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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
23/44

22:襲来、そして圧倒

『……ロ』

「?」


 ふい、と。ネネカは眼前のクルーベルとエリーゼから視線を外す。

 外した視線は、キッチンの食材置き場へ。

 ネネカの姿が見えている者は皆、その様子を特に気には留めなかった。

 誰もが今ある食材を確認したようにしか見えなかったから。


「……?」


 しかし当人であるネネカだけは違った。

 ネネカが視線を外した理由。視ている先。

 それは、声だった。

 主は誰か分からない。どうして聴こえたのかも分からない。

 ただ少なくとも、普通に聴こえた声では無いと分かった。

 エリーゼのような脳に直接響かせるような形では無い。明確に音として聴こえはする。

 が、音として聞こえはしても声として認識出来たのが不思議なほどの音で。


「……気のせいかな……」

「どうした?虫でも居たか?」

「厨房に虫は絶対鏖殺なんだけど」

『言葉の意味が分かりませんがとりあえず倒そうとしている事は分かります』


 厨房に虫が湧いてしまうのは日常茶飯事だ。

 当然といえば当然。厨房には虫の餌になるものが膨大だ。なんだったら食材に最初から虫が付いている事もある。

 それ故に虫を湧かせないため、食事に虫を寄せ付けないため。細心の注意を払うのが厨房……キッチンを預かる者、料理人というものだ。

 食事に疎いウルグリム大陸の者でもこの辺りはしっかりしているのか、この家のキッチンには本当に比喩でもなんでもなく虫一匹居ないようだった。

 まあこの家が特別厳しい可能性もあるし、そもそも虫がこの魔城とも言える家に発生できない、入り込めない可能性もあるが。


「なんか……変な声?音?が聴こえた気がして」

『ま。どこかの魔道具の不具合でしょうか』

「この家魔道具多すぎるからな……小さな魔道具でも、結構不具合で変な音が響いたりするんだ」


 そういう事も有るか、とネネカは一先ず受け入れる。

 実際、壁の一枚、扉一つ、床の一枚に至るまで全てが魔道具の家だ。どこかで何かが干渉して、声のような音が聞こえたとしても不思議ではない。

 ネネカも既に何度か、異音を響かせて動作不良を示す魔道具を知っている。幾つかは自分が見つけたものもある。

 聴こえた音は今までのそれらとは異なる音だったが、こういう音もあるかと受け入れ……


『ニゲ…………!』


 再び聴こえた音に、思わず振り向く形となる。

 音は紛れもなく声のそれで。しかし形容の出来ぬ音としか言えぬもので。

 本当に、自分が何故それを声として認識するのか分からなくて。


「……ねえ、クルーベル、エリーゼ。これやっぱり」


 ネネカの言葉は続かなかった。

 ネネカが向き直した時には、既にクルーベルとエリーゼは走り出していたから。


「『ッ!!!』」

「クルーベル!?エリーゼ!?わ、わわわとととっ!?」

「ネネカ!?ちょ、ぐへ!?」

「待っ、おぶ!?無理無理無理支えらんな……!?」

「おもい」


 食堂の扉を開けてどこかへ駆けていくクルーベルとエリーゼ。

 それを追うように思わず駆け出すネネカだったが、足が本調子では無いが故にふらついてしまう。

 心配した周囲のメイドがネネカを支えようとするが、そこまで広いわけでは無い食堂で一斉に動いたためにメイド同士でぶつかり合ってドミノ倒し状態となる。

 ネネカはふらつきながらもそのドミノ倒し状態のメイドたちを飛び越え、何とか廊下に出る。

 クルーベルとエリーゼは、屋敷の出口へ向けて二人して全力で駆けていた。


「……うん、追い付ける」


 ネネカは二人を追いかけて駆け出す。

 足がまだ完全に回復していない故、フォームが少々不格好。そのため無理しない程度のスピードではある。


「っ、!?早くねお前!?」

『結構全力なんですが!?』

「私が早い方なのは認めるけど二人が遅いのも有ると思うよ……?」


 しかしネネカはそんなとても全力でもなんでもないスピードで、容易く二人へ追い付く。

 追い付くどころか容易く追い抜いた上で、くるりと振り向いて後ろ走りで、クルーベルとエリーゼの少し前を並走する。

 足に気を使いながら故、余裕があるわけでは無いが……それでも平然とクルーベルとエリーゼの全力疾走に、後ろ歩きで並走できているのは事実であった。

 一応クルーベルとエリーゼの名誉のため申しておくと、別に二人は足が遅いわけではない。確かにクルーベルは歴代の理者で考えてもワーストの身体能力で、エリーゼも何気に身体能力は高くとも足が速いわけでは無く、行動を共にすることが多いヴェルサスの存在も相まって弱く見られやすい。

 ただそれでも根本的にそこらの兵士や冒険者と比べても破格の身体能力を有しており、そんじょそこらの兵士や冒険者が何百人で襲い掛かろうが、余程身動きを封じられていない限りは掠り傷一つ負わずに皆殺しに出来る程度の身体能力は有している。十分すぎるほどに規格外、常識外の存在だ。

 これは単純に、ネネカの走力が常識外の者たちの中ですらおかしいだけの話だ。


「それはともかく。二人も聞こえたの?あの声……っていうか音っていうか」

「お前がどういう風に何を聴いたのかは知らんが、少なくとも俺たちが今外に出ようとしている理由は……」

『声と言えば声ではありますね。私たちのそれとは異なるというだけで』

「エリーゼが言うとすげーややこしい。つーかマジで全く苦も無く後ろ走りで追いつきやがるな……」


 午前中のリハビリの際に話していたことだが、エリーゼはどうやら無理な魔力の覚醒と即時の魔法行使をさせられた影響で、喉が完全に魔力で潰れ続けているらしい。

 治療は可能だが、治療をした傍から喉が潰れていく。そのため治療が出来ず、仕方なくこうして魔法で常に周囲の人物に直接思考を届けているのだとか。

 それを踏まえた上で言葉を考えると、確かにエリーゼが言うのはややこしいと言わざるを得ないだろう。


「私これでも走るのは自信あるから。それでなにを聞いたの?」

「自信あるのも納得だわ。……端的に言うと、ドラゴンだ」


 クルーベルが若干観念したようにその名を告げる。

 ドラゴン。竜とも呼ばれる生物。

 それが居ること自体は、ネネカもヴェルサスから散々聞かされていた。自分が異世界転移した場所も、風竜の巣のすぐ傍だったのだと。

 ドラゴンも一応生物である以上は、声も上げるだろう。人間には声というか、咆哮や呻き声にしか聞こえないだろうが。


『竜種は小型でも子どもでも極めて強力。最も個としての能力が低い風竜の子どもの遊びでも、過去幾つもの国々や都市が滅びています』

「だから竜の魔力を感じたら、大抵は避難するか過ぎ去るのを大人しく待つかになる。が、皇都では避難が難しいし過ぎ去るのも希望的観測に過ぎん」


 そう言って走りながら、二人は何処からか杖を取り出す。

 クルーベルは指揮棒のような短い杖を。

 エリーゼは身の丈ほどの長い錫杖を。

 二人は、集中していないネネカにも目に見えるほど、その身体と杖に魔力を迸らせていた。


「普段だったら竜の魔力なぞ、こっちに向かっている時点で気付くんだがな……コレだからこの屋敷は嫌いなんだ……!」

『そこかしこの魔道具に、常に魔力が巡ってますからね……屋敷外の魔力の察知もままならないんです』

「あー……」


 つまるところ、現状はこうだ。

 容易く国や都市を滅ぼせる竜が皇都に迫っていたが、普段は魔力の流れで気付けるそれにこの家の魔道具の魔力で気付けず、声が聞こえるレベルまで迫られてようやくその存在に気付けた。

 成程、二人が焦るのも道理であった。


「つーかヴェルサスの奴、コレが来るかもってんなら最低限でも明言してから行けよ!?」

「……流石のヴェルサスちゃんも分からなかったんじゃない?この屋敷の中からじゃ」


 同じ十賢者のクルーベルとエリーゼでも、竜の魔力を感知できなかったのだ。如何に最強とはいえ、そこまで万能では無かったのかもしれない。

 そう思ってネネカは、ヴェルサスを擁護するように言ったのだが……


「いや、ヴェルサスの魔力感知は規格外だ。やろうと思えば大陸のどこに居ようがこのクソやべえ屋敷に居ようが、竜ほど強力な魔力を常に放ってる奴らなんかその所在程度すぐ掴める」

『前例有りますしね。大陸中でスタンダード・ドラゴニックが発生した際に全ての暴走した竜種の場所を正確に突き止めたり、巨大なホロウの渦の中で平然と周囲を探知してみせたり……』

「規格外マジ規格外」


 とことんヴェルサスに関して真面目に考えるだけ損な気がしてきたネネカ。

 擁護も何も、そもそも自分よりもヴェルサスのことを良く知っている二人がこう評しているのだから、それが正しい評価なのだろう。

 となればヴェルサスの人格面にちょいちょい問題がある事が明らかになるわけで。


「うーん……もしかしてヴェルサスちゃんって割と人でなしというかロクデナシ?」

「それは言い過ぎだろう。……多分、きっと。……恐らく……」

『流石にそこまでは……そこまででは、無い……と思いたいですが……』

「すんごい悩んでない!?っと」


 ネネカは勢いに身を任せて軽く飛び上がり、空中でくるりと回りながら姿勢を変えつつ、ブレーキを掛けながら扉の目の前へと着地する。

 クルーベルとエリーゼはその光景に軽く驚きながら、それどころではないと無理矢理真横に方向転換する。

 現在地は屋敷の玄関。魔道具の扉は今までと変わらず閉じられており、外界の事など微塵も分からない。


「よっと。どうぞー」


 ネネカは道を譲るように、玄関の扉に魔力を流して鍵を解除し、固く閉ざされていた扉を開く。

 その先にはいつも通りの平原が広がっていた。


「ありがたいがお前マジで結構いかれた身体能力してんな?」

『今一体どんな動きを……』


 自分たち以上のスピードで容易く追い抜きながら、後ろ走りで並走し、玄関に付いたと思いきや空中に飛び上がりつつ姿勢を変えつつブレーキをかけつつ、急ブレーキからの直角移動をしたクルーベルとエリーゼよりも先に玄関の扉に触れ魔力を流して鍵を解除しつつ開く。

 これを全て、足のリハビリが出来ておらず不調真っ只中で行ったという。

 元の世界で多少運動をやっていた程度では説明のつかない、十分すぎるほど規格外の動きだと言えた。


「まあ今はいい!扉開け感謝する!エリーゼ!!!」

『既に!』


 クルーベルとエリーゼが自身の周囲に文字を浮かばせながら玄関を通り、ヴェルサスの屋敷の塀を容易く飛び越える。

 ネネカも軽く屋敷の外壁を走り、ふわりと塀の上に飛び乗る。


「ちぃっ、運の悪い!東側か!!!」

『間に合いません!此処で!』

「分かってる!」


 塀の上のネネカに気を配る余裕も無く、クルーベルとエリーゼは杖を地面に突き立てる。

 クルーベルの杖を中心として、地面に途轍もなく巨大な無色の魔法陣が展開され。

 エリーゼの杖を中心として、地面の巨大な魔法陣に色が与えられていく。

 魔法の理屈をネネカはまだ教わっていないので分からない。が、二人の事なので意味のある行動なのだろうと、ネネカは初めて見る明確な魔法の発動光景に注目し


『ニゲロ!!!』『ダメダ!!!』『イヤダ!!!』『クルシイ!!!』『トメラレナイ!!!』『アノオトコヲコロス!!!』『ココニハイナイ!!!』『コロシタクナイ!!!』『インマノコ!!!』『ボクラヲトメテ!!!』

「ッ!?」


 突如、ネネカの頭に響いてくる、幾つもの叫び。

 あまりに折り重なった怒号、悲鳴、悲嘆の声。

 それが誰の声か、一人のものなのか複数人のものなのかも、分からなかった。


「随分と多いな……それに魔力が強い!魔法陣指定終了!」

『魔法……間に合わない!魔法変更、指定終了、魔法陣へ装填、完了!』


 二人の声がネネカにも聞こえるが、ネネカはそれどころではない。

 頭に響く声。それは先程のように大きくは無いが、今もけたたましく鳴り響いているから。


「魔法陣励起、魔力浸透……皇都の結界邪魔くせえ!魔力浸透完了、三秒後に起動!やれ!」

『2……1……否定結界、アクティベート!』


 ネネカは頭に響く声とは別の理由で、身体を震わせる。

 何事かと見れば、地面に展開された巨大な魔法陣が輝き、莫大な魔力を発生させていた。

 状況から考えて、クルーベルとエリーゼが何らかの魔法を行使したのだろう。

 どんな魔法を発動させたのか気になったネネカは、周囲を見渡す……が、構造物が多すぎて見辛かったので空を見上げる。


「……結界?」


 そこには、空を遮り、皇都をドーム状に覆う、巨大な透明に光る壁が有った。

 ネネカはこの魔法を知らない。そもそもネネカが知る魔法はヴェルサスが用いる基本的な魔法を組み合わせたものばかり。根本的にどういった魔法が有るのかを知らない。

 しかし元の世界の創作物には、こういった形で防護壁を展開する魔法が稀に登場していた。

 創作物と何もかも同じというわけでは無いが、言葉や細かな要素は通じる部分の多いこの世界。似た魔法が有ってもおかしくは無い。

 そう思ったところで……突如として轟音が響き渡り、結界の外がエメラルドグリーンで染まる。


「……あれは……多分、風属性の魔法みたいなものかな」


 エメラルドグリーンの正体は暴風だった。

 魔力の風。明らかに自然のものではない風。目を凝らせば風の一条ごとに恐ろしいまでの魔力を帯びているのが分かる。

 風向きも形状も様々で、ただひたすら轟音を響かせて吹き荒れる暴力。

 結界が無かったら恐らく皇都は丸ごと粉末になっていただろう。

 そう確信できるほど強力な暴風は結界に阻まれ、内へは風の一つも吹かなかった。

 結界の内に響くは、暴風が奏でる轟音のみ。


「……一先ずは、どうにかなったか……」

『間一髪、でしたね』


 ふう、とクルーベルとエリーゼが息を吐く。

 彼女たちが結界の展開に成功してから暴風が吹き荒れるまで、僅か数秒。

 その僅か数秒で、皇都が消し飛ぶか否かの勝負をしていたのだから、呼吸の一つも整えたい気持ちは分からないでもなかった。


『フセガレタ』『ヨカッタ』『フセイデクレタ』『ダレガフセイダ?』『ダレデモイイ』『コロサナクテスンダ』『オオキイ』『ヒロイ』『カタイ』『ツヨイ』

「…………………………」


 再びネネカの頭に響く声。

 エリーゼのように直接語りかけてくる感覚では無い。響いてきた音が、自分の中では声に聞こえているような、不思議な感覚だった。


「……異世界モノだと、色んな生物と喋れるスキルを与えられて転生、みたいなのもあるけどそんなのかな」

『ネネカさんの世界ではそういった創作物も有るのですか?』

「話は軽く伝えられていたが、マジで色んな創作物が有るんだな……流石異世界」


 ふとネネカが下を見れば、クルーベルとエリーゼがネネカを見上げていた。

 ネネカの現在地は塀の上。より正確には、ヴェルサスの屋敷を囲う塀の上にある剣のような柵の上。

 元々塀自体が成人男性二人分くらいはありそうなほど高く、そこに大きめの柵が有るのだから、ネネカの所在地はまあまあ高い場所ではある。

 とはいえそこまで離れているわけでは無い。多少声を張れば、この轟音が響き渡る中でも問題無く会話できる程度の距離では有った。

 エリーゼの会話に、距離が関係あるのかは分からないが。


「つーかお前どうやってそこ乗ったんだよ」

「?壁走っただけだけど」

「重力に縛られろどいつもこいつも」


 どいつもこいつも、の部分に含まれているのは主にヴェルサスとネネカだろう。

 飛行魔法を常に用いているヴェルサス。不完全な素の身体能力だけで縦横無尽のネネカ。

 飛行魔法が使えないわけでは無いが不得意かつ、身体能力もそこまで特別優れているわけではないクルーベルからすれば、羨ましいことこの上ないのだろう。


「でさー。状況から察するに、これドラゴンの攻撃?」

『そうですね。今回は風竜が少し多く来てしまったようで』

「今回はって、何回も有るものなのこれ?」

『皇都は風竜の巣と地竜の巣が近いので。大抵は通りすがりや迷い込んだだけで攻撃して来ることは無いのですが、稀に何らかの理由で攻撃を仕掛けてくる竜もいらっしゃいまして』


 今回はそのパターンだったらしい。

 竜、ドラゴンがどれほど強いのかネネカは分からない。

 が。少なくともこの結界の外を吹き荒れる暴風を生み出せる存在が弱いわけではないと感じていた。

 状況が悪いのも有ろうが、ヴェルサスがある種の最強と評価するクルーベルとエリーゼがこうして結界を張るのみで、明確な攻撃手段を用いようとしていない点からも相当な猛者なのは見て取れた。


「大抵の攻撃理由は暇潰しとか、若い竜が血気盛んで、みたいなモンだ。人類とそう変わらん」

「魔獣でもそういうのってあるの?っていうか分かるものなの?」

「魔獣はたまに魔獣使い居るからな。ドラゴンは居ないが。ンで、竜に限らず生物の魔獣は割とそういうところ有るそうだ」


 意思ある生命で同じなのかねえ、とクルーベルはぼやく。

 魔獣使い。生物の魔獣。

 何やらまた分からない単語が出て来たが、それは後にヴェルサスに聞けばいいとして。


「……まあそういうのが有るのは分かったけど……」


 ちらりとネネカは、未だにエメラルドグリーンの暴風に包まれた結界の外を見て問う。


「これ、どうにか出来るの?」

「正直キツイ」『分かりません』


 クルーベルとエリーゼは、心底困った様子で溜息を吐く。

 その回答は、ネネカにとっても意外なものでは無かった。

 二人の性格や皇都の重要性を考えて、もし対処できるのなら既に行っていてもおかしくはなかったから。


「どうして?二人も、ある種の最強って言われてるらしいけど」


 明確な最強の二字を与えられているのはヴェルサス個人なのだろう。その実力を、ネネカはまだ断片しか知らない。

 しかし。

 ヴェルサスと比較した場合、誰一人最強を名乗る事は許されない。

 少なくともそれほどの実力差はある。

 それだけは様々な情報から推察は出来た。

 ヴェルサスという個人の、明確な戦力が計り知れないだけで、大まかな周囲との違いは察せられる。

 その上で、己の実力を最も理解しているヴェルサスが、二人の事をある種の最強と評したのだ。

 方向性は違えども、相当な戦力だと思っていたのだが……。


「……俺は敵への嫌がらせに特化。エリーゼは味方への支援に特化。ぶっちゃけ俺ら個人での戦闘は大の苦手」

『攻撃も出来なくは無いのですが、最低限の攻撃以外は超広範囲かつ超高威力なので、皇都近辺で放つわけにはいかなくて……』


 成程、とネネカは納得する。

 ゲームで例えるのなら、クルーベルはデバッファーキャラ、エリーゼはバッファーキャラなのだ。

 どちらも自分で戦うわけでは無く、相手を弱体化させたり味方を強化したりと、直接戦闘以外で戦闘に貢献する役職。

 代償としてそれらに特化したキャラは、大抵他の能力が低い。ゲームによっては、本当に味方の強化にだけ特化しすぎて、自分の攻撃能力どころか生存すら考えられていないキャラも、時折存在していた。

 他の役職も兼任するキャラも居はしたが、そういったキャラは半端な能力ばかり。特化した能力のキャラには劣る場合が殆ど。稀に全部の役割を、特化キャラを凌ぐほどハイレベルにこなすバランスブレイカーと呼ばれるようなキャラも居はしたが、それは本当に稀な事だ。

 ゲーム的に当て嵌めた場合、クルーベルとエリーゼはこの特化キャラだ。それも、各々の役割にのみ極限特化させた、それ以外が出来ないタイプの。

 それが極まり過ぎた結果攻撃も出来るようだが……逆になんとか攻撃能力を得た結果、そっちはそっちで癖のある攻撃手段となってしまい、現在の場面では有効とは決して言えないようだ。


「ただでさえ皇都は、色んな結界張り巡らされてっからな……普通に皇都以外で戦ってたんなら、今すぐにでもさっさと処理するんだが」

「処理……まあいいか。それ皇都以外はどうなってもいいってこと?っていうか結界あるんだね皇都」


 冷徹な判断だが、こんな大国を管理する上では仕方ない側面もあるのだろう。冷静に考えずとも大陸一つを一切の犠牲無く管理するのは至難の業故に。

 そう思ってネネカは問うたのだが。


『いえ。皇都では結界の効力で減衰するだけで、本来は私たちが放てるある程度の攻撃でもドラゴンは倒せるんです。これでも伊達に十賢者と呼ばれてません』

「まあ必要に迫られたら皇都以外じゃ巻き込んでってのもやむなしだから、否定できるモンでも無いんだがな」


 思いの外シンプルに二人が強くそれで普段は解決していると判明した。

 まあネネカの想像も間違いでは無かったようなので、良いような悪いようなではあるのだが。

 しかし事実、皇都は余程の事が無い限りは替えが利かないが、他の都市ならば替えはある程度効く。それを踏まえた場合、通常時ならば最低限の攻撃でも竜を倒せる二人が、都市を巻き込みかねない攻撃を使わざるを得ない状況など、竜の襲撃が可愛い程の余裕のない状況に他ならず、それに対処するためならば都市が傷付く程度許容せざるを得ないのも納得だ。

 許容せざるを得ない場合があるとはいえ、それを一個人として受け入れきれるかと言われたらネネカは微妙であろうし、他ならぬクルーベルやエリーゼも複雑そうなので、色々難しい所ではあるのだが。


「結界は……ちょっと待ってろ。五月蠅いなコレ」


 クルーベルがその手に持つ指揮棒のような杖で、空中に何かを描くようにフラフラと振るっていく。

 それと同時、急激に勢いが衰え消えていく結界外の嵐。

 一瞬とまではいかずともあっという間に、先ほどまでの生物の存在できぬ暴風が無かったかのように、世界は静けさを取り戻した。

 しかし何も無くなったわけではない。結界外の地面を見れば、そこには暴風で削り取られた跡が確かにある。確かに破壊の嵐はそこに在ったのだと、世界が示している。


「……なにしたの?」

「あの五月蠅い暴風に弱化魔法をかけただけだ。五月蠅くてまともに話も出来んからな」


 暴風に弱化魔法。

 弱化魔法とは要するに闇属性魔法の一種か何かなのだろうが。

 生物に用いるのならばまだしも、現象に対してまで用いるのか。

 ネネカはこれがこの世界の普通なのかと思ったが……固有の技術の可能性も決して捨てきれなかった。


「で、結界だったな。皇都に張られている結界は魔道具によるもので複数あってな。その殆どがヴェルサスの力を抑制しつつ、外敵の侵攻を阻むためのものだ」

「あ、ヴェルサスちゃん用の奴なんだね……」

「今でこそ制御出来てるが、昔のヴェルサスは魔力や魔法の制御が大雑把……つーか存在する限り生物を殺すことに特化しすぎててなぁ。存在するだけで溶岩垂れ流すわ嵐引き起こすわで、ぶっちゃけ色んな結界で抑制しねえとヴェルサスの周囲が人の済めない土地になってたんだ」


 雨粒一つで殺して来るし、と当時を思い出して疲れたように溜息を吐くクルーベル。

 その状況は想像できないが、こうして幾つもの結界が張られている辺り、それは洒落でも何でもないのだろう。


「今はもうヴェルサスも偏った能力を修正してるから、解除しても問題はないんだがな。魔道具の結界解除も中々に面倒だし、何より脅威がやたら多い皇都を守っても居るから、今更解除するのもな……」

『ヴェルサスさんだって常に皇都に居れるわけではないので、ある程度の備えは必要なのです。一応相手が単体であれば、放っておいてもドラゴンを追い返せる程度には強靭かつ強力な結界ですし』

「あれ?もしかしてこの結界内……っていうか皇都で魔法使えてる時点でとんでもない???」


 ネネカの言葉に、二人は否定できないと言わんばかりに視線を逸らす。

 結界の効果の詳細は知らない。どういった理屈、どういった形で、どういう影響を及ぼしているのか。何も分からない。

 ただ少なくとも世界有数の魔法使いであるはずのこの二人が、ドラゴンを容易く仕留められなくなる程度には魔法を行使し辛くなる、という事は確かだ。

 世界有数、ある種の最強とヴェルサスに言わせるこの二人で、それほどの弱体化。

 であれば一般人であれば、一体どれほどの制限がかかるというのか。

 ネネカには想像も出来なかった。


「ちなみにだがこの結界、ヴェルサスの屋敷……つーか敷地内にも結構作用してるぞ。数倍圧縮した奴を多重にな」

『塀の内側は多重で結界が用いられているので、魔力の行使も抑制されて中々に難しいんですよね。魔道具の実験のため、安全確保としては必要なので致し方ないのですが』

「なんか自分についても察した」


 全く負荷が有るとすら感じず、自分の中では平然と魔力を使って魔道具を用いていたのだが。

 もしやすればこれもヴェルサスの考えの内かもしれない。

 魔力の行使が抑制されるという事は、魔力の暴走も抑制されるということ。万一身体に負荷のかかる魔力の使い方をしても、それすらも抑制される。

 普通の魔力ではそもそもの行使すらも難しいようだが、ネネカはヴェルサスほどではなくとも莫大な魔力を持つ。その行使による事故を防ぐために魔力の抑制される屋内で行ったとしても、おかしくはない。

 莫大な魔力は時としてそれだけで攻撃力を得てしまうという。特に魔力覚醒初期は、身体が魔力に馴染んでいないために、無理な魔力の使い方をすれば己の身体に不可逆の破壊が発生してしまうという。

 エリーゼの喉のように。

 ヴェルサスは、莫大な魔力を持つネネカが確実に魔力の行使を成功させられるようにと、あえて魔力の行使が難しくなる屋敷内で魔力の指導を行ったのではないか。

 と、ネネカはそこまで考えて、同時にこうも考えた。


(めんどくさかった可能性とか、何も考えてない可能性も大きいなあ……)


 クルーベルやエリーゼと比べれば遥かに短い期間ではあるが、ネネカもヴェルサスと共に暮らしていた。

 その中でヴェルサスがどういった人物なのか、ある程度ではあるが掴んでいる。

 掴んだ上で、そう考えられるのだ。

 何しろヴェルサスは、色々考えているようで、実はちょっとアレな人物故に。

 いや考えられるのも事実なのだが……考えるのがメインではないのは確実だ。

 むしろヴェルサスが考えるのは、行き当たりばったりの行動の果ての言い訳等が主だ。……ネネカが用意した食事を、わざわざ多重で魔法を行使してまでつまみ食いしに来た際に、なんとなくそういう人物だと理解はした。

 故に。まあ、要するに。

 本当に何も考えず自分の能力ゴリ押しでどうにか出来ると考えて、結界の存在を忘れて魔力の扱いについて指導したのではないか。

 そう思ってしまうのも、ヴェルサスを知っている以上は仕方ない事であった。


「……まあ、結界云々は大体理解した。ありがとう。……で、この状況はどうするの?」


 ネネカが二人に問うと、少し苦しそうに表情を歪める。


「どうすっかなァ……騎士団や軍が皇都に滞在の上で無事だったら、俺が指揮してどうにでもしたんだがなぁ……」

『半分以上、ホープのスタンピード鎮圧に連れて行って、今はホープ周辺の復興中ですからね……』

「しかも残ってる騎士団や軍、殆どがこっちで起きたスタンピードで負傷した奴らだからなァ……。まともに動ける奴らは警備や最低限の備えな奴らだし、それで風竜を倒せずとも対応できるかっつったらなァ……」


 皇都はヴェルサス曰く、ウルグリム皇国で最も小さい都市だそうだ。

 周りを見れば分かる。ヴェルサスの言う通り大きい都市とはとても呼べない。ネネカは他の都市を知っているわけではないが、それでも元の世界の町や都市と比べても小規模。目立つ建物の時点でヴェルサスの屋敷と少し遠方に見える皇城だけ。

 それでも皇都というだけあって、本来は決して少なくない兵が居るのだろう。総力としてはヴェルサス個人の方が強いのだろうが、それでも決して弱くはない戦力があるはずだ。

 しかし決して小さい事態ではないスタンピード。その鎮圧のために、戦力は相当数集められたことだろう。無論、皇都とて例外ではないはずだ。

 そもそも皇都の戦力としては、皇都以外での活動があまり喜ばれないヴェルサス一人で十分すぎる。元々皇都の騎士や兵は、各地への予備戦力という側面もあるのだろう。

 そして。今その予備戦力はホープのスタンピードと事後処理で離れ、残っているのは僅かな上に動ける者は少ない状況。


「……ねえ。ドラゴン、倒せるの?」

「倒せなくはない。が、喜ばしくない手段ばかり残ってんなァ……」

『相手が一体でしたらどうにか出来るのですが、風竜の上に三、四体はいらっしゃるようなので……』


 喜ばしくない手段、というのは恐らくなんらかで民を犠牲にする手法だろう、とネネカは察しそれを奨めようとは思わなかった。

 そもそも立場的には軍師らしいクルーベルが、この状況を打破する手段を思い付いていないはずがない。それを行使しないのは純粋に、それを行使すること自体が小さくないデメリットを生むからだろう。

 戦いとは、勝てばそれで全て良いとはならないのだから。


「……ところで、その風竜って何処に居るの?」


 風の竜、という事も有って空を飛んでいるのだろうと先程から頻繁にネネカは空に視線を向けている。

 が、そこには変わらぬ青空があるのみ。建物の影に居て見えないのかと思ったが、先も述べた通り目立つ建物や高い建物は皇都に少ない。複数体ドラゴンと呼べる存在が飛んでいるのなら、目立つほど高い建物が少ない皇都で全て建物の影に隠れているとは考え難い。

 此処からはまだ見えない場所から攻撃しているのかと思ったが……なんとなく。本当になんとなくではあるが、そうではないとネネカは感じていた。

 そんなネネカの疑問に答えたのは、エリーゼだった。


『風竜は擬態能力を持っているんです。風竜はドラゴンの中でも個としての能力は弱いので、それを補う形で自身とその周囲を周囲の空間と同じにする結界魔法を常時展開出来るんです』


 能力が弱いと言ってもドラゴンの中ではですが、と加えられる。

 成程と納得すると同時、厄介だと感じたネネカ。

 個としての能力が劣るために搦め手を使うように進化した。それ自体は理解出来る。

 が、そもそも強力な竜種がそんな事をしようものなら、厄介極まりないだろう。実際今も姿を確認できないのだから。


「一応魔力感知とか諸々で場所は把握出来るんだがな。常時展開してるとはいえ、魔法は魔法だ。必ず魔力があるし、そもそも竜種は人類種とは比べ物にならない魔力を持っていて常に放っている。それを感知すれば、目で見えずとも然程問題はない」


 あと、とクルーベルは一呼吸の後、己が手の杖を軽く振るう。


「こうして、そもそもの魔法を解除してやりゃ、普通に見える」


 言葉と同時、結界の外の空に唐突に表れる複数の巨影。

 翡翠の鱗、かぎ爪の生えた巨大な翼、家ほどの足爪、万物を噛み砕く顎。

 個体ごとに多少の姿の違いこそあれど、基本の形は同じ。

 魔獣最強種、ドラゴン。竜種が一つ、風竜の群れが皇都の空に在った。


『トカレタ』『カキケサレタ』『スゴイ』『コロシテ』『アソコニイル』『クルシイ』『ゴメンナサイ』『オネガイ』『ツヨイ』『コロシテ』

「……多いな。しかも警戒させちまったらしい」

『明らかこちらを見て唸ってますもんね』


 同時にネネカは理解する。

 より正確には、薄々察していたことを明確に認識する。

 先ほどから聞こえていた声。理解できる言葉として認識している声の正体。

 空の風竜たちが唸ると同時、ネネカには言葉として認識出来た。

 しかしクルーベルとエリーゼは風竜たちの唸り声を、警戒が故のものと認識している。

 それ即ちこの声の正体とは、今現在この皇都を襲っている風竜たちの声だ。


「……転移特典チート的な奴なのかなあ」

「『……?』」


 チートにしては随分地味だが、とネネカは微妙な表情で空を見上げる。

 冷静に考えずとも、世界が異なって文字が異なるのに言語が通じている時点で、おかしな話ではあった。

 創作物では都合の関係で良くある話ではある。まあ交流させる上で言葉を通じさせるのは必要不可欠故、仕方ないしそうせざるを得ないのだが。

 それでも冷静に考えた場合、国一つ異なるだけで言葉が違うのに、世界一つ隔てて自分の国の言葉が通じるのは、中々におかしな事象だ。

 その上で、ネネカは竜の声を言葉として理解出来る。

 となればまあ……翻訳能力のようなものが、異世界転移した際に何らかの理由で取得した能力なのだろう。

 ネネカがそう考えるのも、自然な話だった。


『ガァ!?』『マタカ!?』『ニゲロ!!!』『ウチタクナイ!』『クルシイクルシイタスケテ!!!』『アノゲドウメ!!!』『ミライエイゴウノロッテクレル!!!』『ユダンスルナ!!!』『ソノママフセイデクレ!!!』『キモチワルイ』


 風竜たちの悲鳴が響く。

 世の中にはただの咆哮としか思われない、ドラゴンの声が。


「また撃ってくるつもりか……」

『随分と好戦的ですね……ヴェルサスさんがいらっしゃらないからでしょうか?』

「にしても不自然なレベルだがな。それにこの数でってのもな……」


 ネネカは確かに竜の声を言葉として理解、認識出来る。

 しかし風竜たちの言葉はあまりにも、混ざり過ぎている。

 一対一で話すなら問題は無かっただろう。人との会話のように。

 現在のネネカの、竜の言葉に対する感覚は、何人も同時に話してそれを聞いているような感覚。

 言葉だという事は認識出来る。相手が落ち着いていればある程度言葉も落ち着くため、多少は言葉を聞き分けられる。

 だが今のように、竜が急にバラバラに各々、叫ぶように喋っていては。


「聖徳太子じゃないんだよ私はー……」


 身体能力は高く、聴力もまあ元の世界では人並み以上に高いネネカと言えど、声や言葉を聞き分ける能力は並故に竜の言葉を正確に理解は出来ていないのだった。

 ただ少なくとも、雰囲気でなんとなく攻撃してくるようだという事は分かったので。


「あのー、なんかまた攻撃させられるっぽいから気を付けて」

「分かってる。エリーゼ!……させ?」

『はい!』


 クルーベルの呼びかけに、エリーゼは応えると同時杖を地面に突き立て、魔法陣を再び展開する。

 展開した直後、思い出したようにエリーゼは声を上げる。


『どうします?魔法、切り替えますか?』

「ん、あー……いや、防げてるから耐久回復と効果加算だけで問題無い。効果はカットで」


 クルーベルは、空を舞う複数の風竜を見上げ、日の光で眩しそうにしながらも現在展開されている結界の様子すらも視て、そう判断する。


『分かりました。ですが宜しいのでしょうか?こちらからの攻撃も難しくなりますが』


 エリーゼはコクリと頷きながら、クルーベルにそう問いかける。

 対するクルーベルは、軽く一つ溜息を吐いて答える。


「どの道、俺らにはこの場での有効な手段がねえからな。今は大人しく、ヴェルサスが帰ってくるのを待つさ」


 どっちの結界も揺るがすわけにはいかないし、と少し面倒臭そうに付け加えるクルーベル。


「余程のことが有れば俺も真面目に手を出すし、本気の杖も使うがなァ。ヴェルサスが近場に居る以上は、余程の事が起きそうならヴェルサスがどうにかするだろうさ」


 確かに、とエリーゼは同意し、地面に展開した魔法陣に莫大な魔力を流し込む。

 魔力が流れると同時、皇都を覆うように展開されている結界が、一瞬一際強く輝く。

 結界に流れる魔力が一層強くなったのが、ネネカには分かった。

 効果加算、と言っていたので何らかの性質でも付与したのだろう。それならば、魔力量が増大したのも納得だった。


『カタクナッタ』『アンシン』『トメラレナイ』『クルシイ』『クルシイ』『コロシテ』『クルシイ』『コロシテ』『オネガイ』『コロシテ』


 空より、風竜の群れの声が響く。それと同時、結界の外が再び暴風で満たされる。

 風竜たちのうめくような声。それを言葉として受け取ったネネカは、そこでようやく。


「……え?」

「しかし、なんでまたあんなに……風竜と言えど、群れでわざわざなぜ皇都を襲う?」

『気の合った群れで力試しでしょうか……若い竜が多いようですし……』

「にしては妙に攻撃性が高い。しかも東側から来てるのがな。……うるせえなアレ」

『確かに……風竜の巣は皇都の南と西のみ……北は地竜の巣ですし、何故東から……』


 ネネカは。ネネカだけは。

 クルーベルによってふたたび霧散する暴風。

 再び現れた青空。

 そこに羽ばたく複数の風竜たちが。


「……殺して、って……言ってる?」

「『え?』」


 苦しみからの解放を。死による安息を求めている事を。

 ネネカは。ネネカだけは、聞き取る事が出来た。

 見上げながら驚愕の赴くままに呟いた言葉は、近くに居たクルーベルとエリーゼも確かに聞き取り、二人も驚愕の渦に引き込む。


『スゴイ』『ケサレル』『アンシン』『ソノママ』『ボクラヲ』『コロシテ』『カイホウシテ』『クルシイ』『コロシテ』『コロシテ』


 再び重なって聴こえる、風竜たちの声。

 今回はある程度聞き慣れてきたのか、重なっては居れども多少は聞き取る事が出来た。

 聴こえたのは変わらず、最期の安息を願う苦痛の声でしか無かったが。


「……ネネカ、お前……」

「……あ、ドラゴンの事ね?私の事じゃないよ」

『それは流石に分かります』


 視線で、と二人して無言で伝えてくる。

 たった今ネネカが軽い弁明を行うまで、ネネカの視線は頭上で羽ばたく巨大なドラゴンたちに向き続けていたので、見るだけでそうだとは理解できたのだろう。

 驚愕と困惑の理由は、もっと根本的なところに有るだけで。


『ネネカさん。ドラゴンの言葉が、分かるのですか?』

「みたい。異世界転移の特典みたいなものかもね」


 エリーゼの問いに、ネネカはあっさりと答える。

 理由がどうあれ、現在のネネカにとって特に隠すべきものではないが故に。

 しかしクルーベルとエリーゼにとっては、その情報は小さいものではなく。


「……最低でもドラゴンコンダクターか。恐ろしいな」

「……こん、なんて?」

「なんでもねえ。つか今はそこじゃねえしな」


 クルーベルはネネカから視線を外し、大空を支配する風竜たちを見る。

 巨大な翼で陽の光を遮りつつ好き勝手飛び、しかし決して皇都から離れようとしない風竜の群れ。

 理由は不明だが、少なくとも皇都に仇成す存在である事実は、変わらなそうであった。


『……ネネカさん。本当に彼らは、殺して、と?』


 エリーゼの問いに、ネネカは無言で頷く。

 少なくともネネカには、そう叫んでいるように聞こえていたが故。


「……何がどうなってるんだか」


 はぁ、と疲れたように溜息を吐くクルーベル。

 ネネカは同意すると同時、こう思う。

 自分の境遇よりはまだ理解できる範囲だと思う、と。


『解除しますか?』

「いや、いい。どの道本当に不味い事態になったらヴェルサスが察知して動いてくる。そうなったら俺も解除して真面目にやるさ」


 クルーベルは軽く欠伸しながら、杖を何処かへと収納する。

 ネネカの眼にはクルーベルの周囲の空間がいきなり揺らぎ、そこへ杖が消えたように見えた。

 杖を取り出した時もどこからか急に取り出していたので、何らかの魔道具のようなものでも使っているのかもしれない。


『……ヴェルサスさんの危機管理能力、信頼できます?』

「……本当に不味い事態なら、今のアイツでも動くだろ。多分。きっと。恐らく」

「微妙なところで信頼が無いのは分かった」


 二人して微妙な表情となる辺り、そういう方面には相当信頼が無いようだ。

 何故そう微妙に信頼が無いのかは、ネネカには分からないが。

 しかし事実、現在こうして竜種の群れの襲撃が発生しているにも拘らず、確実に現状を認識しているであろうにも拘らず……そもそも外出前に何やら警戒するよう言っていた時点である程度ナニカが起こる事は察していたにも関わらず、こうして直接行動を起こしてこない。

 単にヴェルサスの方でも、余裕のない何かが起こっているのかもしれない。が、あれだけ最強と自負するヴェルサスだ。多少の竜種が襲ってきても問題無い彼女が余裕を無くすトラブルなぞ、そちらの方が脅威になろう。

 結果。ヴェルサスが恐らくしょうもない理由で、二人にこの事態を押し付けているのは事実だろうとしかならないのだった。


「……せめて、何で苦しんでるのかくらい分かればなあ」

「……苦しんで死にたがってるのか?ドラゴン共は」

「聴こえる限りはね?みんな同時に喋るから、聞き取りミスとかは有るかもしれないけど」


 ネネカは自分でも多少は自慢できるほどには純粋な身体能力が優れているし、それに付随するように五感も優れている方ではある。上には上が居るが。

 しかしあくまで基礎的な部分が優れているのみ。聞き分ける能力などは並であるため、同時に喋られると聞き取りに難が発生してしまう。

 そうでなくても竜の言葉を理解出来る原理が自分でも分からない。何しろ呻き声や叫び声、ただの咆哮として自分にも聴こえるそれが、言葉としても入力されている不思議な感覚。頭の中で勝手に言葉に変換されている感覚だ。聞き分け程度でどうにかなる話ではない。


『苦しんでおられるのですか……。何に苦しんでいるかは分かりますか?』

「そこまでは。ただずっと、苦しい苦しいって言って。同時に殺してって言ってるから」

『死を望むほどの苦しみ、ですか……』


 エリーゼは空の風竜たちを見上げ、その後悲しそうに目を伏せる。

 聖女の名を冠しているだけあってか、相手が魔獣であろうとも苦しんでいる現状に対しては、思うところがあるようだ。

 当然、それで魔法が揺らぐ事は無いようだが。


「竜種にそこまでやれるってーと、呪力使っての外道かつ違法な技術くらいだと思うが……それでも生半可な奴じゃ竜の魔力に弾かれて自分が呪われるぞ?」

「……あ、そっか。光とか闇の魔法は魔力で弾かれるんだっけ」


 よく憶えてるな、と感心した様子のクルーベル。

 ネネカとしても学んだばかりで憶えているとは思えなかったが、ふと思い出したのでなんだかんだ記憶できていたのだろう。


「より正確には高い魔力能力を持っている奴には抵抗される、だが……まあ細かい違いはないな。で、竜の魔力は子どものそれでも人類の平均……あ、ヴェルサスを除いてな?平均を遥かに上回る魔力を持つ。ああして成竜……にしては若い奴らばかりだが、少なくとも成長した竜ともなれば、それこそ俺らとまではいかずとも最低でも十賢者クラスでもねえとまともに精神属性の魔法なんざかけられん」


 さらりと平均を考える段階で外されたヴェルサスだが、まあ彼女一人の魔力をカウントするだけで平均値も中央値も異常な事になりかねないので、致し方ない事だろう。

 同時に、そんな竜の群れの放つ攻撃を容易く防いでいる現状も、先程竜の攻撃をかき消したことも考えれば。

 あのヴェルサスが、この二人をある種の最強と評したのも、納得の話だった。

 それぞれの方向に補助特化とはいえ、各々の得意とする補助については本当に他の追随を許さないその技量。十賢者の名は伊達では無いようだ。


「……じゃあ、十賢者の誰かがなんかやっちゃった結果、こうして竜が苦しんで襲ってきてるって事?」

「それは分からん。立場的にはあり得ないって言った方が良いんだろうが、好き勝手やる奴居るからなァ……」

『私たちが言えたことではありませんが、理者は基本的に個性の塊ですので』

「成程」


 ネネカは二人の言葉を、眼前の存在で以って納得する。

 まあまあ個性の塊、とてもではないが普通とは呼べない性格の二人。

 この二人やヴェルサスと同レベルに個性の塊な存在が十賢者を含む理者に居るとするのなら……まあ、能力さえあればこういった行いをする者も、居てもおかしくないとは思った。


「ただまあ……竜が死を望むほどの苦しみを受けているのと、こうして襲ってきているのは、別口と考えても良さそうな気はするんだよな。いや勿論繋がっているが、明確な理由として」

『おや?何故です?』

「苦しみから逃れたくて死を望む奴は確かに居るが、苦しみから逃れるために死を望みつつ近くの普段は素通りする町を襲うなんてあるか?」


 自ら死を望むほどの苦しみを受けておきながら、普段は気にも留めない存在へと襲撃をかけるのは、あまりにも行動として繋がりが無い。

 単なる遊び目的等による襲撃ならば話は簡単だった。しかしネネカによってそうではないと分かった今、クルーベルが現状を疑問に思うのも当然の事であった。


「強いて言えば、ヴェルサスが居るから……こう、襲えば殺してもらえるから、とかならまあ分からなくもない。が、デフォで魔力感知も出来る奴らだぞ?俺ら三人を足しても確実に届かない魔力を持ってるヴェルサスの存在に気付かないとか有り得るか?」


 確かに、とエリーゼが同意する。

 ネネカは竜の生態については、詳しくは知らない。が、そういう生物だとするのなら自然と魔力は見えるはずであり、見える上で自らの死を求めて強力な魔力に寄っていくのならヴェルサスの方に向かうのが自然だ。

 現在皇都には、ヴェルサスは居ない。高い魔力を持つネネカ、クルーベル、エリーゼは居るが、ヴェルサスの魔力には及ばないだろう。

 となれば。


「奴らは何らかの理由で、明確に皇都を襲っている。死を望むほどの苦しみとは、別の理由でな」


 クルーベルは断言する。

 空の風竜たちは、再びその顎を開き、嵐の砲弾を放とうとしていた。


「とはいえ、何故皇都を狙うかまでは知らん。理由なぞざっと思い付くだけで両の手を容易く超える。誰かがドラゴンを操って襲わせているという可能性も普通にあるしな」

「……竜って、操れるの?」

「場合によってはな。直接操るのはなかなか面倒だが、行動を誘導するなどして間接的に操る手段なら古来より幾らでも伝わっている」


 ドラゴンも生物だからな、とクルーベルは風竜たちの嵐の砲弾を放たれるよりも早く消し飛ばしながら語る。

 成程。魔獣とはいえ生物ならば、直接肉体を操るとまではいかずとも、なんらかで行動を起こさせるなどの間接的な干渉は確かに出来よう。

 それも竜ゆえに、相当な難易度では有ろうが。それでも出来るか否かで言えば、出来るのが事実なのだろう。


「……じゃあ、苦痛を与えてるのは?」

「痛みも有るのか?まあどっちでもいいか。苦痛は……傷痕等は、一先ず見えん。であれば、傷由来の苦痛とは考え難いな」


 クルーベルの言う通り、空の風竜たちに明確な傷は無い。

 巨体の風竜が、死を自ら望むほどの苦しみだ。もしそれが傷由来だとすれば相当な傷であることは確実。

 しかし風竜たちに、細かな傷痕こそ各々あれども、明確に大きな傷は見える限りでは存在しない。

 人間換算で擦り傷の痕程度であろう傷痕だけで死を望む苦しみを得ているとは考え難いにもほどがあった。


「……何をそんなに苦しんでいるのやら」


 ネネカは、風竜たちを見上げながら呟く。

 近くのクルーベルとエリーゼも同意しつつ、どうするか悩み始めたところで。


『アノコダ』『マリョク』『ツヨイ』『コトバ』『ワカッテル』『キヅイテル』『フセイデル?』『チガウ』『シタノフタリ』『スゴイ』


 聴こえて来た声にぎょっとするネネカ。

 そして反射的に、思わず呟く。


「……え、もしかしなくても聴こえてる?」

「『え?』」

『キコエテル』


 ネネカの呟きに驚くクルーベルとエリーゼ。

 そんな呟きにすら反応する、風竜たち。

 風竜たちの視線は先程までとうって変わって、全員が真っ直ぐネネカを見ていた。


「……ドラゴンって、耳良いんだね」


 色々思うところは凄まじくあったが、とりあえず現実逃避的にそんな事を呟いたネネカ。

 しかしそんな言葉にも、周囲よりしっかりと返事があった。


『ボクラ』『ヒトデイウ』『マジュウ』『テイマー』『クラステキセイ』『マジュウ』『コンタクト』『デキル』『マリョク』『ツウジテ』

「……モンスターテイマーとかのクラス適正を持ってる奴は、対応する存在と会話が出来るんだ。例えばウサギだったらウサギと会話が出来る。魔獣との会話は何故か魔力覚醒が前提だから……多分魔力通じてやれてんじゃねえの?」

「……風竜たちの順番に喋る意味なに……。っていうか、テイマーのクラス適正とやらがあると、魔獣と会話できるんだ。しかも魔力通じて」


 さらりと自分にテイマーのクラス適正とやらがある事が分かったが、そういう事も有るかとスルーしたネネカ。

 今重要なのは、風竜たちとクルーベルの言葉から、魔力を通じて風竜たちと明確な会話が出来るという事。

 風竜たちが明確な意思を以って会話が出来る。ならば。


「……風竜さん……でいいのかな。どうして皇都を襲うの?」


 ネネカは空の風竜たちへ問う。

 もし問いかけに答えられるのならば、それが一番早いから。

 そうした考えは、実際に効果があった。


『オソイタクナイ』『ノロワレタ』『オウ』『ノロワレタ』『クツウ』『クルシイ』『ツタワル』『メイレイ』『キョウセイ』『トメラレナイ』


 最初とはうって変わって、順番に話す風竜たち。傍から見れば、単に無作為にギャアギャアと吠えているだけなのだろうが。

 その話し方にどんな意味があるのかネネカは気になったが、今はそれを出来る限り気にすることなく、情報の読み取りに専念する。

 頭の中で聴こえた言葉を繋げ、言葉の意味を考える。


「……襲いたくないけど、王が呪われて……」

「は?」

「苦痛が伝わって……いや命令が強制されてる?」

『はい?』


 そこにどういった意味があるのか。ネネカには言葉通りにしか受け取れない。

 襲いたくないのは分かる。王が呪われたのも分かる。命令されている事も分かる。

 しかしそれで何故に苦痛が伝わってくるのか。命令が強制されているのか。ドラゴンともあろう存在が命令に抗う事が出来ないのか。

 この世界の事情にまだ疎いネネカは、言葉の意味をあまり理解出来なかった。


「おいネネカ。王が呪われたってのは本当か?」


 心底の驚愕を抱えたクルーベルは、ネネカに問う。

 より正確には、ネネカを介して風竜たちへと。

 ネネカはクルーベルの問いをそのまま風竜たちへと投げかけ……帰ってきた答えは変わらなかった。


「……成程な」


 ふぅ、と一つ深い溜息を吐くクルーベル。

 その表情は、先ほどまでとは明確に異なり。

 人の悪意に比較的慣れているはずのネネカが一瞬怯むほどの、憤怒が渦巻いていた。


『成程。傀儡の呪術……それも生贄を用いる……』


 エリーゼの表情も、芳しいものでは無かった。

 まるで、不快極まるものを目にしたかのように。


「……そういう感じかー」


 ネネカも納得した風を見せるが……その意味は少なくとも二人とは異なっていた。

 文化の違いについての納得。これまでもヴェルサスと共に何度も発生させた双方の世界での感覚の違い。

 こちらの世界に置ける、生命を操る事に対する感覚の理解。


(……まだまだ、順応は遠そうだなあ)


 ネネカは内心で溜息を吐いた。

 しかし今はそれに関してどうこう考えている余裕はあまりない。そもそも考えたところで、この世界に時間をかけて順応するしか結果は出ない。

 それ故、ネネカは細かく考えるのを一旦横に置き、頭上の風竜たちへと再び問いかけようとする。


『イタイ!!!』『マタ!!!』『クルシイ!!!』『アノオトコ!!!』『コロス!!!』『ヒキサカレル!!!』『テイマー!!!』『トメテ!!!』『コロシテ!!!』『オネガイ!!!』


 が、風竜たちはまたしても、その顎より強大な風の塊を吐き出そうとしていた。

 自分の意思に反したその行動は風竜たちにとっても相当苦しいのか、先ほどまでとはうって変わって絶叫するような声が響く。

 聴こえたテイマーというのは、話の流れや雰囲気的に自分の事だろうとネネカは理解したが、止めてと言われてもどうしようもなかった。

 ネネカは現状、あくまでドラゴンと会話が出来るだけ。

 一応、高い魔力と優れた身体能力を有してはいるが、魔力の扱いは初心者で魔法も使えず、身体能力は健在でも現在は足が病み上がり故に万全では無く、武器もないので殺して止める事も出来ない。

 テイマーとしての何らかの技能等がこの世界に存在するのかもしれないが、その把握すらしていないネネカには本当にどうしようもないのだった。


「……クルーベルさんやー」

「……どう……ああ、攻撃か。了解」


 風竜たちから風の砲弾が放たれると同時、クルーベルは指をパチンッと鳴らす。

 それだけで掻き消える暴風を生み出すはずだった魔力の塊。

 別に攻撃を放置しても問題は少ないのだが、少なくはあれども問題があるのは事実。

 その問題も数こそ少ないが、無視できない問題ばかり。

 民衆が襲撃に怯えているのが確実な今、風竜の攻撃までも結界で防がれるとはいえ存在しているのは、心象的にあまり宜しくは無いだろう。

 なにより、現在の最重要項目である風竜たちとのコミュニケーションも阻害される可能性が大きい。

 それ故、保険としての防壁は有れども風竜たちの攻撃を存在させておきたくないというのは、此処の三人の共通認識であった。


『!』

「ありがと。……ねえ、その……良く分からないけど、あなたたちのオウって呼べる存在が呪われたから、苦しみながら襲ってきてる、って事でいいんだよね?」


 ネネカは空の風竜へと、確認の問いを投げかける。

 問いは会話と状況からネネカなりに判断しただけのものであったが……間違ってないだろうとどこか確信をネネカは得ていた。

 そんなネネカの確認の問いに、風竜たちは。


『ソ、ウ』『ッ』『……』『ガ、……』『ッ……』


 僅かに、呻き声混じりに答える声が聞こえるのみ。

 風竜たちはその巨体を、結界の上へと落としていた。


「え、大丈夫……?」

「気にするな。もう助からん」


 気にするわ、とネネカは思わずあっさりしているクルーベルにツッコむ。

 しかしエリーゼも風竜たちの現状を認識した上で特に何とも思わずよそ見しているため、二人にとっては本当に気にすることでは無いのかもしれない。

 まあ元より相手にどんな事情があれども皇都の襲撃者であることには変わりなく、二人は立場が事実上存在しないネネカと異なり国の重鎮。皇都の襲撃者を見逃すわけにはいかず、それが弱っているのはむしろ喜ばしい事なのだろう。


「つーか……ン?ああいや、そうか。ネネカの元の世界にはドラゴン居ねえんだっけ」

「あんな分かりやすいの居るはず無いでしょって言いたいけどこっちじゃ居るもんね普通に」

「実際其処に居るからな。中々に面倒だな、異世界人との認識や知識のすり合わせは」


 ふぅ、とクルーベルは一つ息を吐いて、ちらりと傍らのエリーゼを見た上で語る。

 エリーゼは変わらず、完全によそ見をしていた。

 何処を見ているのかと言われたらヴェルサスの屋敷の塀だが……彼女の事だ。恐らくその先の何かを見ているのだろう。


「竜種、ドラゴン種とも呼ばれるそいつらが口から放つ、ドラゴンの代名詞とも言われる攻撃。ドラゴンブレス。さっきから撃ってきてるアレの事だが、それは三種類あってな」

「意外とあった」

「意外とあるんだな、これが。んでもって案外知られてない。加えてヴェルサスも確実に説明する気が無いだろうから、一気に説明しておく」


 そんなに難しいもんでもないしな、とクルーベルは苦笑しながら呟くように言った。

 まあ種類がどうあれ、ドラゴンの放つ攻撃という点において違いはないので、それ自体に複雑さは少ないのだろう。

 ほとんど何も知らないネネカにすら薄っすらと、知られていない理由とヴェルサスが説明する気が無い理由が、察せれる程度には。


「……威嚇用のドラゴンブレス。竜種基準で相手を追い払う程度の感覚のドラゴンブレスだ」

「威嚇用っていうけど、竜種基準とか言ってる時点でね」

「お察しの通り、常人は町ごと消し飛ぶ。あくまで竜の強さが前提だからな」


 ネネカが結界の上部を見ると、先程と変わらずぐったりした様子の風竜たちが居る。

 しかしぐったりした現在でさえ、確実に常人ならば尻尾を振り回されただけで身体を擂り潰されるだろうと一目で分かるほどの、強靭な肉体がそこにはある。

 まだ若いらしいあのドラゴンでさえあれほどの肉体。それらの基準における威嚇用のブレスなど、常人が耐えられるものでは無かろう。


「で、二番目が戦闘用のドラゴンブレス。俺らで例えるなら剣を振ったり普通の魔法を放ったりだな。竜種基準でしっかりダメージを与え合える威力の奴だ」

「それを人間が受けたら?」

「一帯ごと消し飛ぶ。普通はな」


 普通でない例外はその限りではないらしい。

 実際、こうして結界を展開できる場合や攻撃を掻き消せる場合は、問題は無いのだろう。

 とはいえこんな例外がそこらに存在しているとは思えない。あくまで十賢者レベルの、ごく一部と見るべきだろう。


「んで最後が、必殺用のドラゴンブレス。放つのにリスクや反動があるが、場合によっては若い竜でも強力な老いた竜や相性の悪い竜、魔竜をも一撃で消し飛ばせる威力を持つ」

「大体わかった。あそこでぐったりしている風竜たちは、それを放ちすぎてその反動とかで身体がボロボロになってるんだね?」

「察しが早くて助かるよ」


 それほどの威力を持つ必殺技とも言えるドラゴンブレス。当然その反動も、強靭な竜種とて無視できないものがあるだろう。

 それをこれほどまでに連発させられた頭上の風竜たちの消耗は、如何なものか。

 呪いに関しての苦痛とは別で、相当な消耗や苦痛が発生している事だろう。

 口数が少しずつ減っているのも、その消耗故だったのかもしれない。


「……これまでを纏めると、誰かが風竜たちの王様を呪って、その結果あの風竜たちが操られて、こうして必殺のドラゴンブレスを強制的に皇都に向けて放たれまくってる、ってことでいい?」

「そうなるな」


 はぁ、とクルーベルが深くため息を吐く。

 溜息を吐きたくなる気持ちは、ネネカも分からないでは無かった。

 誰がそんなことをしたのかは知らないが、これは確実に皇都もしくは皇都に居る誰かを狙った、攻撃だ。

 完全なる国家反逆。加えてそのためだけに、皇都に特別興味を示していなかったあの風竜たちすらも巻き込まれ、文字通り使われている。

 そしてこれらが、竜種と話せるという規格外の特異能力を持つネネカが居なければ、分からなかったという事実。

 国を動かすクルーベルやエリーゼにとっては、頭の痛い事ばかりだろう。


「……それで?結局これからどうするの?」

「……その歳にしては、中々切り替えが速いな。随分と頭も回る」

「結構ほいほいと人が死んでく世界だったからね。友達が食肉にされたら、今度は自分かもしれないから悲しんでる暇なかったし」

「待てヤバすぎる世界の片鱗が聴こえた。友達が食肉ってなんだ?その友達は一般的な意味での動物だったんだよな?」

「人間も動物だよねー」

「一般的な意味での動物だったんだよな???」


 ネネカは返答代わりにクスリと笑っておく。

 その記憶に、中々に美味だと思った脳みそステーキの骨髄バター乗せを想起しながら。


「……まあ、いい。いや良くはないが……ヴェルサスに任せるか。……そしてこの状況も同じだ。ヴェルサスに任せる」


 クルーベルはちらりと、よそ見をしたままのエリーゼを見る。

 エリーゼは一言も喋ることなく、ひたすらどこかを見ていた。

 そこでふと、ネネカは思い至る。

 現在地はヴェルサスの屋敷の敷地のすぐ傍。皇都の西の大通り。正門も西を向いている。

 ヴェルサスの屋敷は、皇都の西に外側を向くように建っており、西の大通りに沿いつつ北にズレる形で存在する。

 そしてクルーベルとエリーゼの現在地は……ヴェルサスの屋敷の正門から右手側。方角としては南に位置し。

 南からヴェルサスの屋敷の塀を見たのなら、その方角は北となる。

 北は。

 今ここに居ないヴェルサスが向かった場所では無かったか。


「!」


 そこでネネカも気付く。

 恐らく、エリーゼは途中から気づき、その会話能力によって既に会話していたのだろう。

 クルーベルもエリーゼより遅れてではあったが、ネネカよりも早く気付いた。

 そしてネネカも気付いた。ようやく気付いた。

 皇都の北より凄まじいスピードで迫る、無数にして巨大な魔力の奔流に。


『アァ』


 他者には僅かにしか聞こえなかったであろう、小さな呻き声のようなそれ。

 しかしネネカには正確に聞き取れた風竜たちの、最期の言葉。


『ヤッ、ト』『オワレ……ル』『ノカ……』


 それは安堵の声。

 ボロボロの声帯から発せられた、風竜たちの最期の安息を示すそれで。


『テイマー』


 その中で一匹だけ。

 結界越しに、ネネカだけを正確に見ながら、何かを語る風竜。


『オウヲ、タノム』


 それは懇願するような、決して安堵の声ではないそれで。

 ネネカがそれに対し何かを思い、言葉を紡ぐよりも遥かに早く。

 皇都の空を無数の光の帯が、覆っていく。

 風竜たちが貫けなかったクルーベルとエリーゼが展開した皇都を覆う結界すらも、余波だけで脆いガラスが如く容易く砕いていく、絶対破壊の光状。

 それに飲み込まれた風竜たちが助かる可能性など、有るはずがなかった。

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