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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
26/44

25:偉大な発見の始祖は大体偶然

「魔眼?」

「はい」


 一方。空をそこそこなスピードで編隊飛行するヴェルサスとネネカ。

 二人も最初の話題は、ネネカに飛行魔法を教えた手段であった。

 答えは、想像はしていたが理解の出来ないものではあったが。


「ヴェルサスちゃんの魔眼ってアレだよね?淫魔の……」

「ええ、催眠の魔眼です。そういう事に使う用ですね」


 ネネカもそういう知識はある。むしろ詳しい方だと言えよう。

 何しろ姉の会社で作っていたゲームは非常に多岐に渡り、一般向けのものから成人向けまで様々あった。

 色々世知辛い世の中。ゲームのデバッカーやテスターなども不足する中で、白羽の矢が立ったのは色々あってずっと家で家事を行いつつ暇を持て余していたネネカ。

 勿論年齢的な問題はあったが会社の経営的にやむを得ない事も非常に多く……結果ネネカは、様々な大衆向けのものから、本来自分はあまり触れるべきでない成人向けのゲームまで、様々やった。当然デバッカーも兼ねていたので、隅々まで。

 故にネネカは年齢とは釣り合わずに、そういう知識はかなり深い方だ。

 だがそういうゲームで出てくる淫魔の魔眼は、ヴェルサスのように催眠の魔眼な事も有ったが、それをどう使ったら知識を埋め込むことになるのか。全く分からなかった。


「私の魔眼って、主にそういう事に使えるだけであって、応用次第で色々出来るんですよねー。催淫、感度調整、人格改竄、認識改竄、記憶変更……淫魔の体液と併せて、人体については割とやりたい放題でして」

「無法存在過ぎるでしょ」


 淫魔の体液については既に聞いている。血を飲むことで避妊させてもらった時に。

 ただ、淫魔の体液と淫魔の魔眼が合わさると、使い方次第でこうなるのかと、ネネカは戦慄せざるを得なかった。

 何しろそれは、やろうと思えば元あった人間性を文字通り無かったことにし、自分にとって都合のいい人間を作る事も可能だということ。

 もし仮に強姦などの犯罪を行ったとして……魔眼と体液を併用すれば、誰の記憶にも残っていない完全犯罪も可能だという事だから。


「まあ面倒も有りますがね。……で、それを使って私はネネカさんに、私の飛行魔法の経験の一部を入力しました。記憶等を渡すのは面倒なので、あくまで飛行魔法の使い方や慣れを含む経験のみに限定しましたが」

「……正直、頭の中が凄い違和感ある。魔法は魔道具と魔弾しか使ったこと無いのに、飛行魔法を使ったことが有る経験が確かに有るんだもん」

「違和感は当然でしょう。色々調整はしましたが、本来存在しないモノが存在しているのですから。実体が無くとも違和感が発生するのは仕方のない事です」


 淡々と、副作用についても語るヴェルサス。

 ネネカにとって今存在している意識の違和感は、本当に凄まじかった。

 例えようもない。文字通り、自分ではない存在が自分の中に在る、としか言えないのだから。

 もしやすれば、ヴェルサスの言う面倒とはこれもあるのかもしれない。

 経験等を譲渡する側で様々な調整が必要なのはもちろん、受け取る側が精神破綻等しないよう気を付けなければならず、しかもそれを全て譲渡側が上手く調整しなければならない。相手を狂わせないよう、調整前から気を付けながら。

 これを面倒と言わずして何を面倒というのか。


「とはいえ、一週間程度飛行魔法を使っておけば、その分の経験がしっかり自分に積み重なる事でしょう。その時に私の経験は消しておきます。絶対に馴染む事はありませんからね」

「あ、そういう調整は出来るんだ」

「最初からそうする予定で組めば一応。そうする予定も無いのに、後から消してくれと言われたら面倒のが勝るので断りますが。記憶の境界線とか分からんですし」


 それは確かに、その通りではある。

 物体の境界線ならば、物によっては分かる。当然液体同士など一部は分かり難いが、それでも形が有るだけマシだ。

 しかし記憶や意識には形が無い。

 形が無いものを、それも自分の内ならばまだしも他者のものを部分的に奪うなど、幾らヴェルサスが様々な技術に秀でていようが容易く出来る事ではない。狙った部分だけを、なぞさらに夢のまた夢だ。

 だが、自分から入力したものを消し去る場合には、一応話は異なる。

 単純な話、印をつけておけばいいのだ。

 どこからどこまでが異物なのか。明確に区切らせた上で印をつければ、消し去る際にもその部分だけを消し去ればいいのだから。

 無論、その調整も決して簡単では無いのだが……ヴェルサス的には、後からどうにかする面倒よりははるかにマシなのだった。


「まあそんなわけで。今ネネカさんには、私の魔眼で入力した飛行魔法の経験等があり、それにより今こうして飛べているというわけです。後にその部分は削除しますがね。あ、勿論私からの経験を削除しても自分の経験は残るようにしてありますし、その経験をもとにちゃんと飛行魔法も使えますので」

「まとめてくれてありがとう。催眠の魔眼も便利に使えるんだなあ」

「面倒では有りますし、正直邪道なやり方ではあるのであまり推奨は出来ないんですけどね。ちゃんと自分で積み重ねた方が、後々としても良いですし」


 それはそうだとネネカも認める。

 魔法に限らず、自分で積み重ねた事は必ず意味がある。

 他人の知識を見聞きすることも大事ではあるが、同時に自分も積み重ねなくては意味がない。

 ネネカだってこの身体能力はただのんびり過ごして手に入れたわけではない。相応の努力という名の積み重ねを経て得たものだ。

 ……まあそれにしては、少々過剰な身体能力だと自覚はしているが。


「さて。飛行魔法を入力したことについては以上です。他にも聞きたい事はありましょうが、暗くなる前にとなると少々急ぎですので、まずは私が色々と説明します」


 ネネカはヴェルサスの言葉にコクリと頷く。

 ヴェルサスはネネカを見ていないにもかかわらずそれを認識し、少し考えた後語り出す。


「まず今から行く場所は、風竜のたまり場です」

「たまり場……?巣じゃなくて?」

「巣は皇都の東には有りません。北には地竜の巣、南と西には風竜の巣がありますが、東には無いんです。湖があって、土地の魔力が水に寄ってるので」


 水竜はたまに飛んでくるけど、とどこか疲れたようにヴェルサスは呟く。

 風竜以外のドラゴンをネネカは知らないが、他の竜も飛ぶのだろうか。少し気になった。


「たまり場というのは、巣ほどではなくともドラゴンが集まっている場所の事を言います。一時的にたむろしているでも、旅の中継地点にしているでも。今からそこへ行きます」

「……行って、私が話をするの?」

「はい。話して、呪いについて聞きます」


 呪いについて聞く。

 それ即ち、風竜が受けた呪いについて解析するという事で。


「……風竜の亡骸からは?」

「私が魔弾で風竜の持つ魔力全てを吹き飛ばしてしまいましたから。呪いも例外なく。そもそもあれらは呪いの大本より伝わった結果のモノ。末端をどうにかしたところで、大本をどうにかしなければ」


 呪いの大本。

 それ即ち、風竜たちの言うオウとやら。

 恐らくエリーゼを介してヴェルサスは状況を把握しているのだろうが、だからと言って何故ネネカを連れて行くのか。

 強力な竜ならば、ヴェルサスだけでも所在を掴めるのではないか。

 そう思ったネネカだったが……。


「竜の王は必ず潜みます。小動物のような臆病さを有しているが故に、自身の身が危ういのならば必ず身を隠す。当然魔力などの力を誇示するものも極力隠す。それが竜王という存在です」

「……!」

「竜王がどういった存在なのかは分かりません。老いた竜やもしれませんし、若い竜やも。事実今まで会って来た竜王と呼べる存在は、あらゆる要素がまちまちでした。……ですが、一つの群れや巣を率いる竜王となった存在は、例外なく臆病です。そうでなければそもそも竜王と成るまで竜に認められない。そんな存在に会うのは、私であるが故に至難の業と言えます」


 心を読んだかのような説明。

 成程、臆病故にヴェルサスでは見つけられない。納得であった。

 ヴェルサスはどう足掻いても強者だ。絶対的な強者であり、竜をも上回る様々な能力を持つ。

 故にこそ。竜王が小動物の如く臆病だというのなら。

 ヴェルサスは強者故に、徹底的に逃げられるだろう。


「ですがその点、ネネカさんが仲介するのであれば接触できる可能性は非常に高く、穏便に済ませられる可能性も非常に大きく有ります。私だけでもどうにかならなくはないですが、穏便に済ませられる可能性は無いです。後々の様々な事象やネネカさん自身の能力の確認も考え、今回はネネカさんを連れて今回の件の解決に臨むべきだと判断しました」


 ネネカは、色々合点がいった、と頷く。

 確かに、竜との会話が不可能なヴェルサスでは穏便に済ませられる可能性は無い。双方が何をどう望もうが、ヴェルサスに相対した存在が滅ぶであろうという事は分かり切っている。

 その点、竜と対話が可能なネネカが居るのなら、細かな事情を知る事も出来るし、王竜に会うのもスムーズにいく可能性が存在する。

 可能性自体が高いかは分からない。が、ヴェルサス一人で対処するよりも遥かに可能性があるのは事実だった。

 また、ネネカの能力の確認という点においても今回は最善だ。

 一体誰が危険な竜へと自分の能力の確認のためだけに接触を図るというのか。そのような愚行、ヴェルサスが護衛で居ようとも誰も自らやろうとはするまい。

 しかしこういった状況ならば、自然と確認しつつ処理が出来る。

 ネネカを連れて竜のたまり場へ向かう理由としては、どれも十分すぎた。


「理由は分かった。理解もしたし納得もした。それで、私はどうしたらいいの?何を聞いたらいいの?」

「相手が話してくれるとは限らないので聞くかどうかはまだ分かりません。が、出来る事なら大本の呪いを解きたいですね」


 呪いを解く。それも大本となれば、竜王のということだろう。

 しかし何故呪いを解くのか。呪われた存在を処分するでは駄目なのか。

 姿形は異なれど対話可能な存在。意思ある存在。

 だからといってヴェルサスは敵対者に慈悲を送るような人物ではない。たとえ相手が被害者であったとしても、敵ならばそれはそれこれはこれで片付けるタイプだろう。

 そんな彼女が、何故ドラゴンの呪いを解くことを優先に考え、排除を二の次に考えているのか。

 ネネカはそれを疑問に思いヴェルサスに問うと、少し悩んだ後答え始める。


「呪いの質等にもよるのですが呪われた存在を殺してしまうと、殺した存在に呪いが移ったり死体までもが呪われて面倒だったり、呪われた死体から流れ出た血が同じように呪われていてそれが染み込んだ地面を介して地脈が呪われたりと、良い事少ないんですよね」

「呪いの時点で良い事少ないと思うけど、そんなになんだ?」

「はい。質の悪い呪いでは、呪われた存在が話しかけただけで話し相手が呪われ、話し相手だった人も別の人と話すことで別の人が呪われ、と連鎖的に増えていくものもあります。視線を向けただけで、というのも有りますね」


 予想以上に質が悪かった。

 呪いという時点でそういうものだろうとネネカも理解している。が、呪いの写る条件等がそこまで軽いものがあるとは想像していなかった。

 しかし冷静に考えれば当然ではある。

 今回の件でも、ヴェルサスを始めとした魔法の専門家曰く、襲ってきた風竜たちはあくまで呪いの本体である竜王の呪いから派生したもの。呪いの大本は竜王だとされている。

 その時点で、竜王にかけられた呪いが他者に伝播するほど強力かつ質の悪い呪いだという事が分かる。


「……ねえ。今回ので、私たちまで呪われたりしないよね?」

「……私は呪いを吸収できるので問題無いです。……が、ネネカさんは少し不味い可能性がありますね」


 不味いんじゃん、とネネカは飛びながら軽く項垂れる。

 ヴェルサスもどこか忘れていたという雰囲気で、少し悩み始める。

 考えられているのかないのか。微妙に分からない人物だと思った。


「まー……事前でも事後でも幾らでもどうにかする手段は有りますし。どうにかなるでしょう」

「どうにかなるかなあ」

「なりますよ。というかそもそもの話、呪いも闇属性魔法の一種ではあるので保有魔力が高ければ自然と弾けますし。それでもモノによってはどれだけ魔力があっても部分的にかかってしまう事も有るでしょうが、それはそれで対処法は幾らでもありますので」


 割と本当にどうにかなりそうだった。

 まあ呪いも魔法であり、それも精神属性たる闇属性の魔法だというのなら、そもそもの世界の原理である高い魔力保有者には抵抗されるという点は変わらないのだろう。

 つくづく魔法に関しては魔力が全てなんだな、と感じたネネカだった。


「まあ私たちに呪いで明確な被害が来ないならいいや。……それで、呪いを解くのはどうするの?」

「幾つか手段が有ります。まず一番メジャーな手段かつ私も常備するモノとして、解呪薬というものがあります。が、一応試しはしますが効果は無いでしょうね」


 殆どドラゴン自身の魔力で弾かれる、と淡々と語る。

 解呪薬も魔法に類するものなのだとすれば、恐らく魔力量が関係してくるのだろう。

 どういった形で計算され作用するのかは分からないが、普通に考えてそんな一般的な手段で解呪できるほど簡単な話ならば、ヴェルサスはとっくに何らかの形で用いているだろう。

 そもそも若い竜とはいえ、強力な竜種を複数、超遠距離からの攻撃で正確に一掃する実力の持ち主が、本気になってそれが出来ないはずが無い。

 のに、やっていないという事は。

 やる前から、希望が薄いと感じているという事に他ならないだろう。


「次点で、解呪魔法を直接……ですが、魔獣には基本的に効かないので意味が無いですね。エリーゼさんを連れて来ていない理由でもありますが」

「あるんだ、解呪魔法」

「ええ。光属性の魔法で。そもそも解呪薬も、解呪魔法を魔法薬の素に溶け込ませたものですし」


 ポーションと同じか、と納得する。

 解呪魔法も解呪薬も同じものだとするなら、ドラゴンに通じないは道理。

 とそこまで考えたところで違和感を覚えたので、ネネカは問う。


「……解呪薬だと、魔獣にも効くの?聞いた話だと、普通のポーションは魔獣には効かないって……」

「良い質問ですね」


 くすりと笑って、ヴェルサスは答える。


「結論から言えば、解呪薬は魔獣にも効きます。理由は単純で、素材が異なるからです」

「素材?魔法は個人さ有っても同じだろうから……魔法染み込ませる前の魔法薬が?」

「はい。治療用ポーションや病気用ポーション、解呪薬や解毒薬も、一言に魔法薬と区分こそされておりますが、実際は魔法薬の素がそもそも異なります。全部魔獣の素材やそれを加工したものではあるのですが、その基礎が種類ごとに異なるので魔獣に効く魔法薬と効かない魔法薬が有るんです」


 結論だけで言えばつまり、今までネネカが憶えて来た治療用ポーションや病気用ポーションは魔獣には通用しないが、少なくとも解呪薬は魔法薬と成ったことで解呪効果が魔獣にも通用する場合がある、という事だ。

 その理由として、魔法薬それぞれの素材が異なる、という事情が有るだけで。


「じゃあその……解呪薬は、魔法薬の素の影響もあってポーションとは違って魔獣にも効果がある場合がある、ってこと?本来の解呪魔法は効かないけど」

「そうなります。解呪薬に限った話では有りませんがね」


 毒薬や麻痺薬も効きますよ、と加えるヴェルサス。

 一見危険な薬品で、実際危険な薬品なのだろう。が、だからこそ魔獣に通じると成れば心強い面も有ろう。

 当然扱いには気を付けねば自分たちが被害を受けるであろうが、その中には上手く使う者が居てもおかしくない。


「とはいえこの魔法薬事情、実は魔法薬を生産しているところですらあまり知られていない事では有りますので、知らないのも無理はないんですよねー。知っているとなると、現場で魔法薬を主に使って戦っている方々が一部、とか?」

「え、そんなに知られていないんだ」

「まあ、ハイ。そもそも危険な魔法薬を主に使って戦う方は少ないですし。ポーションは魔獣に通じないのと同様で他の薬も通じないと思い込んでいる方々は非常に多いです。大前提として、敵対存在である魔獣にポーションや解毒薬を使う方が居ないですし」


 それはまあ、当然の話であった。

 敵に塩を送るとまではいかずとも、思いっきり戦っている相手に向けて治療用のポーションを含む魔法薬を使う者が何処に居るというのか。

 人間相手ならばまだしも、基本的に敵対している魔獣ならば尚更だ。


「知られて無いのも道理、か。……ちなみにヴェルサスちゃんたちはどうやって知ったの?誰かから聞いたの?」


 ネネカからの問いに、今まで通りヴェルサスは答えるだろうと思っていた。

 しかしその想像とは異なりヴェルサスは、凄く気まずそうな雰囲気を醸し出していた。


「……なんか、聞いちゃまずかった?」

「いえ……そういうわけでは無いのですが、ちょっとばかし嫌な思い出……というかがまあありましてね……」


 聞いちゃまずかった奴だな、とネネカは思った。

 しかし地味に以前交わした魔族としての契約が生きているのか、ヴェルサスは嫌々そうながら端的に答える。


「……ドラゴンの大軍に、事故で……膨大な媚薬をぶっかけたことが有りまして……」

「オーケィ。聞かなきゃよかった。取り消し」


 確実に淫魔的な事態に成ったことは容易に予想がついた。


「とはいえあの事件を機に、魔獣にも効く魔法薬が有ると知られたので……ある意味世界にとっての転機では有るんですよねー」

「後世の歴史研究家とかが見たら爆笑しそうだなあ。魔獣に効く魔法薬の発見は媚薬からだったとか」

「絶対残ってほしくねーですそんな歴史」


 まあどう考えても黒歴史ならぬ暗黒歴史でしかないので、ヴェルサスの反応は当然の話ではある。

 いずれなにかしらで情報は上塗りされるだろう。世の中、知らなければ幸せな事も有るものだ。そしてそれを誤魔化すための、必要な嘘というものも。


「コホン。まあそんな事情で、解呪薬は魔獣に通用しますが今回は期待できず。解呪魔法は魔獣に対しては例外を除いて効果が有りません。どちらも一応可能性が無いわけでは無いですが、今はどうしようもないので割愛します」

「例外とかは有るけど今の私たちには行使できないってわけね。了解」


 今回はと言ったり、例外と言ったりで、一応それらを通す手段が無いわけではないようだが。

 少なくともそう言う時点で、今のヴェルサスとネネカにはどうしようもない事だというのは分かった。

 いずれその理由の詳細も聞く時が来るのだろう。


「まあ解呪薬に関しては純粋に希少で私も持ってないからってだけで、解呪魔法の理由についてはこの後どうせ同じ理由の本命を説明するのでその時に結局言うんですけど」

「詳細聞く時があまりに近かった」


 いずれが本当に目の前だとは流石に想像できていなかった。


「というわけで三つ目。今回の本命。……浄化魔法です」

「浄化魔法?光属性の魔法?」

「いえ、無属性です。……魔法に関しても教えときゃよかったなー」


 面倒臭そうにヴェルサスは溜息を吐く。

 どうやら少し踏み込んだ魔法知識が必要な案件らしい。


「……無属性魔法がどういったものかは、今は割愛します。正直説明し始めると他の属性についても説明必須で長くなりすぎますし、なにより機材が無い」

「機材?」

「今はなにかしらが必要なのだと思っておいてください。ので、今は必要な無属性魔法と魔法の行使方法、そしてなぜそれが手段になり得るのかについてのみお話します」


 また魔眼で知識を埋め込むのか、と思ったがどうやら普通に教えるらしい。

 もしやすれば魔眼で既に最低限の行使するための能力が埋め込まれているのかもしれないが。


「実のところ、無属性魔法に限ってはそれだけの適性があると自覚した後は魔法の行使方法においては最も簡単です。ただ自分のイメージの中で魔法を選択し、発動を選ぶ。これだけです」

「想像の数倍簡単だった」


 ゲームかな?と思わず思ってしまう程度には簡単だった。


「勿論詠唱等は必要にはなりますが、基本的には行使可能と認識出来た無属性魔法を、イメージの中でも何でもいいので行使を選択するだけです。属性魔法と異なり魔法性質等を付与することは出来ないので拡張性は有りませんが、代わりに発動のしやすさと固有の性能が有るのが無属性魔法なんです」


 魔法性質は、エリーゼが魔弾に凝縮を付与していたようなものだろう。

 無属性魔法はそういった性質付与が出来ない、最初から性質が固定化されている代わりに、他の魔法には無い固有の性能を持ちつつ発動が容易い。

 その固定されている性質にもよるが、成程棲み分けはされているとネネカは感じた。


「そうやって簡単に使える無属性魔法の内に、浄化魔法は存在します。あとで私が実際にやってみせます。それを見て、浄化魔法がどういったものか認識出来れば、ネネカさんも行使可能となりましょう。あ、詠唱どうしよう」

「え。本当にそんな簡単でいいの?詠唱はともかく」

「無属性魔法って本当に殆どの魔法が、魔弾を習得してかつ対象の魔法を見聞きするなどで認識出来れば行使可能なんですよね。勿論適性は必要ですが」


 適性。

 これまでの魔法に関する情報から、適性が無ければ魔法を行使できないのは、なんとなくだが察しはついている。元の世界の創作物でもそういった類のものは少なくなかった。

 しかしネネカは、自分に適性があるのかまではまだ知らない。

 創作物の中には、適性に合わない魔法を行使した結果大怪我を負う描写を含むものも少なからずあった。

 この世界が、創作物でよくある展開が悉く存在している世界だとするのなら、ネネカが浄化魔法を用いることで何かしらのデメリットが発生するのではないか。

 そう不安に思ったネネカだったが……それを察したのかヴェルサスは、クスリと微笑みながら補足をする。


「敵性についてはご心配なく。まず大前提として、適性値というものは確かに有りますがそれが不足していながら無理に魔法を使おうとしたところで、そもそも発動しません」

「あ、ちゃんと安全な方だった」

「ええ。……あー、一応世の中にはスクロールという適性外の魔法でも行使できるものが有りますが、無属性魔法は対象外ですし、そもそもスクロール自体開発されて間もなく、かつ性能がしょっぱいので忘れていいです」

「しょっぱいって」


 ヴェルサスは色々と人格的にアレだが、こういった物事を教える場面ではかなり公平に、客観的に語るタイプだ。まあ時と場合によっては教育時ですら本当にアレだが。

 そんなヴェルサスがハッキリとそんな風に評するのだから、恐らく本当に大分しょぼい性能なのだろう。


「で、もう一つの心配ない理由ですが。今、ネネカさんは飛行魔法を使っていらっしゃいますよね?」

「うん。ヴェルサスちゃんから教わったっていうか入力され……あ、察した。飛行魔法も無属性魔法なんだね?」

「はい。最上級無属性魔法が一つにして、適性値100以上でなければ行使できない最上級魔法最難の魔法です。飛行魔法を行使出来ている時点で、超級魔法を除いた全ての無属性魔法を行使できます」


 成程、それは確かに心配ない。

 ヴェルサスから経験を入力されたとはいえ、用いている飛行魔法は紛れもなく自分が発動したもの。ヴェルサスの魔法ではない。入力されているのはその経験だけだ。

 ネネカ自身が無属性魔法最難の飛行魔法を行使出来ている以上……それ以外の無属性魔法も行使できるのは納得の話だった。

 超級魔法とやらは、一旦忘れるものとするが。


「……っていうか、なんかサラッと私が浄化魔法を行使するような……」

「ええ、ネネカさんに行使していただきます」


 え。と思わず声が漏れるネネカ。

 そこには、ヴェルサスでは駄目なのか、という問いも含まれていた。

 ヴェルサスは当然のようにその疑問を読み取り答える。


「ネネカさんを連れて向かっている最大の理由です。……テイマーのクラスについては聞いていますか?」

「単語と薄っすらとした情報は?こう……モンスターテイマーっていうクラスが有るのと、モンスターテイマーはモンスターと喋れる、とかそんな感じの」

「あー。本当に薄っすらとですね」


 ヴェルサスはネネカの知っている情報に、逆に困ったように唸る。

 どうやら本当に薄っすらとしか知らな過ぎて、何処から説明すべきか分からないらしい。


「ンー……。……まあ、余裕はあるし良いか……。まず大前提として申しますと、モンスターテイマーはテイマークラスの一つであって、モンスターテイマーがテイマークラスでイコールなわけでは有りません」

「……あ、テイマークラスっていう枠組みの中にモンスターテイマーが有るよって感じ?」

「ハイ。テイマークラスは他にも、アニマルテイマー、バードテイマー、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラテイマーなど様々あります」

「ツッコミどころ多すぎて困るけどとりあえずなんでゴリラだけ学名」


 アニマルテイマーは分かる。動物を従える者たちだろう。

 バードテイマーも分かる。鳥を従える者たちだろう。アニマルテイマーとの違いは限定的だからだろうか。

 ゴリラ・ゴリラ・ゴリラテイマーも分かりはする。

 が、あまりにも限定的すぎないだろうか、とか、なぜそこだけ学名かつ単一種なのか、とかツッコミ所が多すぎて困るのだ。


「異世界でもゴリラの学名ってゴリラ・ゴリラ・ゴリラなんですね……なんでこんなモンが」


 流石のヴェルサスも、そこの学名が同じなのは困惑したようだ。


「……テイマークラスは結構他クラスに比べて細かく区分化されている上に、割と分かっている事についてははっきりしています。数はそれほど多くないですが、他の訳分からんクラスの定義と比較してもはっきりしていますし」


 要するにテイマークラスは、希少ではあるが分かりやすいという事だろう。

 強い弱いは流石に分からないが、少なくとも分かりやすいのは良い事ではあるだろう。

 ヴェルサスをして訳分からんと評する他のクラスよりは、確実に分かりやすくはっきりしているのは確実であろうし。


「例えばアニマルテイマーだったら、動物全てをテイム……あ、従わせることです。テイムすることが出来るんですが、その代わりにテイムできる数やテイム時の双方の能力向上が低く。バードテイマーだったら、テイムできるのが鳥系に限られますがテイム数やテイム時の双方の能力向上が優れます」


 大雑把にテイムできるが比較的弱いのがアニマルテイマー、系統が限定されているが比較的強力なのがバードテイマーを始めとする系統のテイマー。

 成程、シンプルで分かりやすい。他のクラスがどういったものかは分からないが、少なくともテイマーはゲームのように分かりやすいと評せるだろう。


「そしてゴリラ・ゴリラ・ゴリラテイマー……セレクト間違えたかな。まあ一種のみを対象としたテイマーは、テイム可能数もしくはテイム時の能力向上が破格に高いです。ただし一種類しかテイムできない上、系統のテイマーと比較してどれかの能力が秀でているというだけで抜きんでて強力というわけでは無いです」

「……あー。その例えだったら、テイム可能数だけがぶっ飛んで凄い時がある感じ?」


 ネネカの例に、ヴェルサスはコクリと頷く。

 完全に単一種しかテイムできない代わりに得られるメリットがそれだけなのは、割に合っていないような気がしないでもない。

 しかし純粋なテイマーとしての能力も捨てがたいとなれば、割が合わずとも良いのかもしれない。個人差はあるのだろうが。


「モンスターテイマーも、基本は同じです。モンスターテイマーは幅広い魔獣を、ゴーレムテイマーだったらゴーレム系統を。あくまで対象の違いですね。強いて言えば魔力覚醒が何故か必須ですが、まあ魔力介して会話でもしてんでしょうね」

「あ、そこはあんまり分かっていない感じなんだ」

「モンスターテイマーと言える存在がそもそも世界に五人しか居ないんです。テイマーの資格は、対象と対話可能な事なんですが……普通に考えて、魔獣と対話する人は居ないですし、魔獣も人類と対話しようなんて考えないので」


 言われればそれは確かに、本当にそうであった。

 人類を脅かす存在と、どうして対話など出来ようか。

 対話不可能な存在かつ敵であるという思い込みがこの世界の者には有って当然だ。

 その思い込みを超えて対話を試みたところで自身に才が無ければ意味が無いし、才が有っても相手が応じるかはまた別の話だろう。

 希少な理由も当然であった。


「ま、とにかくそういう風に動物やモンスターと対話し、テイム出来る存在。それがテイマーと呼ばれる存在です」

「分かった。で、私はドラゴンと対話できたから、ドラゴンテイマーの資格があるかもしれないと」

「そういう事です」


 現状だけで見れば、そう考えるのも当然だとネネカは思った。

 事実ネネカはテイマーというクラスがどういったものか語られていく度、自覚できた。自分はテイマーだな、と。

 世間的に見ればまあ凄い存在だろうとも分かる。ドラゴンという元の世界の空想上ですら凄まじい存在を、従えるかどうかはともかくにせよ対話は最低限可能だというのだから。


「ドラゴンテイマーになるかどうかはネネカさんと相手の竜種に任せます。正直モンスターテイマー系に関してはまだ分かって無い事も多いので、私としてはネネカさんを守る以外でテイマー関連に手出しは出来ないんですよね」

「まあ……どうあれ他人が直接手を出せる事じゃないよねどう考えても」


 動物や魔獣との対話は、完全に生まれ持った個人の才覚によるもの。

 如何に世界最強たるヴェルサスと云えども、その才はない。無いものは無い。

 故に。

 テイマーとしての、人類と動物もしくは魔獣との対話やそのテイムの直接的な補助は、ヴェルサスも不可能なのだ。

 精々できるのは、魔獣に殺されないよう守る程度。

 それはもちろん重要ではあるのだが、直接テイムを手伝えないのは変わらない事実だった。

 そこは仕方ないとネネカは受け入れつつ……率直な疑問をぶつけることにした。


「その、私がドラゴンテイマーになり得るっていうのは分かったけど。それがどうして私が今行くことになるの?ドラゴンに恩を売ってとかそういう感じ?そんなにドラゴンの戦力が欲しかったの?」


 先ほどの浄化魔法の話とも一切繋がっていない。

 なぜ今、テイマーに関する話をネネカにしたのか。

 勿論ネネカがテイマーになり得るというのは重要であろうが、今重要な事と繋がっているのか。


「理由は簡単です。先ほど、解呪魔法などは魔獣に通じない、と言いましたね?同時に例外も有ると」

「?うん」

「その例外こそが、テイムした魔獣に対して用いる場合です」


 点と点が容易く繋げられる。

 つまるところヴェルサスは、ネネカが呪われた竜種や竜王をテイムした上で、それを解呪することを狙っているのだ。


「どういう原理かは今も解明されていません。ケースが無さ過ぎますし。ただ少なくとも、テイムした魔獣に対して、テイムした主……テイマーが補助的な魔法を用いた場合、それは効果が有るという事は確かです。これまでも四例存在します」

「結構あるね?世界に五人しかいないって言ってた気がするけど」

「魔獣をテイムするにはそもそも魔力覚醒が必須なので、自然と多いんですよ。それも光属性や闇属性の魔法適性がある故に、後方支援などに徹して居たら喋れることに気付いた、というのがよくあるパターンですし」


 そういえば魔獣のテイムには魔力覚醒が必須だった、とネネカは思い出す。

 魔力覚醒したならば魔法を使うのが自然。そして魔獣と対話するほどの余裕が生まれるのは、対象の魔獣と余程の実力差が有る場合か、後衛で補助に徹して比較的戦闘中でも余裕がある場合。

 モンスターテイマーの数が少なくとも実例がハッキリと存在するのも、納得の理由だった。


「正直テイムせずに浄化魔法をかけられたらいいんですけどね」

「テイムしないとできないんだよね?」

「実際は分からないんですよね。テイム可能な魔獣に対して、テイムして居なくてもそういった補助的な魔法が通用するのかどうかは、前例が無いので」


 まあ無いだろう。

 真面目に戦っている最中に、何故敵に補助を撃つ必要があるというのか。当たり前の話だ。


「まあとにかく。現状としては、確実に呪われている風竜の竜王にどうにか接触し、解呪するのが目的で。解呪手段は、浄化魔法。浄化魔法を通す手段はネネカさんが用いる、もしくはテイム後に用いる、という事だけ今は分かっていただければ」

「ん、分かった」


 現状と目的の把握は済んだ。

 ネネカは自分が成すべきことを確かに理解し、ふんわりとだが一応の覚悟を決める。


「……ところで呪われた存在をテイムってして大丈夫なの?」

「確実にフィードバックで呪いが飛んできますが、ネネカさんの魔力なら不快感は有っても命に別状は無いでしょう。多分というか私が呪ったんでなければレジストされます。世界二位の魔力ですし」


 つくづく自分の魔力はおかしいんだな、と理解した。

 ついでにそれを遥かに超える魔力を持つヴェルサスも。

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