24:例外の中で常識を保つのは難しい
頭から地面にめり込んだヴァメルを引き抜き、エリーゼが治療した後。
ヴェルサスとヴァメルは、揃って風竜の群れの亡骸の前に立った。
「ふむ。若いが、見事な風竜だな。成竜に一歩踏み込んだばかり、といったところか?」
「でしょうね。逆鱗も宝玉もまだ生成されていないようですし」
二人してどこか感心したように、風竜の亡骸に対しそう語った後……ヴァメルはくるっと、ネネカへと向く。
「それで?ネネカ。お前がこのドラゴンたちの言葉を理解し言葉を交わしたというのは真か?」
ギロリ、とヴァメルの鋭い視線がネネカを貫く。
今更その程度で怯えるネネカでは無かったが、同時にヴァメルより放たれる皇帝としての威圧感が、ネネカに好きな行動を許さない。
否。ネネカだけではない。慣れているはずのクルーベルやエリーゼも、ネネカの傍で何処かヒリつく気配がした。
警戒し、このような威圧感を与えるのも当然では有ろう。一刻を容易く滅ぼせるドラゴン。それと心を通わせられる存在など、可能性だけでもヴェルサスと並ぶ潜在的な脅威でしか無い。
それが真実であるのなら……皇帝としてヴェルサス並に警戒を露わにしなければならないのも、道理だった。
「ハイハイ。そんな事はどうでも良くてですね」
「ぱおン!?」
そんな警戒を露わにしているヴァメルの股間を、ヴェルサスが蹴り上げる。
急所を蹴り上げられたヴァメルは悶絶し、地面に自ら蹲る。
威圧感なぞ、霧のように散っていた。
「大丈夫ですかネネカさん?呪われた存在との会話は、場合によっては会話を介して呪われることもありますが」
「え、えっと。大丈夫だと思う、けど」
ネネカの心配はそれよりも、ヴァメルの方に向いていた。
ヴェルサスのパワーで股間を蹴り上げられたヴァメル。ヴァメルのヴァメルは大丈夫なのか。普通に心配であった。
一応、既にエリーゼがヴァメルに治癒魔法をかけているが……クルーベルもエリーゼも、ヴァメルの現状に若干頬を引き攣らせていた。
「ヴぇ、る……さす……テメェ……!」
「とっくに分かり切ってることを今更試すヴァメルが悪いです。大体色々急ぎなんですから、とっとと本題に入るべきでしょうが」
「だか、らって……股間は蹴るな……!」
「考えようによっては快楽に出来ますよ。ファイト」
コイツは、と心底疲れた風のクルーベルのため息交じりの呟きがネネカには聞こえた。
エリーゼは敢えてもう何も考えないようにして、黙々とヴァメルの治療をしていた。
どんな治療をしているのか。ヴァメルのヴァメルがちゃんと無事なら良いのだがと、出来る限りそこに関しては他人事で済ませるように徹底した。
「ぬぅ……ふう……!……まあ、良いわ……!」
「あ、ヴァメル。今夜……は無理かな。今度で良いので夜の予定空けといてください。たまにはね」
「しれっと死刑宣告したぞコイツ」
「エリーゼ!!!治すな!!!我の一物を治すな!!!吸い殺される!!!」
『気持ちは分かりますが治しますよ。そのままにするわけにもいきませんから』
ノォー!!!???とヴァメルの情けない叫びが平原に響き渡る。
皇都にも聞こえているのだろうが、まあこんな皇帝だ。そのお膝元の皇都でこんな騒動が知れ渡っていないはずもなく、恐らくいつもの事だとスルーされているのだろう。
実際皇都の喧騒は何にも変わりがない。皇都の端には騎士や軍人がなにやら色々準備しているのが見えるしそこの喧騒も軽く聞こえるが、皇帝の惨状には微塵も興味を示していない。日常として処理されているようだ。
……それはそれでどうなのかと思ったネネカだったが、これもある意味親しみやすい皇帝という事でいいのかもしれない。
自分に対して微妙に警戒が強いのは、そんな親しみやすさを捨ててでも、警戒すべき事が多すぎるからだろう。
まあどう考えても異世界出身というだけで様々な騒動の種になる予感しかしないので、為政者としてヴァメルの警戒は当然ではあるのだが。事実こうして、ドラゴンとの対話という前代未聞を成してしまっているのだから。
「まあそれはさておきとして。ネネカさん。とりあえず飛びましょう。飛行魔法は使えますね?」
「使えるわけないじゃんよ???」
さらりと飛行魔法を使えること前提で言ってきたヴェルサス。
ネネカは反射的に困惑で返し、クルーベルやエリーゼ、ヴァメルも呆れた表情をヴェルサスへ向ける。
「……お前、飛行魔法最上級魔法なんだが……」
『それにヴェルサスさんの飛行魔法、風属性の……』
「お前人を何だと……」
「ワンチャン有ります、ワンチャン」
無いよ、と思わずネネカは呟く。
そんなワンチャンでクルーベルが最上級魔法と呼ぶ飛行魔法をネネカが行使出来たら、世の飛行魔法を使えない殆どの魔法使いはなんだというのか。
「お二人から魔弾について学んだんでしょう?ならワンチャン有りますって。さあレッツゴー」
「レッツゴーじゃないけど???」
「適性すら調べてねえよ……」
クルーベルの呆れた言葉に、ヴェルサスは、ほえ?と間抜けな声を出す。
どうやら適性とやらを既に調べてあると思っていたらしい。
「……ンー。……じゃあ、まあ仕方なし」
ヴェルサスは少し考えた後、そう言って頷いて。
ふわりと浮かび上がって逆しまになったかと思いきや、ネネカの目の前へと移動し。
「少々、ズルい方法では有りますが」
ネネカの片目をそっと、その小さな手で覆い。
ヴェルサス自身も、片目をそっと閉じる。
こうして逆しまのヴェルサスと普通に立っているだけのネネカが、その眼だけを合わせている状態となった。
何をしているのか。ネネカを含むこの場の全員が分からず、困惑のままヴェルサスだけが動き。
「ッ!?」
ヴェルサスの開かれている片目が、一瞬輝く。
その光景、僅かな眩しさに驚くネネカだったが。
驚いた直後に、別の驚きが自らに生まれる。
「……え?」
驚きのあまり、思わず声が出る。
それも当然の事だった。
先ほどまで魔法の使い方は勿論、その基礎たる魔弾の使い方も知らなかったネネカ。
異世界人故仕方なく、時間をかけてどうにかしていくしかないと思っていたはずなのに。
「ふう。さあ、どうぞ?」
ヴェルサスはふわりと、ネネカから離れる。
クルーベルたちも、何が起こったのかさっぱりのようだが。
ヴェルサスは何が起こったか、正確に把握できており。
ネネカもまた、それを受けた側故に……何をすべきか分かっていた。
「……っ」
何が何だか分からない。
が、ネネカは不思議と、それが出来ると理解し、ヴェルサスからもそれを促されていると理解した。
困惑こそ多いが……ヴェルサスに関して真面目に考えるだけ損な気がしてきたので、色々ため息とともに諦めて、言うとおりにすることにした。
「……!」
ネネカは自身の魔力を用い、自身の周囲へと無数の文字を発生させる。
文字は読めない。この文字形態は、まだ習っていないから。
しかし確かにネネカはこの文字を使う事が出来る。この分だけは。
「おま、それ……!?」
『あのー……』
「お前マジかよ……」
クルーベルたちが驚愕する気配。しかしネネカはそれどころではない。
理解出来ない、読むことは出来ないのに使えるこの文字を、理解出来ている通りに使っていく。
幾つもの記号のような文字を表示させては消し、表示させては消しを行い。
「!」
それを繰り返すこと数秒。
ネネカはそれを発動させ……そして意を決したように飛び上がる。
「と、飛べ、と、ととと、とっ、わわわわわ!?」
軽くジャンプするように飛んだネネカは、重力に引かれてそのまま着地することなく、空中で身体を留まらせる。
支えは無い。何も無いはずの空間へ引っ張られるように、ネネカの身体は空中でふわふわと浮かぶ。
相当な身体能力を持つネネカでも、流石に空中で身体を維持するためのバランスは取ったことが無い為か、ふわふわと浮かびながらも気を抜けば地面に頭から落ちそうなほどくるくるぐらぐらしていた。
が、それも数秒の事。
地上では後ろ走りで相当なスピードを出し、跳躍中に体勢を変え、壁を走り、槍のような塀の上の柵でバランスを保ち続けるネネカ。
そんな彼女が、如何に初めてのバランスが必要な状態であろうとも、自身の能力が活かせるのならば活かさない道理無し。
ネネカは容易く空中でのバランスを掴み、自分の望んだように身体を動かし始める。
「……うん、出来たよ」
「グーですね」
「グーですねじゃないが???」
今度はヴァメルから困惑全開のツッコミが飛んでくる。当然ではあるが。
ネネカが行ったのは飛行魔法。最上級魔法の一つ。
先ほどまで魔弾の撃ち方も知らなかった人物が、聞いただけで出来る事ではない。
バランスを保てているのは分かる。あれほど超人的な身体能力を持つと分かったネネカだ。
「色々言いたい事は多いでしょうがそれはまた後程。というかクルーベルさんにでも聞いてください。ヴァメル、この場は頼みます」
「……言いたい事は本当に滅茶苦茶多いわ」
「つーか押し付けんなよ。理解完了を前提にするな」
でも分かってるでしょう?というヴェルサスの問いに、クルーベルは沈黙で返す。
沈黙は是ということだろう。
「じゃあまあそういう事で。あ、ネネカさんには道中で色々全部説明しつつお教えしますので、とりあえず付いてきてください。一応、出来るのなら急いで対処しておきたくて」
ヴェルサスは少し先導するように、高くふわりと舞い上がる。
今までのネネカだったら、どうやって高度を上げればいいのか等様々な問いを投げかけていただろうが。
不思議と。今のネネカには、自分が用いている飛行魔法の全てが分かる。まるで何万回も、何万時間も行使し続けたかのように。
ネネカもヴェルサスに続いて、ふわりと高く舞い上がる。
が、ヴェルサスよりは上昇速度は控えめだった。
「は、初めてのバランスだから、慣れない……」
「まあ飛行魔法で必要なバランス能力って、ハチャメチャに高い上に独特ですからね。地上で一時間以上片足立ち出来ても、飛行魔法じゃ数秒も保てないなんてザラです」
魔力の扱いも癖がありますし、と苦笑するヴェルサス。
成程、クルーベルとエリーゼが飛行魔法を使えるが出来ないと言ったワケが身を以って良く分かる。相当な身体能力を持つネネカでようやくなのだ。そこらの魔法使いではない二人でも出来ないのは道理だった。
「さあ行きますよ。スピードは合わせますが、日が暮れる前には色々済ませたいので少し急ぎ気味で行きます。頑張って付いてきてください」
「……分かったけど、ヴェルサスちゃんが私を持って行くのは駄目だったの?」
「ちょっと警戒していきたいんですよね色々。一応相手が相手ですし」
ヴェルサスでも警戒しなければならない相手とはなんだ、と一瞬ネネカは考えたが、確実に竜だろうなと思った。
何しろ現状が竜絡みでしかないので。必然といえば必然だろう。
同時に竜とはヴェルサスすらも警戒しなければならない存在なのかと思ったが……緊張した様子は微塵もない為、実力的には問題無いのかもしれない。
「ともかくレッツゴーです」
「はーい。……お願いだから置いてかないでね?」
「善処はしますよ。とはいえほぼ直進で行くんで、逸れても然程問題無いとは思いますがね」
そう言ってヴェルサスは、先導するようにふわりと動き出す。
ネネカもそれに続き、あっという間に風竜の亡骸付近から二人の少女の姿が消える。
「……まあ、イレギュラーにイレギュラーが加わったところで今更であったか」
「それで流していいモンか?」
しかし事実ヴァメルの言う通り、ヴェルサスもネネカもイレギュラー寄りの存在だ。
そこにさらにイレギュラー要素が加わったところで、イレギュラーであることには変わりはない。
ならばもうそれでいいだろう。そんな意思が含まれたヴァメルの諦め気味な雰囲気に、クルーベルもエリーゼも一つ溜息を吐いた。
『……それで、クルーベルさん。ヴェルサスさんはネネカさんに何を行ったのでしょうか?』
「それは気になるな。バランス感覚は……まあ素であろうが」
エリーゼとヴァメルの視線が、クルーベルに集まる。
思い出したようにクルーベルは、先程の光景を思い浮かべながら説明を始める。




