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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
28/44

27:怨みは巡る

「話には聞いてたし遠目にはちょこちょこ見たけど、本当に針のような山だね……」

「とてもじゃないですが、人には住めない場所ですよねー」

『我ら風竜の間でも中々の魔境で有名だぞ?地竜の巣も近く、水竜の住む湖も近く、近場の地底深くには火竜が居り。それに加えて油断すればあの山の先端に同族が刺さって絶命するからな』

「想像以上に魔境だった!!!」


 現在地、サザンベルス山脈。

 針のように鋭く尖った山が東西に渡って七つ並ぶ、世界有数の風竜の生息地。

 山脈の北側の麓には、荒れ地が殆どのウルグリム大陸には珍しい森が有り、同時に膨大な魔獣の棲み処でもある地。

 ある意味ではネネカにとっても転機の地。

 正確には転機というか転移してきた地なのだが。


「此処に竜王が居るの?」

『うむ。普段は中央の山の麓に居られるが、今は大事を取って潜んでおられる。所在を知るのは我をはじめ、竜王様に近しい者だけよ』

「まあ、呪われちゃったらね……そりゃ潜むよね」


 ネネカにサザンベルス山脈の風景は分からない。見た事はあるが、此処まで近くで落ち着いて見た事は無かったために。

 代わりに現在地である、サザンベルス山脈の麓の森林を、ヴェルサスの腕の隙間から見る。

 そこは以前ヴェルサスが焼き払ったはずなのだが、何事も無かったかのように木々が生い茂るのみ。

 以前言っていた通り、本当に育つのが早い様だ。


「この森、竜の血とかも吸ってるんで、土壌の栄養が半端ないんですよね。同時にヤバい魔獣とかも育ちますし魔物も出るし、そもそも風竜の縄張りのすぐ近くだしでとてもじゃないですが一般の方々は近づけませんが」

「ああ、此処を開拓するのは無理って事ね」


 そういう事です、と異様に生い茂る木々を見ながらヴェルサスは面倒臭そうに言う。

 一応開拓自体は出来なくはないのだろう。ヴェルサスが居るし。

 ただ無理に開拓した結果、生態系などが狂うのはあまり喜ばしい事では無いだろう。

 竜を含む魔獣も自然の一部なのが、この世界なのだから。


「まあ仕方ないよね。……それで、竜王は何処に?」

『すまんが少し待て。全くあやつらめ、許可は出されているというのに……』


 ルドラはサザンベルス山脈の根元を見ながら、苛立つように言う。

 どうやらこちら側ではなく、竜王側が用意出来ていないようだ。

 ヴェルサスにもそれを伝えると、ヴェルサスも少し呆れたように溜息を吐く。


「……ちなみにヴェルサスちゃんは、何処に潜んでるかとかは分かる?」

「まあ。竜王自身は、今の私じゃ見事なカモフラージュと他の竜の魔力に紛れて分かりません。……が、そのカモフラージュでどこから進むのかは分かりますね」

「……そりゃまあ、分かるよねアレは」

『頼む、あまり見ないでやってくれ……同族の我も恥ずかしい……』


 ルドラは心底心外そうに、かつ嫌そうに言う。

 何しろ本当に分かりやすい。

 サザンベルス山脈の、西端の山。その麓……というよりは根元。

 そこに明らか不自然な歪みが有るのだから。

 歪みというのも、単純に風景が歪んでいるなどではない。そこに存在する光景があまりにも、自然界に存在するには異物過ぎるのだ。

 自然には中々存在しないであろう紫や黄色、黄緑などがそこに在るだけならまだ良かった。

 問題はそれが、絵の具で雑に塗り潰されたかのように山の根元に存在している事と、その色がどちらかと言えば蛍光色でとても目立つこと。

 カモフラージュのつもりのようだが……あまりにも目立って仕方ない。

 もしこれがダミーで、別の場所に精巧にカモフラージュされたものがあるのなら、この奇抜な存在も納得では有るのだが。


「一応聞くけど、アレはなんであんなことになってるの?」

『普段カモフラージュをしない者たちが、焦ってやってしまった結果だな……。普段ならば我らの擬態程度には最低でも馴染ませるのだが、それが出来る者たちが総じて呪われ、身動きがまともに取れなくなってしまってな……』

「呪いかあ……」


 どれもこれも呪いのせいで竜の社会も立ち行かなくなっている。

 誰かは知らないが迷惑な事をしてくれた、とネネカは考えたところで思い出したことを問う。


「ねえ、ヴェルサスちゃん。ちょっと疑問が有るんだけど……」

「なんです?」


 ヴェルサスはいつの間にか水の球を出現させ、空中なのにそこに座っていた。

 相も変わらず暇な時に水の球を弄る癖は変わらないらしい。


「この呪いの主……は正直後でも良さげだけどさ。この呪いの目的とかって何なの?ドラゴンなんて凄い存在を呪うくらいだし、余程のことが有りそうだけど」


 ネネカの問いに、ルドラも気になるのかちらりとこちらを見る。

 ヴェルサスはルドラの視線にも気付きながら、しかし特に動じた様子もなく少し考える動作をする。


「……ンー。ぶっちゃけありきたりですよ?」

「そうなの?」

「ええ。竜への怨みと、私たちウルグリム皇国への反乱。それだけです」


 怨み。そして反乱。

 どちらも軽いものではないだろう。これほどの行動を起こしているのだから。

 ただ意外性は誰にも無かった。

 そんなもの、こういった世界ならば幾らでも溢れているから。

 この大陸ならば尚更だ。


「理由は一般的でも、此処までやるのは珍しいですけどね。ですが理由は本当にそれだけの、ありきたりなものですよ」


 珍しくもない、とヴェルサスは淡々と吐き捨てる。

 あまりに淡々とし過ぎてどうかと思ったネネカとルドラだが、実際ヴェルサスからすればそれだけなのだろう。

 ウルグリム皇国の在り方だけでなく最強として買ってきた怨みも相当なものであろうし、その怨みで以って襲われたことも決して少なくないだろう。そんなヴェルサスからすれば、本当によくあるありきたりなものでしか無いのかもしれない。


『しかし、怨み、か。まあどこかしらの奴らが、術者の怨みを買ったのであろうな。我が気付かぬ内に怨みを買ったのやもしれぬし』

「人類と竜って時点で、感覚は当然違うからね。私たちもどこかで竜の怨みとか買ってるかもしれないし」

『まァ、確実にそこの淫魔の子には数多の同族が仕留められていような。我らは特に怨みはないが、同族の中には敵討ちを企てた者も少なく無かろう』


 竜は強力な存在であるが故に、人へ気付かぬうちに害を成す。人からすれば災害そのものだ。本物の災害と異なるのは、生物であるかどうかという程度。

 同時に竜も時として人によって狩られることもある。ヴェルサスは言わずもがなであるし、クルーベルやエリーゼも倒せるだろう。それほどの強者でなくとも、人同士で組んで倒す事も有ろう。

 生物として異なるのだ。互いに事故や災害のようなものでしかない。


「災害に怨みって言っても、あんまり感覚分かんないなあ」

『我もだな。とはいえ、その感覚もそれぞれだろう。術者には術者の我らへの怨みがあってそれで行動したのだとすれば、呪いという現状に対し思う事はあれどその行動理由には何も思うまい』

「まあ今回の被害者の中には、やられたらやり返す的な思考の竜も居るかもしれないけどね。それで皇都を今度は自分の意思で襲って来るかも」

『む。それもそうだな。まあそれも竜王様が治ってからではあるが、治った暁には竜王様に一度言い含めてもらわねばな。そこな淫魔の子に絶滅させられては叶わん』


 絶滅まで出来るか?と一瞬ネネカは思ったが、まあ出来そうだな、と自身を容易く抱える当の幼女を見て感じた。


「……見た目は本当に可愛いただの幼女なのになあ」

『本当にな』

「え。何です急に???」


 外見こそは幼女そのもののヴェルサス。どういう技術かは不明だが毎日髪の長さ、色を変え、服も毎日異なる物を着ている、意外とお洒落好きな女の子。

 しかしその実態は竜をも容易く屠る、最強の二字を与えられた存在。

 事前情報無しでヴェルサスを見た場合、単なる何処にでも居る年頃の幼女としか思えないであろうに、その実が竜すら容易く超越する比類なき最強だというのだから、外見とは当てにならないモノだとネネカとルドラはしみじみ思った。


「なんでもない。……あ」

「ん」

『全く、呪いを踏まえても遅すぎるわ。施した者たちも後程再教育だ』


 山の麓にあった、一応カモフラージュされていた場所。

 そこが次第に薄れ、消えていき……終には大穴だけが残った。


「あれが?」

『あれはこの山の地下深くへ繋がる洞窟の一つよ。この辺りには幾つかああいった穴が有ってな。内は迷宮のようになっておる』


 大穴の先は一切の光が無い。完全な暗闇だ。

 明かりの一つも無ければ先も照らせぬことが見て分かるそれが、迷宮となっている。

 成程、隠れ家としてはその所在そのものは分かりやすいが、その内こそが本命だとするなら良いものだろう。その所在も普段は精密にカモフラージュされているとなれば尚更だ。


『竜王様は現在、あの洞窟の迷宮……その最奥の一つに居られる。本来ならばあの穴を進むのだが……』


 ルドラはふいっと、空を見る。

 そこにはネネカの世界と同じ青い空が有る。が、現在は僅かに赤みがかかっていた。

 日は既に黄昏時の少し前。様々なことに少々時間をかけすぎたようだ。


『……解除までに時間がかかりすぎたな。加えて次にいつ呪いによって命令を強要されるか分からぬ。元より急ぎな上に許可も得ている事だ。竜王様の間より裏道を使う』

「裏道とかあるんだ」

『ああ。普段は竜王様自らの魔力でも封じられている。知る者は度々居るが、そこを通る事が許されるのは我ら四天王と、竜王様に許諾を貰った存在のみ』


 付いてこい、とルドラは軽く唸り、山の根元の大穴から離れ山脈の上部へと向かっていく。

 ネネカはヴェルサスにルドラの会話を伝え、ルドラに追随させる。

 やっている事が本当にただの通訳だな、と感じたネネカだった。


『竜王様の間に、竜王様専用のねぐらがある。ねぐらの一角に裏道の縦穴が有る。そこを通れば、現在竜王様が潜む地底の最奥へ辿り着ける』

「おお、本当に隠し通路だった」

『ねぐらへ辿り着いたら一度我の背に乗れ。さすれば縦穴の入り口の封印の結界もすり抜けられる。まあ地下への入り口が封じられていてはその縦穴の先も連動して封じられてしまうが、先程のようにすでに解除されている。縦穴も正常に通れよう』


 どうやら縦穴と大穴の結界は連動しており、その確認も兼ねてあの場で待機していたようだ。

 大穴のカモフラージュが解除されたために縦穴も通れるようになり、しかし別で竜王による封印の結界もあり、それをすり抜けるためには一度ルドラの背に乗る必要がある、ということだ。

 流石は竜王のいざという時の隠れ家へ通じる隠し通路。中々に厳重であった。


「でもそれ、私たちが知っちゃってよかったの?あ、これが竜王の間?」

『緊急事態だ。止むを得ん。手間取って手遅れになるよりかはマシだ。……竜王様、また散らかしたな……せめて骨は捨てろと……ああ、言っても無駄か……』


 サザンベルス山脈の七つのトゲ山。その四つ目。中央の山。

 その遥か上層に、竜王の間と呼ばれる穴は有った。

 竜王の間は案外散らかっていた。具体的には様々な生物の骨や鱗、毛皮がそこら中に散乱している。

 これが竜王の間なのかと思ったが、どうやら竜王が散らかした後のようだった。

 ネネカはヴェルサスに先程の話を伝え、ルドラは伝えた事を確認し竜王の間に一度着地し、ヴェルサスとネネカを見る。

 背に乗れ、という合図だ。


「よっと。……降ろします?」

「えーと……降りて触れた方がいい感じ?」

『触れ……む、どうであろうな。初めてで分からぬ……』


 現在の状態は、ルドラの背に乗ったヴェルサスの腕に抱えられているネネカという状態だ。

 もし結界をすり抜ける際の条件がルドラに直接触れている事ならば、ヴェルサスは問題無くともネネカが問題ありになってしまう。

 流石のルドラもこのような事態は初の事ゆえに、どうすべきか分からなかった。

 念のためという事でネネカもしっかり乗る事にし、ヴェルサスを背後から抱く形でルドラに乗る事になった。


「あと一応念のため」


 そう言ってヴェルサスは、ヴェルサスとネネカを鎖のようなもので繋ぎ、またその鎖をルドラの背と接続させる。

 ルドラが痛がった様子が無い辺り、あくまで接着させただけで刺して固定したわけではないらしい。

 どんな魔法を使ったのか気になったが、恐らく何らかのやたら高度な魔法なのだろうと推測して今は気にしない事にした。


『では行くぞ。少し揺れるが故、気を付けよ。……後で掃除せねばな』


 ルドラは背にヴェルサスとネネカを乗せたまま竜王の間を少し歩き。

 何も無いように見える壁をすり抜け、落ちていく。

 恐らく今の壁が、ルドラに触れていなければすり抜けられぬ結界なのだろう。


『……随分と竜王様も弱っておられるようだ。結界がもう持たぬ』

「そんなに弱ってるの?」

『そのようだ。どの道結界は張り直さねばならぬか。……お労しい事よ』


 縦穴を降りながら、悲しそうに語るルドラ。

 ルドラは羽ばたくことなく自由落下しているだけだが……不思議と落ちる速度は本来の速度よりも遅く感じた。


「流石は風竜の巣。風の魔力が洞窟内部まで吹き荒れていますね」

「そうなの?」

「ええ。落下速度が遅いのもそれが理由ですし、日の光がないのに洞窟内部が明るいのもそれが理由ですよ」


 洞窟内部が明るい理由。

 落下速度が遅い理由は何となく想像がつく。風の魔力で僅かだが浮力が発生しているのだろう。ルドラの巨体でも落下速度が軽減されるほどの浮力。普通ならば考えにくいが、風竜の巣ともなれば納得だ。

 だが明るい理由は説明がつかない。

 風竜はその名の通り風の竜だ。どうやったら風で光が発生するというのか。

 もちろん風を用いることで副次的に発生する光はあるだろう。嵐の際の雷など。

 ここは屋内で、そういった気配はない。しかし確かに明るい。

 それはどういった理由なのか。


「サザンベルス山脈は良質な魔法鉱物の宝庫です。魔法鉱石は一切の例外なく魔力に反応して光る性質を持っています。光量は乏しいですが、塵も積もれば……なんだっけ。まあなんとやら。こうして、洞窟内を外と変わらない程度に照らすことが可能なのです」

「……あ、洞窟の中にある大量の魔法鉱物に、風竜の魔力が反応して、こうやって明るいってこと?」


 こくりとヴェルサスは頷く。

 言われてネネカが下り行く洞窟を中止すると、確かに洞窟自体が仄かにではあるが光っていた。

 落下速度が控えめとはいえ落ちながら見ているゆえに注視することは難しいが、事実光っているのだからこれが魔法鉱物なのだろう。


「まあ鉱石といえるほど有用なものは少ないので、掘るメリットはそうそう有りませんがね。しかしこういう風に暗い中でも魔力によって光るというのは、なかなかに有り難いものですよ」

「松明とか魔法の節約になるから?」

「ええ。まあ魔法鉱物って周辺の魔力を吸って光るので、魔法の節約以前に魔法の能力が下がってしまうこともあるのですが」


 周辺の魔力を吸って光るということは、発動した魔法の魔力も吸ってしまう可能性があるということ。

 こんな全方位に魔法鉱物のある場所で生半可な魔法を使ってしまえば、どうなるか。

 あっという間に魔力が吸い尽くされ、魔力が枯渇してしまうだろう。


「……割とこういう場所はあるの?こう、魔法制限のかかる場所みたいなの」

「ありますよ。ここまで魔法鉱物が密集しているのは中々無いですが。多分ここじゃ、一般的な魔法使いは魔法使えないんじゃないですかね」

「うわー、魔法使い殺しの場所だ」


 ゲームでもそんな場所があったなー、と元の世界をしみじみと思い出す。

 そんな会話をしていると、ルドラが疑問そうに声をかけてくる。


『……ネネカ。お前さん、随分と物事を知らんのだな?事あるごとに様々をヴェルサスの嬢ちゃんに聞いとるが』


 どうやらルドラは、ネネカがこの世界の物事について知らないことが気になったようだ。


『ヒトの子らの中で、魔法鉱物の話なぞ一般的な話な部類であろうに。ああ、地域によってはそうでもないか?それでも全く知らぬというのは、どれだけ辺境で育ったのか。少なくとも我はそのような辺境をこの辺りでは知らぬのだが……お前さん、一体どこで育ったのだ?』


 ルドラの言うこの辺り、というのがどこまでを指すのか分からないが、平気で大陸を一飛び出来るルドラのことだ。相当な範囲だろう。

 そしてルドラがどれだけ人の暮らしを注視しているのかは分からないが……少なくともルドラの見てきた範囲で怪しんでしまう程度には、魔法鉱物の話は一般的な話らしい。


「ンー……答える前にちょっと待って。ヴェルサスちゃん。魔法鉱物の話ってそんなに一般的なの?」

「そんなにがどんなになのか分かりませんが、少なくとも魔法使いならば知っていて当然の話ではありますね。あと冒険者や、冒険者に関わる方々……あー、ほぼ全人類になるか」


 どうやら相当一般の部類に入るレベルで知られている話のようだ。

 冒険者やそれに関わる人々がどういった職なのかは分からない。しかしこういった世界だ。想像できるその仕事からも、自然とその数は相当なものだと理解が及ぶ。

 そういった者たちは知っていて当然の知識。確かに微塵も知らぬほうのが違和感があろう。


「というかなんで……あー、ンー……まあ竜種なら大丈夫でしょうし、いいですよ」

「ん」


 ヴェルサスは今の問いと雰囲気からどういう状況か察したらしく、少し考えたのち許可を出してくる。

 何の許可かといえば、ネネカについて詳細を話す許可だ。


「ルドラ。私が異世界出身だって言ったら信じる?」

『ふむ。異世か……え?なんて?』


 バフォ、とルドラは思わずひたすら降りていたその巨体を、翼を広げて空中に留め、首をグリンと背に乗っているネネカへ向けてくる。

 流石の竜種と云えども、驚きの情報であったらしい。


「異世界出身。私、一週間くらい前に飛ばされてきたんだ。この辺りに」

『…………………………どう、いや。まさか、そうか……あの莫大な魔力の渦……そう……え、あー……成程……うん』


 ルドラは最初こそ困惑の極みであったが。

 次第に何か思い当たる節や状況等を思い出したらしく、唸りながらも再び縦穴を降りていく。


「信じらんないと思うけどさ。でも私の事実なんだよねこれが」

『……いや、まあ。信じるのは流石に難しくはあるが、納得は出来た。他にも様々、其方が一週間ほど前に異世界から飛ばされてきたと仮定した場合、筋の通る事柄が非常に多い。突拍子もない話故に信じ難くとも、それだけが唯一有り得る事象ばかり。であれば、そうなのだろう』


 ルドラはルドラの情報と併せて、ネネカの事情を信じたようだ。

 実際ネネカがこの世界に出現したのはサザンベルス山脈の麓。サザンベルス山脈に巣を持つ風竜たちからすれば、その異常を感知していないはずがない。

 むしろ風竜の中でも行為に位置するらしいルドラならば、その異常を把握していなければダメな立場ではあろう。

 そんなルドラの立場と持つ情報と併せれば……如何にありえないと思うようなことでも辻褄が合うことはあるのかもしれない。


『ぬ。しかし良かったか?我らが聞いてしまって』

「ヴェルサスちゃんから許可は出たし、下手に身体弄くり回されたりとかしないならいいよ。単純に知られただけでどうなるって話でもないし」

『……普通は異世界出身などと聞けば、何かしら思いそうな気がするが、中々にさっぱりしておるな』


 さっぱりしているかは分からないが、少なくともネネカ自身は異世界転移についてはあまり気にしていない。

 気にしたところで今の自分の状況が変わるわけではないし、元の世界に余程の執着があるわけでもない。せいぜい姉のことが多少心配な程度だが、姉も子どもではない。なんだかんだで逞しい姉のことだ、問題なく生きているだろうし、なんだったらネネカを追ってこちらに来かねないと思っている。

 流石に異世界出身だと知られて、モルモットのように弄繰り回されるのは勘弁願いたいとは思っているため、積極的に異世界出身だと広めようとは考えていない。が、極端に隠す理由も特にないために、気付かれたのならそれでいい。

 別に異世界転移をネネカが軽く考えているわけではないのだが、重く受け止めたところで何も変わらないのでこうしているだけだ。


「ところで今、我らって……他にこの会話聞いてる竜が居るの?」

『ああ、それは……丁度良いことだ、竜王様から直接聞くがよい』


 丁度良いとは、とネネカが考えた瞬間、縦穴の景色が変わる。

 数瞬前まで、永遠に続くのではないかと思うほど明るくとも先の見えぬ縦穴であったのに。

 現在はすでに、極めて広大なドーム状の大広間に居た。

 天井を見上げようとも、自分たちが通ってきたであろう縦穴は無い。ただ洞窟の、魔法鉱物で明るい天井があるだけだ。

 まるで縦穴を通り続けたことで、別の空間にでもいきなり飛ばされたかのような。

 それほどの、急な世界の変化だった。


『光栄に思うがよい。我ら竜でも、竜王様に直接お目通りが叶うのは、ほんの一部ぞ』


 ルドラはドーム状の大広間を周遊するように飛ぶ。

 この大広間は本当に広い。エリーゼの展開していた、皇都を覆う結界よりも明らかに広い。

 ルドラクラスの風竜でも、百匹は余裕で入れそうなほど広大な空間だ。

 しかしそれでいてなお、此処では手狭だろうと分かってしまうほどの巨体が、空間の中央に鎮座していた。

 ルドラの数倍はある体躯。全身に大小様々な古傷を刻み、見ているだけでその身の力は威圧感として伝わってくるほどの、凄まじい存在感。

 一目でその存在がそうだと分かる。


「あれが、風竜の竜王……」


 このサザンベルス山脈の風竜全てを統べる竜王が。

 無数の漆黒の鎖とどす黒い杭で地面に縫い付けられ伏せる形で、大広間の中央に鎮座していた。

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