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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
30/44

29:生まれは誰にも選べない

「……なーんも見えなー」


 ヴェルサス・ヴァナディースは間違いなく最強だ。

 器用貧乏、半端になりやすい魔法剣士というクラスにあって、全てを極限まで効率化させた上で極限まで強化した、器用全能。

 敵対したが最後、死を与えられるのみ。

 死の魔剣士という飾り気のない二つ名は、その実力も何もかもが周知の事実故に、それ以上語る必要が無いが故の二つ名だ。

 だが最強とて、出来ることに限界はある。

 例えば、今がそうだ。


「……ルドラ。大丈夫ですか?」

『ガ、ァ、カッ……!?』

「駄目そうですね」


 ふわふわ浮いているヴェルサスの足元で苦しむルドラ。

 苦痛の理由は当然、呪いによるものだ。

 呪具を破壊したヴェルサスは、すぐに竜王エンリルの身体から離れ、その後は大広間の上部でふわふわと浮いて漂っている。

 浮いている理由は単純。今ヴェルサスに出来ることは何もないからだ。


「……ほんとまあ、随分な呪いを作ってくれたものですね」


 勿論、ヴェルサスが出来ることはやっている。

 解呪された呪詛は、一般的には魔力としては呪力からマナ……自然に存在する魔力、もしくは体内の魔力ならばオドとなる。

 しかし時として変質、汚染した魔力……ホロウに戻る場合もある。

 ホロウは人体にとって有害どころか、この世のあらゆる存在にとって有害な魔力だ。人体に取り込むわけにはいかないし、竜に取り込ませるわけにもいかない。が、自然にとっても有害であるために放置するわけにもいかない。

 ホロウをマナやオドに戻す手段もあるが……人の手で大量のホロウを直接マナなどに戻すには特殊な機材が必要なため、今はその手段をとることは出来ない。

 そのためこういう場でホロウが発生した場合、環境がホロウで汚染されるのを覚悟の上で放置するか、何らかの手段でホロウを回収するしかない。


「……とはいえ大体分かりました。どうやってこんな大規模な呪術を用いたのかがどうにも謎でしたが……」


 ヴェルサスはちらりと、自身の頭上に作ってある球体の結界……その内部に溜まっていくホロウを見ながら、納得したように呟く。


「竜をも呪う呪詛の技術はともかく、魔力のリソースはどこから確保したのか疑問が尽きなかったのですが。……スタンピード・ラヴェジャーのホロウを使いましたか。考えたものですね」


 ホロウを生み出す方法は、そう多くは無いが難しいわけでもない。

 最も簡単な手法は、魔獣に分類される生物が死ぬことだ。

 魔獣に分類される生物は、人類や動物と異なり生まれたその時から魔力を覚醒させて生まれてくる生物のこと。

 それ故に魔獣は生まれたその瞬間より魔法を使うことが出来る。魔獣の子どもであろうとも魔獣であるというだけで脅威とされる、最大の理由でもある。

 ただし、魔獣が脅威とされる理由はそれだけではなく……次点で脅威とされる理由の一つが、死亡時の体内の魔力のホロウ化、及びホロウ化した魔力の放出だ。

 と言っても死亡した魔獣の体内魔力の全てがホロウ化するわけではない。精々二割から三割程度。また、死亡時に魔獣の体内に残っている魔力に限るため、老衰で亡くなった魔獣などでない限りはそこまで大量にホロウが発生するわけでもない。

 加えてホロウは自然環境にとっても害あるものとはいえ、自然にも相応の自浄作用はある。一般的に人類と死闘の末に敗れた魔獣の死体から漏れ出たホロウで土壌が汚染されることはそうそう無い。あっても一時的なものである場合が殆どだ。

 が。一度に大量の魔獣が死んだ場合は、話が別だ。

 塵も積もれば山となる。大量の魔獣が死亡すれば、当然その分発生するホロウも多量となる。

 そうなるほどの大量の魔獣が死ぬ事態など中々発生しないが……スタンピードと呼ばれる魔獣の大量発生や魔獣の大侵攻ならば、決してありえない話ではないどころかスタンピードについて回る二次災害として知られていることだ。

 そして、かなり最近に皇都付近で発生したスタンピード・ラヴェジャーは、元々全てのスタンピードの中でも魔獣の数だけならば屈指。当然総合魔力量も最上位だ。

 とっくの昔に土壌へホロウが染み渡っている皇都の近辺故にヴェルサスも気にせず、また寝不足と疲れ故にその魔力の動きも気付けなかったが……どうやらネネカが飛ばされてきたあの日から仕組まれていたらしい。


「加えて呪詛のための生贄もスタンピード・ラヴェジャーを利用……より正確には殺されていたスタンピード・ラヴェジャーのブラックドッグやバーゲストを贄と見立て、呪詛を完成させましたか。こんな呪詛でなければ、素直に見事だと褒めたいところです」


 徹底的に効率化された呪詛。

 ヴェルサスは魔法使いとして、純粋にこの呪詛を素晴らしいものだと認め……同時に嫌悪に顔を歪める。

 呪詛に分類される闇属性魔法は一般的に用いられているものだが、治癒に分類される光属性魔法と同様に世界的に様々な使用制限が設けられている。

 当然だ。呪詛も治癒も、使い方によっては人を含む生物へ死以上の苦痛を与えることになる。場合によってはそれで一国を滅ぼすことも可能なのだ。使用制限が設けられるのは至極当然でしかない。

 中には使用すること自体が倫理的にも道徳的にも完全に禁止されている呪詛や治癒もあり……今回用いられた呪詛は確実にその類だ。

 呪詛の系統の一つ。支配呪術に分類されるもの。

 肉体、もしくは精神を術者が掌握し操れるようになるという、外法として忌み嫌われ禁忌とされるもの。

 過去、とある王国の王族の精神を掌握し、王国そのものを己が意のままに操った魔法使いが居たことで明確に禁忌とされた魔法系統。

 現代では魔獣にすら用いることを禁じられている魔法だ。

 ヴェルサスが素直に感嘆するほどの手腕を以って魔法を使って成すことが、竜を支配してウルグリムに牙を剥くことだという。


「……嘆かわしいことこの上ない、と言えたらどれだけいいのやら」


 ウルグリム皇国は侵略によって国土を大陸まで広げた国。当然怨恨もある。

 その恨みを晴らさんと、今もウルグリム皇国国内では至る場所で反乱の兆しがある。ヴェルサスの存在が最大の抑止力となり、さほど反乱自体は多くないが。

 だがその成功するかも分からない反乱を成すために、人類とは基本的に関わらない竜を、禁術を使ってまで操って差し向けるという。

 嘆かわしいと言いたくなる気持ちを抱いてしまうのも、仕方ない事ではあった。

 が。感情までは否定出来るわけではない。

 ウルグリム皇国に侵略された側の気持ちも分からないわけではない。立場が異なる以上完全な理解は難しかろうが、同情程度には気持ちを理解することは出来る。

 同時に、竜に恨みを持つ気持ちも分からないでもない。ヴェルサスとて意思を持って生きる生命。嫌いな存在の一人や二人居るし、その中には滅ぼして今なお遺る痕跡すらも根絶したいほど恨んでいる存在だっている。

 禁術は許されないことだ。だが禁術に手を出すほどの感情は、少なくともヴェルサスには決して否定できるものではなかった。


「……まあ、今そんな事を考えても仕方ないですし。私のやるべきことをやりながら信じるのみ」


 ヴェルサスは一つ溜息を吐いて、ネネカと竜王エンリルが居る場所へ視線を送る。

 呪詛に対して出来ることのないヴェルサスが今やっていることは、解呪されてホロウとなっている魔力の回収と、呪詛の封じ込めだ。

 この地下の大広間の中心に立ち上る、呪詛のどす黒い煙。

 それを片鱗でも逃せば完全な解呪とはならないため、最低限この空間から呪詛がどこへも行かないよう、ヴェルサス自身の魔力で広間を覆っていた。

 別に多少の呪詛は逃がしてもホロウと同じく自然の自浄作用で収まっていくためさほど問題は無いが、この量と純度は流石に不味いためこの場に留めているのだ。

 呪詛がその一片すら、地中にも逃れないように。


「しかしまあ本当、随分な呪詛を。全く姿が見えません」


 竜王エンリルの身体を覆う形で立ち上る呪詛のどす黒い煙は、その内を決して見せることは無い。

 内より聞こえてくるのは、エンリルが悶え苦しむが故の地響きと、エンリルの絶叫だけだ。


「ネネカさんは……呪詛の変な影響を受けていなければ良いのですが」


 呪詛は時として、術者のその時の意思や生贄の絶望などが呪詛自体に強く反映されることがある。

 どういった条件で反映されるのか、呪詛にどういった形で反映されるのかははっきりしていない。条件はあまりに多岐にわたり、反映も本当に様々な形故に。

 ヴェルサスが過去体験したことのある呪詛では、ひたすら耳障りな声で訳の分からない言葉を捲し立ててくる呪詛や、呪詛自体から生贄の絶叫が永遠に響き続けるものも有った。

 今回の呪詛にそういった性質があるのかは分からないが……何らかがあってもおかしくはなく、ネネカがそれに変に惑わされないか心配だがどうしようもないのがヴェルサスの現状だ。

 立ち上る煙すらも竜王エンリルを呪う呪詛故に、テイマーではないヴェルサスには解呪の面で手出しできない。手出ししても意味がない。

 現在のヴェルサスに出来ることをやっている今、それ以外については心配しつつ信じるしかないのだ。


「……殺しだけ上手くて最強と言われましてもね」


 ヴェルサスは深くため息を吐く。

 ヴェルサス・ヴァナディースは間違いなく最強だ。

 魔獣最強種たる竜種の大群程度は息をするように殺せるし、かつて七国を同時に相手してたった一夜で国民全てを生け捕りにして勝利したこともある。

 この世の九割以上の出来事に対処できる器用万能な力と、それを完璧以上に活かす能力をヴェルサスは持つ。

 だが残る一割以下の出来事には、ヴェルサスでもどう足掻いても対処できないことばかり。

 そういった出来事に最善の対処が出来るのは、ヴェルサスのように汎用性に長けた存在ではなく、生まれ持つ尖った才覚。

 今回で言えば、純粋な能力においてはヴェルサスより弱いネネカが、風竜へのテイム適正を持っていたためにどうにか出来ているように。

 生まれ持ったものでない技術や能力が必要な場面ならば、ヴェルサスは九割以上に対処できる。しかし生まれ持ったものに限る技術や能力が必要な場面では、ヴェルサスは最強と謳われていようとも何も出来ない。

 普通に暮らすうえではそんな尖った能力が必要な一割以下の出来事なぞ起きないし、起きても関わることなど極めて稀なのだが……生憎とヴェルサスは能力的にも地位的にも、そういった事例に頻繁に関わらされる立場だ。

 別に自分が無力だなどと落ち込むことは無い。ヴェルサス自身、己の能力がどれだけ秀でているか理解している。普段はこうして世間一般に合わせた能力にしていようとも、その技量のみで結局最強と謳われる程度には様々な能力に秀でているのだから。

 しかし、こうも何度も自分では最善の対処が不可能な事態に遭遇しては、ため息の一つも吐きたくなるというもの。

 特に今回は最善のために巻き込んだのが、年齢的には自分よりも幼くこの世界における世間一般すら曖昧な少女だというのだから、なおさらため息が深くなる。


「ま。私が本気でどうにかしようとして世界を根本的に揺るがすよりはマシですかね」


 一応、ヴェルサスもこの状況をどうにかする手段を持ち合わせていないわけではない。

 ただしそれは禁忌を超えた禁じ手。世界を揺るがす事象。

 世界全てと一帯の竜や一人を天秤にかけてどちらが重いか考え……世界をとった。

 ヴェルサス個人としては中々に腹立たしい天秤ではあったが、そうせざるを得ないのが最強という立場に在る者の難しさであった。


「さて、と」


 ヴェルサスは自身の近くに浮かばせていた、ホロウを回収する球体結界を掴む。

 結界は人の頭ほどの大きさだったが、その内に渦巻くホロウによって結界ごと歪められつつあるらしく、ボコボコと膨れ上がっていた。

 ヴェルサスは結界をさらに少し大きめの球体結界で包みながら、足元のルドラの上に降りる。


「ちょっと失礼」

『グ、ァ……?』


 ヴェルサスは苦しみ倒れ伏すルドラに右手で触れ。

 残る左手を、どす黒い呪詛の煙の中へ向ける。

 より正確には、呪詛の中に居るネネカへ向けて。


「感覚を失い、意識も薄れる中で、相当頑張っているようですが……残念ながら根本的にその魔法の使い方では相当非効率です」


 キィン、と微かな金属音のような音が空間へ響く。

 音の主はヴェルサスだった。

 ヴェルサスの左手を翳した先は、不思議なことに空間が渦を巻いていた。

 辛うじて目を開いていたルドラも、その光景に苦しむことすら忘れ驚愕を露にする。


「そこそこな禁じ手ではありますが、時間かかりすぎて結局助けられないでは夢見も悪くなるというもの」


 渦巻く空間は、みるみるうちに呪詛の煙のようにどす黒く染まっていく。

 その光景を見てヴェルサスはクスリと笑い。

 その光景を生み出すヴェルサスに、ルドラは苦しみを無視して問いかける。


『……ヴェル、サス。貴様……一体……?』


 苦痛の中で、苦痛を上回る困惑を極めたルドラは、起き上がることも出来ぬ身体で問いかける。

 問いにヴェルサスは、薄く笑って簡潔に答えた。


「最強でしか在れない淫魔です」




 皇都近辺で、騎士たちと共に少しずつ風竜たちの死体を処理していたクルーベルとエリーゼ、そしてヴァメルは。

 皇都の南方から感じ取ったその魔力に、思わず揃って深い溜息を吐く。


「……普通に禁じ手使ってるな?アイツ」

『何かはあったのでしょうが……』

「相も変わらず好き勝手やる奴だ……」




 魔獣とは、魔力を生まれ持った生物の分類である。

 魔獣にも主に二系統有り、魔獣と呼ばれるものと、魔物と呼ばれるものだ。

 魔獣は一般的な動物と同様に繁殖しながらも、魔力を生まれ持つ存在のこと。

 魔物はホロウから発生する、魔力によって形作られた生命存在のこと。

 どちらも人には理解できない存在ということで一般的には魔獣として細かな区別はされないが、厳密には異なるものである。

 そして魔獣として、例外なく共通する弱点が存在する。

 それは魔力が命に直結しているということ。

 魔獣は魔力を生まれ持つが……逆に言えば魔獣は、エルフ以上に魔力を保有すること前提の生物ということでもある。

 魔法能力に関係するエルフが、魔力の枯渇が命の危機に直結するのと同様……種によってはそれ以上。魔力の枯渇がそのまま死に至る種も有る。

 だが時に。

 純粋に魔力が枯渇して死に至ったのならどれだけ幸福なのだろうかと問いかけたくなるほど、それ以上の最悪の例が存在する。


「……ネネカさんの魔力が流れ込んでいるからどうにか抑え込めているようなモンですね、コレ」


 ヴェルサスは、空間の歪みを通ってくる魔力と、その魔力を受け取ってブクブクと膨れ上がっていく自身の傍の球体結界を見て呟く。

 ルドラもその光景を自身の眼前で行われているために目にしているが……その光景に絶句していた。


『……空間を自在に歪める、か……』

「言うほど自在ってわけじゃないですよ。ちゃんと準備しない限りは魔力以外を通すことは出来ませんし、準備も手間がかかります。専門で出来る方には劣ります」

『魔力を通せるだけで異次元だろうて』


 ヴェルサスが用いているのは空間魔法という類のもの。

 空間魔法と時間魔法は纏めて次元魔法と呼ばれ、呼ばれる理由は用いた際に特殊な魔力と魔力反応……次元魔力反応が発生するためだ。

 次元魔法は一般的な魔法と異なり、理論上は魔力を覚醒させてさえいれば誰にでも用いることのできる魔法ではある。事実、現在行使しているヴェルサス以外にも、クルーベルやエリーゼも行使は出来る。

 それが禁じられた技術かつ誰も行使しようとしない理由は至極単純。習得難易度が高すぎる上に扱いが難しく、失敗すれば世界レベルで問題が発生しかねず、行使者にも絶大な危険が及びかねないが故だ。

 世界最強にして世界最高クラスの魔法技術を持つヴェルサスでさえ、しっかり準備しない限りはどれだけ正常に用いても魔力しか通すことが出来ず、時間をかけて準備したとしても発動時間は限られそこまで有用には出来ない魔法を、世界及び自身とその周囲を纏めて滅ぼす可能性を抱えて使わなければならない。

 故に禁忌。超ハイリスク超ローリターンの魔法技術。それが次元魔法。

 勿論、幾つかの例外は存在するが……少なくとも現在のヴェルサスでもまともに行使できるものではない。


『まあよいわ。それで?今其方は何をしているのだ?我の体調が良くなった故、何かしているのは確実なのだろうが』

「竜王エンリルの体内に入り込んだホロウを除去しています。ネネカさんの解呪は順調に進んでいるようですが、解呪した呪詛がホロウとして残留しているようなので。ただそのままでは私は竜王エンリルの体内にまで精密に弄ることは難しいので、ルドラとネネカさん、ネネカさんと竜王エンリルというテイムの繋がりを介して、こうして弄っています」


 ルドラは軽く顔を顰める。

 魔獣の体内にホロウが残留する。それは人間で例えるのなら、血管を流れる血液の中に異物が混じっているようなものだ。

 ホロウは有害な魔力。魔力を主にしていない人類種でさえ、体内にホロウが流れると深刻な体調不良や身体破壊が発生するというのに、魔力を生命の主にする魔獣がホロウを体内に宿せばどうなるか。

 なんと、精神と呼べるものが消滅し、ホロウの温床となった上で、本来の数倍の能力を手に入れ目に映る全てを破壊しながらホロウを撒き散らす災害そのものと化す。

 ホロウの許容量は同種であっても個体差があるが……その許容量が無限ではないことだけは確かで、許容量を超えてホロウを抱えてしまった際に災害と呼ばれる現象となる。

 そしてそんな状態に、もし強大な竜種が陥ればどうなるか。

 竜種が例外なく抱えるもう一つの可能性と同様に厄災と呼ばれ、世界三大厄災の一つに数えられる現象……骸竜現象となり、理者レベルの強者でなければ太刀打ちも叶わぬ破滅的災害を巻き起こす。

 当然、それに巻き込まれるのは人類だけではなく、同族や同種も当たり前のように巻き込まれる。

 竜種からしてもホロウに侵食された同胞を放っておくことは、決して出来ない。放っておけば自分たちも滅びうる災害となるのだから。


「ネネカさんが上手く魔法を使えていたらホロウごと浄化出来た可能性はありますが……今日初めて魔法使った方にそこまでは要求できませんし。こちらとしても骸竜は無視できるものではありません。それが竜王ともなれば尚更。少々無理なやり方の上に更なる賭けにはなりますが、最悪一直線よりはマシですので」

『更なる賭け、とは?』

「竜王エンリルの身体から失われた魔力に、外部の呪詛が入り込む可能性があります。ネネカさんの解呪が届きはしますし、結果的には一度に届く解呪の範囲も広がるので解呪効率は上がりますが、竜王エンリルが更なる苦痛に耐えられるかどうかは賭けです」

『許諾無しにやっていい事ではない気がするが???』


 要するに竜王をさらに苦しめている、ということらしい。

 まあ苦しめている代わりに最悪へ至るリスクを軽減しているのは確かではあるのだが。

 殺さない代わりに拷問していると言われて、良かったと喜べる者はそう多くは無かろう。


『まぁ……礼は言っておくべきなのか?ところでエンリル様のホロウを引き取ることで、なぜ我までもがこうしてある程度回復するのだ?』

「結構。私は基本的に私のやりたいことをやっているだけですので。ルドラが回復しているのは分かりませんが、恐らくホロウ混じりの呪詛が伝染しなくなったからではないでしょうか。魔獣同士のリンクとかテイムの繋がりとかそういうのは専門外なので知りませんが」

『むぅ。まあ、実際そんなところであろうなあ。他の者たちも、多少だが改善したとのことであるしな』


 そういえば風竜同士精神が繋がっているんだった、と思い出すヴェルサス。

 こういう時にこの場に居らずとも意思の疎通が可能なのは、素直に羨ましいとヴェルサスは思い。


(……似たような奴は居るか)


 どこかの純粋で聖女の異名を持っている癖に変なところの多い同僚を思い出した。

 一応あれでもヴェルサスが素直に認める程度には凄まじい魔法使いの一人で、聖女の二つ名に相応しい実力と人格なのだが……実際に付けられている名が【辛酸の聖女】な時点で、まあまあ色々察せられてしまうものはあるというものだ。


「ああ、それと。ルドラと風竜の皆さん。一応言っておきますが」

『覚悟は出来ておる』


 ヴェルサスの言葉に、先に答えるルドラ。

 ルドラだけではない。精神を介してこの会話を聞いている、同族の竜種全ての意思なのだろう。

 それが容易く理解できる程度には、その覚悟は確かだった。


『其方の言いたいことは分かる。状況によっては竜王様を殺めることになるやもしれぬ、ということであろう?』

「まあ。あと、呪いが強く遺ってしまった同族の方々とか。結構こういう呪いって、掛けられた方が亡くなった後、その方の無念も引き継いじゃうこと多いですし」

『見たことあるなぁ。まあどちらも覚悟出来ておるよ。皆、な』


 からからと笑いながらそう語るルドラ。

 ヴェルサスはそんなルドラを、真っ直ぐ見据えていた。


「……その時が来たら、恨んでくれて結構ですよ。あなたたちに私たちを恨む気は然程ないのでしょうが」

『恨みが生まれそうなやつは居るがな。だが少なくとも我や竜王様は恨むつもりはない。其方もネネカも気にするでないぞ』

「私はともかくネネカさんはかなり気にしそうですけどね。しかし本当に宜しいので?元はと言えば、我々は見知らぬ者とは言え人類が齎したもの。人に対する恨みを抱いても、私は否定しません」


 ヴェルサスの問いかけに、ルドラは僅かな沈黙の末に返す。


『其方らヒトも我らも、自然に生きる者。自然の巡りは常に何かを作り、何かを滅ぼす。此度もその一環。それだけのことよ』

「随分と達観しておられるようで」

『これでも同族の中ではりゅ……エンリル様に次いで長く生きとるからのう。りゅ……エンリル様の側近として、長く』


 同族というのは、あくまでこの辺りの風竜のことだろう。

 完全に偶然ではあったが、事実上の風竜の群れのナンバーツーと接触出来ていたらしい。

 こういうのが運命力っていうやつかなー、とヴェルサスはふわふわと考えた。


『そう言う其方も、幼いのに随分と達観して居るな。ヒトの子……いや、淫魔だったか。淫魔の子は初めて見るが、中々の苦労をしてきたと見える』

「生まれと種族と生まれ持った力のせいで色々大変ですよ。あー、自由に生きたい」

『付き合いが短くとも分かるほど切実な言葉が聞こえたぞ』


 様々な要因で最強なのに不自由な生活を送らざるを得ないヴェルサス故、切実なものとなるのも致し方ない気はするが。


『む』

「ん」


 ふい、と。

 ルドラがヴェルサスの乗った己の首を持ち上げ、竜王エンリルへと向く。

 まるで何かを感じ取ったかのように。


『……のう、ヴェルサス』

「分かってます」


 ヴェルサスも、自身の手の先に発生させていた空間の渦を消し去り、ホロウを溜め込んだ結界を僅かに後方へ移動させる。

 まるで竜王エンリルとネネカしか居ないはずの黒い煙の中にある存在を、警戒するように。


「さて。ここからが本当に賭けなわけですが」

『信じるしかあるまいて』


 短い会話と共に、ヴェルサスはふわりと浮かび上がり、ルドラも身体を起こし、翼を広げる。

 黒い煙の中から聞こえていた、竜王エンリルの苦しむ声とのたうち回る音はいつの間にか消え。

 ただ静かに、血のような二つの眼光だけが、黒い煙の中で輝いていた。

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