラフォン・フィオルテは最初から所属などして居なかったことになっている。敗れた者の名を残し続けてボロが出るなど在ってはならない。
二つ名を持つほどの魔法使いであったラフォン・フィオルテは、そんな遠隔に存在する自分のものでは無い魔力……それもエルフでは吸い込むだけでも有害と成るホロウを容易く操り、自身の命すら文字通りに消費して、己が持つ魔法特性と併せてサザンベルス山脈に存在する風竜たちの王を呪い、王を介してサザンベルス山脈の風竜たちを支配した。
環境さえ違えば間違いなく十賢者となっていたのであろう者の偉業。その支援を、超遠隔から偽造工作も交えて行っただけ。ラフォン・フィオルテが風竜を支配した末に何をどうするのかまでは聞いていなかったし、現在の彼が何をしているのかも知らない。
今日のそれは確かに屈指の特別ではあったが、組織にとってはいつも通りではなくとも今までも似たようなことは有ったし、何度も行ってきた。
今回も問題無く済むだろうと、高を括っていたのは否めない。
だが、それでも。そうであったとしても。
こんなに早く。こんなに一瞬で。
たった一人によってこれまで積み重ねた全てが無駄になるなどと、誰が想像できるものか。
「お前、貴様、お前は……ごも!?」
「貴方がたのその滑稽な口はサディズムが刺激されて個人的にはとても好いとは思いますし、皆さんのその刺々しい敵意全開な視線もマゾヒズムが刺激されてとても昂ります。最近ご無沙汰だったことも相まって、皆さんを魅了してというのも考えましたしね」
「ぼ、ごぼ、ぼぼ!?」
「ですが今はお利口さんモードにつき。そんな中でその煩い口はただ邪魔なだけ。ですので、塞がせていただきます。ああ、殺しはしませんのでご安心を」
表情だけはにっこりと笑いかけてくるヴェルサス・ヴァナディース。
しかし、男らにはそこに楽しさが有るとは到底思えなかった。
その表情から感じるのは、途轍もない怒り。
様々な感情が混ざり合っているのが分かる、混沌とした怒りが彼女の内に渦巻いているのが嫌でも分かった。
「正直ですねー。ネネカさんの手前、結構取り繕っては居ましたけどー。……私、貴方がたにはそこそこにぷんすこしてるんですよー?」
そう言いながらも表情は変わらず笑っている。
その内にどれだけの怒りが込められているのか。男たちには想像できなかった。
しかし同時に疑問も尽きなかった。
何故それほどの怒りを得ているのか。
それほどの怒りを持って起きながら、なぜ自分たちは今生きているのか。
そんな者たちの疑問に答えるが如く、表情を変えることなく続けて語りかけてくる。
「まーあー?ぷんすこしてる理由なんてぇ?貴方たち程度に言うつもりサラサラないんですがー。残念でしたぁ」
前後も何も分からない空間に、誰かの絶叫が響く。
どこかでヴェルサス・ヴァナディースが苛立ちに任せるまま攻撃をしたのだろうか。
誰も彼もの視界が固定された上で、見える全てが混沌そのものと化した中で、誰の絶叫だったのか。
そこまで考える余裕は、この場ではヴェルサス・ヴァナディースだけしか持っていなかった。
「そもそもー?ぷんすかしてる理由をどれだけ熱弁してもぉ?気狂い共には意味無いの分かってるんでー?そーんな無駄なことするくらいならぁ、一人でオナってた方がよっぽどか有益ですしー。貴方たちもそう思うでしょう?思わないはず有りませんよねー?」
混沌の中から再び誰かの絶叫が響く。
この混沌を引き起こしているのであろうヴェルサス・ヴァナディースが、混沌の内に在る者たちへと恐怖を伝えるために、わざと音だけは通しているのだろう。
願うは、この絶叫すらもヴェルサス・ヴァナディースが魔法で生み出しているだけだということだが。
しかし相手は【死の魔剣士】。自国の民へすら数多の死を与えている、この世で最も生命を奪ってきた存在。
殺すことに慣れ過ぎている存在が、敵対者である男たちへとそのような慈悲を持つとは、到底思えなかった。
「まー、それはそれとしてー。これから貴方がたを拘束したまま、皇都に運搬するわけですがー。あ、暴れても構いませんよぅ。その時は玩具にするだけですのでぇ」
「フー、フーッ!?」
「息、荒くなってますよー?そんなに私の身体に興奮してくれてるんですぅ?いいですねー、ソドミーでも如何です?と誘いたいところですが、残念でしたぁ。生憎と今の私は確かに昂ってこそいますけどお仕事モードなのでー」
くすくすと、不気味に笑いながらヴェルサス・ヴァナディースはふわりと浮かび上がる。
貼り付けられた表情は、何も知らぬ者が見れば個人の意思に関わらず誘われてしまうであろう程度には、蠱惑的で淫蕩な笑みだったが。
彼女が【死の魔剣士】であること。笑みを向けられている者たちは彼女以外の見える全てが狂っていること。
何より、その蠱惑的な雰囲気に誘われ手を出したが最後、敵対者である以上はただ最上級淫魔の彼女にあらゆる形で使われて終わることが定まっているが故に、今この場に居る者たちは決してそれを好いものと見ることは出来なかった。
ウルグリム皇国における拷問及び処刑手段としても用いられるそれだと知りながら誘われる者が、一体何処に居るというのか。
悲しい事に決して少なくない数が居る。そうして無限の極上の快楽に流されるまま、己の知る全ての情報を吐き尽くした末に、自身の命すらも吸い喰らわれる。
同じ十賢者同士ですら保有する情報量に差が有るのは、これによって得ている情報の量が桁違いというのが大きい。
尤も、普通に生きる中では決して得られることのない最上級淫魔の極上の快楽の中で命を失うのなら、それはある種の幸福なのかもしれないが。
「というわけでぇ、皆さんを既に皇都の牢獄に送り届けているのが現在な訳ですがー」
「っ、!?」
ヴェルサス・ヴァナディースに捕らえられていた全ての者が驚愕する。
視界は変わらず固定されている。身体も同様に瞬き一つとれない。
その上で目に映る全ては混沌そのもの。何も認識なぞ出来ない。
しかし不思議と、確かに現在地は冷たい牢獄の中だと分かった。
牢獄に居るのは自分だけなのか。他の同志も共に居るのか。そもそも今己の肉体が無事なのか。何一つ分からない。
とはいえ誰一人として、驚きこそすれ意外と思うことは無かった。
ヴェルサス・ヴァナディースを常識や人の認識で測るほど、無駄なことは無いのだから。
「そ、れ、でぇ。わたしぃ、皆さんに聞きたいことが有りましてぇ」
先ほどまでと打って変わった、甘えるような猫撫で声で、ヴェルサス・ヴァナディースは男たちへと迫る。
地に足を付けることなく、天地を嘲るように逆しまに浮かびながら。
「【モルス】知ってますよねー?」
「っ!?」
ヴェルサス・ヴァナディースの口から、その言葉が出たと同時。
その言葉を聞いた男とその同志は、己の生を確かに諦めた。
知らないはずの無い名だったから。
「私が疎ましいからと、随分と勝手なことをして皇都を引っ搔き回してくれましたねぇ。私個人に手を出すならまだしも、私と同じ地域に住んでるだけの人たちを巻き込むとか」
違法薬物【モルス】。
それは男の率いる組織が皇都に流通させていたもの。
製造まで行っているわけではなかったが、同じ現在のウルグリム皇国へ牙を剥いている同志の組織が作り上げたもの。
詳しい製法等は知らないが、少なくとも現体制へと継続的に牙を剥けるからと流し続けたもの。
それを知っていること自体はいい。流通させ始めてから、そこそこと評せる程度に時間も経過している。情報通でもある彼女が知っていること自体は、不思議はない。
問題は、それを隠れて流通させていた組織の者たちを捕まえた上で、その話題を出したということ。
それ即ち、もう全てバレている、ということだ。
「他にも皇都の結界への細工、至る所での悪臭、詐欺や誘拐、人身売買……ぜぇんぶ、知ってますからねー?なんだったら、個人の余罪までぜぇんぶ一切の取りこぼし無く、語って差し上げましょうかぁ?」
「っ……!」
どこまでも苛立ちながら。どこまでも愉しそうに。
ヴェルサス・ヴァナディースは、一方的に語り続けてくる。
どうあれこの先に待つ運命は変わらないと、そう言うかのように。
「全く、ありきたりな悪の組織みたいなこと片っ端からやってくれちゃって。貴方たちがやらかしてくれたことの処理してる時間が無かったら、どれだけまぐわえると思ってますぅ?」
一方的な語りの中で、己の不満や不服もひたすらぶつけてくるヴェルサス・ヴァナディース。
しかしぶつけている不満や不服が本心からのものか。怪しいものであった。
どこまでも底知れず、どこまでも理解できない。
いつも通りの、最強の名と実力を有する享楽主義の淫魔だった。
尤も。
その刹那的な享楽主義に見えるそれが、本当に心が有ってのものかは、もはや当人にすら分からないのだろうが。
「というわけで、おめでとうございます!貴方たちは死罪となりまーす!寄って集ったなんちゃって反乱軍の皆さんにはお似合いの結末!これこそ貴方たちが望んだことですもんね!戦争と死の大地から戦争が失われた今、死こそが喜びだと叫び、自ら死へと突き進む!その無様な自滅思考、嗚呼なんと滑稽な事でしょう!私がもし泣けるのならば、笑い過ぎて涙が出ているやも!」
今度は芝居がかった調子で、捲し立てるように表面上だけ笑いながら語ってくる。
その口調だけならばどこにでも居る吟遊詩人が如く。
しかし仮面のような笑みと、冒涜そのものが如き内容、ただひたすらに嘲る気配。
全てで以って、それを好いものととらえることは出来なかった。
「―――――と、今までなら言っていましたし、実行しておりました」
そこで、唐突に。
ヴェルサス・ヴァナディースはそれまでの真意の読めない享楽的な雰囲気を納め。
どこか真摯さすら感じ取れる雰囲気で以って、地に足を付けて改めて語り始めた。
混沌としていた景色はいつの間にか、冷たい牢獄のものとなっていた。
当然そこには、全員ではないが同志も沢山転がっていた。
「まどろっこしく言い過ぎてもアレなので、とっとと本題を語らせていただきます。今から皆さんには代表者を一名決めていただきます。その代表者は責任を取る形で公開処刑となりますが、それ以外の方は……そうですね。少なくとも今回の件で殺しはしない、とだけ。まあ厳しい労働は科すことになりましょうが」
その場に居た者が例外なく驚愕する。
当のヴェルサス・ヴァナディースはその様子を見て「今日は良く驚かれますねー」などと、呑気に呟いていた。
労働を科せども殺しはしない。
それはヴェルサス・ヴァナディースという、ウルグリム大陸の化身とも言える存在が提案するものとしては、異質極まるものでしかなかったから。
ウルグリム大陸は戦争と死の大地。個人の力量だけでなく、戦術や戦略も含めての、命が塵程度の価値しかない戦いに価値を見出し、そこで死すことを誉とする大地。
この大陸に在って最強と謳われるヴェルサス・ヴァナディースは、文字通り戦争と死の化身。その存在だけで戦争を起こし、一挙一動で無数の死を引き起こす、もはや正確な歴史など記されていないウルグリム大陸の長い戦争の歴史の総集そのもの。
そんな人物から、命を奪わないという選択肢が出てくるとは、この場の誰も想定していなかったが故に。
「あ、なんかすっごく疑われてますぅ?ひどぉい。私ってば、すごぉく健気にぃ、色んな人に元気で生きてほしいだけでぇ……あ、なんかすんごい解釈違いの視線が飛んできてる。止めた方が良いですかね、コレ」
先ほどの真面目な言葉が嘘のように、甘えたような声を出してくるヴェルサス・ヴァナディース。
しかし流石にそれは気持ち悪いと思ったこの場の全員の視線が突き刺さり、少し引くようにそれをやめた。
流石の淫魔も、空気が読めないわけではないらしい。
はたまた、淫魔故に空気にも敏感なのか。
「……ま、どうあれ結果としてはそれだけです。皆さんがどういった形で代表者を決めるかは任せますが、結果として一人の代表者を決めていただきます。それを生贄と取るか犠牲と取るかはお任せします」
ふぅ、とどこか疲れたような雰囲気を出しながら、淡々と告げてくるヴェルサス・ヴァナディース。
先ほどまでの道化が如き振る舞いは幻だったのか、そう思わざるを得ないほどの変わりようだった。
「ああ、勿論脱走等は企てないよう。禁じはしませんが推奨は致しません。行った場合は……残念ながら処刑は確定となります。処刑方法は……あ、そうか。この場合私の好きに出来るんだ。じゃあじゃんじゃん脱走企ててください。肉バイブなんて幾らあってもいいですからね」
そう思いきや、今度は我欲というか肉欲全開なことを、笑みを浮かべて平然と述べてくる。
その笑みが表面上だけのものか、本心からのものかは分からない。
しかしその言葉は全て本心だろうということは分かる。
淫魔であるヴェルサス・ヴァナディースは、暇が有れば自らが統治する罪都ルクスリアで年齢性別問わず貪り食う、生粋の淫魔であることは世界に周知の事実。
皇帝の指示が有ろうが、指示とは関係の無いところでいつもまぐわっている、最上級淫魔は決して伊達ではないのだ。
とはいえ。此度の事はそれですら意外だと男たちは思った。
何しろ本当に、話しながら思いついたような雰囲気であったから。
ヴェルサス・ヴァナディースがこういう場で、真っ先に淫行に走るのも有名な話。そのブレーキとして皇帝が居るのも。
そんなヴェルサス・ヴァナディースが、先にそれ以外の事を真摯に述べるなど。
しかもそれが、敵の生存に繋がる事など、前代未聞。
「わー、めっちゃ懐疑的。無理もないですけどぉ」
何やら楽しそうに笑いながら、再びふわふわと浮かび始める最強を冠する淫魔。
未だ男たちは喋ることが出来ない。身体を動かすことが出来ない。
いつの間にか声すら出せなくなった今、動かせるのは精神のみ。
しかしヴェルサス・ヴァナディースは、そんな目も口も動かせぬ精神の動揺を、正確に感じ取っているようだった。
今となってはこの最強を冠する存在に、それが出来ないとは到底思えないとどこかで納得している者も多いのだが。
「ふーむ。まあ……そうですねぇ。教える義理は無いのですが、語らぬ道理も無し。暇潰しに、その疑問には一言程度ならお答えしましょう」
そう言ってヴェルサス・ヴァナディースは牢屋の天井に足を付ける。
己にかかる重力を完全に反転させたまま、僅かに微笑みながら言った。
「簡潔に言ってしまえば、綺麗事、理想事を聞かされた。それだけです」
それは先ほどと同じく、どこか真摯な姿勢すら感じる声音。
男たちは彼女に何が有ったのか知らない。彼女が何を言われたのかも知らない。
しかし、少なくとも。
戦争と死の化身たるヴェルサス・ヴァナディースが、ただそれだけでは無い存在へ変わる一手を言葉で示されたのは確実。
どこの誰が何を言ったのかは分からない。が。
男たちにはそれで十分だった。
「―――――!!!」
「わー、さっき以上の解釈違いの殺気とか諸々飛んできた。しかも私以外にも。ほーんと、この大陸って男女問わずこんなんだからヤダヤダ」
怒り狂う男たちの意思を正確に察知しておきながら、ヴェルサス・ヴァナディースはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。
男たちが怒り狂うのは、ウルグリム大陸の民としては当然の事だった。仮にこの場に居るのが女性だけであったとしても、その者たちも例外なく憤慨し怒りを叫んだことだろう。
ウルグリム大陸の民は戦争と死を尊ぶ。
他の大陸の民に理解されずとも構わない。元より理解してもらうために行っていない。
生き残るためでも、相手を殺すためでもなく、己の強さを示すためでもなく。
ただ純粋に戦争という在り方と、その果てに至る死という在り方を何よりも尊ぶのがウルグリム大陸の民。
戦争の理由など今更重要ではない。そもそも今となっては大半のウルグリム大陸の民が、最初にウルグリムで戦争が起こった理由を知らない。
ウルグリム大陸の民は。例え他の大陸に生きる者たちより、破綻していると、狂っていると言われようとも。
ただひたすらに争い、その中での死を求む。
それが確認できるだけで数百年続いた末に生まれたヴェルサス・ヴァナディースという最強は、文字通り戦争と死の体現者。
それはウルグリム大陸の民にとっての決して汚してはならない憧憬であり、全ての戦争と死の果てに立ちはだかる最後の難関。
現在の生粋のウルグリム大陸の民は、戦争と死を誉とする精神で以ってその体現者たるヴェルサス・ヴァナディースに挑み、敗北しての死もしくは勝利することが至上の目的と成っている。
勿論そのための反乱を起こす理由、燃料に相当するものとして亡国の意地など様々有るが……少なくとも現在のウルグリム皇国の在り方にウルグリム大陸の民として不満を持ち反乱を起こしている者たちは、結果的には戦争と死の体現者たるヴェルサス・ヴァナディースと相対することが目的の一つとなっている者たちが殆どだろう。
故に。
憧憬にして障壁たるヴェルサス・ヴァナディースという存在は、ウルグリム皇国に牙を剥く者たちにとっても尊き者であるからこそ、その尊き在り方に明確に傷をつけたその行いに憤怒する。
この世に一つしかない、万人が認める至上の美しさを持つ宝石に、唾を吐きかけ傷を付けた者を許す道理は無いだけのことだ。
「押しつけがましいったらありゃしない。勝手に理想押し付けて、理想と違ったら解釈違いでキレてきて、あまつさえ誰かによって変わったと思ったらその誰かにすら敵意を向けるとか。私はそーんなくだらない妄想に付き合うつもりはサラサラねーんでー」
はー、と浅くため息を吐いたヴェルサス・ヴァナディースは、その場から姿を消した。
『伝えるべきことは伝えました。貴方がたが今後どうするかは貴方がたにお任せしますがー。どうか余計なことはなさらぬよー』
しかし声だけはその場の者たちへと確かに聞こえる。
なんてことはない。ヴェルサス・ヴァナディースは他人の用いている魔法は一度何らかで情報を得れば、模倣可能なものであれば模倣できる。
それが十賢者のものであろうと例外は無い、というだけの話だ。
「……クソが」
ようやく。身体の自由を取り戻した男たちの中で。
リーダーの一人でもあり、ずっとヴェルサス・ヴァナディースが椅子に縛り付けていた、狼の獣人の男は。
変わり始めた憧憬の姿を脳裏に焼き付けながら、一つ悪態を吐いた後。
「……兄貴が離れた理由は、憧れが憧れでないことに気付いたからか?言ってくれりゃ……どうしただろうな、俺は」
今も生きているのか、死んでいるのか。もう何年も会っていない、かつての同志たる実の兄へ僅かに思いを馳せた後。
男は静かに立ち上がり、この場の居る同志の咎を背負うため、口を開いた。




