20:最強のワンチャンはそれ以外にとってのノーチャン
「……すみません、もう一度言ってくれます?」
「え、ええと、皇帝陛下が虫取りに行ったら道に迷って帰れなくなったそうで……」
「聞き間違いだと思いたかったなァ……」
昼頃。
何やら疲れた表情の若い兵士が、ヴェルサスの屋敷へとやって来た。
執務室で諸々話しつつネネカがリハビリとその合間に文字の勉強を続けており、昼食がてら休憩と思ったところでの来訪。
自然と、ヴェルサスや思いの外早く歩けるまで回復したネネカだけでなく、クルーベルやエリーゼもこの場に居た。
居た上での、この知らせ。
「我々が捜索にと考えていたのですが、現在皇都戦力があまりにも……」
「ああ、理解してます。あなた方は最善を考え私を頼りに来た。でしょう?」
「は、はい。お手数をおかけしますが……」
兵士は何処までも申し訳なさそうだ。
元はと言えば皇帝の脱走を許したのが原因なので、当然といえば当然かもしれないが。
「まあアレだ。ヴェルサス頼んだ」
『お願いします、ヴェルサスさん』
「ノータイムで押し付けないでくれません???」
ヴェルサスの背後から、クルーベルとエリーゼがこの件をさらりと押し付けてくる。
ネネカは何も言わなかったが、そもそも今のネネカに何が出来るという話。何か言う資格が無かっただけである。
「……一応確認しますが、ヴァメルが迷って帰って来れなくなったのって何処です?」
「北の迷宮渓谷です」
「ですよね!」
北の迷宮渓谷。
ネネカは当然知らない。が、ヴェルサスは勿論、クルーベルどころかエリーゼも何やら嫌そうにしている辺り、本当に言葉通りの場所の可能性が大いにある。
そもそもヴァメルが道に迷って帰れていない時点で、相当なのは確実では有るが。
「……ネネカさん。飛行魔法教えるので、一緒に行きません?」
「唐突に隕石級の責任ぶん投げるのやめてくれない?」
ヴェルサスの提案に、ネネカはそう返すのが精いっぱいだった。
どう考えても無理難題である。
「飛行魔法、そんな難しいモンじゃないんで大丈夫ですよ。ほら、足使わないからリハビリ無しでもイケるし」
「リハビリしたいから足使いたいんですけど」
「今しれっと全世界の魔法使いに喧嘩売ったぞ」
『飛行魔法を難しいものじゃないって、ヴェルサスさんしか言えませんよ……』
ヴェルサスはほとんど常に用いている飛行魔法。やはり世間一般的には高難易度のようだ。
まあヴェルサスの場合は体格的な問題で他者と視線を合わせ辛く、歩幅も小さい故歩くのも遅いという細かい身体的欠陥を補うために用いているのだが。高難易度の魔法だろうが必要となれば常時用いるのがヴェルサスである。
とはいえその感覚で簡単と言われても、そこらの者が出来るわけでは無いのだが。
「ぶっちゃけ飛行魔法ってある程度の身体能力とバランス感覚あれば出来るんで。いけるいける」
「それで出来たら苦労しねえ」
『適正すら測ってないでしょう……』
心底面倒臭そうなヴェルサスは、全力でネネカも巻き込もうとしている。
そんなヴェルサスにクルーベルとエリーゼも呆れ気味だ。
当然。まともに魔法を用いた事も無い、自衛手段も持たない者を同伴させようなどと正気の沙汰ではない。
またこの時のネネカは知らぬことだが、北の迷宮渓谷の下層には巨大な地竜の巣がある。特殊な魔獣にして魔獣の頂点たる竜の脅威は、下層……即ち地下に基本は居るとしても言わずもがな。
地表部分では地下の地竜の死骸から栄養を得て育った密林とそこに住まう膨大な数の魔獣が、地下では大地において他の追随を決して許さぬ強靭にして頑強な地竜とその恩恵を受けて変質した無限の良質な岩石と良質な鉱石が存在する、世界屈指の危険地帯。それが迷宮渓谷の名で通るバルミア大密林及びバルミア大渓谷。
とてもではないが、魔力は有っても魔法は習得していない、ほとんど一般人のネネカが行く場所としては危険極まるどころではない場所である。
「……ええと。確認しますが、迷宮渓谷に行ったのはヴァメル一人ですか?」
「は。あ、冒険者までは確認が取れておりませんが……」
「まあ冒険者は僅かとはいえ居るでしょう。採取依頼も採掘依頼も絶えない場所ですから」
ふぅ、とヴェルサスは息を吐く。
退屈よりはマシか、と表情だけでこの場に居る全員に語りながら。
「分かりました、私が出ます。護衛等は不要です。何時戻れるかはヴァメルの機嫌次第ですが、最速で2秒で戻ります」
早すぎる、とネネカは思った。
が、他の者たち……兵士すらも驚いていない辺り、本当にそれが出来て、かつ今までも何度かそうしているのだろうと分かる。
まあネネカも、ヴェルサスなら可能だろうとすんなりと受け入れていたのだが。
「あ、それと。こちらの返却も、とのことです」
「?ああ、測定の。わざわざありがとうございます」
「いえ。では自分は皇城に戻ります。皇帝陛下をよろしくお願いします」
ビシッ、と兵士は小さな箱をヴェルサスに渡して敬礼した後、背を向けて去っていく。
ネネカはその様子も見ていたが、思うところは有れども特に何も言う事は無かった。
敬礼が元の世界の地元と同じという点に思うところは確かに有った。が、異世界で既に常識から諸々外れている。今更驚き特筆する事では無かった。
ヴェルサスは一つ吐息を零し、くるっとネネカたちへ振り返る。
「そういう事なので、ちょっと行ってきます。昼食等は食べといてください。あ、ネネカさんが料理するのであればちょっと作り置きをお願いします」
「うん、いつも通り作っとく。けどメイドたちに食べられるかもしれないからそれは勘弁」
「そこを考慮しないといけない辺りマジでうちのメイド本当に……」
今にもため息を吐きそうなヴェルサス。仕方ない所は有るが。
ヴェルサスは先程兵士から渡された小さな箱をふわりと浮かせて、クルーベルへ渡す。
「測定器ですが、一応結果は私も見たいので。ただ緊急で必要であれば測定をお願いします。ついでに魔法適性についての授業をしてくれてもいいんですよ」
「お前ほど詳細に全属性について語れる気がしないんだが」
『自分の属性についてはある程度いけましょうが……』
「ワンチャンイケる、ワンチャン」
何処になんのワンチャンが在るのだろうか。
ネネカ、クルーベル、エリーゼは揃って困惑しつつ疑問に思った。
小さな箱の中身は想像がついている。魔法属性の適性測定器だ。
薄々分かっていたことではある。この世界では、魔法属性に適性が有る属性の魔法のみ使えるのだろう、と。
誰でもどんな魔法でも使えるのであれば、クルーベルがエリーゼのようにネネカの足の治療が出来たはず。そもそも屋敷のメイドや、ヴェルサスでも出来たはずだ。
それをしなかった時点で、なんらかの制約等が存在するのはネネカも想像できていた。
その制約として元の世界に存在した創作物の知識から最もあり得ると考えたのが、個人ごとの適性のある魔法属性の違い。
仮に魔法属性の適性が有るとするなら、そういうものが有ると知るための道具が有ってもおかしくはない。
ネネカが何も言わないのは、想像がついているし、想像がついている故に驚きも無いというだけだ。
「……クルーベルさん。エリーゼさん」
息を一つ吐いたヴェルサスが屋敷を出て。
その手で玄関の扉を閉じようとした時。
その飛行をピタリと止め、ちらりと屋敷の内を見ながら言葉を告げる。
「留守を頼みます」
「―――――ああ」
『―――――はい』
鋭く真面目な、遊びの無い眼光。
チラリと向けられただけのそれだが、そこには明確な意志が有った。
クルーベルとエリーゼ。これから、皇都からヴェルサスが離れた際に、皇都に残る最大戦力へと向けられた、明確な意志を伴った視線と短い言葉。
二人には分からない。何故、ただいつも通りにヴァメルを迎えに行くだけのこの短い時間に、今更警戒せねばならないのか。
分からない、が。それが警戒しない理由にはならない。
ヴェルサスがそう言うという事は、この僅かな時間さえも油断を許さないナニカの可能性が存在しているという事は事実だろう。
二人はヴェルサスの頼みに、短い信頼を込めた返事で以って返す。
ヴェルサスはその返事を聞くと同時、クスリと笑って玄関の扉を閉じる。
玄関の先からは何も聞こえない。玄関の扉やその蝶番の一つすらも魔道具。であれば音を完全に遮断する程度の機能があっても、おかしくはない。
「……鬼が出るか蛇が出るか」
「なんだ?それは」
「先に何が起こるか分からない、って意味の言葉。私の世界の、地元の言葉」
三人の間にどんな思考が巡っていたかは分からずとも、何かが有るとは分かったネネカは、異様に引き締まってしまった空気を散らすように吐息混じりに言葉を紡ぐ。
紡ぐが、どうやら言葉を二人は聞いたことが無かったらしい。意味を聞いて、二人してほうと感心した様子だった。
『中々に響きがよろしいですね。オニ、というのは魔獣の鬼種のことでしょうか……』
「面倒な奴を言葉に入れたな。ジャは……なんだ……?ジャ、ジャ……なんだ?ジャガイモ?」
「鬼が出るかジャガイモが出るかって、リスクに反してリターンしょぼすぎない?」
確かに利ではあるのだが、魔獣の中でも上の方の強さを持つ鬼種というリスクに対する利がジャガイモというのは、不釣り合いの極みと言わざるを得ないだろう。
「ジャはヘビ。スネーク。鬼が出るか蛇が出るかっていうのは、悪い事の象徴である鬼が出るか、良い事の象徴である蛇が出るか、っていうこと」
ネネカの説明を受けたクルーベルとエリーゼは、どこか微妙そうな表情だった。
「……ヘビを良い事の象徴って……」
『鬼もヘビも大概だと思うのですが……』
鬼種は勿論、蛇種も魔獣の中ではメジャーかつ脅威となる存在が多い。
十賢者の業務の一環として魔獣討伐も行う事が多いクルーベルとエリーゼも、蛇種の魔獣の脅威をよく知っている。
それ故どうにも、好意的に捉えることが出来なかった。
「まあ……あれだよ。私の地元じゃ昔は、蛇を神様の使いとか言って神聖視してたらしいから」
『蛇を神聖視……ですか』
「……こっちも似たようなところが無いわけじゃねえし、そういうようなモンか……」
不満そうだがどうにか納得しようとしている二人。
似たようなところが無いわけじゃない、という点でこちらにも宗教のようなものはあるのだとネネカは察する。
死が元の世界よりも身近な世界だ。宗教のような心の拠り所は在るべきであろうし、拠り所にする上で分かりやすいものが必要として、御神体のようなものがあってもおかしくない。
こちらでの御神体に相当するものがなにかは分からないが、まあ何かしら似たような何かがあるのだろう。
「……まあなんであれ今は何も分からん。その時に吉報である事を願うばかりだ」
クルーベルの言う通り、今は何が起こるかも分からない。
そもそもヴェルサスも何が起こるか分かるのなら、端的にでも伝えているはず。
伝えようとすらせずにあれだけ言ったという事は、何が起こるかヴェルサスにも分からないが、何か起きてもおかしくないと少なくともヴェルサスは考えているということ。
であればヴェルサスと同様、何が起こるか分からないが備えはしておくしかない。
何故ヴェルサスがそう考えているのか。それぐらいは、伝えてほしかったと思った三人では有ったが。
「とりあえず飯を食うか。料理、頼んでもいいか?ネネカ」
『勿論対価は支払いますので』
「いや別にありふれた昼食一つで対価貰っても……食堂経営してるわけじゃないんだし……」




