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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
22/44

21:シンプルな飯が一番旨い時も有る

「米うめえ……」

『ライスに塩だけでこれほどとは……』

「米は蒸すだけで良いと思っていました……」

「お粥以外の使い道があるのですね……」

「おかわり!おかわりないの!?」

「……ヴェルサスちゃんと同じく、ただの塩むすびで此処まで満足されるとは……」


 ヴェルサスの屋敷の食堂。

 此処では現在、ネネカの作った料理をクルーベルとエリーゼだけでなく、メイドたちも揃って食べていた。

 料理と言っても食材の買い出しを忘れていたとかで、米と多少の野菜くずと簡単な調味料しか無かったため、一先ず炊いた米に塩を振って三角に握ったもの……端的に言えば塩むすびでしかないのだが。


「野菜くずはどうしようかなあ。……あとでジャガイモ買ってきてもらって、さらに細かく刻んで……いや量が微妙かなあ。まあワンチャン出来るか、コロッケ。どっちにしろ色々買ってきてほしいけど……」


 ネネカは食堂と繋がった厨房から、皆がウルグリム大陸に似つかわしくない美味しい食事を堪能する様子を横目に、残っている食材を見ていた。

 先も言った通り残っているのは米と多少の野菜のくず。調味料は有るが、それだけで全部どうにか出来るものではない。

 流石に買い出しは依頼したい、と考えていると。


「ハイハイハイハイハイ!!!何が必要ですか料理長!!!」

「私何時料理長になったの!?」


 メイドの一人、小柄で猫耳と二本の猫の尻尾を生やした少女が、塩むすび片手かつ口の周りに米粒を幾つも付けながら、目をキラキラと輝かせてそう言ってくる。

 彼女の名前はガーネット・ロック。ヴェルサスより僅かに高い程度の身長の、14歳の猫の人獣族の少女。

 他のメイドたちと同じくヴェルサスに何らかの経緯で拾われた子の一人なのだが……ネネカを除けば最も新参かつ幼いのに、既にヴェルサスの身長を越しているという事で、ちょっとだけヴェルサスに恨まれている可哀想な子である。

 この屋敷のメイドの中で一番足が速く、鑑定の魔眼ほどではなくとも食材を見る確かな目が有り、かつ財布の紐も硬いため、ネネカが来てからもほぼ毎日買い出しに行っているガーネット。ただ普段は面倒らしく、買い出しに行くたびにとぼとぼと歩いていく様子をネネカも頻繁に見る。

 そんなガーネットが、買い出しに行くのなら自分だろうと、ネネカに迫っている。

 彼女を知る者からすればまあまあ異常な事ではあるのだが、此処に居る彼女を知る者たちは皆塩むすびに夢中だし、ガーネットの様子にも納得している。それほどネネカ料理長の料理が美味しかったらしい。


「……なんか地の文ですら勝手に料理長にされてる気がする」


 気のせいである。


「買い出し、行ってくれるなら有難いけど……」

「ネネカとネネカの料理のためなら行ってくるよー!」

「うん、有難いけど。ああ、もういいや」


 色々ツッコミどころ等があったネネカだが、珍しく元気なガーネットの様子にその気も失せたようである。

 普段はこんな元気っ子ではなく、むしろ落ち着いている方なのだが……食事バフというのは恐ろしいとネネカは密かに思った。


「ええと……そう、だなあ……。どうせ野菜くずの数が足りないから、コロッケ用のジャガイモは3……あー、いや。ジャガイモは6、7個かな」

「ジャガイモは7個!それで他には?」

「うん6個でも良いんだけどね。他は……あー、どうしよう。卵と……パンも」

「卵は何パック?あとパンの種類は?」

「1パックが何個なのか分かんないから何とも言えないけど、とりあえず10個かな。予備も含めて20個も有れば足りるかも。パンの種類は分からないけど、堅めのパンが有ったら。パン粉にするから柔らかいのは向かない」

「パン粉が何だか分かんないけど分かった!他には他には?」


 そんなに凝ったものを作るつもりは無いんだけどなぁ、と苦笑しながら他にもあれば買ってきてほしいものを次々と考えながら言っていくネネカ。

 ガーネットはそれを一切聞き逃す事無く、尻尾で器用にペンと紙を持ってメモを取っている。


「……猫の人獣族の尻尾って、あんな器用に使えるもんだっけな」

『二本ある時点で異常ですが、そうでなくてもあれほどは使えなかったかと……』


 地味にガーネットの尻尾が気になっていたネネカだったが、食堂のクルーベルとエリーゼの会話から色々異常だとは理解した。

 どうやらこの家は、家主だけでなく屋敷やメイドも全員常識外らしい。まあ最強の家主にあんな対応する時点で分かり切っていた話なのだが。


「―――あとは……調味料系は大丈夫かな……ソースとかも作れたらって思ったけど、作り方はともかく面倒だし……あー、でも一応砂糖が有ったらスイーツも作れるかな。けどこれは難しかったら無しでも」

「砂糖!了解!これで全部!?」

「砂糖は本当におまけだからね???とりあえず思い当たるのはこれで全部……かな?」

「分かった!もぐ!行ってきます!」


 ガーネットはネネカの指示を聞き終えると同時、残っていた塩むすび口に含んだかと思いきや、残像だけを残して食堂から姿を消した。


「……速いなあ。流石は異世界」

「頼むからアレをデフォに考えないでくれ」

『私たちも魔法を使えば出来ますが、あれをデフォルトには無理ですから……』


 ネネカの呟きに、塩むすびを食べ終えたクルーベルとエリーゼが疲れたようにツッコミを入れた。

 クルーベルとエリーゼは国のトップに位置する十賢者。しかしその身体能力そのものは平均から多少上下する程度だ。

 そもそも魔法使いとはそういうもの。前衛に守ってもらいながら後衛で魔法を準備し、発動して何らかの形で戦況を明確に変える。それが本来あるべき魔法使いのスタイルであり、そこに高い身体能力など不要だ。

 現在の十賢者はその点、単騎で全員高い戦闘能力を持つため前衛は不要どころか後衛に徹する必要性は薄い。ヴェルサスは言わずもがな、クルーベルやエリーゼも自分たちの得意とする戦闘の関係で、パーティーを組んでの戦闘でも前衛に居ることの方が多い。

 ただ前衛に居られるからと高い身体能力を持っているわけではない。魔法やその応用で一応瞬間的にはそこそこの能力を部分的に出せることもあるが、基本的には必要だから前衛寄りの立ち位置に居るのであり、積極的に前に出て肉弾戦が出来るほど身体能力が高いわけではないのだ。


「しかし本当に美味かった。まさかたった二つの材料でこれほど上手くできるとはな……」

『これほどの料理を平然と、しかも日常的に食べていらしたのなら、もしやウルグリムの食事はお辛かったのでは……』


 エリーゼの問いに、ネネカは困った表情で無言を返す。

 ウルグリムの食事が辛かったのは認める。が、時折ヴェルサスが比較的美味しい喫茶店の食事を買ってきてくれたし、自分とヴェルサスが食べる分はヴェルサスの補助有りではあるが一応自分で美味しいものを作っていた。

 なので。此処での食事が辛いものだったかと言われると、否定も肯定もし辛いのだ。

 とはいえ。ウルグリム大陸特有の食事が食べていて辛いかと言われたら、まあイエスと答えられてしまうのだが。実際不味いので。


「……多分、栄養価だけを求めた結果がウルグリムの食事なんだろうね。私の所だと食事は楽しみながら栄養を取るものだったから」

「楽しむ余裕があったのは、素直に羨ましい事だ……」


 食事を楽しむ余裕が有った、というのは確かに間違いないとネネカは思う。

 一切食事を楽しむ余裕が無かったのなら、皆Sアンプルと呼ばれる完全栄養剤で済ませていたはずだ。

 貧乏人でも買えるほど安価であったそれを用いる者は確かに居れども、皆がそうではなく普通に美味な食事を自ら苦労して作り食す者も多く居た。

 それ即ち、そうする余裕が有った、そうする余裕を以ってそうしたかった、という事に他ならない。


『良い事ではありませんか。他の世界と言えど、そういう世界も有ると分かれば』

「まあ羨んでいてもどうしようもない事ではあるか。今となってはこちらに利が有ることではあるし」

『ですです。……ネネカさん。もしよろしければ、好きな料理を今度作っていただけますか?是非、喫茶店のメニューの参考にしたいと思いまして』


 二人の会話でふと思い出す。

 比較的美味しい食事の喫茶店。それを事実上作った十賢者の同僚の名前を。

 食事に対し妙に好意的なのも、そういう細かい所からウルグリムを改善していこうという意志の表れなのかもしれない。


「ンー……好きな……なんでもいいの?好きな料理っていうか、私の食べたいものでも」

『構いません。どうやらネネカさんの世界の料理は、少なくともこの大陸よりも発達しているようですから』

「まずはお前の好きなものでいいさ。その後、都合が良ければ色んなものを教えてくれれば。……まあ大前提に、技術レベルが違い過ぎて参考に出来るかも分からねえが」


 そういう事ならと言おうと思ったが、同時に言っていいものかと悩むネネカ。

 ネネカが好きなものはある。が、それは人を選ぶもので、ネネカもそれを重々承知のため他者に奨める事は無い。

 が。こうして好きなものをと聞かれ、しかもそれを作って出すかもしれない場合……どうしたものかと悩む。

 悩むが、面倒になったのでそのまま言う事にした。ネネカの推測通りならばそれ以前の問題なので。


「……私は辛いの好きかなあ。トウガラシとか」

「?トウ……?つか辛い料理なんてあんのか?」

『辛い食べ物は分かりますが、辛い料理というのは初めて聞きましたね』

「やっぱりそこからかー」


 察した通りであった。

 食文化に疎いウルグリムのこと。喫茶店の食事も普遍的に美味しいものばかりで、辛味や酸味をメインにした刺激的なものは今のところネネカは食べていない。

 どころか、そういった味を全面に出せているものがない気がした。

 恐らくは刺激的な味を引き出す方法や食材を知らないのだろう。喫茶店の食事でも、ハンバーガーのようなものはあったがケチャップやソースなどは付いていなかった。本当に肉をバンズで挟んでいるだけだった。

 それ故ネネカの好む辛い食事も、そもそも文化として知らないのではないかと思ったのだ。

 結果は案の定。刺激的な料理どころか、それに必要な食材すらも知らない様子。想像以上に料理文化に関しては隔てりが有るようだった。


「トウガラシは辛い食材。トウガラシを使って、色んな激辛料理が作れるの」

「ほー……ゲキカラは聞いたこと無いが、察するにとんでもなく辛いとみた」

『辛いもの……どれほどのものでしょうか。気になりますね』


 二人は何やら興味を抱いているようだが……ネネカは辛い物好きとして、忠告しておくことにした。


「あのー……あんまり辛いモノ食べるのは奨めれないよ?」

『?ですがネネカさんは好まれるのですよね?』

「私はまあ……うん。けど、好きだからこそ他人に奨めるものじゃないなあとも思ってるから」

「『???』」


 二人は何やら疑問そうだ。

 二人だけではない。この会話を聞いている周囲のメイドも全員が気になったようだ。

 好きなものを照れ隠しから悪しく語る者は居る。が、ネネカの現在はそれでは無いように見えたから。


「うーん……えーと。私の世界にね?辛いソース……えーと調味料的な奴があって。その中でも特に辛いって言われてる奴……というかその系統?みたいなのが有るんだけど」

「分かるように言葉選んでくれてるのは良く分かるが、聞きづれえ」

『とりあえず辛いものがあるのですね』


 聞き辛くなるのは仕方ないとこの場の誰もが思う。

 世界が違う上に、少なくともウルグリムではソースという調味料の文化があるかも分からない、というか無いのだから、分かるように説明するには遠回りするしか無いのだから。


「まあうん。で、その辛い調味料の名前の時点で、人に奨めるものじゃないなあって分かるんだよね」


 ふむ、と皆が注目する。

 その名を求めるように。

 気体に応えるように、同時に諦めたように、ネネカはその名を言う。


「……その調味料の名前は、デスソースって言うんだけど。あ、デスって死ぬとかって意味ね」

「オーケー、奨めたくない理由が良く分かった」

『ソースが分かりませんが、死の文字が与えられている時点で……』


 周りのメイドの一部からは、それは毒じゃないの?という声が聴こえてくる。

 まあ場合によっては死ぬし、とネネカは何とも言えない気持ちで言葉を続ける。


「で。そのデスソースよりも辛い調味料も沢山あって、一番ヤバいのは本当に死ぬ。というか観賞用としてしか作られて無いし、皮膚に触れただけで火傷するから特殊な防護服が必要」

『皮膚に触れただけで火傷するってなんですか???』

「つーかもう食用ですらねえのかよ。いやまあ食えねえだろうけどなそりゃ」


 皮膚に触れただけで火傷する代物を食せるかと言えば、それは否だろう。

 観賞用でしか無いのも致し方ない話だった。


「で。頂点だとそんな現象を引き起こせる辛い物が、私は好き。あ、勿論常識的に食べれる範囲でね」

「安心したよ。お前がそれを食ってるとか言わなくて」

『食べていらしたら、それこそヴェルサスさんより部分的に凄まじい存在だと思っていたことでしょう……』


 世界最強のヴェルサスよりも部分的とはいえ凄まじい存在。

 中々に面白そうでは有るがそういうものにネネカは興味無いし、好きなものを食べたいからとそのために命を捧げる気も無い。あくまで常識の範囲で好きなだけだ。


『ちなみにネネカさんはどれほど辛いものが食べ……ええと、受け入れ?られるので?』

「どうにもこういう齟齬が有ると難しいな。異世界だから言葉が通じるだけマシなんだが。……好む辛さはどれくらいだ?というか、辛さを示す……こう、なんだ。指標のようなものは無いのか?」

『あ、そうですね。そういったものはありますか?例えばこう、冒険者ランクのような』

「……冒険者ランクが分かんないけど、とりあえず辛さを数値化したものはあるよ」


 冒険者、という稼業が有るのは知っている。

 ただ冒険者の内実は殆ど知らない。

 一応、冒険者にはランクが存在し、最高ランクはゴールドというのも知っている。

 が、それ以外のランクに何が存在するのかも分からないし、冒険者が何をする職なのかも分からないので、例えばと言われても何も分からないし例えようも無いのだ。


「スコヴィル値っていう、本当にあくまで一応の指標はあったけど……ぶっちゃけ高すぎて分からないのばっかりだし、どういう測定をしてるのかも私は知らないから、あくまで結果の数字しか知らないよ」

「スコヴィル……聞かねえ言葉だな……」

『似た名前も聞いたことが有りませんね……』


 知らない単語なのは仕方ない、とネネカは思う。

 異世界なのだ。何もかも同じなはずはない。これまでも知らない単語は有った。スコヴィルもその一つでしかない。


「ええと……世間一般で辛いって言われてる食材のトウガラシのスコヴィル値が確か……低めの数字だと確か3000……あれ2500だったかな。まあそんな感じで」

「『ふむふむ』」


 ネネカは思い出しながら、どれを例に出すか考えていく。

 辛いものは好むが、それだけに非常に種類が多いのも知っている。どれを例に出せば分かりやすいか、微妙に悩ましいのだ。


「……激辛唐辛子として有名な奴は30万くらい、デスソースは一番優しい奴で1万ちょいだったハズ。私が好きなのは10万くらいのデスソースかな」

「数字」

『世間一般で辛いと言われているのが3000で……?』


 驚くよねとはネネカも思う。

 ネネカは知っている。スコヴィル値のインフレーションがちょっと理解出来ないレベルである事を。


「ちなみにさっき言った一番ヤバい奴は、確か……ええと、細かい数字は忘れたけど、確か1500万くらいだったはず。あれ、1600万だっけ。まあどっちか」

「そら死ぬわ」

『そこまで行くと100万の差が誤差な気がするのですが……』

「次点は確か700万くらいだったかな」

「本当に誤差じゃねえか」


 実際本当に誤差だとネネカも考えている。

 100万の差が有ろうが根源的な数字が桁違い。100万の違いが有ろうが食べたら死ぬことには変わりないからだ。

 そもそも次点と二倍近い差が発生している時点で規格外だというのは十分に伝わった事であろう。


「よくまあそんなモン作ろうと思ったなァ……。ネネカはそういう辛いモン食って平気なのか?さっき、辛すぎるとあまり良くないようなことを言ってたが」

「私も身体の健康的にはちょっとアレだけど、好きだから仕方ないんだよね。たまに安いデスソース買って飲んでたなあ」

「飲んでたの???つか飲めんのソレ???」


 元の世界でネネカは、周囲に気を使って積極的に辛い物を食べる事は無かった。何より共に暮らしていた姉が、辛い物は好んでいなかったために。

 ネネカ自身も辛い物を食べなければいけなかったわけでは無いし、あくまで好物の一つでしか無かったため、問題は無かった。

 しかし好物は好物。そのため比較的安価で手に入れやすく、他人に迷惑がかからない形で摂取したい時は当然あり。

 その目的において最適だったのがデスソースであり、周りに迷惑をかけない最善が直に飲むというだけの話。

 まあ当然、周囲からはかなり引かれたのだが。


「つーかよく好むなそんなモン……」

「一時期色々あった時に、唯一味が分かるものだったから。それ以降、なんだかんだ食べてたら好きなものになってた」

『……何が有ったのかは、今は聞かないでおきましょうか』


 唯一、味が分かるもの、と言っている時点でまあまあ重い何かは有ったのだろうと察するクルーベルとエリーゼ。

 同時に二人揃って、少し思うところも有った。

 若くして色々背負っているという点においてはヴェルサスと似ているんだな、と。


「今度、食材が手に入ったら辛い物作ろうか?勿論常識的な辛さ……というか私好みの辛さは多分中々作れないから、常識的な辛さしか多分出来ないんだけど」

『……興味はありますが……』

「喰って死なねえよな俺ら……」


 クルーベルとエリーゼも、一応毒に対する免疫は保有している。

 しかし辛味はそういうものではないが故、耐えられるか不安が有る。

 余程のものでなければ死ぬ事は無いだろうとも理解している。こんな二人でも十賢者として中々に修羅場を潜っている。拷問も何度か受けている。そういった方面での苦痛は耐えられる。

 が。毒では無い形で食べたら死ぬものを食べた場合に耐えられるかは流石に分からない。

 毒では無いものが毒になるなど想像出来るはずもないし、誰が備えられるものか。

 ネネカの常識的な辛さが、本当に常識の範囲である事を願うばかりだった。


「つか、辛い物の他に好きなものはあるのか?」

『出来れば優しいものでお願いしたいのですが……』

「初手激辛はちょっとハードだったかな。でも一番好きだからなー」


 何度好物を問われても、まずは激辛料理をあげていただろう。

 そう考えるネネカであった。


「うーん……あ、スパゲッティは好きかな。特にペペロンチーノ」

「すぱ……?ぺ……?」

『聞いたことが有りませんね……』


 冷静に考えればこの大陸で生きている以上、この世界に様々な料理が有ったとしても知らない、知る由もないのが自然ではある。

 加えて異世界故に、同じ料理でも名前が異なる可能性も大いにある。

 これらの齟齬を超えていくのはなかなか難しいと、ネネカは自然と思った。


「うーん、と。こう……麺って分かる?」

「『メン?』」

「あのー、なんだろ。細くて長い、小麦とかから作る奴なんだけど。パスタとか言われてる……」


 クルーベルとエリーゼが周囲のメイドをちらりと見る。

 メイドたちも無言で首を横に振る。

 どうやら少なくともこの大陸には存在していないとみてよさそうだ。


「んー……まあ要するに麺は細長い糸みたいな食べ物ってこと。強力粉とかサラダ油があればパスタは私が作れるんだけど……」

『糸のような……美味しいのでしょうか』

「製法とその後の調理次第かなあ。パスタって要はこのお米と同じで、メインの部分でしか無いから。パスタも含めて色々調理して、色んな美味しい料理に出来るの。ペペロンチーノもその一つ」


 成程、とクルーベルとエリーゼが頷く。

 かなり要約した。が、ある程度理解はしてもらえたようだ。

 しかし理解はしても明確な想像がついているかは怪しい所が有る。他のメイドにしてもそうだ。

 この様子では本当にウルグリムでは食事文化は本当に衰退しているようだ。喫茶店の食事は簡素ながらもまともと言えるレベルだったが、あれでも本当に頑張った結果なのだろう。


「っていうか、今度色々食材揃えて色々作った方が早い気がしてきた」

「まあぶっちゃけ俺もそう思う」

『この塩むすび同様、実際に作るところを見て食した方が、いいでしょうね』


 その材料が有るかも分からないが、少なくともこれからのウルグリム大陸には食事文化の発展も欠かせない。

 衣食足りて礼節を知る。時と場合による事も有るが、結果として何事も衣食無ければ成し得る可能性すらない。

 衣はある。食は無いわけでは無いが、質は酷いもの。

 細かな方針は違えども、基本的にはウルグリムの平和を目指すクルーベルとエリーゼがそんな食の質の改善も考えるのは、当然の話だった。

 ……食べて健康に被害が出る可能性がある、激辛料理は一旦考えないものとしているが。


「出来るのなら俺らがこっちに居る間に作ってくれれば、と思うが……」

「材料がない事には何とも」

『皇都ではそもそも食材が中々手に入りませんからね……』


 手に入りにくいのか、とネネカは軽く驚く。

 別に手に入らないわけではない。むしろウルグリム大陸の都市の中では、食材が豊富な方ではある。

 しかし皇都及びその周辺は、ウルグリム大陸でも屈指の不毛の大地。加えて三つの竜の生息地が存在しその縄張りも重なっているという、世界屈指の危険地域。とてもではないが農耕など安定してやれる場所では無い。

 農耕が出来ないという事は、農耕必須な資源は周囲から集めるしかないが、不毛の大地なのはウルグリムのほぼ全域。ウルグリム大陸で豊かな土地は大抵何らかの竜種の巣窟。人類に残された僅かな良質な土地を最大限使うしかなく、その僅かな土地も皇都ベーツレームからは離れている場所が殆ど。

 皇都という事で一応ある程度資源は潤沢になるようにしてはいるものの、輸送の問題が大きすぎてあまり芳しくなく、結果として皇都は食材が豊かな方では有っても余裕があるわけでは無いのだ。


「……なんというか、世界最大の国も世知辛いなあ……」

『世界最大と言っても、その実ハリボテのようなものですからね……』

「世界最大かつ世界最強を抱えてても、所詮はこんなもんだ。世の中、時間かけて一つずつどうにかしなきゃならねえこともあるもんだ」


 その一つずつの内で最も身近なのが料理や、その食材なのだと。

 ネネカは改めて、国とは難しくも単純なものだと思った。

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