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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
27/44

26:人には人の。竜には竜の。

「……ねえ、これ全部呪われてるの?」

「そのようで」


 ネネカの問いに、心底うんざりしたようにヴェルサスはため息混じりに返す。

 飛行魔法を用いて飛ぶこと、数十分。

 何も無い荒野のど真ん中に、風竜たちは居た。警戒のためか風景に同化させて隠れていたが、大軍で隠れていたために明らか風景が歪んでおり、見つけること自体はさほど難しくなかった。

 竜のたまり場というのは、どうやら巣以外で明確に竜種が集まる場所や集まっている場所の事を言うらしく、二人の眼下にある場所は確かに膨大な数の風竜が居り、たまり場というのに相応しいだろう。

 ただ、問題は。


「これ……何十匹いる?」

「百行ってないといいなあ、くらいは居ますね」

「……どうしたらいいの?」

「聞かんといて。お願いだから」


 明らか十や二十では済まない膨大な風竜全てが呪われ、地に伏しているという事。

 一切の例外なくぐったりしており、ヴェルサスとネネカが近くに居て話しているにもかかわらず意識を向ける余裕も無いようだった。


「とりあえず、呼びかければいい?」

「お願いします。何かあればすぐ助けますので」


 万が一会話を介してネネカが呪われても、ヴェルサスが浄化魔法を行使できるため問題無い。

 しかし純粋に竜種と対面するが故の脅威は健在。

 ヴェルサスという絶対強者が居なければ、とてもではないが空中を飛んでいようが会話など試みることも出来ないだろう。

 世界最強の名に偽りない実力を持つ存在に感謝しながら、ネネカは風竜の群れにそっと近づき声をかける。


「あのー、風竜さん。大丈夫ですか?」

『……?』


 姿ははっきりと見えない風竜たちへと声をかけると、空気が振動する気配がする。

 風景と同化しているために直接見えはしないが、一部の風景が新たに僅かだが歪んでいく。

 どうやらネネカの声に気付き、少しだけ動いた風竜たちが居るようだ。


『……まさか、ヒトか?』

「わ。凄く流暢に喋ってるように聴こえる」

「私には唸ったようにしか聞こえないですね」


 皇都に来た風竜と違い、比較的流暢に喋れる者が居るようだ。

 尤もネネカにそう聴こえるだけで、他者にはさほど違いは無いのだろうが。


『……何用だ……!』

「警戒が凄い」

「そりゃそうでしょうよ。私も居るんですし。そうでなくても呪いがヤバいんですから」


 明らか実力上位存在のヴェルサスを従えた存在が、話しかけてきている。

 成程、意思を以って生きる者として警戒は当然だろう。至る所から唸り声が聞こえてくる。


「うーんと……なんて言ったら……まあいいや。単刀直入に言うと助けに来ました」

『……助け、だと?』

『フン。ヒトの子に何が出来よう』

『ヒトの分際で空を飛びおって……忌々しい』


 聴こえてくる唸りは、悉く不信のそれ。

 致し方ないと言えば致し方ないのだが……変なやっかみも混じっていた。


「なんか空を飛んでいるってだけで忌々しく思われているっぽいんだけど」

「まあ風竜からすれば、この辺りの空は全部縄張りのようなものでしょうしね」


 確かに。他の竜がどういった存在かは知らないが、少なくとも風竜は空を飛び、飛ぶ生物の中でも圧倒的な能力を持つと考えれば、空が縄張りとなるのも自然では有ろう。

 そこを、自分たちの基準では殆どが赤子よりも弱々しい人類が、悠々自適に飛んで自分たちを見下ろしている。

 風竜からすればプライドが許せない部分も有ろう。勿論個人差は有ろうが。


『……待て。ヒトの子、もしや……』

『我らの言葉が……分かるのか?』

「あ、うん。分かります」


 戸惑いながらも確認するその声に、明確に向き合って頷き肯定する。

 それと同時風竜たちは、紛れもない驚愕の声を上げる。


『なんとな……我らと言の葉を交わす者が現れようとは……!』

『成程。故に我らと話しに来た、というわけか』

『得心がいった。わざわざ我らを見つけて何用かと思うたが……』


 起き上がった風竜たちの驚きの声によって、他の風竜たちも起きて来たのか、少しずつ景色がさらに歪んでいく。

 起きた風竜に、起きていた風竜は事情を説明している声が聞こえる。すると起きた風竜が驚きの声を上げ、その声で別の風竜が起き……あっという間に、竜のたまり場の全域が騒がしくなる。


「めっさ煩いんですけど」

「皆私が話せることに驚いてるみたい」

「あー。そういう感じ。……いや煩いんですけどそれでも」


 実際煩いとはネネカも思っている。

 人々の喧騒が如く、風竜の群れがあまりにもざわざわとして居て何も聞こえない。

 より正確には聴こえてはいるし、聴こえた声は言葉として認識出来ているが、あまりに声が多すぎて聞き分けられない。

 どうしたものかと、二人して少し悩んでいると。


『鎮まれぃ!!!』


 竜のたまり場の奥の方から、一つの咆哮が響き渡る。

 咆哮と共に騒がしかった風竜たちは、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになる。


「……どうやら竜王……かは分かりませんが、少なくともこの群れのリーダー的な大物は釣れたようですね」


 言葉は分からずとも状況でヴェルサスも理解したらしい。

 先ほどの咆哮の主。確実に大物であろう、と。

 風竜の大軍の奥より、一つの空間の歪みが空を舞い、こちらへ向かってくる。

 どうやら先程の咆哮の主が、向かっているようだ。


『若い者たちが失礼した、ヒトの子よ』


 空間の歪みは二人の近くへ降り立ち、その姿を現す。

 それは巨大な風竜だった。

 皇都を襲った風竜数匹分の巨体。あの風竜たちは本当に若い竜だったのだと一目で分かるほど、巨大な風竜。

 全身に古傷も相応に持つ、空を飛んでいるヴェルサスやネネカですら軽く見上げるほどの巨体がそこに在った。


『これより先は我が代表して話すとしよう』

「え。いいの?明らか凄い大物様だけど……」

『そこに控えておる淫魔の子の力を考えれば当然の事よ。何より、我々に何らかの明確な用が有る様子。なればこの群れを率いる我が直に話した方が、互いに不都合も少なかろう』


 どうやら二人の目的と、ヴェルサスの実力を考え、群れを率いる存在が直に来たようだ。

 ヴェルサスにそれを伝えると、少し悩んだ様子となる。


「……まず確認を。呪われているかどうか。そして竜王かどうかを」


 ヴェルサスに言われるがまま、ネネカは二つの問いを風竜へと向ける。

 風竜は一度ギロリとヴェルサスを見た後、答え始める。


『確かに我らは今呪われている。が、我らが呪われているのではない。そして我が竜王か否か。それは否だ。今は、な』


 今は。

 その意味を、ネネカは再び問う。


『なに。我は、現竜王様に何かあった場合、この群れの竜王と成る。それだけの話よ』

「あ、次期竜王ってこと?」

『ヒトの子風に考えれば、な』


 現竜王に何かあった場合。

 どうやら竜の生態も、中々に明確な社会が築かれているようだ。

 まあ人類のそれとは感覚も何もかもが異なるので、築かれた社会も人類のそれとは何もかもが異なろうが。


「……私たちは、解呪をしに来ました」

『……フム、解呪か』

「はい。えーと……どう話したら」

「コミュ障じゃないんですから。……皇都が風竜に襲われた事と、その風竜たちが王が呪われたと話していた、とお伝えください」


 ネネカはヴェルサスに言われた通り、襲われた事と呪われているという事を風竜に伝える。

 風竜はネネカの言葉を聞き、少し唸る。


『……少し待て。取って食いはせぬ』


 そう言って風竜は、その顔をネネカに近付けてくる。

 ネネカの眼前に竜の頭が有る。鱗一枚一枚のしわや模様すらしっかり見えるほどの場所に、容易く人一人を食い殺せる竜の顎が有る。

 ヴェルサスが控えている故、何が有っても大事には至らないのだろうが……それでも怖いものは怖かった。流石のネネカでも。


『……フム』


 そうすること数秒。

 風竜はネネカから顔を離し……ちらりとヴェルサスを見る。


『……淫魔の子は臭いが混じり過ぎておって、今この場では分からぬ。が、少なくともヒトの子には奴の臭いはなく、飛ばされていった者たちの臭いはある』


 奴。

 これまでの情報や雰囲気から察するに、恐らく竜王に呪いを与えた存在だろう。

 飛ばされていった者たちはまず間違いなく、皇都を襲った風竜たちの事。

 どうやら臭いを嗅ぐことで、関係者かどうかを判別したらしい。


『済まぬな。我らの今の在り様はヒトの子によるもの。警戒せざるを得ぬのだよ』

「人によるもの、か」


 ネネカに驚きはない。

 そんな気はしていた。

 犯人が誰かは分からない。が、確実にこういう事をするのなら人だろう、と。


『自分たちで呪いをかけておいて、解呪して都合よく従わせようとしたかと思ったが……そうでは無さそうだな』

「私たちは、私たちの住んでるところを守りたいし脅かされたくないから、そのための対処をしに来ただけだよ」

『そのようだな。疑ってすまなかった』


 風竜が軽く頭を下げてくる。

 本当に、軽く会釈する程度のそれではあったが、謝罪の意思は伝わるそれだった。

 ネネカは少しだけ首を横に振って謝罪は必要ない意思を示す。

 経緯がどうであれ風竜を呪っているのは同じ人間で、風竜が人間を疑うのは当然の事であるから。


「それで、私もよく分からないんだけど、浄化魔法を使えば呪いを解けるかもって。だから呪われているなら、浄化して助けようって」

『ジョウカ?……ああ、ジョウカとはアレか。ヒトの子らの用いる魔法の一つか』

「うん。なんでも、毒とか呪いとかを纏めて解除できるんだって。個人差はあるみたいだけど」


 浄化魔法については、道中である程度聞いた。ついでに無属性魔法についても。

 浄化魔法の基本の性質としては、人体に用いた場合は対象の肉体にとって明確に有害なものを消し去るものらしい。

 とはいえ人によって有害なものは異なるため、あくまで毒物などの大雑把なものしか消し去れず、医療に使えるかは別のようだ。

 しかしその効果も、使用者によって個人差がある。

 無属性魔法は何でも基本の性質が固定されており、性質を変えることが出来ない代わりに、一人一人細部が異なる性質を有するらしい。

 例えば飛行魔法なら、ネネカは普通にヴェルサスと並走できていたが、エリーゼの用いる飛行魔法は速度の制御がまともに出来ないらしく、一々常に最高速しか出せないのだとか。

 例えば浄化魔法なら、ヴェルサスは普通に毒物などを除去する解毒魔法や解呪魔法の代用として使えるが、クルーベルは単に身体の汚れを消すだけしか出来ないのだとか。

 ……クルーベルの浄化魔法に関してはある意味便利そうだと思ったが、それはそれとして。

 そんな風に無属性魔法は同じ魔法でも個人差が有り、実際にどうなるかは使ってみなければ分からないのだとか。


「その個人差の部分で解呪できるかは分からない。けど、やらないよりはと思ってる」

『……ふぅむ。解呪魔法は?』

「私たちは使えないから」

『……種の違いはどうする?』

「種の違い?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げると、そっとヴェルサスが呟くように教えてくれる。

 人と魔獣のことだ、と。


「……あー、魔法が通るかどうかの。……なんでも、私がテイムを出来れば魔法を通せるようになるんだって」

『……テイムとは?』

「私もよく分からないけど、魔獣を従わせること……だよね?何かそういう技術を使うと、魔法を通せるみたい」


 ヴェルサスに確認しながら、風竜の問いに答えていく。

 目の前の風竜は答えを返される度、少し唸っていた。


『……済まぬが信用はしきれぬな。其方らの事は一先ずとはいえ信頼出来るが、なあ……』

「まあ……信用するのは難しいと思うから」


 人からいきなり呪いを受けて、また別の人が来て呪いを解く手段が有ると言って。

 あまりにも都合が悪くも良い。信用しきれぬのは当然と言えば当然であった。


『……そのジョウカ魔法とやらは、今使えるか?』

「……まだ教わって無いから使えないけど、ヴェルサスちゃんに頼めば一時的にでも使えるようにはなると思う」


 ネネカはちらりとヴェルサスを見る。

 ヴェルサスはそれだけでなんの魔法の事を言っているのか察したらしく、コクリと頷く。


『テイムは?』

「それは……どうなの?」

「正直、私もあまり知らないんですよね……テイマーの適性を持つ者が、対象とのコミュニケーションに問題が無ければ、とだけ……」


 曖昧だなあ、と感じながらネネカは、ヴェルサスから聞いたテイムに関する情報を風竜二も伝える。

 風竜もぼそりと呟く。曖昧だな、と。


『ふむぅ……淫魔の子は分からぬが、其方は嘘をついているようには見えぬが、なぁ……』


 風竜はちらりと、自身の背後にいる風竜の群れを見る。

 未だに風景と同化している風竜の群れだが、揃って縦に空間が歪む。

 どうやら軽くではあるが揃って頷いたらしい。


『……ヒトの子。我を……なんだ?テイムだったか?それは出来……いや、その前に。我に今、ジョウカ魔法を使ってみてはくれぬか?』

「浄化魔法を?」

『うむ。……テイムの詳細が分からぬ以上は、そちらを一旦やってみてはくれぬか、と思うてな。それが出来れば、それで一先ずの信用は置こう』


 ネネカはそれをヴェルサスにも伝える。

 ヴェルサスは少し悩んだ後、コクリと頷く。


「まあ、そこが一先ずの着地点でしょう。互いに信用しきれぬ場が続くよりは」

「ん。じゃあお願いしていい?」

「……あまり多重でやるのは良くないのですがね。……緊急事態ですし致し方なし」


 ヴェルサスはふわりとネネカの傍へ行き、そっと片目を一瞬だけ輝かせる。

 同時にネネカの内に発生する、浄化魔法の経験。使用できるという確信。


「色々終わって一息ついたら、本格的に魔法関係の指導をしておきますかねー」

「正直生活できればそんな……あー、でも確実に色々巻き込まれるか」

「そうなんですよね。めんど。あ、どうぞ」


 ヴェルサスが少し離れ、浄化魔法の行使を促す。

 現時点で中々に巻き込まれているのだ。自衛手段としても、魔法を学ぶのは重要と言えるかもしれない。

 ネネカは風竜へと向き直り、浄化魔法を行使する。


「……なんか、一回使い始めた感覚で分かるけど、詠唱必要ないかもコレ」

「経験渡した意味、七割くらい無くなるんですけどソレ」


 ネネカが現在魔法を行使するのにヴェルサスのサポートが必要な理由は、魔法を行使するのに必要な詠唱に該当する部分が出来ないからだ。

 詠唱文を知らないのは勿論、詠唱の代用になるモノすら行使方法も分からない。

 そもそも大雑把な魔法の行使手段すらも分からないのだが、一応無属性魔法に限れば魔弾の応用で出来なくはない事が入力された経験から分かった。

 そうして理解した上で。

 ネネカは自分の用いる浄化魔法が、詠唱不要な性質を持っている事に気が付いてしまった。


「……ま、いいや」


 どちらにせよ、今頭の中に在る経験は後程消し去るものだ。

 消し去った後も、それ以外で行使した経験は残る。

 今行使した経験からでも、詠唱が不要だという事は分かる。

 この件に関しての先は分かり切っている。であれば今は、目の前の事に集中するのみ。

 ネネカは風竜へ向けて、浄化魔法を発動する。


『ム』


 他にどういった性質を持つか分からない、ネネカの浄化魔法。

 それは光の玉のような形で発生し、ゆらりと動いて風竜に触れる。

 すると風竜の身体を一瞬、ふわふわとした光が包み……そして消えた。

 一見すれば変わったものはない。が。


「……多分発動したんだと思うけど、どう?」

『……我自身には何も無かったな。しかし、我から漏れ出ていた呪いが一瞬消えた』

「そうなの?」


 風竜の言葉をヴェルサスに伝えながら問うと、ヴェルサスもコクリと頷く。

 どうやら風竜自身には効果が無かったが、呪い自体には効果があったようだ。


『我が身の呪いには効果無くとも、漏れ出た呪いに効果があったという事は、確かに解呪できておる、か。となれば残るは』

「うん。人と魔獣の違いで魔法が通らないだけっぽいから……テイムさえできれば解呪できそうかな」

『の、ようだな。……疑ってすまなかった。其方らの事を信用しよう。一先ずは、であるがな』


 風竜は一つ頷き、背後の風竜の群れへと一つ咆哮を上げる。

 一先ずとはいえ信用できる旨を伝えたようだ。

 風竜の群れはそれに応えるように、擬態を解いてその姿を現していく。

 そしてあっという間に、ヴェルサスとネネカの眼前の平原が風竜の群れで埋め尽くされた。


「改めて把握できるとすんごい数」

『風竜の群れとはこういうものよ。むしろ少なくて済まぬな』

「これで少ないの!?」


 ネネカは思わずヴェルサスへ振り向きながら問う。

 ヴェルサスは風竜の言葉こそ理解出来ないが話の流れは大体察しているようで、無言でコクリと頷く。

 後に聞いた話だが、本来の風竜の群れは一般的な人類種の視界は埋まるほどの数らしい。それよりも小さい今回のような群れも場合によっては有るものの、基本的には大地も大空も全てが埋め尽くされるほどの群れなのだという。


「……ドラゴンってやっぱり恐ろしい存在なんだなあ……」

『その恐ろしい存在を容易く超える力を持つ者がそこに居るのだがな』

「それはまあうん」


 皇都を襲った風竜たちはまだ若い。が、その死体ですら凄まじい力を感じるそれだった。

 竜種が魔獣最強と謳われているのも納得の話だと一目で思えるほどに。

 だがその魔獣最強を容易く葬り去るのが、ネネカを守っているヴェルサスだ。

 竜を恐ろしい存在と評しても、それを超越する存在がすぐそこに居る以上……何ともおかしな話としか思えないのだった。


「まあとにかく……これであとはテイムさえできれば、ってところではあるかな?」

『む。そうなるな。そのテイムやらを我らは知らぬ故、そこは任せることになるが』

「だよねー。けど……」


 うーん、とネネカは少し悩みながらヴェルサスに相談する。

 これまでの会話もまとめるように。

 竜の言葉を伝え終えると、ヴェルサスも腕を組んでうーんと悩み始める。


「テイムできれば問題は無さげ、ですか。……やり方調べとくんだったかなあ」

「テイム方法、他に情報は無いの?」

「そもそもテイマーが希少なんですよ。私でさえ、直接会った事のあるテイマーは二人だけですよ?それもどちらもアニマルテイマー側の。聞いた話ではモンスタテイマーとアニマルテイマーでテイム方法が微妙に違うそうなので、何の参考にもならんと思います」


 流石のヴェルサスも知らないようだ。

 まあ普通に考えて自分で使えない技術について細かく詳しく調べることは少ない。こういった、本来自分が生きるだけで精一杯な世界ならば尚更そんな余裕が生まれにくいだろう。

 それを部分的にとはいえ知っているだけでも、ヴェルサスは流石な方と言えよう。


「アニマルテイマーの方はどんなテイム方法なの?」

「あくまで聞いた話なので真実かは分かりませんが。……確か、互いに心を通わせた上で動物に名付けをする……だったはずです」


 名付け。

 成程、こういった世界では定番なテイム方法だとネネカは思った。

 なんだかんだ名は大事だろう。名は体を表すとは言うが、名が無い故に定まらない存在もこういった世界ならば有ってもおかしくない。

 テイムもそういったものであったとしても、なんらおかしくは無いだろう。

 テイマーに関する情報を風竜にも伝えると、風竜はフムと少し考える。


『名、か。我らにそれが意味あるとは、到底思えんが……』

「試してみる?試して、それでテイム成功して解呪できるなら儲けものじゃない?」

『異論はない。試してみるとしよう。名付けてくれるか?』


 風竜の頼みにネネカがコクリと頷くと、風竜の群れが少し騒がしくなる。

 騒がしさはあっという間に、ギャアギャアとこちらの会話もままならないほどの物となる。


『アンダーボス!考え直してください!』

『そうです!こんな出会ったばかりのヒトなぞに名を与えてもらうなど、頭のすることでは有りません!』

『こんな矮小な存在に名を貰うなどと……!副社長、あなたには竜としてのプライドは無いのか!?』


 呼び方統一しろよ、と思わずネネカは思った。

 どうやら他の風竜たちは、ネネカが名を与えることに反対な者が多いようだ。


「……何事です?」

「なんか名付けられるのが嫌みたい」

「……なんで?」

「さあ?」


 人類種とはまた違った完全な別生物のため、魔獣ならではの感覚といったものがあるのかもしれない。

 が、これほどの反対が湧くとは、それほど駄目な事なのだろうか。

 もしや目の前にいるこの巨大な風竜の物分かりが良いだけで、本来はこうなのだろうか。

 疑問が止まらず、一先ず目の前の風竜に聞いてみようとし……


『鎮まれと言ったはずだァ!!!』


 巨大な風竜は、すぐ近くで騒いでいた風竜の内数匹を容易く片足で握り潰し、大きく一つの咆哮を上げる。

 一瞬で生み出されたその惨状と、異を許さぬ圧倒的な咆哮。

 この群れを率い統べる者としての一匹の巨大な風竜の姿がそこに在った。


『……フゥ。失礼した。では、名付けてもらえるか?』

「あのー……嫌な事だったら普通に断って良いからね?嫌がる事を強制したいわけじゃないし。竜や魔獣の生態とかに詳しいわけじゃないから、迷惑をかけることも多いだろうとは思ってるし……」

『気にするな。我らは竜、其方らが魔獣と呼ぶ存在の中でも際立って強大な種。どんな形で在れ強き者を尊ぶ。……故にこそ自分より弱い者に名前という重要な要素を任せるのはプライドが許さぬ。そういったものが多い。それだけの事よ』


 強者を尊ぶ。故に弱い人類を見下す。

 理屈は分かる。人でも、形式こそ多少異なれども普通に在る事だ。おかしなことではない。

 それが人類種よりもよほど競争に激しいであろう竜種ともなれば、尚更だ。


「でも、それだったら……」

『ああ、我の事は気にするな。その考えにも個体差は有り、何より我は心の強さを尊ぶ。竜王様もな』

「心の強さ?」


 左様、と先程足に付いた風竜の肉片を軽く払いながら、巨大な風竜は頷く。


『其方は今、確かに恐れている。我にも、傍に居る淫魔の子に対しても、決して小さくない恐れがある。圧倒的な実力差を正確に理解し、それを恐れておる』

「……まあ、そりゃ、うん」


 ネネカからすれば、風竜は軽い頭突き一つでネネカの身体を粉砕できるであろうし、ヴェルサスも幾らでも想像も出来ない手段でネネカを瞬殺できるであろう。

 そんな存在に対し恐れを抱かないネネカではない。相応に生への執着はある。

 一見平然と出来ているだけで、ネネカの内心は風竜の言った通り決して小さくない恐れが渦巻いている。

 一言間違っただけで殺される状況。僅かに機嫌を損なっただけで殺される環境。

 そこに恐怖を抱かぬというのは破綻者であり……ネネカはそういった破綻者では無いのだから。


『だが其方はその恐れを断ち切るでもなく向き合い受け入れ、その上で己の意思で立っている。……それは我や竜王様が相対してきた者たちと同じ、真に強き者の証。力だけを求める、ただ強いだけの者ではない証よ』


 風竜はどこか、そんな存在と語らっている事実に対して誇らしげだ。

 事実、ある種の敬意があるのかもしれない。

 確かにネネカは風竜を、ヴェルサスを恐れている。

 しかし恐れながらもこうして接しているのも事実。

 眼前の風竜が単純な強さではなく、こうした心の強さを称賛するというのなら……確かにネネカはその心の強さを持っている方なのだろう。


『まあ我に限らず、経験を重ねた竜は皆そうであろうがな。此処に居るのは、我らの群れの中でも若い者たちが集まっている。故に経験が浅く、容易くヒトの子も見下してしまうのだ。恐らくこやつらは、そこの淫魔の子の実力すらも測れていないであろうな』


 嘆かわしいと言わんばかりに軽く首を振る風竜。

 その後ろの風竜の群れは、確かにこの巨大な風竜と比べると小柄な竜ばかり。皇都を襲った風竜たちと同程度、それよりも小さい竜も非常に多い。

 眼前の風竜のような在り方こそが竜としての先達、群れを率いる者としての在り方だとするのなら……成程。群れの風竜たちは経験が浅いと言えよう。


『……話が逸れてしまったな。我が群れの者たちがすまぬ。さあ、名を』

「一応……しつこいようだけど最後の確認。本当に名前を付けて良いんだね?」

『構わぬよ。それが名乗るに値しない名だとなれば、名乗らなければよいだけの事。そも、我ら魔獣に名を与えても名を呼ぶ者が居らぬ。我のように、高位の竜と成れば尚更呼ぶ者が、な』


 成程と納得するネネカ。

 先ほどの光景を見るに、竜の社会は割と縦社会だろう。

 縦社会の中で高位の存在。確かに名が有っても呼ぶことは恐れ多いとして呼ばないものが殆どだろう。


「ンー……名前、名前……何が良いかなぁ。名付け苦手なんだよなあ……」

「……元の世界での一般的な名前等を使ってみては?」

「元の世界、そこら辺の人はあんまり名前明かさないから……個人情報が漏れると一部地域以外じゃほぼ死ぬ世界だったし。そもそも縁起の良い名前、そんなに付けて意味のある世界じゃなかったから」

「相も変わらずディストピア」


 一週間の間に割とネネカの元の世界事情を聞いているヴェルサスは、軽く頭を押さえる。

 この世界とネネカの元居た世界。どちらが平和なのか度々悩むようになったヴェルサスであった。


「ンー……不要な名前になるかもしれなくても、折角なら威厳のある名前を付けたいけど……」

『好きなものでも構わぬぞ?流石にタベカスなどは勘弁願いたいが』

「竜にそんな名前つけるほど無神経じゃないし心臓強くないよ???」


 その会話で、群れの風竜の一匹が気まずそうに顔を背ける。

 どうやらあの竜が周囲からはタベカスと呼ばれてしまっている竜らしい。

 その竜の周囲の視線は完全に呆れたそれであり……まあ、中々に変な方向で知名度は高いらしい。


「……んー……じゃあ……ルドラで」


 ネネカは悩みに悩んだ末、元の世界の創作物に登場した存在の名を告げた。


『るどら。中々に響きは良い言葉だが……名の意味は?』

「なん、何だったかな。確か元ネタは、超大昔の……なんだっけな。伝承?に出てくるなんか存在の名前で」

「すんごい曖昧」

「私だって創作物に登場してたから調べただけだから。……で、確か……その、大本の伝承の方は遥か昔にほぼ失伝してて名前だけしか残ってなかったけど。その創作物での名前の意味なら……」


 創作物で名前が登場する時、時折意味が明確に込められる。

 偉大な存在や偉大な名であるならば、そこに込められる意味も多い事が多い。

 この名もその例に違わず、少なくともネネカの見た創作物では意味を多く含んでいた。


「翼を持つ者、嵐を叫ぶ者、天の武力、大空の賢者……そんな意味があったかな」

『我の思った以上に強い意味であった』

「たった三音にどんだけ意味込めてんですかその創作物」


 人類と竜種、両者からツッコミが入る。

 意味を込め過ぎだという意見にはネネカも同意するところではあるのだが。


「これでも少ない方だよ?数少ない今も遺ってる伝承では、ゼウスって名前に込められた意味が百種類以上有ることもあるんだから」

「多すぎません???」

『それはもう意味をそのまま名前にした方が早いのではないか???』


 恐らく伝わる過程で様々な創作物の知識等も混ざってはいるのだろう。あくまで遺っている伝承であり、大昔からそのまま伝わっているというわけではないのだから。


『しかし……るどら。ルドラ、か』

「駄目だった?別の名前も出そうと思えば出せるけど」

『いや。……天の武力、大空の賢者……良い名だ。気に入った』


 風竜は心底機嫌が良さげだった。

 人間だったら自慢げにニタニタ笑っているのかもしれない。

 種族や生命としての在り方こそ異なれども、同じ世界で生きる同じ意思ある生命。思考などは似通るものがあって当然なのかもしれない。


『うむ……うむ!これより我が名はルドラ!嵐の名を冠せし者!人の子よ、まことに良い名、感謝する!』


 風竜……ルドラはその巨大な翼を広げ、歓喜のあまり咆哮を一つ上げる。

 言葉の分からぬヴェルサスですら嬉しそうだと分かるその咆哮は、残念ながら普通にこの超至近距離で聞くにはかなり煩いもので、ヴェルサスとネネカは無言で耳を軽く塞ぐ。

 耳を塞ぎながらルドラの背後を見れば、ルドラを羨ましそうに見る風竜の群れ。

 彼らもこういった格好いい名に憧れがあるのかもしれない。

 とはいえすぐに思いつくほどネネカもレパートリーが有るわけではない。仮にレパートリーが豊富であったとしても、この数は普通に不足する。

 どうしようかな、と悩んでいると。


「んむ?」

『ン?』


 ふと。

 ネネカとルドラが、繋がった気配があった。

 どう繋がったのか、は明言することが難しい。何しろ感覚だけのものだ。

 だが確実にネネカは、ルドラと何かが繋がった感覚があり。


「……ルドラも?」

『うむ。何か、そなたと繋がった気配があったな』


 今も、ルドラとの繋がりは確かに有る。

 ヴェルサスの知識のように異物ではなく、自然と違和感なく其処に在る。

 恐らくこれがテイムしたという事なのだろうと、ネネカとルドラは共に理解した。


「……もしや、テイム成功したので?」

「みたい。なんか、いきなり出来た感じが有る」

「……テイム条件分かんねー……」


 もしやすれば、テイム条件も無属性魔法と同様に個人差が有るのかもしれない。

 少なくともネネカとルドラは、現在テイムが成功した状態となっている。となればこれまでのネネカとルドラのやり取りの間に、最低でもネネカにとってのテイム条件は満たせたことになる。


「……もうなんでもいいや。その状態で浄化を試してみてください。本来の目的はそれですし」

「あ、そうだった」


 諦め気味なヴェルサスの言葉で、軽く忘れかけていた本題を思い出す。

 本来此処へ来た目的は、竜にかけられた呪いの解呪のため。

 呪われたのはまず間違いなく竜王だが、竜王の所在が分からず本当に竜を解呪できるかも分からないために、確実に呪われた竜が居ると判断したこの竜のたまり場へ来たのだ。

 テイムしたのも、解呪に必要であったがため。テイム自体が目的では無いのだ。


「じゃあ、うん。ルドラ、もう一回浄化魔法、使うけどいい?」

『っと、そうであったな。構わぬ。しかしこれで通用するようになるのか?』

「話によれば効くらしいけど、どうだろ。分かんないから試すんだし」

『それもそうであるな。では、頼んだ』


 ルドラの言葉にネネカはコクリと頷き、先程と同様に浄化魔法を発動する。

 一度発動したが故慣れたのかはたまた経験が馴染んだのか、先程よりもスムーズに発動する。

 先程と同様にふわふわとした光の玉が発生し、ルドラへと向かっていき……


「微妙に遅いのなんでだろ」

『地味にもどかしいな』

「そういう性質なのでしょうね。っていうか触れてやりゃあいいでしょうに、なんで離れたとっから飛ばすように使ってんですか」


 心底呆れた風のヴェルサスの言葉。

 言われてみれば、わざわざ離れて使う理由は無かった。

 エリーゼですらネネカの足を治す際に触れていたのだから、解呪においてどう考えても触れた方がいいのは分かり切った話だった。

 仮に竜の肌に触れたことでネネカが呪われようが、ヴェルサスが解呪は行えるであろうし、此処で治せずともエリーゼは確実に解呪できる。問題は無かった。

 次からはちゃんと触れて使おうと思ったところで、浄化魔法がルドラに触れる。


『む?ぬ、うおおお!?』


 変化は先程と異なり、劇的だった。

 外見の変化はない。変わらず巨大で、一目で屈指の強大さだと分かる風竜の肉体だ。

 変化が有ったのはルドラより感じ取れる様々な気配。

 その気配がどんな気配なのか。ネネカには分からない。そんな気配一つで全てを感じ取れるような強者でも無いし、経験を積んでいるわけでも無いから。

 ただ。そんなネネカにも分かるほど、なんとなくでも。

 ルドラの身に在った嫌な気配と言えるそれが消えていくのが、確かに分かった。


『おお、おおおおお!?こ、これは……!』

「ど、どう?」

『軽い!身体が軽いぞ!?かつてないほど身体が動く!なんと心地よき事よ!』


 ルドラは翼や首、足や尻尾までもストレッチでもしているかのように柔軟に動かす。

 その雰囲気は、動かされているようなそれでは無く、本当に身体を動かせることが心地よいが故にそうしているようなそれだった。


「え、っと。解呪は出来た感じ?」

『うむ、うむ!確かに解呪されておる!どころか肩こり翼こり尻尾こり全て癒されたわ!』

「翼こりって何……?」


 人間でいう首こりのようなものかもしれない。


「まあ解呪できてるなら良かった」

『ははは!老いの辛さも忘れ去るこの身体のなんと心地よき事か!これがヒトの子の使う魔法か!呪いといい、今のヒトの子は侮れぬなァ!』


 ルドラは興奮のあまり、翼を大きく広げて羽ばたき、凄まじい速度で何処かへ飛び去って行く。

 その速度は圧倒的で、戦闘機が如くあっという間に彼方の空にその軌跡が見えるのみとなった。


『……ヒトの子。なんか、投薬でもしたか?』

「……なんか、興奮する作用でも入ってます?」

「揃ってそんな風にヤバい薬使った人みたいに見ないでくれない!?っていうか知らないよ私は浄化魔法使っただけだって!」


 風竜の群れの一匹とヴェルサスから、若干怪しむ視線が飛んでくる。

 まあ浄化魔法に、そういった作用が入っている可能性も無くは無いのだが。

 これはネネカが後に聞いた話だが、実際世の中には肉体を硬質化させる無属性魔法を用いることで異常な興奮も得てしまう者も居るらしい。無属性魔法とは発動のしやすさ等はあるが、同時に様々なギャンブル要素も持つ魔法系統なのである。


「っていうか何処行ったのルドラ」

『知らぬわ』『見えぬ』『流石は風竜屈指の速さ自慢』『どう考えても速過ぎるけど』『本当にどこ行ったの』

「すんごい勢いで大空を飛んでますよ。魔力の残滓が残像のようになってて、傍から見る分にはまあまあ凄い光景」

「うん、なんであのスピードを追えてるのヴェルサスちゃん。っていうかまだ見えてるの?」


 ルドラは既に目を凝らしてもどこに居るか全く分からない。魔力の残滓とやらも全く分からない。

 そもそも飛び立って一秒で地平線の彼方へ消えて行ったというのに。一体どこを見て把握できているのか。

 もしやすれば魔力を追っているのかもしれないが……どちらにせよあの速度を追えている時点で大概な気がしないでもない。


『追えとるのか』『あれを?』『見えぬが』『どうやっとる』

「ヴェルサスちゃん。どうやってルドラ追っかけてるの?」

「私の魔力感知の範囲、一応デフォで大陸級なので」

「あ、大陸レベルで感知できるのね」

『広すぎんか』『強いのは分かってたけど』『考えるだけ無駄か?』


 ネネカと風竜の群れは揃ってヴェルサスに色々通り越して呆れる。

 あの速度を、魔力感知とはえ追えているだけで大概おかしいのに、その範囲がデフォで大陸。

 彼女は一体何だったら出来ないのか。そちらを考える方がよほど有意義な気がした。


「どうやら大陸をぐるっと回ってるようですねー。あ、戻ってきますよ」


 え?とネネカが思う暇もなく、巨体が空を覆う。

 何事かと反射的に見れば、そこにはルドラが居り、まさに降りてくるところだった。


『フゥー……いやはやすまんな。年甲斐にもなく興奮してしもうた』

「いや……まあ、驚きはしたけど問題無いならいいよ」

『問題なぞ有るものか!感謝するぞヒトの子よ!まさか解呪だけでなく、我が身の衰えまで取り去ってくれるとは!これであと数百年は現役で居られるわい!』


 どうやらルドラには思っていた以上にネネカの浄化魔法が利いていたらしい。

 中々に高性能のようだが、一切デメリットが無いとは限らないために油断できないのが人類組であった。


『しかし……』


 そうして、風竜の群れすらも若干たじろぐレベルではしゃいでいたルドラだったが。

 すぐにその表情は先程のような硬いものとなり、身に纏う気配も少しずつ良くないものが混じっていく。


『……駄目だな。呪いが竜王様より流れ込んでくる。一時我の肉体を解呪出来ようとも、自然と呪いが身に流れてきよるわ』

「……やっぱり」


 どういう呪いなのかは分からないが、やはりルドラを含む他の竜を解呪しても、大本の解決とはならないようだ。

 末端の竜やルドラ等を解呪することで、多少の改善が見られればと思っても居たネネカとヴェルサスだったが、流石にそこまで甘くはないようだ。

 しかしあくまでそれは、そうなればいいなという程度のプラン。本来の予定とは異なるし、現状は本来の予定通りではある。


「実はそれなの。私たちの本来の目的は。呪われている竜王を解呪したい、というか」

『む?……いや、そうか。最初に我が竜王か聞いていたな。あれは、そういう事だったか』


 ネネカたちの目的を理解したらしいルドラは、合点がいったように頷く。

 頷き、そのまま少し考えこむように唸る。

 まあいきなり来て王に会わせろ、などと普通は人類相手であっても跳ね除けられる。今回は状況が状況故に考えられているだけで。


『……正直言おう。我としては信頼できるし、竜王様を解呪できるのならそうしてもらいたい。我が次代の竜王の一枠とされているとはいえ、現竜王様もまだまだ現役真っ只中。あまりに早い代替わりは、如何な事情が有れども他の竜に舐められかねんからな。現竜王様を治し、代替わりや次代への移りを行わずに済むのなら、今はその方が良い』

「うん。というか普通に呪いを放っておくのも不味そうだしね」


 不味いどころじゃねえ、という呟きがヴェルサスの方から聴こえて来たが、一先ずは無視するネネカとルドラだった。


『しかし、其方らの動機が分からぬのよ』

「動機?」


 竜から聞くには意外な単語が出たことで、ネネカは軽く驚く。


『うむ。我ら竜は、其方らヒトにとって恐ろしきものであろう?それを責める事は無い。事実、我らは強い。……稀に我らを容易く超える存在が居るがな』

「まあ、うん」


 ネネカとルドラは揃ってちらりとヴェルサスを見る。

 よく見られるなー、とどこか呑気なヴェルサス。

 ヴェルサスにはルドラたちの言葉が分からぬ故、暇となるのも仕方ないのだろう。

 仮にヴェルサスが寝ている間に竜たちが暴れようが、大陸を容易く一周するルドラを平気で追跡できるヴェルサスがこの距離で控えていて後れを取るなど考えにくい。竜たちもそれをよく理解している。

 だからヴェルサスが寛ぐのは当然ではあるのだが……よそ見してぽへーとして居るのは流石にどうかとネネカとルドラは思った。


『……まあ、いい。……ただそれ故に、お前たちが我らを助ける理由が分からぬ。我らとヒトの子らで考え方が違うのは分かる。だが同じ生きる者として、強者は恐れるものであることに変わりは無かろう?』

「うん。場合によっては同時に敬われたりもすると思うけど」

『敬われる……我ではないが同族に憶えが有るな。そうして異なる存在としての恐れが関係の主のはずの我ら竜族とヒトの子ら。我らを救う事は、巡って其方らヒトの子を脅かすことになろうて』


 ヒトの子を脅かす。

 確かに。風竜はこうしてネネカは交流が可能でも、他者にとっては脅威そのものでしかない。

 ヴェルサスのように容易く竜を屠れる存在が居るのなら脅威は薄れるやもしれないが、そのヴェルサスとて全ての竜の脅威から人類を守れるほど強くはないはずだ。恐らく。

 此処で風竜を解呪する。それ即ち、人類への脅威を野放しにするという事だ。


『故に問おう。汝は何故、我らを救わんとするか』


 ルドラはネネカを真っ直ぐ見つめ、問うてくる。

 お前が答えろと、有無を言わさぬかのように。


「……んー」


 ネネカは答えに迷った。

 単純にこの問いに答えようと思えば答えられる。ヴェルサスから解呪する大まかな理由は聞いている。呪いを下手に広がらせないためだ。

 何故呪いが広まる事が駄目なのか。地脈が呪われるなどの大雑把な事情は聞いているが、地脈が呪われることの何が駄目なのかは知らない。そういった詳細は聞いていない。

 が、少なくとも呪いなどというものが広がる上で良いことは少ないだろう。地脈が呪われるというのも、あまり良い雰囲気はない。

 しかしルドラが問い、ネネカに答えてほしいのは、そういった分かりやすい理由ではなく、ネネカ自身の理由だろう。

 呪いが広まる。地脈が呪われる。確かに大事だ。同時にネネカには然程関係は無い。そもそも魔獣ではなく土壌が呪われたのならまず間違いなくエリーゼがどうにか出来るだろう。

 竜王が呪われているのも可哀そうな事だ。解呪できるのがネネカだけなのも憐れな事だ。同時にネネカにはそれをする義理は無い。

 純然たる事実として。ネネカが此処にいる理由は。


「……ヴェルサスちゃんに連れられてとかも有るけど……現状の、こう……ダイレクトな理由としては……なんとなく、かなあ」

『……おう』

「…………………………」


 ルドラから呆れた視線が突き刺さるのが分かる。ヴェルサスからは不自然なほど何も感じない。視線すら向けていなさそうだ。

 しかしどうしようもない。事実ネネカにとっては、なんとなくでしか無いのだから。


「いや、こう……色々理由があるのは分かるよ?呪いを放置するわけにはいかないとか色々。でも私個人の理由としては……正直ぶっちゃけると、ルドラたちに思い入れとかが有るわけじゃないから。別に助ける義理も無いし」

『まあ、そうであろうな。まだ会ったばかりであるし』


 互いに一先ずの信頼関係こそ築けているとは思っているし、ルドラとはテイムの関係も有ってまあ今後も仲良くやろうと思えばできるだろう。

 だが、だからと言って今がそこまでするほどの信頼関係とは言えない。そもそも人類と魔獣で別存在かつ敵対している関係だ。敵に塩を送る意味は無い。


「ヴェルサスちゃんたち的には、まあなんか色々思惑や目的は有るんだと思う。その結果なのか過程なのかは分からないけど、その目的のために私をこうして連れて来たっていうのは有ると思う。私と違って上に立つ者だから」

『ふむ。上に立つ者に思惑があるのはヒトの子ならば致し方なかろう』


 我らにも有る者は居る、とその考えが存在すること自体は否定しないルドラ。

 種族は違う。が、明確に意思を持つ生命として考える事はある。当然種族の違い故に、その内容は互いに理解の出来ないものも多く有ろうが。


「だから……うん。そういう……なんというか、詳しい事情は知らずに表向きの事情だけを私は知っている。だからっていうのも有るけど、あんまりそこら辺については自分の中で動く理由にはなって無いなあ、って思ってる」

『……正直だな。確かに其方の理由を問うたのは我であるが』

「隠す理由も誤魔化す理由も無いから。正直に言って何か不利があるわけでもないし」


 そこの最強には何かあるかもしれないが、と内心で考えるネネカ。

 現状ヴェルサスはルドラとの会話に口出ししてこない。ルドラの言葉が分からないとはいえ、ネネカとの会話からある程度は推測できているだろう。

 それでも未だに口出ししてこない辺り、問題無いと判断しているのか興味無いと思っているのか、はたまた問題はあるが面白そうだとして静観しているのか。

 とはいえヴェルサスはアレで真面目なところも多い。一人の人類もしくは為政者として看過できぬと判断したことが有れば必ず口を出すだろう。もしくは口より先に手を出す。

 今彼女が何を考えているのかは分からないが、少なくとも今の会話はヴェルサスにとっては問題無いのだろう。


「けど……まあ。一応、私だけの理由を、本当に端的に答えることは出来るよ」

『ぬ?なんとなく、の理由か?』

「うん。と言っても、なんてことない理由だよ。あんまり言おうとしなかったのも、元居たとこじゃ絶対出来なかったし、言うだけで他人に利用されるの確定で、とてもじゃないけど言える環境でも出来る環境でもなくて、それに慣れちゃってるからってだけで」

『待て何処出身だお主』

「ディストピア」


 本当に微かにボソッと、ヴェルサスが呟く。

 明らかにルドラの言葉に応えるように呟いていたが、竜の言葉を理解出来ているのだろうか。

 もしやネネカとルドラの会話で習得したのかもしれないが、一先ずそれに関しては置いておき、ネネカは理由を言う事にした。


「……でもなんとなくの理由は本当に単純で……私がそうしたいからっていうのと、誰かを助けるのに理由いるの?ってだけだよ?」

『…………………………』


 ネネカの答えに、ルドラはあんぐりと口を開ける。

 ルドラだけではない。会話を聞いていた他の風竜たちも、どこかポカンとした様子だ。

 ヴェルサスはその様子に対してかネネカの答えに対してかは分からないが、クスリと笑っていた。

 そんな空気は、僅か数秒。


『……ク、クハハハハハ!!!成程、成程!!!これは読み違えたわ!!!確かに、これはなんとなくだのぉ!!!』


 ルドラは心底愉快なものを見たかのように、爆笑する。

 傍から見れば妙な咆哮を上げているとしか見えないのだろうが、言葉が分かるネネカからすれば困惑するばかり。


「え。……私、別におかしなこと言ってないよね?」

『ヒトの子の敵を救う事を、そんな風に言ってのけること自体がおかしかろうよ!』

「私は面白そうなんでオーケーです」


 とりあえずヴェルサスの意見は無視することにした。口出ししてこないのも同じ理由だったのかもしれない。


『ククク……ああ、愉快なものを聞いたわ。まさか今時に、こんな純粋な考えを持つ者が居るとはな。どこかの巫女だったりしたのか?』

「巫女とかあるんだ……うんにゃ。ヤバいとこでぬくぬく育ってた一般人」

『其方のような一般人が居るかよ』


 ネネカも、かつての自分が一般人かと言われると様々な事情から違うとは言えるが、姉を含む特別と言える存在たちからすれば自分は確かに一般人の部類ではあっただろうと感じている。

 そもそも自分は特別に至れる可能性から降りた者だ。特別に上っていたのなら特別だったといえようが、そうでないならばどこにでもいるその他大勢ではあっただろう。


「あ。で、そんな事はどうでも良くて。本題の、竜王の事なんだけど」

『嗚呼、そうであったな。相分かった。竜王様からの許可も出たことだ。其方らを連れて行くとしよう』


 そう言ってルドラは、まず風竜の群れへと顔を向けた。


『聞いていたな?我は一時的に解呪されたことで行動制限も解除された。故に一足先にこの者たちを連れて巣へ戻り、竜王様へ謁見させる。竜王様を解呪した後、其方らも帰還せよ。そのまま旅に出ても我は構わんがヒトに仇を成すのはやめておけ。そこの淫魔の子が暴れかねん』

『『『ハッ!!!』』』


 風竜の群れがルドラの言葉に咆哮のような返事をする。

 実際、ネネカ以外の者には全ての風竜が同時に咆哮を上げたと思っただろう。ネネカもそれ自体は聞こえている。ただ聴こえる咆哮が明確に言葉として聴こえるだけで。

 風竜の群れの返事を聞いたルドラは、くるっとネネカとヴェルサスを見て。


『乗っていくかね?』


 まさかの誘いだった。

 風竜単位で気にしないのか、ルドラが特別なのか、そこまで信頼できると踏んだのか。

 ネネカは貴重な体験に、軽く眼を輝かせ。


「乗ってみ……」

「駄目です。私たちは飛んでいきますよ」

「なんで!?」


 貴重な体験を、ヴェルサスにあっさり掴んで止められた。

 なぜ駄目なのか。ネネカは問い、ルドラも視線で疑問を投げかける。


「さっきの速度見たでしょう。あれほどでなくても風竜の速度は生身の人間が耐えられる速度じゃねーです。つーかそれ以前に振り落とされるわ。鞍も無いのに」

「『あ』」


 心底呆れた様子のヴェルサスに尤もな正論をぶつけられるネネカとルドラ。

 確かに。先ほどのルドラの速度は凄まじかった。あれを生身で受けて耐えられるかと言われたらノーだろう。ヴェルサスは耐えられるかもしれないが。

 そして振り落とされるという点もご尤もとしか言えなかった。馬でさえ鞍などが無ければ乗るのは中々に難しいのだ。竜などという存在。幾ら甲殻である程度は乗りやすくとも、速度と併せて確実に振り落とされよう。


「私がネネカさんを抱えて行きます。私ならばあの速度にも追い付けますし結界で保護も出来、振り落とす事も有りません」

『むぅ、そう出来るなら良いか。……え、追い付けるのか。アレに』

「……なんか、出会った直後を思い出すなぁ」


 思い返してみれば、あの時もヴェルサスは中々なスピードで飛んでいた。

 あれがトップスピードでは無いとは思っていたが、まさかルドラのあのスピードに追い付けるほどだとは想像していなかった。

 つくづく最強は最強らしい。

 ヴェルサスはさっさとネネカを抱えつつ、ネネカの飛行魔法を解除してルドラの傍に来る。


「……あのー、なんか今しれっと飛行魔法解除されたんだけど」

「私、魔法の無効化技術とか色々持ってるんですよね」

『それ我らにはやるなよ???魔法生物の我らはそれ一撃ぞ???』

「っていうかまさか皇都を襲った風竜たちをやったのって……」


 ルドラの懇願じみた言葉とネネカの問いに、ヴェルサスはにっこりと笑って答える。

 最強は何処までも最強だった。


『……ああ、そうだ。ヒトの子……む、そういえば其方らの名はなんというのだったか』


 ルドラは思い出したように問うてくる。

 思い返せば名乗っていなかったなとネネカも思い至り、ヴェルサスの腕の中でもぞもぞと動きながら答える。


「ネネカ・クロツチ。ネネカでいいよ。こっちはヴェルサス。ヴェルサス・ヴァナディース」

『ネネカに、ヴェルサス、か。良い名であるな』


 ネネカを抱えるヴェルサスも、そういえば名乗ってなかった、とネネカにだけ聴こえることで呟いた。

 恐らく魔獣のルドラたちに名前という概念が殆ど無いために、互いに名乗りを忘れてしまったのだろう。

 まあヴェルサスも忘れていた辺り、忘れていたというよりか本当に意味が今の今までなかったために頭に無かったというのが正しいのかもしれないが。


『それで、ネネカよ。……皇都を襲った風竜たちは、どうなった?』


 ルドラはその翼を広げ、何時でも飛び立てるようにしながら……そんなことを問うてきた。

 やはり同族故に気になるのか、と思いもしたが……ルドラの雰囲気としてはそんな同族云々では無い気がした。


「……ヴェルサスちゃんが仕留めたよ。全員」

『……そうか。致し方なかろうよ』


 少し離れよ、とルドラが言う。

 どうやら近すぎて、羽ばたき難い様だ。

 ネネカがヴェルサスに伝えると、そっとヴェルサスはルドラから距離を取る。


「……あのー、知り合いだったり……?」

『なに。呪いで飛ばされた若い竜の中に、我の子も居た。それだけの事よ』


 我の子。

 即ちルドラの子が、あの若い竜たちの中に居たと。


「……え、っと」

『なに、気にするな。弱き者は討たれるのみ。情が無いとは言わぬが、竜としての……自然に生きる者としての摂理もある。此度は子がその摂理の内に在ったというだけ』

「……ドライというか、なんというか」


 まさに野生、と言うべきか。

 魔獣最強と謳われる竜と云えども自然に、野生に生きる者。生きることが殆どでは有れども、死ぬ事も有ろう。

 人類との違いは、それに対する思い入れの強さだろうか。しかしルドラは人類のように、亡くなった子を偲んでいるようにも見える。

 個体差などはあるのかもしれない。


『つまらぬ話をしてしまったな。では行くぞ!』

「いいよ。人でも竜でも、亡くなった存在を偲ぶのは大事な事だと思うし。行くってさ」

「ハイハイ。何の話をしていたのやら」


 ルドラは、ネネカがヴェルサスに伝えたのを確認した後、翼を羽ばたかせ空へ舞い上がる。

 ヴェルサスもそれに追随するように、更に高く舞い上がる。

 容易く自分と同じ高さまで飛んできたヴェルサスにルドラは軽く驚きこそしたがそれ以上は無く、すぐに羽ばたいて何処かへと動き始め、ヴェルサスもそれを見失わぬようついていく。

 そうして一行は今日の本題、竜王の下へ向かい始めた。

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